狩竜─KARYU─

緋月セト

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読み切り:竜狩る刃

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 ドラゴン
 それは、欧米圏にて共有される伝承や神話に登場する空想上にして、伝説上の生物。その姿はトカゲやヘビに類似し、巨大な翼を使い、我が物顔で大空を舞う。
 そんなこの世の理に反するような生き物でも、かつては実在するとまでされていた。
ドラゴンだ!みんな逃げろぉぉぉ!」
 西暦2011年、7月11日。
 ある極東の島国は、突如現れたドラゴンの襲来によって、壊滅的な被害を被った。
 たった5匹のドラゴンを仕留めるのに、国が抱える自衛隊員の約半数が死亡し、そのドラゴンは僅か1時間と言う、非常に短い時間で、多くの街を火の海と化した。
「待て!逃げんじゃねェ……!戦え!!俺と戦えよッ!!チクショォォォォォ!!!」
 当時10歳にも満たなかった俺は、燃える街の中で、飛び立つドラゴンに向かって吠える事しか出来なかった。
 後にこの事件は『大襲来』と呼ばれ、人々の脳に消えない傷跡を残す。
 そして、あの日から10年。
『本日をもちまして、あの日から約10年が経ちました。しかし、ドラゴンの襲来は今も続いております』
 日本は復興を果たしたが、それでもあの日の恐怖は消えない。
『また現在、人が突然ドラゴンに変貌する竜化ドラゴンシフトが頻発しており───』
 だが、人類とて馬鹿じゃない。
 力で敵わないのなら、知恵を絞り、交流を深め、人間の武器をフル活用すれば良い。
 今度は、人類われわれドラゴンを狩る番だ。
「さァ、狩りの時間だ」
 世間では、竜を狩る狩師かりしなる存在が脚光を浴びていた。



「おいおい、何だァこの店はァー!酒の一つもねェってのか!!」
 穏やか───とは言い難い昼下がり。
 洒落た外観とは真逆の騒がしい店内で、少年は本を読みながら休憩を取っていた。
「や、やめて下さいお客様!どうしてこんな事をするんですか!?」
五月蝿うるせェぞこのアマ!俺たちを誰と思ってやがる!」
 店内で騒ぎ立てるのは、西洋風の装いをした青年二人組。
 女性店員の声に耳を貸さず、しかも他の客の迷惑など知らんとばかりに、好き勝手している。勿論、他の客は迷惑そうにしながらも、その意見を口に出そうとする者はいない。
 まぁ、仕方ないと言えば仕方ないだろう。
 何故なら、好き勝手振る舞うこの二人組は、人類の守護者とも言える存在なのだから。
「しかし、俺たち狩師かりしに意見するとは、良い度胸してるなァお嬢ちゃん。えェ?おい?」
「まさか、俺たち無くしてドラゴンを倒せると思っちゃいないよなァ?」
「……ッ」
 二人組が凄むと、女性店員は悔しそうに引き下がる。
 数秒後、二人は再び馬鹿騒ぎを始めた。
「まったく、ああ言うのは夜中にして欲しいよね」
 その一部始終を見ていた男性は、まるで見兼ねたように呟く。
 優しげな顔付きで、中折帽を被った目の前の男だが、実はこの喫茶店のマスターである。
「ここは喫茶店であって、居酒屋では無いんだしさ」
「そもそも、喫茶店カフェでやる事じゃあねーだろ。」
 店主の呑気な言葉に、少年は小さくため息を吐く。
 それを聞いたマスターは、小さく笑った。
「ハハハッ、確かに」
「確かに、じゃなくてなァ……」
 少年は本を閉じると、半ば呆れたようにため息をつく。
「大体、店主のアンタが止めなくてどうすんだ?アイツら、多分ずっと続けるぞ?」
 彼が能天気な性格なのは知っていたが、店内での問題を解決しないと言うのも腑に落ちない。
 だが、マスターの口調はまるで、我が子を愛でるように穏やかな物だった。
「まァ、君の言いたい事は分かるよ。でも、それで暴れられたら困るだろう?大丈夫さ」
 マスターは余裕そうに言うが、少年は不満げに眉をひそめる。
「大丈夫って、何を根拠に───」
 刹那、店内に吹き込む突風のような威圧感。
 先程までの騒がしさが嘘のように、店内は粛々とした静かな空気に包まれた。
「久しぶりだな、ここに来るのも」
