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「緊張してるんですか」
「それは当たり前でしょ」
「そんなに緊張しなくて大丈夫ですよ」
私は樹貴さんの背中をさすり、仕上げと言わんばかりにポンとその背中を叩く。
今日は十一月のとある日曜日。
先日正式に樹貴さんからプロポーズされ、気が早いのではないかとたくさん話し合ったけど、結局は彼の思いを受け入れて指輪も受け取った。
そして私の両親にきちんと挨拶がしたいと言うので、二人揃って私の実家に来ている。
うちの実家はパン屋をしていて、地元じゃそれなりに有名だったりする。
そして家業は兄が引き継ぐことが決まっていて、うちの実家には両親と兄夫婦とその子どもたちが住んでいる。
「ごめんなさいね、お待たせしてしまって」
「いいえ。お忙しい中、突然の申し出にも拘らずお時間を取っていただきまして、ありがとうございます」
「そんな緊張しなくて大丈夫ですよ。お父さんもそろそろ来ますから、少し待ってくださいね」
店が混雑する時間を避けたつもりだったけど、どうやら兄が風邪を引いたらしく、予定外に忙しくなってしまったようで、実家に来てから二十分は待たされている。
「お母さん、お兄ちゃん大丈夫なの」
「大丈夫、いつものよ。ほら、お兄ちゃん小さい頃から扁桃腺が弱かったでしょ」
「ああね」
出された紅茶を飲みながら母と世間話をして樹貴さんの緊張をほぐしていると、ようやく父がリビングに顔を出した。
「いやあ、お待たせしてしまって申し訳ない。これね、焼き立てだから、うちの一番人気のクロワッサン。ほら、食べて食べて」
「ちょっとお父さん」
リビングに来るなり樹貴さんにパンを食べろと騒ぐ父に、母と二人で苦笑いすると、樹貴さんはすぐにクロワッサンを頬張ってにっこりと微笑む。
「凄く美味しいです。わざわざ焼き立てをありがとうございます」
「いやあ、しかし菜穂ちゃんに聞いてはいたけど、本当に色男だねえ」
「お父さん!」
「いいじゃないか、貶してるわけじゃないんだから」
「ごめんなさいね、古川さん。この人ったら客商売で人懐っこいところが抜けなくて」
「いいえ、とんでもないです。あたたかく迎えてくださって嬉しいです」
ひとしきり雑談を交わして、ざっくりと紹介を終えると、樹貴さんは心を決めたように居住まいを正して背筋を伸ばす。
「香澄さんのお父さん、お母さん。私は確かに香澄さんよりも一回り以上歳が離れています。ですので大切な娘さんを任せるのは不安もあると思います」
樹貴さんがそこまで言うと、父と母は黙ってそれを聞いている。
「それに私は美容師ですが、ありがたいことに経営してる会社は軌道に乗っていて、娘さんを一生食べさせていく生活力は充分に蓄えています」
樹貴さんが自分を私と言うのが新鮮で、つい惚けて見つめてしまうのをなんとか堪えると、父や母が続く言葉を待つのと同じように、私も樹貴さんの言葉に耳を傾ける。
「お嬢さんを一生大切にします。ですからどうか、私に彼女との結婚のお許しをいただけないでしょうか」
そう言って頭を下げる樹貴さんに倣って、慌てて私も両親に頭を下げる。
「古川さん、そこはお嬢さんを僕にくださいって言ってくれないと。こう、古典的な、お前に娘はやれん! って出来ないから」
真剣な空気を父の一言がぶち壊す。
「お父さん! いい加減にふざけるのはやめてください。もう本当に、ごめんなさいね古川さん」
「い、いえ。ではお許しいただけるということですか」
「許すもなにも、貴方みたいなしっかりした人が、うちの娘を選んでくれたんですから。大歓迎です。こちらこそ、これからどうぞ宜しくお願いします」
父が何事もなかったように笑顔を浮かべると、呆れて溜め息を吐く母と目が合って、私も苦笑してしまう。
そうして無事に挨拶を終えると、店は従業員だけで問題ないらしく、母が用意してくれた早めの夕飯を四人で食べてから実家を出た。
「随分面白いお父さんだね」
「最悪でしょ。こんな時にあんな悪ふざけしますか、普通。ああいうところが嫌いなんですよ」
「それは当たり前でしょ」
「そんなに緊張しなくて大丈夫ですよ」
私は樹貴さんの背中をさすり、仕上げと言わんばかりにポンとその背中を叩く。
今日は十一月のとある日曜日。
先日正式に樹貴さんからプロポーズされ、気が早いのではないかとたくさん話し合ったけど、結局は彼の思いを受け入れて指輪も受け取った。
そして私の両親にきちんと挨拶がしたいと言うので、二人揃って私の実家に来ている。
うちの実家はパン屋をしていて、地元じゃそれなりに有名だったりする。
そして家業は兄が引き継ぐことが決まっていて、うちの実家には両親と兄夫婦とその子どもたちが住んでいる。
「ごめんなさいね、お待たせしてしまって」
「いいえ。お忙しい中、突然の申し出にも拘らずお時間を取っていただきまして、ありがとうございます」
「そんな緊張しなくて大丈夫ですよ。お父さんもそろそろ来ますから、少し待ってくださいね」
店が混雑する時間を避けたつもりだったけど、どうやら兄が風邪を引いたらしく、予定外に忙しくなってしまったようで、実家に来てから二十分は待たされている。
「お母さん、お兄ちゃん大丈夫なの」
「大丈夫、いつものよ。ほら、お兄ちゃん小さい頃から扁桃腺が弱かったでしょ」
「ああね」
出された紅茶を飲みながら母と世間話をして樹貴さんの緊張をほぐしていると、ようやく父がリビングに顔を出した。
「いやあ、お待たせしてしまって申し訳ない。これね、焼き立てだから、うちの一番人気のクロワッサン。ほら、食べて食べて」
「ちょっとお父さん」
リビングに来るなり樹貴さんにパンを食べろと騒ぐ父に、母と二人で苦笑いすると、樹貴さんはすぐにクロワッサンを頬張ってにっこりと微笑む。
「凄く美味しいです。わざわざ焼き立てをありがとうございます」
「いやあ、しかし菜穂ちゃんに聞いてはいたけど、本当に色男だねえ」
「お父さん!」
「いいじゃないか、貶してるわけじゃないんだから」
「ごめんなさいね、古川さん。この人ったら客商売で人懐っこいところが抜けなくて」
「いいえ、とんでもないです。あたたかく迎えてくださって嬉しいです」
ひとしきり雑談を交わして、ざっくりと紹介を終えると、樹貴さんは心を決めたように居住まいを正して背筋を伸ばす。
「香澄さんのお父さん、お母さん。私は確かに香澄さんよりも一回り以上歳が離れています。ですので大切な娘さんを任せるのは不安もあると思います」
樹貴さんがそこまで言うと、父と母は黙ってそれを聞いている。
「それに私は美容師ですが、ありがたいことに経営してる会社は軌道に乗っていて、娘さんを一生食べさせていく生活力は充分に蓄えています」
樹貴さんが自分を私と言うのが新鮮で、つい惚けて見つめてしまうのをなんとか堪えると、父や母が続く言葉を待つのと同じように、私も樹貴さんの言葉に耳を傾ける。
「お嬢さんを一生大切にします。ですからどうか、私に彼女との結婚のお許しをいただけないでしょうか」
そう言って頭を下げる樹貴さんに倣って、慌てて私も両親に頭を下げる。
「古川さん、そこはお嬢さんを僕にくださいって言ってくれないと。こう、古典的な、お前に娘はやれん! って出来ないから」
真剣な空気を父の一言がぶち壊す。
「お父さん! いい加減にふざけるのはやめてください。もう本当に、ごめんなさいね古川さん」
「い、いえ。ではお許しいただけるということですか」
「許すもなにも、貴方みたいなしっかりした人が、うちの娘を選んでくれたんですから。大歓迎です。こちらこそ、これからどうぞ宜しくお願いします」
父が何事もなかったように笑顔を浮かべると、呆れて溜め息を吐く母と目が合って、私も苦笑してしまう。
そうして無事に挨拶を終えると、店は従業員だけで問題ないらしく、母が用意してくれた早めの夕飯を四人で食べてから実家を出た。
「随分面白いお父さんだね」
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