Beside You シリーズ

藤原 秋

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Beside You 3 ~始まりの魔法都市~

08

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「お前はこの件についてどこまで知っている? ここを見て驚かないところをみると、この研究施設のことは知っていたようだな……連れであるその娘がここの生まれであることは、知っているのか」

 緊張感漂う空間に、不穏な調べを含んだカーラの声音が響く。

 彼女の発言に驚いたのはまたしてもレイオールだけで、問われたガラルドは動じる素振りも見せなかった。

「……まあ、だいたいのさわりはな」
「そもそもお前は何故この娘と行動を共にしている……? お前達はどういう関係なんだ。あの呪印に関係があるのか」
「そこはお前的にどうでもいいことだったんじゃなかったのか?」

 皮肉めいたガラルドの返しに、カーラは短く理由を告げる。

「あの時とは状況が変わった」
「そうかよ。ま、お前の都合はオレには関係ねぇし、言うつもりもねぇ」
「イラつく回答だ」

 切れ長の灰色の瞳を険しくして、カーラは語気を強めた。

「あの娘は魔法技術の探求の名の下に、魔人ディーヴァに抗いる新たな人類を生み出そうなどと、人間が人間の手で生命を弄んだ過程で偶発的に誕生した、自然の世界にあらざる生命体だ。その秘めたる能力はもちろん、このまま生きて自然の種と交われば今後にどんな弊害をもたらすか分からない、神の領域を犯して作られた異分子なんだ! だから―――!」
「―――それがコイツをこんな目に遭わせた理由かよ」

 ガラルドの声に深い怒気がこもった。暗い緋色の瞳をぎらつかせ、滾る怒りも露わにカーラをただす。

「だから殺そうとしたのか。そんなあやふやでくだらねぇ、フォルセティのお高い理念だか概念だかの為に、コイツを!」
「くだらない、だと?」

 カーラが眉を跳ね上げる。フォルセティを貶めるガラルドの発言はフォルセティの理念に寄り添う彼女の逆鱗に触れた。

「―――私と同じ生まれの貴様が、そう言うのか!」

 張り裂けるような叫びを上げ、カーラはほとばしる激情をガラルドに叩きつけた。

「いったい何がくだらない!? 今、この世界で私達のような異端者が、ありのままでいられる場所がどこにある!? どこにもないだろう!! 『神が創り出したこの世界に不必要なものはなく、また足りないものもない』この理念に基づいて“自然との共生”を掲げるフォルセティの活動は、それを変える! フォルセティの理念が世界中に広まっていけば、我々のような立場の者が苦しまずに生きていける世の中になるんだ! 私達フォルセティはそれを目指して尽力している!! それの、いったいどこがくだらない!?」
「そういう意味ではフユラだって、オレらとそう立場は変わらねぇだろう! そういう世界を作ろうと目指しているお前らが、何でコイツを殺そうとするんだ!!」
「人工的に生を得たその娘と半魔の我々とでは、根本的な部分が違う!」
「それが、その考え方が、人間達が半魔オレ達を見ている目とおんなじなんじゃねぇのか!」
「!」

 雷に穿たれたような衝撃を受け、カーラは呼吸を止めた。

 先程、強力な魔力抑制具のチョーカーを着けた状態でありながら呪術を繰り出したフユラに対して、彼女自身が放った言葉が耳に甦り、自身の胸の奥深くに突き刺さる。


『やはりお前はバケモノだ!』


 人間達から何度放たれたか分からないその言葉を、あの時、カーラ自身も無意識のうちにフユラに向かって投げつけていた―――……。

「人間が人間のエゴで勝手に命を造り出そうとする、クソみてぇな研究にはオレだって反対だ。ここを終わらせて一切合切を消し去ることにも異論はねぇ。……だがな、既に生まれちまったモンをお前らの一方的な了見で殺そうとするのはおかしいだろうが!」
「……それは、お前の連れ以外は消し去っても構わないという意味合いか。このプラントで既に人としての形を成している娘の同胞はらからは、生命としてカウントしないということか?」

