追放された精霊の愛し子は運命の番をその腕に掻き抱く

濘-NEI-

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(27)間者

 ポナールに放っていた密偵のうちの一人、サリューイがオルガッド第一王子マグラリアからの密書を持ち帰って来たのは、ヘンゼルを集落に迎え入れた翌日。

「デリー、殿下はなんだって」

 デルザリオの自室にはケイレブ以外に誰も居ない。

「母上と連絡がつかなくなったらしい。ただしそれは表向きの文面だ」

「なんだよ。また面白そうなことやってんな」

 ケイレブは可笑しそうに肩を揺らすと、サリューイが持ち帰った密書を手に取り視線を走らせる。
 確かにデルザリオが言う通り、この数週間で王妃マキナ陣営との連絡が途絶え、安否が分からない様子が綴られた普通の文面だ。

「こんなどうってことのない文章に、二重の仕掛けがあるってことか」

「……ああそうだ。兄上と俺にしか分からない法則に則って読み取れば、あるいは書かれた内容に別の意味が生まれる。まあお前が間者でないことを願うしかないな」

 デルザリオの冷淡な眼差しがケイレブを射抜く。しかし、そこには含んだ笑みを湛えている。

「おい、デリー」
「行方知れずの番を人質に、お前が間者として暗躍していたのはもちろん把握している。番が無事に見つかり手元に置き、両親の元にもカイルを置いて来た今となってはそれも過去か」

 デルザリオが顔色ひとつ変えずに見据えると、どちらとも読めない表情でケイレブは冗談めかして頭の後ろで腕を組んだ。

「お前を出し抜くのはやっぱり不可能か」

「バカも休み休み言え。お前のことだ、この程度は全て計算尽くだろう」

「えぇえ、買い被り過ぎだろお前。俺のこと大好きかよ」

「茶化すな。聡いお前ならその先も分かるだろう。お前の番はここに居る、いや違うな……俺の目の届く所にいる。この意味が分かるなら下手な芝居や画策はやめておけ」

 戯けて反省した様子もないケイレブを見もせずに鋭い刃のような言葉を向けると、その手元に放り出された密書を掴んでデルザリオは淡々と話し始める。

「兄上の話によれば、本来なら王位継承権二位に当たる母上とシュレール叔父上の子を、その存在が露見する前に身元が知れた恩人に預かって貰うそうだ」

「……それでも教えるんだな。どこまでお人好しなのよ」

「手駒として動いて貰うまでだ。どちらが道化になるかは分からんがな」

「なあ。やっぱりお前が王になれよ、デリー」

「くだらんな。話を続けるぞ」

 ケイレブの戯れ言を一蹴すると、デルザリオは密書が意味する二つ目の文面を説明し、恩人に預ける手筈や今後の段取りを確認する。

 デルザリオにとってもこの行動は明らかに賭けだ。

 ケイレブに明かしはしないが、この密書には三重の仕掛けが施されており、兄マグラリアからの密書が伝える第三の伝聞にはこうある。

 オルガッドを蝕む一連の事件、これら全てを裏で操り他の貴族を扇動するアマリエ公爵ゼウル卿がケイレブの血縁であると。

 ケイレブは王都近郊の村ナキルの鍛冶屋の三男だが、いつだったか両親は身分違いで駆け落ちしたと本人が話していた記憶はある。
 それになによりケイレブはアルファだ。広く一般的にベータは多くいるが、鍛冶屋の息子であっても両親のうちどちらかがアルファである可能性は非常に高い。その血縁にアルファが生まれやすいからだ。

 それも相まって今回のマグラリアからの報告は信憑性が高いと言える。

 アマリエ公爵ゼウル卿と云えば王制転覆を目論む貴族の筆頭であり、卿の妹キャデリスは側室を名乗りオルガッド王ナキームに取り入り、王妃不在をいいことに公の場にまで顔を出していると言う。

「なるほどな。それで監視の目を掻い潜ってアプハンに渡れってことか」

 海を渡った北のデゴニス大陸には新興国が多く、その中でもアプハン合衆国は移民や他民族に友好的な土地である。マグラリアからの第二の要望 隠された暗号を確認してケイレブは顎に手を当てて思案する。

「国を出るとなると容易なことではないがな。有効な駒なのがケイレブ、お前だけだと言うことだ」

「それがお前の手の内ってことか」

「手の内もなにも。事実、今でもお前を心酔する騎士団員は多い。いまだ俺を王に推挙する貴族連中然り、それがお前の手駒と云うところだろう」

「言うねぇ」

「それなら持っている物は全て使うまでだ」

 デルザリオの鋭い視線が再びケイレブを射抜く。そこにはもう僅かたりとも笑みなど浮かんでいない。

「ならご期待に沿って信頼回復に努めますかね」

「番のことは任せておけ。心配は要らん」

「大事なパメラちゃんが居るからか」

「…………」

「だんまりかよ、揶揄い甲斐ねえな。それよりなんで番にしない。ありゃお前の運命の……」

「お前には関係のないことだ」

「おいおい、集落には番の居ないアルファの連中だって居るだろうが。いくら抑制剤が有ってモナリスを着けさせてるからってヒートは来るだろう」

「分かっている。だが今は無理だ」

「デリー……」

「要件は終わりだ」

 デルザリオは言い放ち、マグラリアに宛てた親書を書くと言うのでケイレブは食い下がるのを止めて部屋を後にした。

「不器用なヤツだな」

 小さく息を吐いてケイレブは広場に移動する。

 デルザリオにとってパメラが運命の番と分かっていながら番になろうとしないのは、国の内情が不安定な今、第二王子としての立場がそうさせるのだろうか。

「まあ取り急ぎ、迷惑料を納めないとだな」

 王妃と王弟の間に生まれた赤子の救出劇。ケイレブがデルザリオから託された内容にも頭を抱える。

 大事な家族を人質に取られていたとは云え、指摘された通り間者の真似事を働いていたのは事実。
 もちろんそうと見せ掛けて抜かりなく情報収集と敵陣営の抱き込みを行ってはいたが、それも含めてデルザリオには全て掌握されていた。

 ケイレブはアイルーンの姿を探しに自室に戻るが、彼女の姿は見当たらない。

「アイルーンだけは……」

 ヘンゼルの看護の手伝いを申し出たと云うのはいかにもアイルーンらしい。

 見目麗しく、少々口は悪いがアイルーンはいい女だ。

 オメガであるがゆえに虐げられて生きてきたが、その心は高潔だ。酷い目にも遭って来たし、実際彼女が襲われている場面に遭遇したのがケイレブとアイルーンの出会いである。

 だがアイルーンは持ち前の気丈さで、番になったにも関わらず、足手まといになりたくないと、いつの間にかケイレブの元から姿を消した。

 あの一件で議決に逆らって逃亡者となったが、愛するアイルーンを守るためにしたこと。今この瞬間も決して後悔はない。

「よお、ヘンゼルの具合いはどうだ」

「ケイレブさん」

 マシューが先に気付いて声を上げる。アイルーンは奥で傷口に充てがう布の煮沸処理をしているようだ。

「処置はだいたい終わりましたよ。お疲れなのと薬の効果で、先ほどから師匠はお休みになってるのでお静かに」

「そうか」

 ヘンゼルが寝かされた寝台に近付くと、ケイレブは惨たらしい傷跡に眉根を寄せて拳を握り締めた。
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