59 / 65
22-1
しおりを挟む
「緊張してるんですか」
「それは当たり前でしょ」
「そんなに緊張しなくて大丈夫ですよ」
私は樹貴さんの背中をさすり、仕上げと言わんばかりにポンとその背中を叩く。
今日は十一月のとある日曜日。
先日正式に樹貴さんからプロポーズされ、気が早いのではないかとたくさん話し合ったけど、結局は彼の思いを受け入れて指輪も受け取った。
そして私の両親にきちんと挨拶がしたいと言うので、二人揃って私の実家に来ている。
うちの実家はパン屋をしていて、地元じゃそれなりに有名だったりする。
そして家業は兄が引き継ぐことが決まっていて、うちの実家には両親と兄夫婦とその子どもたちが住んでいる。
「ごめんなさいね、お待たせしてしまって」
「いいえ。お忙しい中、突然の申し出にも拘らずお時間を取っていただきまして、ありがとうございます」
「そんな緊張しなくて大丈夫ですよ。お父さんもそろそろ来ますから、少し待ってくださいね」
店が混雑する時間を避けたつもりだったけど、どうやら兄が風邪を引いたらしく、予定外に忙しくなってしまったようで、実家に来てから二十分は待たされている。
「お母さん、お兄ちゃん大丈夫なの」
「大丈夫、いつものよ。ほら、お兄ちゃん小さい頃から扁桃腺が弱かったでしょ」
「ああね」
出された紅茶を飲みながら母と世間話をして樹貴さんの緊張をほぐしていると、ようやく父がリビングに顔を出した。
「いやあ、お待たせしてしまって申し訳ない。これね、焼き立てだから、うちの一番人気のクロワッサン。ほら、食べて食べて」
「ちょっとお父さん」
リビングに来るなり樹貴さんにパンを食べろと騒ぐ父に、母と二人で苦笑いすると、樹貴さんはすぐにクロワッサンを頬張ってにっこりと微笑む。
「凄く美味しいです。わざわざ焼き立てをありがとうございます」
「いやあ、しかし菜穂ちゃんに聞いてはいたけど、本当に色男だねえ」
「お父さん!」
「いいじゃないか、貶してるわけじゃないんだから」
「ごめんなさいね、古川さん。この人ったら客商売で人懐っこいところが抜けなくて」
「いいえ、とんでもないです。あたたかく迎えてくださって嬉しいです」
ひとしきり雑談を交わして、ざっくりと紹介を終えると、樹貴さんは心を決めたように居住まいを正して背筋を伸ばす。
「香澄さんのお父さん、お母さん。私は確かに香澄さんよりも一回り以上歳が離れています。ですので大切な娘さんを任せるのは不安もあると思います」
樹貴さんがそこまで言うと、父と母は黙ってそれを聞いている。
「それに私は美容師ですが、ありがたいことに経営してる会社は軌道に乗っていて、娘さんを一生食べさせていく生活力は充分に蓄えています」
樹貴さんが自分を私と言うのが新鮮で、つい惚けて見つめてしまうのをなんとか堪えると、父や母が続く言葉を待つのと同じように、私も樹貴さんの言葉に耳を傾ける。
「お嬢さんを一生大切にします。ですからどうか、私に彼女との結婚のお許しをいただけないでしょうか」
そう言って頭を下げる樹貴さんに倣って、慌てて私も両親に頭を下げる。
「古川さん、そこはお嬢さんを僕にくださいって言ってくれないと。こう、古典的な、お前に娘はやれん! って出来ないから」
真剣な空気を父の一言がぶち壊す。
「お父さん! いい加減にふざけるのはやめてください。もう本当に、ごめんなさいね古川さん」
「い、いえ。ではお許しいただけるということですか」
「許すもなにも、貴方みたいなしっかりした人が、うちの娘を選んでくれたんですから。大歓迎です。こちらこそ、これからどうぞ宜しくお願いします」
父が何事もなかったように笑顔を浮かべると、呆れて溜め息を吐く母と目が合って、私も苦笑してしまう。
そうして無事に挨拶を終えると、店は従業員だけで問題ないらしく、母が用意してくれた早めの夕飯を四人で食べてから実家を出た。
「随分面白いお父さんだね」
「最悪でしょ。こんな時にあんな悪ふざけしますか、普通。ああいうところが嫌いなんですよ」
「それは当たり前でしょ」
「そんなに緊張しなくて大丈夫ですよ」
私は樹貴さんの背中をさすり、仕上げと言わんばかりにポンとその背中を叩く。
今日は十一月のとある日曜日。
先日正式に樹貴さんからプロポーズされ、気が早いのではないかとたくさん話し合ったけど、結局は彼の思いを受け入れて指輪も受け取った。