 試すようなカーラの物言いにガラルドは精悍な頬を歪めた。

「ああ? 母体代わりのその容器から出て生きていけんなら、そいつはもう立派な生命と言えんだろ」
「では、どうする。その娘はまだしも、ここで目覚めの時を待つ他の生命体は異形の身でありながら、私達のように人間社会に紛れて生きていく姿すら持ち合わせていないのだぞ。それが何を意味するのか、半魔のお前にはよく分かるはずだ……。自我を持たない今のうちに楽にしてやればいいものを、わざわざ生かして、彼らにこの世の地獄を歩ませようと言うのか!?」
「生まれたその先に何が待っているかなんて、誰にも分かりゃしねぇだろ……その人生がいいか悪いかなんてのは生まれた後にソイツ自身が判断することであって、第三者が決めることじゃねぇ!」
「無責任なことを……! お前は自分がどれほど重大な局面に立ち会っているのか、全く理解していない!」

 カーラは盛大に舌打ちをして語気鋭くガラルドに迫った。

「ここで生まれる者達は、普通の人間が持ち得ない力を有して生まれてくるのだそ! 過酷な環境で育った彼らがその力をどう使役するか、想像はつくだろう!? 今ここで手を打たねば、世界は混沌とするぞ……!」
「普通の人間が持ち得ない力を有している、って部分ではオレもお前も、フユラも同じだ。だが、オレ達はそうならなかった―――何でだろうな?」
「……!」
「生まれ持った性格や育った環境、関わってきた人間達……些細なことの積み重ねや日常のちょっとした出来事、時折訪れる転機みたいなモン……、色んな事が絡み合って人格ってのは形成されていく。命がどう育つのかなんて、一概には言えねぇよ。……まあお前が言うように環境が占める割合ってのはデカいだろうから、そんなにコイツらの行く末が気になるんなら、生育にいい環境ってヤツをフォルセティやこの街の連中が整えてやりゃいいんじゃねぇのか?」
「簡単に言う……! それを実現させることが、どれほどの困難を伴うか……!」
「それが出来ないフォルセティの理念が世界中に広まっていくとは思えねぇな」
「何だと……!」

 挑発めいたガラルドの言動にカーラは歯噛みし、眼光鋭く彼をにらみつけた。

「元々この研究の過程で生まれた者達の存在は、我々の理念に反するのだ。その生育環境を我々が整えるなど、矛盾も甚だしい!
お前はこういう危惧を抱かないのか。ここで生まれた者達に万が一子供が出来、自然界では生まれるはずのなかった生命が誕生してそれが繰り返されたなら、この先の生態系にどんな影響を及ぼすか……! 重大な悪影響が出てからでは遅いんだ、そうなる前に、今この時点でその因子を排除しておくことが最善だとは思わないのか!」
「それこそが、神のみぞ知る神の領域だろうが!」

 ガラルドの一喝は迅雷のように閃いて、カーラの中枢に轟いた。

「……!」
「んな、膨大な時間が経過してからじゃねぇと誰にも判断がつかねぇような話、何が正しいのかが分からねぇのに、ここでどんだけ話し合ったって結論なんか出るわけがねぇだろ! そんな意味のねぇ壮大な議論より、もっと広い目でもっと単純に、目の前にあるものを救うのか救わないのか、自分達てめぇらの良識と照らし合わせて決めることの方が大事なんじゃねぇのか!」
「……っ!」

 カーラは頬骨に力を込めて唇を引き結んだ。

 ガラルドといいフユラといい、勝手に言いたいことだけを言ってくれる。だが、それを聞いて荒ぶる感情が込み上げてくれるのは、彼らの言葉が真理の一端を突いているとカーラ自身が感じるからだ。

 だが、それだけではカーラも自身の信念と矜持を譲れない。これまで信じ築き上げてきたものをそう簡単に譲り渡すわけにはいかない。

「論ずるだけ時間の無駄だな。原始的だが、ここは強き者の主張がまかり通る弱肉強食の原点にて決着をつけようか」

 荒ぶる感情を押し殺し、努めて冷静に告げたカーラにガラルドは頷きを返した。

「元よりそのつもりだ」

 事もなげに応じた青年のその態度が、カーラの癇にひどく障る。

「余裕だな。変現メタモルフォーゼする時間など与えないぞ」

 ―――変現メタモルフォーゼ……?