 ドアベルを鳴らしながら入って来たのは、羽根付きの帽子を被り、カイゼル髭を生やした長身の男。
 レイピアの入った鞘を腰に下げたその装いは、三銃士を彷彿とさせる。
「やァ、いらっしゃい。シラノ」
「久しいな、惣一そういち
 シラノと呼ばれた男は、マスターに挨拶して女性店員に微笑みかけると、二人の方に目をやる。
「で?これはどう言う事だ?」
 シラノは目を細め、覇気を顕にする。
 件の二人組は、ヘビに睨まれた蛙のように硬直していた。
「よもや、狩師とあろう者が、公共の場でこのような狼藉を働いていようとはな」
「ヒッ───!ち、違うですシラノさん!俺は止めたのにコイツが……」
「お、おいおい待てよ!元はと言えばお前が!」
 客目を憚らず、口汚く互いを罵り合う二人組。つい先程までの威勢は、一体どこへ行ったのかと問いたくなる程、二人は慌てふためき、その顔からは余裕が消え失せている。
 それ程までに、あのシラノと言う男の言葉には、凪のように静かで、炎のような怒気が込められていた。
「凄いな……」
 初見のインパクトもあったからか、少年も感嘆の声をポツリと溢す。
 剣豪シラノ。
 少年も名前は聞いていたが、本人を目にするのは今日が初めてだった。
「お前たちがここに居る価値は無い。他のお客様に謝罪し、今すぐに立ち去れッ」
「「は、はいッ!すみませんでした!」」
 シラノが一喝すると、二人組は蜘蛛の子を散らすようにそそくさと店を出て行く。
 もちろん、カウンターには金を払って行った。
「ウチの若い者が迷惑をかけたな」
 二人の迷惑客を追い出したシラノは、柔和な笑みを浮かべながら、少年の向かい側の席に座る。一瞬二人の目が合ったが、猛禽類のように鋭く、知的な眼をしていた。
 しかし、その口調にさっきまでの覇気や威圧感は感じられず、親しみ易い印象を受ける。
 成る程。この男、世渡りがかなり上手い。
 そして彼の姿を見るや、今度は他の客がざわめき始める。
「スゲェ……シラノさんだ……!」
「本物、だよな……!?」
「カッコイイ……」
「俺ァ、初めて見たぜ……」
「相変わらず、すごい人気だね」
「何、別に大した事じゃないさ」
 マスターの褒め言葉にも顔色を変えず、シラノは微笑を浮かべる。
 大人の余裕と言うやつなのか、どことなく不敵な笑みにも見えた。
「ところで惣一、隣に座る彼は?」
「あぁ、彼も狩師の一人さ。名前は───」
 するとシラノが人差し指でマスターの口を塞ぎ、こちらに目線を向けて来た。
 さっきとは打って変わる、猛禽類のような鋭い目。
「君も狩師なら、名前くらいは自分で名乗ったらどうだ?」
 優しげな口調に再び混じる威圧感。
 これがこの男の挨拶だとすると、随分な挨拶だ。
天童一騎てんどういっき
 少年は本から目を離さず、淡々と名乗る。
 目を見て挨拶しないと言う行為は、狩師で無くとも相手の不況を買うだろう。
 しかし、シラノは懐かしい物を見るように、一騎の座る椅子に架けられた刀を見つめる。
「天童……そうか、君はリューマの孫か」
「祖父さんを、知ってんのか?」
 一騎の問いに、シラノは小さく頷く。
「勿論だ。寧ろ、狩師で彼の名を知らぬ者は居ないだろう」
 「何せ、10年前の『大襲来』で、最も戦果を挙げた男だからな」と、シラノはまるで自分のことのように、誇らしげに語る。
 10年前の『大襲来』の主な舞台となった都市は、北海道、山形、東京、京都などだ。中でも、広島に襲来したドラゴンは特殊な能力を有していたらしく、祖父が居なければ討伐は不可能だったと言われている。
 武力に優れた東京の個体とは異なり、体内の細胞を自在に変形させる難敵だったと言う。
「リューマは、元気にしているかい?」
「……祖父さんは、3年前にドラゴンと戦って死んだ。知ってんだろ」
 一騎は素っ気ない口調で言い捨てる。
「そう、だったな……悪かった、思い出したくもない事を聞いてしまって」
 シラノは申し訳なさそうにすると、顔を隠すように帽子を被り直す。
「では、そろそろ行くとしよう。邪魔したな」
 席を立ったシラノは、玄関に向かって歩き出す。
 そして一騎の側を通ろうとした次の瞬間

 ───カツン。

 と、鞘同士の当たる音が、店内に響いた。
「おい」
 そしてそれを聞き逃すほど、一騎は甘くなかった。
「ちょいと待てやオッサン。今、アンタの鞘と俺の鞘が当たったぞ」
 シラノは自身の鞘と一騎の鞘を交互に見ると、「あぁ」と小さく呟いた。
「鞘当てか。これは失礼した、故意ではないんだ。気を悪くしてしまったようなら、謝ろう」
 その事を咎められたシラノは、穏便に済ませようと謝罪する。
 なんとも出来た紳士的な態度。
 だが、分かる。この男は隣を通り過ぎようとした瞬間、来る時の位置から半歩ズレて歩いていた。
 他者から見れば、単なる言い掛かりに聞こえるだろう。
 だが───
「狩師が、間違って半歩ズレて歩いたなんて事はねェよな?」
 それも、『大襲来』で多大な戦果を挙げたシラノ程ともなれば、尚更だ。
「鞘当てを知っててやった挙句、剰え『ごめんなさい』で乗り切ろうだと?」
 一騎は本をテーブルの上に置き、椅子から立ち上がると、側に架けておいた刀を取る。
 そして漆塗りの鞘から太刀を抜き、その切先をシラノに突き付けた。
「抜け、今し方アンタがやったのは、俺に対する果たし状に値する行為だ」
 重石のような、重厚感を帯びた言葉。
 やがて、シラノは観念したように眼を伏せると、レイピアを抜き放つ。
「少年、活気なのは結構だが───後悔するぞ?」
 猛禽類の如し眼と、覇気を纏った声色で告げる。
 予期せぬ形で始まった、狩師同士の戦い。
 客や従業員が固唾を呑んで見守る中、両者は最初の位置からピクリとも動かなかった。
「(打って……来ないだと?)」
 構えを取る一騎を見据え、シラノは小さく息を吐く。
 あの様子なら、てっきりそこら辺のチンピラのように、感情的に打ち込んで来るものだと思っていた。
 故に、直ぐに制圧出来るよう防御の構えを取ったのだが───
「(まさか、読みが外れるとはな……)」
 『慧眼のシラノ』と呼ばれるように、自他共に洞察力には相当な自信がある。
 だからこそ、すぐに打って来ないのが意外だった。
 だが、いつまでも落ち込んでいる暇はない。
「中々やるようだが……これならどうだ?」
 シラノは、今度は突きの構えを取る。
 貫通力に特化したレイピアの特性を最大限活かしつつ、相手との距離を一定に空ける事で、相手の一撃を貰わず一方的に殴る事が出来る攻めの型。
 対する一騎は、刀を正眼に構え、防御の構えでシラノと対峙する。
 シラノは流れるように防御の型に切り替え、一騎は攻守万能の型を取る。
「……」
「……!」
 緊張した空気が張り詰める店内。
 両者はスムーズに、一切の隙間ラグを見せず、次々と型を切り替えていく。
 そして、珈琲の雫が滴り落ちた次の瞬間、一騎は閃光の如し一歩を踏み出した。
「ッ!」
 強烈な踏み込みにより、両者の間合いを一瞬で詰めた一騎は、下段から刀を振り上げる。
 シラノは一歩反応が遅れるが、護拳ごけんで頭身を殴り、辛うじて回避。隙だらけになった頭部目掛けて、全身のバネをフルに駆使した全力の刺突をお見舞いする。
「甘いッ!」
 しかし、一騎は上半身を逸らせて回避し、斬りあげる。
 それをシラノが迎撃しようとした刹那──
「シラノ……さん?」
 か細い少女の声によって、互いの切先が互いの鼻先で止まった。
 二人は揃って声の方に振り向くと、そこには一騎と同じくらいの年頃の少女が立っていた。
「君は……もしかして千紗ちさか?」
 剣を納めたシラノが、少女に尋ねる。
 すると、千紗と呼ばれた少女はパッと華が咲いたような笑顔を浮かべ、シラノの胸に飛び込んだ。
「やっぱりシラノさんだ!久しぶり!」
「あぁ、久しぶりだな。千紗。元気そうで何よりだ」
 シラノに頭を撫でられ、年相応の可愛らしい笑顔を浮かべる千紗。
 和やかな空気の中、一騎は静かに刀を納めた。
「何故、刀を納めた?」
「興醒めだ。大体、そこの女が止めさえしなけりゃ、俺が勝ってた」
「ハハハッ、冗談が上手いな。君は」
「うっせ、つかその女誰だよ」
「君にも紹介しよう。私の娘のような子だ」
「なんだそりゃ」
 もはや決闘どころではない雰囲気に呆れたのか、一騎は小さくため息をついた。



 同時刻。
「くそッ、くそッ!シラノの野郎ォ!!俺たちの足下みやがって!」
