追放された精霊の愛し子は運命の番をその腕に掻き抱く

濘-NEI-

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(54)受け継がれるもの

 ラウェルナ大森林の東、この林道は知る者だけが通るのを許された道。

 深緑の葉が生い茂るミトガルの樹の上で、突き出すように伸びた枝に足を掛けた少年は望遠鏡を手に、森の中に整備された道を見下ろしている。

「予定通りだ、しくじるな」
「おう」
「はいはい」

 呼応して方々から幼い声が上がる。

「お出ましだ」

 にやりと笑って樹の上から滑り降りると、怖いもの知らずの少年は、迫り来る馬車の前に躍り出て蔦で作った鞭を振るう。

 突如現れた少年の影に驚いた馬が嘶き馬車が止まると、なりを潜めていた少年の連れが草陰から飛び出して、してやったりと笑い声を上げる。

「ヒューリック、長旅疲れたろ」

 悪戯が成功して上機嫌の少年は、馬車を引く馬に声を掛けると持っていたナヘルの実を分け与え、愛おしげに頸を撫でて頬を寄せる。

「おい。兄様たち、は……」

 少年がウキウキした様子で振り返ると、底冷えするような風が吹き抜け、そこに居たはずの連れは誰も居なくなっている。

「なん、で」

 馬車に乗っているはずの人影もなく、突如訪れた恐怖に身を震わせた次の瞬間、背後に圧倒的な気配を感じるが時すでに遅し。

 肩にのし掛かったずっしりとした大きな手と、喉元を掠めるひんやりした感触に冷や汗と涙が溢れる。

「随分と詰めが甘いな」

 けれどその声を聞いて少年はようやく安堵する。

「驚かせたくて」

「馬は人より繊細だ。ヒューリックが可愛いなら二度とするんじゃない」

 喉元に充てがわれていた物が遠ざけられると、少年は振り返って堪らず叫んだ。

「おかえりなさい!どうして分かったのですか」

 跳び上がって抱きつくと、少年は反省した様子も見せずに無邪気に笑う。

「いや、おかえりじゃないんだよ」

 少年を引き剥がすようにその場に下ろすと、抱きつかれた青年は少年の頭に拳を落とす。

「いてっ」
「反省しろ。そして二度とするんじゃない」

「はい。ごめんなさい、兄様」

「まったくお前は」

 青年は困り顔のまま少年の頭を撫でると、振り返って指笛を鳴らす。
 それに応えるように木立の奥から数人が姿を現すと、小脇に抱えられた少年たちは尻が腫れ上がるほど叩かれたのか、皆涙目で泣きじゃくっている。

「またか、問題児どもめ。お前たちは晩飯抜きだな」

 奥から姿を表した男が呆れたように呟くと、少年が心底悲しそうにごめんなさいと繰り返す。

「父上、ただいま戻りました」
「おう。ご苦労さん」

 ケイレブは母親譲りの赤銅色の髪をした息子の肩を叩くと、謝り続ける見事な金髪の少年を肩に担いでその尻を叩き、誰に似たんだろうなと苦笑する。

「ユージーン、今度ばかりは庇ってやらんからな」

 ケイレブはリュカスやケセンに馬車の移動を任せると、やれやれと呟いて大きく息を吐く。

「おじ様、そんなこと言わないでよ」

「駄目だ。お前はこの国の王女だって自覚が足りん」

 そう。少年ではなく、このの名はユージーン・ムゥ・オルガッド。

 デルザリオとパメラの愛の結晶である愛娘は、パメラによく似た顔立ちの目元を潤ませてケイレブに向かって必死に頭を下げる。

「お父様には言わないで!お願いだよ、おじ様」

 ケイレブは取り合わず、代わりに隣を歩く青年が呆れたようにユージーンを見つめる。

「無駄だ。諦めろユージーン」

「アリス兄様」

「エルビスはお前よりも幼いのに聞き分けが良いぞ」

「エルだって本当は一緒に遊びたいはずだよ」

 不意に出された弟の名にユージーンが大袈裟な反応をすると、反省してないだろうとケイレブが鼻を鳴らす。

「馬を脅かしてか」

 ケイレブが止まない口答えに対して頬をつねると、せめてもの抗議なのか、ユージーンはその広い背中を叩いて足をばたつかせた。

 湖畔に木漏れ日が差す集落まで足を進めると、待ち構えるように立っていたデルザリオに向かってケイレブは苦笑する。

「よお、デリー。土産だぞ」

 広場に出るとようやくユージーンを肩から下ろし、そのまま放り投げるようにデルザリオに引き渡す。

「お、お父様。あの、あの私は」

「誰の声を聞かずとも、俺には全て聞こえている」

 短く呟くと、デルザリオは腕の中で縮こまるユージーンを見据え、額に口付けを落としてからそっと下ろす。

「夜にはグリフィスが戻る。お前も支度を整えろユージーン」

「グリフ兄上がお戻りになるのですか」

「ああ。泥まみれではグリフィスも驚くだろうからな。早くしろ」

「はい、お父様」

 視界の先で優しく微笑む母を見つけ、ユージーンはとびきりの笑顔を浮かべて走り出した。

「お前も甘いねえ」

 ケイレブが呆れたように腕を組むと、デルザリオはアリステアに視線を移して口角を上げる。

「お前に似ず、出来の良い息子が対処したおかげで被害もなかったからな」

「馬鹿野郎、俺に似てるから優秀なんだよ」

 ケイレブは可笑しそうに肩を揺らした。
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