 レイオールは耳にした馴染みのない言葉を心の中で呟いた。

 先程からの会話を聞くに、どうやらガラルドはカーラと同じ半魔のようだ。本来ならそれ自体が驚愕すべきことであるはずなのだが、衝撃の事実に立て続けに見舞われたレイオールにとってはむしろ納得出来る事柄であり、そうであることに対して奇妙な安心感すら覚えた。

 今のカーラの姿から推察するに、変現メタモルフォーゼとはつまり、半魔である彼らがもうひとつの姿へと至ることを示す言葉なのだろうか。

「それとも相棒との連携攻撃を画策しているのか? 残念ながらその娘は今、魔具に大部分の魔力を封じられ、思うように異端の能力チカラを使えない。傷を癒すのにこれだけの時間を要しているのだ……話にならないぞ」

 カーラの警告通り、深いダメージを負ったフユラは未だ傷を癒している最中だった。左手の護符を外したことで呪術が使える状態にはなっているが、カーラに嵌められたチョーカー型の魔力抑制具が想像以上に強力で、思うようにダメージの回復が進まないのだ。

「フユラを当てにしちゃいない。この姿でお前に勝てねえようじゃ、オレはその先の災厄を振り払えねぇ……それじゃあ困るんだ」

 大振りの剣を構え、自らに言い聞かせるように呟いたガラルドの答えは、カーラの怒りを殊更ことさらに煽った。

変現メタモルフォーゼなしで、この私に勝てると? 自惚れるのも大概にしてもらおう……!」

 憤怒の形相になったカーラが攻撃態勢に入る。

 レイオールは呼吸をするのも憚られるほど場の空気が張り詰めていき、対峙する二人から溢れ出す闘気のようなものが渦巻いて、大気をびりびりと震わせる未知の現象に背筋を強張らせた。

 ―――オレ、もしかして今日、死ぬのかな……?

 そんな予感が現実味を帯びるほど緊迫感に満ちた舞台で、先に仕掛けたのはカーラだった。

 カーラが動いた、レイオールがそう認識した次の瞬間には重い金属音を立ててガラルドの剣が彼女の剣を受け止めており、その衝撃で巻き起こった爆風のような風圧になぶられる。

「うぁっ!」

 凄まじい風に見舞われたレイオールは足を踏ん張り、交差した両腕を目の前にかざすようにして縮こまり身を護った。

 風が痛い。瓦礫やら何やらが凶器と化して飛んできて、そこかしこにぶち当たる音が聞こえゾッとするが、吹き荒れる風が激しすぎて目を開けることすらままならない。

 本当に今日が自分の命日となりかねない、青ざめながらそう思った時、不意に辺りが静寂を取り戻した。

「……?」

 恐々と目を開けたレイオールは次の瞬間、視界に映り込んだ光景に息を飲んだ。

「! フユラッ!」

 まだ完調したとは言い難い銀色の髪の少女が彼の前に立ち、結界を張っていたのだ。

 少女の細い肢体は青あざだらけで未だ血が滲み、見るからに痛々しい。そんな彼女に護られて、ただただ震えてうずくまっている自分が、レイオールは猛烈に腹立たしく情けなくなった。

 ―――オレは、何を……! 好きながこんな状態で立ち上がっているのに……!

 様々な衝撃が一度に押し寄せたせいとはいえ、これでは男としてあまりにも立つ瀬がない。

 一度大きく深呼吸をして歯を食いしばり、レイオールは覚悟を決めて立ち上がった。

「フユラ! オレが結界を張る」
「レイオール……」
「ありがとう、もう大丈夫だから。フユラは自分の回復に専念して」
「でも……」
「オレにも格好つけさせてよ。呪術師としての血は、優秀なはずだから」

 ほろ苦い笑みを刻んで、レイオールは結界を発動させた。

 頭ごなしに命令して抑えつけようとする父親に反発して剣の道を歩みたいと志し、長い間呪術の鍛錬をないがしろにしてきた。

 だが、剣士としての素地よりも呪術師としての素地の方があるということは、悔しいが自分でもよく分かっている。分かっていたのに目をつぶって、えて父親が望む道とは別の道を歩もうとしていた。

 ―――色々バカすぎたなぁ、オレ……。

 遅まきながら、そんな後悔が胸に湧き起こる。

 こんな局面に直面するんなら、もっと呪術の勉強をしておくべきだった。自分にやれることを、精一杯やっておくべきだった。

『レイオール、本当に強くなりたいんだったら、自分が出来ることは出来るようにしとけよ―――自分に出来ることを極めれば、おのずと強くなるんだからな』

 耳に甦るガラルドの言葉に、レイオールは今こそ深く共感する。

 ああ……ガラルドさん、本当にその通りですね……。

 フユラに代わり結界を張り巡らせながら、戦いの渦中にいる、その言葉を実行してきただろう青年へ、レイオールは憧憬の眼差しを注いだ。

 ここから日常へ戻ることが出来たなら、オレ、一から頑張ってみますから―――だから、どうかそれを体現してオレに見せて下さい……!