 店を追い出された二人組の一人が、腹いせに路地裏のゴミ箱を蹴っ飛ばす。
 それを見兼ねたもう一人が、相方を諌める。
「気持ちは分かるが、俺たちだけじゃ返り討ちに遭うだけだぜ」
「じゃあどうするッてんだよォ!!」
 男は頭をぐしゃぐしゃと掻き、八つ当たりするように相方に向かって怒鳴る。
 だが、もう一人の男は余裕そうにしていた。
「まァ聞け、俺に策があるんだ」
 相方を諌めながら、もう一人の男は凶悪な程に歪で、醜悪な笑みを浮かべる。
 そして唐突にポケットを探り始めると、一つの小瓶を取り出した。
「コイツが、俺の秘策さ」
 相方が取り出した、黒く澱んだ『何か』が入った小瓶。男には、興味が湧かない訳がなかった。
「なァ、コイツがあれば、シラノの野郎に一泡吹かせられるんだよな!?」
 案の定、男は目を輝かせながら飛び付く。
 これ程までに御し易い相手バカは、早々いない。
「あァ、それをお前が使えば、シラノなんざ敵じゃあねェ」
 あぁ、我ながらなんて愚かな相方なのだろう。
 もう一人の細身の男は、相方を嘲笑うようにクツクツと笑っていた。



「しっかし、まさか10年前の『大襲来』の生き残りがいたなんてな……」
 その一方で、千紗と言う少女の仲裁(?)により、幕を閉じた決闘から数分後。
 一騎は大通りを歩きながら、物思いに耽っていた。
 多くの都市が壊滅し、日本と言う国に甚大な被害を与えた『大襲来』。
 それも、一番被害が大きかった『広島大襲来』の生き残りともなれば、数人といないだろう。
 まさか、あんな形で出会う事になるとは。
「世の中、よく分からねーもんだな」
 などと考えながら歩いていると、数メートル先を見慣れた人影が歩いていた。
「(アイツは……)」
 ミリタリー調の服装、そして肩に提げたマシンガン。
 顔を下に向け、傲岸不遜な雰囲気こそ出ていないが、あの顔は間違いない。あの男は、シラノに喫茶店から追い出された、狩師二人組の一人だ。
 たが、取り巻きのように付き添っていた片割れの方は、何処に行った?
「(てか、少し見ないうちに随分と変わったな……)」
 見当たらない取り巻き以上に、この印象が大きかった。
 逆立った金髪は色褪せ、頬がけた顔は生気を感じさせない土気色。
 たった数時間で、ここまで変わる物だろうか?
 まるで、危険な薬物でも摂取したような───
「おい!危ねェだろうが!!」
 すると突然、大通りに怒号が響き渡る。
「!?」
 声の方角に目を向けると、地面に倒れ込んだ狩師の胸ぐらを掴み上げて、カップルと思しきガラの悪そうな男が、口泡を飛ばしながら怒鳴り付けていた。
 対する彼女の方は、つまらなそうな表情でスマホをいじっており、無関係アピールを貫いている。
「テメェ~~~、なに肩ぶつけてくれてんの?服がほつれちまったじゃあねェかッ」
 妙な難癖をつけながら、男は狩師をなじり出す。
 だが、それ以上に恐怖を感じたのは、狩師の男は項垂れたまま何も答えない所だった。
「ねー、早く行こー?映画始まっちゃうよぉ~」
 女性は急かすが、なじるだけでは足りなかったのか、今度は馬乗りになった男は狩師の顔面を殴り始める。
 一騎は、背中に氷嚢を押し当てられたような寒気を感じた。
 これは、非常にヤバい。
「おい、そこら辺に───」
「うぐっ……ぐあぁぁぁあぁあああッ!」
 刹那、狩師の男が突然首を押さえて苦しみ始める。
 その声は、まるで絶命寸前の猛獣のような、得体の知れない恐ろしさを孕んでいた。
 流石に恐ろしくなったのか、男は慌てて狩師から離れて後ずさる。
「な、なんなんだテメ───」
 そして次の瞬間、言葉に出来ない怪音と共に、真っ赤な血が男の首から間欠泉の如く噴き出した。
「ヒッ───!」
 わずか数秒にも満たない、突然の出来事。
 あの日以来日常茶飯事となったその光景でも、平穏を愛する民衆の深層心理に巣食う恐怖心を煽り、駆り立てるには十分な効果を発揮した。
「みんな逃げろ───!竜化ドラゴンシフトだぁぁぁ───ッ!!」
 一人の男の悲鳴をきっかけに、群衆が津波の如く走り出す。
 人が出してはいけない音を鳴らしながら、狩師の身体の至る所が裂け、露出した骨格が変形し、その姿を人ならざる者へとみるみる変貌させて行く。