そして私の両親にきちんと挨拶がしたいと言うので、二人揃って私の実家に来ている。
うちの実家はパン屋をしていて、地元じゃそれなりに有名だったりする。
そして家業は兄が引き継ぐことが決まっていて、うちの実家には両親と兄夫婦とその子どもたちが住んでいる。
「ごめんなさいね、お待たせしてしまって」
「いいえ。お忙しい中、突然の申し出にも拘らずお時間を取っていただきまして、ありがとうございます」
「そんな緊張しなくて大丈夫ですよ。お父さんもそろそろ来ますから、少し待ってくださいね」
店が混雑する時間を避けたつもりだったけど、どうやら兄が風邪を引いたらしく、予定外に忙しくなってしまったようで、実家に来てから二十分は待たされている。
「お母さん、お兄ちゃん大丈夫なの」
「大丈夫、いつものよ。ほら、お兄ちゃん小さい頃から扁桃腺が弱かったでしょ」
「ああね」
出された紅茶を飲みながら母と世間話をして樹貴さんの緊張をほぐしていると、ようやく父がリビングに顔を出した。
「いやあ、お待たせしてしまって申し訳ない。これね、焼き立てだから、うちの一番人気のクロワッサン。ほら、食べて食べて」
「ちょっとお父さん」
リビングに来るなり樹貴さんにパンを食べろと騒ぐ父に、母と二人で苦笑いすると、樹貴さんはすぐにクロワッサンを頬張ってにっこりと微笑む。
「凄く美味しいです。わざわざ焼き立てをありがとうございます」
「いやあ、しかし菜穂ちゃんに聞いてはいたけど、本当に色男だねえ」
「お父さん!」
「いいじゃないか、貶してるわけじゃないんだから」
「ごめんなさいね、古川さん。この人ったら客商売で人懐っこいところが抜けなくて」
「いいえ、とんでもないです。あたたかく迎えてくださって嬉しいです」
ひとしきり雑談を交わして、ざっくりと紹介を終えると、樹貴さんは心を決めたように居住まいを正して背筋を伸ばす。
「香澄さんのお父さん、お母さん。私は確かに香澄さんよりも一回り以上歳が離れています。ですので大切な娘さんを任せるのは不安もあると思います」
樹貴さんがそこまで言うと、父と母は黙ってそれを聞いている。
「それに私は美容師ですが、ありがたいことに経営してる会社は軌道に乗っていて、娘さんを一生食べさせていく生活力は充分に蓄えています」
樹貴さんが自分を私と言うのが新鮮で、つい惚けて見つめてしまうのをなんとか堪えると、父や母が続く言葉を待つのと同じように、私も樹貴さんの言葉に耳を傾ける。
「お嬢さんを一生大切にします。ですからどうか、私に彼女との結婚のお許しをいただけないでしょうか」
そう言って頭を下げる樹貴さんに倣って、慌てて私も両親に頭を下げる。
「古川さん、そこはお嬢さんを僕にくださいって言ってくれないと。こう、古典的な、お前に娘はやれん! って出来ないから」
真剣な空気を父の一言がぶち壊す。
「お父さん! いい加減にふざけるのはやめてください。もう本当に、ごめんなさいね古川さん」
「い、いえ。ではお許しいただけるということですか」
「許すもなにも、貴方みたいなしっかりした人が、うちの娘を選んでくれたんですから。大歓迎です。こちらこそ、これからどうぞ宜しくお願いします」
父が何事もなかったように笑顔を浮かべると、呆れて溜め息を吐く母と目が合って、私も苦笑してしまう。
そうして無事に挨拶を終えると、店は従業員だけで問題ないらしく、母が用意してくれた早めの夕飯を四人で食べてから実家を出た。
「随分面白いお父さんだね」
「最悪でしょ。こんな時にあんな悪ふざけしますか、普通。ああいうところが嫌いなんですよ」
2
あなたにおすすめの小説
妖狐の嫁入り
山田あとり
恋愛
「――おまえを祓うなどできない。あきらめて、俺と生きてくれ」
稲荷神社の娘・遥香(はるか)は、妖狐の血をひくために狐憑きとさげすまれ、ひっそり生きてきた。
ある日、村八分となっている遥香を探して来たのは怨霊や魔物を祓う軍人・彰良(あきら)。
彼は陰陽師の名門・芳川家の男だった。
帝国陸軍で共に任務にあたることになった二人だったが、実は彰良にもある秘密が――。
自己評価は低いが芯に強さを秘める女が、理解者を得て才能を開花させる!
&
苦しみを抱え屈折した男が、真っ直ぐな優しさに触れ愛を知る!
明治中期風の横浜と帝都を駆ける、あやかし異能ロマンス譚です。
可愛い妖怪・豆腐小僧も戦うよ!