 レイオールの視線の先、譲れないものを賭けてぶつかり合う死線の場で、久々に半魔としての力を解放したカーラは様々な思いのこもった重い剣を打ち合わせながら、相対するガラルドに驚嘆の色を隠せなかった。

 自分と同じ、半魔の青年―――だが自分は変現メタモルフォーゼしていて、相手は変現メタモルフォーゼしていない。

 にもかかわらず、相手は打ち負けていなかった。認めるのは不本意だが、同等―――そう言わざるを得ない力をもって、カーラにぶつかってくる。

 ―――何故だ!

 火花を散らせて鍔迫つばぜり、打ち合い、距離を取ってまた刃を交えながら、カーラは自身の力を極限まで解放していく。秘密裏に造られた研究施設に剣戟けんげきの音が響く度、人智を超えた力の余波でプラントが損壊し、傲慢な人間の計画が綻びていく。

 そんな周囲の状況を見ていれば分かった。カーラの力が何らかの制約を受けているわけではない、相手の―――ガラルドの強さが異常なのだ。

「―――何故だ!」

 全身全霊を込めた一撃を容赦なく受け止められた時、カーラは目を剥き絶叫していた。

「私とお前の、いったい何が違う!? 私と同胞であるお前が、どうして私の悲願を阻む!? どうして私の邪魔をする、どうして私の前に立ちはだかるんだ!! そんな化け物じみた力を有しながら、何故―――我らフォルセティの理念を否定する!?」

 長い間心の奥底に閉じ込め続けていた感情が沸騰し、溢れ出す。

「お前などに―――お前などに、私の存在意義を消させるものか……! 居場所は、絶対に渡さない―――! どけ!! 我々のっ……私の邪魔をするなぁぁッ!!」
「どけるかよ……! ここを譲れねぇのはオレもおんなじだ……!」

 剣を挟み至近距離でにらみ合う二人の間で、ぎちぎちと刀身が軋む。

「お前は大義名分に惑わされ過ぎだ、カーラ! 今の居場所を失うのがそんなに怖ぇのかよ、オレからすりゃ、頭でっかちになって本当の自分が思う道を見失っちまう方がよっぽど怖えけどな!」
「黙れ!」

 悲鳴のような声を放つカーラを見据え、ガラルドは言葉を繰り出す。

「フォルセティの説く道は、本当にお前が目指したい道なのか!? 人間が『半魔オレたち』に向けた目を『ここで生まれた奴らフユラたち』に向けて、そこで線引きをして、全部なかったことにして、それで満足かよ!? そうやって放り出された側の気持ちを誰よりも理解出来るのは、そういう境遇を生きてきたオレ達自身のはずなのに、滑稽だな!?」
「黙れ、黙れ、黙れぇぇぇッ! 知ったような口を……!」
「お前こそ、頭を冷やしやがれ!」

 ガラルドの大振りの剣が主に呼応し、唸りを上げる!

 爆発的な力に圧され、極限まで目を見開いたカーラは未知の衝撃を味わった。防具ごと自分が打ち砕かれ、破片を飛び散らせながら飛んでいく感覚―――長いのか短いのか分からないそれを味わう最中、青白く発光する天井に開いた大きな穴が網膜に焼きついて、視界がかすみがかっていく―――刈り取られかけていた彼女の意識は盛大に壁に打ちつけられた衝撃で呼び戻された。

 意識が鮮明になると同時に、耐え難い苦痛が全身を駆け巡り、せり上がってきた熱いものが口から溢れ出す。

「かはっ……」

 咳込んだ視界に映った赤い色と口中に広がる鉄の味で、血を吐いたのだと理解した。

 そして、自らが同胞である青年に完膚なきまでに打ち敗れたのだということも―――。

 相手は変現メタモルフォーゼすらしていなかったのだ―――完敗、というより他にない。

「……殺せ」

 カーラは大きく破損した壁に上体を預けたまま、かすれた声を勝者の青年に投げかけた。ガラルドはそんな彼女に歩み寄り、面白くなさげに言い捨てる。

「言われなくても―――そうしていたさ、昔のオレならな」

 間違いなくそうしていた。フユラと出会う前の自分であったなら。

「けどな、オレなりに思うところがあってそういうのはやめた」

 フユラと出会って―――本当にずいぶんと、自分は丸くなってしまったものだ。

「お前達を欺き、殺そうとした私であってもか?」

 乾いた笑みを湛えるカーラを静かに見下ろし、ガラルドは告げる。

「その分の制裁は済んだ」
「……生き恥を晒して惨めに生きろと、そういうことか」

 カーラは紅い口元を歪め、ゆっくりと視線を床に落とした。

「ああ? こっから惨めに生きるかどうかはてめぇ次第だろ」
「役割を果たせなかった私は居場所を失う……そのまま、長い年月を生きていく……私にとっては、死よりも重い……重い制裁だ」