「(こ、コイツはヤバい!!言葉には出来ないが、兎に角ヤバい事だけは分かるッ!)」
「■■■■■■──────ッ!!!」
 やがて、人とも竜とも言えない歪な姿へと元狩師の男は、しゃがれた低い咆哮をあげる。
 竜化ドラゴンシフト現象。
 人為的、または自然的な要因によって、突然人間がドラゴンに変貌する現象。その原因は未だ解明されておらず、言うなれば、現代社会を象徴する不治の病。
「そんな、嘘……!嫌ぁぁぁぁぁあッ!!」
「どけよジジイ!逃げられねェだろッ!!」
「おい!狩師協会に連絡はしたのか!?」
「馬鹿野郎!すぐ来れる訳ねェだろうが!」
「もうダメだ……東京はまた、ドラゴンに焼き尽くされる……!」
 我先に逃げようとする者を始め、あまりの絶望に打ちひしがれて膝から崩れ落ちる者など、穏やかな雰囲気だった大通りは、一瞬にして地獄絵図と化す。
 一騎の脳内を過ぎったのは、幼き日の光景。
『母さん、ごめん……!』
『待ってお兄ちゃん!お母さんがまだ!』
『一騎!しずく!生き延びるのよ!』
『嫌だ!お母さん!お母さぁ───ん!』
 愛する母を置き去りにして、妹の手を引いて逃げるしか出来なかった10年前。
 あの惨劇が、また起ころうとしている。
「(そんなの、良いわけねェだろ……!)」
 一騎は荒れ狂うドラゴンを睨みつけ、腰を落として柄を握り締め、抜刀しようとした次の瞬間───
「いやァ~、絶景絶景。やっぱいつ見ても壮観だな、竜化ドラゴンシフト
 背後から、感動するような声が聞こえる。
「しかし、模造品を使うと、あんな風になっちまうのか。だが?同時に新しい発見を得ることも出来た」
 一騎の背後を歩き回る男は、笑いながら喋り続ける。
 この男、狂っている。
「テメェ、何を言って───!」
 刹那、前方から迫り来る殺気。
「ッ!」
 慌てて回避すると、先程まで一騎がいた場所を、ドラゴンの顎が通過し、道路を抉り取って行った。
「───ッ!」
 その悍ましい光景に、一騎は全身の毛が逆立つのを感じる。
 狩師である以上見慣れた光景ではあるが、いつ食い千切られても可笑しくない状況を考えると、常に冷静を保って動くのは案外難易度が高い。
 せめてもの救いは、知能を持たない紛い物であった為、動きが直線的で分かり易い事くらいだ。
「(いつみてもおっかねェな……!)」
 だが、今回の相手はドラゴンだけではない。
「おいおい、戦いの途中でよそ見か~?」
「うおッ!?」
 銃声が鳴り響き、撃ち出された真鍮色の弾丸は一騎の頬を掠め、彼方へと飛んで行く。
「へェ、避けるか」
 男の上っ面の賛辞を無視し、一騎は体勢を立て直す。
 銃はその構造上、散弾銃ショットガン出ない限り、弾は直線上に撃ち出される。
 それさえ知っていれば、躱すのは容易い。
 だが───
「■■■■───ッ!」
「うッ!」
 その後隙を狙うように、ドラゴンが攻撃して来る。
 ぶっちゃけた話、これがかなり厄介極まりない。
 何故なら、一度一方の攻撃を躱せば、もう一方に大きな隙を見せる事になるからだ。
「ほォ~ら、チェックメイトだ!」
 ドラゴンに気を取られ、無防備になった一騎の背中目掛け、男は引き金に指をかける。
 ───確かに、その無防備な体勢は、相手にとって格好の的となるだろう。
「あばよ!クソガキ!」
「って思うじゃん!?」
 だが、それはあくまで『三流』の話だ。
 一騎は敢えて地面に倒れ込み、まるでブレイクダンスを踊るように、男が構えた銃を蹴り弾く。
 その行動は、逆に相手の隙を作るには十分だった。
「くッ───!」
 男は距離を離そうと引き下がるが、それを一騎が見逃す訳がない。
「甘いんだよッ」
 シラノとの決闘でも見せた爆発的な踏み込みで、両者の距離を一瞬で詰める。
 男はがむしゃらに銃を乱射するが、一騎が足を止める程ではない。
「ハァァァ──────ッ!!」
 一騎は一度抜刀し、迫り来る銃弾を全て斬り落とす。
「これで終わりだッ!」
「ヒィッ!?」
 そして、渾身の居合いを放とうとした次の瞬間、ガキィンッ!と甲高い金属音が響き渡る。
 止められた?銃が得物の相手に?