※この作品は、カクヨム・小説家になろうにも掲載しています
腹黒外科医に唆された件~恋人(仮)のはずが迫られています~
有木珠乃
恋愛
両親を亡くし、二人だけの姉妹になった一ノ瀬栞と琴美。
ある日、栞は轢き逃げ事故に遭い、姉の琴美が務める病院に入院することになる。
そこで初めて知る、琴美の婚約者の存在。
彼らの逢引きを確保するために利用される栞と外科医の岡。
「二人で自由にならないか?」を囁かれて……。
祖父の遺言で崖っぷちの私。クールな年下後輩と契約結婚したら、実は彼の方が私にぞっこんでした。
久遠翠
恋愛
広告代理店で働く仕事一筋のアラサー女子・葉月美桜。彼女の前に突きつけられたのは「三十歳までに結婚しなければ、実家の老舗和菓子屋は人手に渡る」という祖父の遺言だった。崖っぷちの美桜に手を差し伸べたのは、社内で『氷の王子』と噂されるクールな年下後輩・一条蓮。「僕と契約結婚しませんか?」――利害一致で始まった、期限付きの偽りの夫婦生活。しかし、同居するうちに見えてきた彼の意外な素顔に、美桜の心は揺れ動く。料理上手で、猫が好きで、夜中に一人でピアノを弾く彼。契約違反だと分かっているのに、この温かい日だまりのような時間に、いつしか本気で惹かれていた。これは、氷のように冷たい契約から始まる、不器用で甘い、とろけるような恋の物語。
冷徹社長の「契約」シンデレラ~一夜の過ちから始まる溺愛ルート!? 嘘つきな私と不器用な御曹司のオフィスラブ~
藤森瑠璃香
恋愛
派遣社員の桜井美月は、ある夜、会社の懇親会で泥酔し、翌朝目覚めると隣には「氷の彫刻」と恐れられる若き社長・一条蓮がいた。まさかの一夜の過ち(実際には何もなかったが、美月は勘違い)に青ざめる美月に、蓮は「責任は取る。だがこれは恋愛ではない、契約だ」と、彼の抱えるある事情のため、期間限定で恋人のフリをするよう持ちかける。破格の報酬と蓮の真剣な様子に、美月は契約を受け入れる。
世界で1番幸せな私~イケメン御曹司の一途で情熱的な溺愛に包まれて~
けいこ
恋愛
付き合っていた彼に騙され、借金を追った双葉。
それでも前を向こうと、必死にもがいてた。
そんな双葉に声をかけてくれたのは、とてつもなくイケメンで、高身長、スタイル抜群の男性――
常磐グループの御曹司 常磐 理仁だった。
夢みたいな展開に心は踊るのに……
一途に愛をくれる御曹司を素直に受け入れられずに、双葉は離れることを選んだ。
つらい家庭環境と将来の夢。
そして、可愛い我が子――
様々な思いが溢れ出しては絡まり合う複雑な毎日。
周りとの人間関係にも大いに悩みながら、双葉は愛する人との幸せな未来を手に入れることができるのか……
松雪 双葉(まつゆき ふたば)26歳
✕
常磐 理仁(ときわ りひと)30歳
You Could Be Mine ぱーとに【改訂版】
てらだりょう
恋愛
高身長・イケメン・優しくてあたしを溺愛する彼氏はなんだかんだ優しいだんなさまへ進化。
変態度も進化して一筋縄ではいかない新婚生活は甘く・・・はない!
恋人から夫婦になった尊とあたし、そして未来の家族。あたしたちを待つ未来の家族とはいったい??
You Could Be Mine【改訂版】の第2部です。
↑後半戦になりますので前半戦からご覧いただけるとよりニヤニヤ出来るので是非どうぞ!
※ぱーといちに引き続き昔の作品のため、現在の状況にそぐわない表現などございますが、設定等そのまま使用しているためご理解の上お読みいただけますと幸いです。
貧乏大家族の私が御曹司と偽装結婚⁈
玖羽 望月
恋愛
朝木 与織子(あさぎ よりこ) 22歳
大学を卒業し、やっと憧れの都会での生活が始まった!と思いきや、突然降って湧いたお見合い話。
でも、これはただのお見合いではないらしい。
初出はエブリスタ様にて。
また番外編を追加する予定です。
シリーズ作品「恋をするのに理由はいらない」公開中です。
表紙は、「かんたん表紙メーカー」様https://sscard.monokakitools.net/covermaker.htmlで作成しました。
天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎
ギルドで働くおっとり回復役リィナは、
自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。
……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!?
「転ばないで」
「可愛いって言うのは僕の役目」
「固定回復役だから。僕の」
優しいのに過保護。
仲間のはずなのに距離が近い。
しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。
鈍感で頑張り屋なリィナと、
策を捨てるほど恋に負けていくカイの、
コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕!
「遅いままでいい――置いていかないから。」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる