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一章:傭兵フラウと聖女様

7.姉VS妹VS騎士団長①

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久しぶりの登城に自然と身体に力が入る。
朝方だというのに城内は静けさを感じさせず使用人達があちらこちらを忙しそうに行き来していた。


リシテアが帰城したのにも関わらず誰も声をかけて来ない。


「リシテアが帰ってきたのに皆見向きもしないんだけども」


「私この城では嫌われ者ですのよ。困ったことに。まぁ、痛くも痒くもないですが」


そこまで困ってなさそう…。
どうやら、この城はティシー派の者が多く、リシテアはティシーを虐める意地悪な姉として通っているらしい。リシテアが歩いていると人が勝手に避けてくれるので大変有難いとフォローになっていないフォローを入れた。


「ティシーが私の使用人にまで手を出そうとしていたから一発引っぱたいたら誰も近寄らなくなりましたのよ」


凄いでしょ?と自慢気に話すリシテア。
口より先に手が出るタイプだな。気をつけておこうと脳内にインプットした。
見放されている分、監視は少なく意外と自由に過ごせることから気にしてないと語っていた。
たしかに一日中行動を監視されていると動きにくいよね。分かる。
広い廊下を迷いなく進み暫くすると、段々と優雅な甘い香りが漂ってきた。

これは……花の香り?
匂いが強く感じられる頃には一つの扉の前に辿り着いた。


甘い香りはこの扉の先だ。


─コンコンッ

「ティシー、姉様よ。入るわね」


重い扉を開けると辺り一面に敷き詰められた真っ赤な薔薇。
そして、窓辺で会話に花を咲かせているティシーともう一人。



「アルッ…!?」




思わず声が漏れてしまったが気合いで押えた。危ない危ない。
あの燃えさかるような紅蓮の髪にスラリとした長身。整った顔立ちで男性としての魅力をギュッと詰めたようなこの男こそ、騎士団のトップを務めているアルバート=ローリンガノフだ。
まさかティシーの部屋で会うとは思ってもいなかった。
ティシーの腰に手を添え甘い顔をしている。始末書とにらめっこをしている時の鬼の形相とは大違いだ。
アルバートも一瞬目を見開いたが、直ぐに甘い表情へ戻った。
朗らかな笑顔を向けてくるが雰囲気で「何故お前が此処にいるんだ」と訴えかけてくる。


「ティシー…どうやらお前に客だ」

「だめ…ッわたくしはまだアルバートとお話がしたいの…ねっ?まだここに居て?お願い!!…おねえさまぁ?アルバートとのせっかくの逢瀬が台無しだわ!!」


「あら、それは大変失礼したわ。けどアナタにどうしても伝えたいことがあって」


「伝えたいこと、ですって??」


「この傭兵の件よ」


酒場で会った時とは雰囲気が全く違うティシー。こっちが本当の顔なのか。
リシテアに袖を引っ張られ一歩前へ踏み出す。アルバートの顔が非常に怖くて冷や汗が止まらないし気まずい。
何とか顔を逸らしつつティシーと対面した。

「…おねえさま?コイツは昨日捕まえた泥棒猫よ。日程が決まり次第、処刑する予定なんですが…何故出してきたんです?」


先程の逢瀬でアルバートに向けていた蜂蜜と砂糖を混ぜ合わせた様な表情はそこにはなく、ただ不快だという感情が剥き出しのティシーが私を一瞥し眉を寄せた。


「あなたが犯罪者扱いしたこの子はね、私が雇っている傭兵なのよ。私のモノなのよ?なのに、人の私物を相談無しに牢屋に入れるなんてあんまりだわ」


「けどその女はわたくしから婚約者達を奪った挙句に弄んだのよ!」


「だから国を守るために騎士団と連携して…あっ、コラ!魔法を使うのはやめなさい!ティシー!!」


別に奪った訳じゃないんだけど!?
あと弄んでもいないし、逆に虐められているのは私なんだが!?と、大きい声で言いたいのが本音だが今は黙って成り行きを見守る。
ポンポン飛んでくる魔法を躱しながらリシテアを背に庇うが、彼女なら庇わなくても魔法なんか拳で相殺出来そう。
リシテアと私に対しヒステリックに叫ぶティシーを宥めつつ若干冷めた顔をしているアルバート。これなんていう修羅場?
ヒートアップしている言い争いにそろそろ終止符と打たねばをならない、と思っていた時だった。



「ティシー、一旦落ち着いてくれないか?この件について俺からも言いたいことがあるんだ」


アルバートの一言でピタリと止まる両者。
どうどう…リシテア落ち着いて~…。


アルバートがティシーにひざまつき小さな手にキスを一つ送る。


「まずは我が姫、ティシーに謝罪をしよう…ッ誤解を生むような行動をしていて本当にすまなかった…!お前が俺達のことを心配していたのに、それを無視して蔑ろにしてしまっていた!」


「あ、アルバートッ!あなたが謝らないで!!全部この女が悪いのよ!!!」


「この重度なる非礼…何度謝っても足りない…けどこれだけは信じて欲しい。俺達はティシーだけが必要だと、愛していると」


「アルバート…!!!頭を上げてちょうだい!!わたくしも愛していますからっ…!」



目の前で熱い抱擁を交わす二人。
リシテアをチラ見するとウインクをしてきた。
えっ…これも作戦なのか!?




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