 答えは、否だ。
「なんで───」
「困るんだよ、少年。ビジネスパートナーに手を出されては」
「なんでアンタが、ここに居る!?」
 一騎の一太刀を止めた人物は、他でもないシラノだった。



「まったく、末恐ろしいものだよ。君は」
 シラノは服についた埃を払いながら、鬱陶しげに言う。
 なぜ、シラノがここに居る?それ以前に、なぜ背後の男を庇う?
「て言うか、ビジネスパートナーって、どう言う意味だよ?」
 一騎は、震える声でシラノに問いかける。
 だが、シラノはその問いを鼻で笑うだけだった。
「お前が知る必要はない。それに、敵が俺たちだけだと思うなよ?」
 シラノの言葉を裏打ちするように、その顎門あぎとを限界まで開けたドラゴンが、一騎を丸呑みにせんと迫る。
「くそッ!」
 一騎は辛うじて回避するが、ドラゴンは執拗に彼を追い回す。
 それを見ていたシラノは、突然なんの脈絡もない事を言い出した。
「リューマもそうだったが……君の家族は、本当に愚かだよ」
「なにッ?」
 ドラゴンから逃げ切った一騎は、男を斬り倒すべく、再び切って掛かる。
「死ねッ!!」
「おっとォ、ソイツはいけないなァ!」
 その一撃は再びシラノに防がれ、二人は鍔迫り合いになる形で睨み合う。
 鬼気迫る表情の一騎と違い、シラノの表情は余裕そのものだ。
「3年前、リューマは奥羽山でドラゴンと死闘を繰り広げ、名誉ある死を遂げた」
「アァ!?」
 甲高い金属音と共に、2人は数手打ち合う。
 だが、細身の男とドラゴンが攻めの手を休める訳もなく、防戦一方だった。
「それが、今となんの関係がある!?」
 響き渡る一騎の怒号。
 するとシラノは嘲笑うように目を細め、高らかに笑い出す。
「あー、そうかそうか。そうだったのか」
 笑い終えると、露骨に声のトーンを高くして言った。
「はははッ、そうかそうか。じゃあ、特別に教えてやるよ。天童竜磨は、ドラゴンと戦って死んだんじゃあない。殺されたのさ、この俺になァッ!!」
「ッ!?」
 突然突きつけられた衝撃の事実に、一騎の顔に明らかな動揺が浮かぶ。
 一瞬にも満たない刹那の間の、致命的なラグ
 目の前で斬り合う男は、それを見逃すほど優しくはなかった。
「ッハァ!」
「ぐッ!」
 一騎を力任せに弾き飛ばしたシラノは、再び回避に移る一騎を見て言う。
「血は争えないとはこの事だ。10年前のあのガキもそう!俺に親を殺されたのも知らねェで、やれ恩人だのと、まるで拾われた野良猫みてェに懐いて来やがる!」
「ッ!」
「アイツほど扱い易くて、チョロい女も早々いねェさ!!あの女が居たから、俺が名誉を手にするのにそこまで時間は要さなかった!『大襲来』に遭った街を救い!全力を賭してもたった一人しか救う事ができなかった俺は、一躍悲劇の英語ヒーローだ!!慕われない訳がねェってもんよ!!」
「まさかアンタは、あの子のことを利用してたのか!?」
 細身の男を斬り殺し、ようやく2対1に持ち込むことができた一騎は、左手に握った鞘でドラゴンの猛攻をいなし続けながら、残る右手でシラノと斬り合う。
「だが、これ以上ねェバカな話だろ!?お前らが尊敬して来たのは、犯罪者と手を組んで儲かってる大悪党なんだからよォ!!!」
 雨が降り始めた大通りで、シラノは悪びれもせずに笑いながら叫ぶ。
 きっと、あの何も知らない純粋な少女は、シラノの帰りを待っているのだろう。
 無事帰って来る事を、切に願いながら。
「なのにアンタはッ!!自分を思う子を───それも女の子を利用して!悪いと思わなかったのか!?」
「思う訳がねェだろう!大体、目障りなガキを利用して何が悪い!?あのガキには、良い思いをさせて貰ったぜ!俺が飯を作れば作って来るし?股を開けと言えば、喜んで開きやがる!!夜中にすすり泣く声も聞こえたが、そんなの俺には関係ねェよなァッ!!」
「───ッ!!!」
 この男は、結婚前の女の子を傷物にし、人道に反した行為をしていると言うのに、関係ないと言う。
 一騎がこの男に抱いた感情は、失意や憎しみと言う、安いものでは無い。
 それはもう、至極単純で、誰もが一度は抱く感情─── 『怒り』だけだった。
「儲かる儲かる!これだから悪役はやめられねェよ!テメェを殺した後は、テメェーに冤罪擦りつけて!『また』英雄の名を欲しいがままにしようじゃあねェか!!」
 シラノは一騎の脇腹を蹴り、蹴られた一騎はそのまま地面を転がる。
「さァ!英雄の為に死んでくれやァ!!」
 シラノが放った必殺の一突きが、無防備な一騎を貫こうとした刹那───
 灰色の空に、遠雷が轟いた。
「ぱぇ?」
 シラノの腑抜ふぬけた声が、静まり返った大通りに虚しく木霊こだまする。
 シラノの突きは、一騎を殺すに至らなかった。
 それは何故か?
 その答えは、すぐに明らかとなった。
「お、俺の腕は?」
 大事な物が突然消えた感覚に、理解が追いつかないシラノは目を白黒させる。
 その表情は、やがて悲痛に満ちた物へと変わった。
「ぎゃあぁぁあぁぁぁあああ!?痛ェッ!!痛ェよぉぉぉぉお!!」
「正直俺は、アンタを尊敬してた」
「はぁ!?」
「顔は知らなかったが、狩師の鏡と呼ばれてたアンタと、一度会ってみたかった」
 だが、こんな下衆ゲスだとは、思いもしなかった。
「てめーには、小一時間説教しても正直無駄なんだろうな」
「(そ、そうか……)」
 そこでシラノは理解する。
 ドラゴンは、突如轟いた遠雷で動きを止めたんじゃない。
「(コイツに気圧けおされて、動けなかったんだ!!)」
 ガチガチと歯を鳴らし、恐怖に満ちた目で一騎を見上げるシラノ。
 そんな彼を見下ろす瞳は、非常に冷たく、無機質な物だった。
「わ、分かった!じゃあ俺の財産の半分を、お前にやろう!!あのガキも、お前にくれてやるッ!な!?それで良いだろう!?」
 通り一遍の台詞を吐きながら、シラノは典型的な命乞いをする。
 それを聞いた一騎は、再びため息を吐いた。
「そもそも、平気で鞘当てをして来る奴に、ロクな奴はいなかったわ」
 一騎はゆっくりと詰め寄り、シラノは尻で後退りをする。
 その視線に本能的恐怖を感じ取ったのか、シラノの顔に大粒の汗が滝のように浮かび上がっていた。
「アンタの死因はただ一つ……、実にシンプルな答えだ。アンタは俺を怒らせた」
 一騎は鋒をシラノの鼻先に突き付ける。
 そして鋒を凝視したシラノは───、罪で栄誉を勝ち取って来た偽りの英雄は、その状況に耐えられる程の精神を持ち合わせていなかった。
「ま、待て……!俺も本心でやった訳じゃあない!!悪いとは思っていたんだ!本当だッ!!」
 死を悟っても尚、シラノは醜い言い訳を喚き散らす。
 本当に、情けない事この上ない。
「てめーには、もう何も言う事はねェ……非常にアワレ過ぎて───何も言えねェ」
 パチンッ───。
 とつばはじく音が鳴り、シラノは仰向けに倒れ込む。
 大粒の雨が降り注ぐ大通りでは、ドラゴンと一騎が向かい合っていた。
「ゴルルルル………ッ!!」
 鼻息を鳴らし、一騎を威嚇する元人間のドラゴン。この男の所業を考えれば、この仕打ちも自業自得と言ってしまえば、それで片付くだろう。
 それでも、ドラゴンと言う存在になった以上、殺さなくてはいけない。
「コンビを組む相方と、出逢う人さえ間違えてなけりゃ……良い人生だったかもな」
「ゴアアァァアァァァアッ!!!」
 天高く咆哮したドラゴンは、口から炎の塊を吐き出す。
 雨天時で、しかもこれだけ離れているにも関わらず、迫る炎はジリジリと一騎の身を焼き始める。
 おそらく、摂氏三千度は下らないだろう。
 しかし───
「それがどうした」
 狩師になって約7年、この程度の炎なら、文字通り『死ぬ程』喰らっている!
「ハァッ!!」
 一騎は刀をしゃに構え、一閃。
 刀は炎を真っ二つに斬り裂き、割れた炎塊えんかいの中央を突っ切って、一騎はドラゴンの懐へと躍り出る。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉらぁぁぁぁぁッ!!!」
 そして大きく跳躍し、その長く太い首を両断。
 一騎は、暴れ狂うドラゴンを一刀の下に斬り伏せた。



 ドラゴン討伐から1時間後、見るも無惨な惨状となった大通りには、多くの人が押し寄せていた。
「まさか、シラノさんと犯人がグルだったなんてな……」
「畜生ッ、慕ってたのが恥ずかしいぜ……!」
 今から30分前、駆けつけた警察官によってシラノは逮捕、連行された。目を覚ませば、狭い取調室で辛い尋問が待っているだろう。
 だが、これで良い。悪人を裁くのは、司法に任せるくらいが丁度良いのだ。
 そして、件のドラゴンとなった狩師の身体からは、人工物と思しき破片が見つかった。
 警察は今回の事件を、人為的な物として捜査を進めるだろう。
 尤も、その犯人は途中で殺してしまったのだが。
「さて、と。そろそろ行きますか」
 きびすを返すと、一騎は現場を後にする。
「あっ」
 その途中で、千紗とばったり鉢合わせしてしまった。
「げっ」
 一騎は180度回頭し、来た道を戻ろうとするが───
「待てコラ」
「ぐはッ!」
 千紗にフードを掴まれ、盛大に後頭部を強打する。
「ってェな!何すんだ!」
 一騎は頭をさすりながら立ち上がり、千紗を方を見るや、すぐに神妙な面持ちになった。
「……なに、泣いてんだよ」
 そう一騎が問いかけると、千紗は「えっ?」と間の抜けた声を漏らし、違和感を感じたのか目尻を拭う。
 彼女は、涙を流しながら笑っていた。
「あれ?可笑しいな……あの人は、私の事を利用してただけなのに……」
 きっと彼女のシラノに対する恩は、紛れもない本物だったのだろう。両親をあの男に殺されたとは言え、あの男に救われた事もまた、紛れもない真実なのだから。
 やがて耐えきれなくなったのか、千紗は両手で顔を覆い、声を殺して泣き始める。
 それを見兼ねた一騎は、頭を掻きながら口を開いた。
「───これは俺の持論なんだけどさ、人ってのは、無意識に救いを求める生き物なんだよ」
 泣きじゃくる千紗の隣に立ち、一騎は詩を読み上げる口調で言い続ける。
「人が謝るのも、他人のために謝るんじゃなくて、『自分が許される事で安堵したい』から、謝るんだと思ってる。それは良い事をするのも同じで、誰かに対する罪悪感から、善行をするって俺は考えてる。もちろん、許される事自体は、相手にも意味を与えるんだろうけどさ」
 10年前、救えなかった母に報いる為に。
 3年前、刀だけ残して死んでしまった祖父を忘れない為に。
 人のざわめきに掻き消されてこそいるが、彼女の泣く声は、一騎の耳に届いている。
「また来るからさ、今度はお前の心の内を聞かせてくれよ」
 千紗の背中を優しく叩くと、一騎はそのまま歩き出し、こっちに向かって走って来たマスターと交代するように、千紗の下から離れて行く。
 少年の名を、天童一騎。
 のちに、彼は狩師としてとある偉業を成し遂げるのだが、それはまた先の御話。
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