 カーラの切れ長の瞳からひと筋の涙が頬を伝って流れ落ちた。

「何故かな……生きていく―――ただそれだけのカルマが、私には厳しい―――あまりにも、重く……厳しすぎる……」

 レイオールはそんなカーラを複雑な思いで眺めやった。

 長年に渡ってウォルシュ家をたばかり、あまつさえ父を殺したというカーラ。フユラをひどい目に遭わせ、彼女を護ろうとするガラルドに明確な殺意を向け、目的を達する為ならレイオールなど巻き添えにすることもいとわない様子だった。

 フォルセティという過激派組織の、回し者。魔人ディーヴァの血をその身に有した、世間から半魔と呼ばれ忌まれる、異端の存在。

 だが、いま目に映る彼女からはひどく弱々しく物悲しい印象を受ける。

 こんなふうに思えるのは、まだ、自分が父の死を目の当たりにしていないからなのだろうか。頭が混乱して、現実を受け止めきれていないだけなのだろうか―――。

「そんなんでなくなる程度の居場所なら、元々なかったも同然だろ。お前、色々難しく考え過ぎて余計なモンしょい込んじまってるんじゃねぇのか。一度全部放り出して、そこから必要なものだけを掴み取ったらどうなんだ」
「…………」

 ぶっきらぼうにそう声をかけたガラルドは、黙して静かに涙を流すカーラを前にひとつ息をつくと話を変えた。

「フユラに着けたあの妙なチョーカー、魔具とか言ってたが……問題なく外せるんだろうな?」
「……私には外せない」
「あぁ?」

 その回答にガラルドは顔色を変えた。

「どういうことだ」
「あれはウォルシュが用意したもので、魔法制御マジックロックがかかっているらしい。無理に外そうとすれば爆発する仕組みだと言っていた……。解除には暗証の文言が要るが、私は聞かされていない。当人は私が殺した……だから、外せない」

 それを聞いてフユラはゾッとした。何が何でもフユラを逃すまいとしていたウォルシュの妄執がそこに透けて見えるようだった。万が一を考えてリストバンドの方を外したのは、正解だった。

「っざけんな―――!」

 カーラに食ってかかりかけたガラルドは、その瞬間ハッと上空を仰ぎ、表情を険しくした。

 一拍遅れて、フユラとカーラも差し迫る強大な力の気配に気付き、息を飲む。

「魔具とやらじゃ、護符の代わりにはならなかったか―――」

 うめくような声を絞り出したガラルドの肉体は、その瞬間に変現メタモルフォーゼを始めていた。

 細胞が配列を変え、筋肉が、骨が、人外のモノへと変化していく。耳は先端が尖り、薄茶色の髪からは色素が抜け、瞳は燃えるような紅蓮の宝玉と化した。犬歯と爪が異様に発達し、頬や腕など体表には深緑の紋様が浮き出る。

「え……え……!?」

 初めて目の当たりにするその現象に動揺するレイオールへ、ガラルドは口速くちばやに指示を出した。

「レイオール、回復呪術を使えるな!? フユラを回復させて今すぐここから離れろ!」

 少年が実際に呪術を使うところは見たことがなかったが、護衛対象としてその情報は得ている。

「え!? あ……は、はい……!」

 有無を言わせぬ口調に危機的なものを察したレイオールが頷いた時だった。

 空気を切り裂くような鋭い音が耳朶をかすめると同時に、柔らかな羽音が舞い降りた。

 次の刹那、空間を支配する強大な力の波動の出現を感じ、本能的に凍りついたレイオールはそこに、異質な存在を見出した。

 地上に通ずる穴から一瞬にして地下深くにあるこの場へ降り立った、人あらざる者―――白い羽毛に覆われた見事な両翼がせなに羽ばたく、整った顔立ちの青年―――。

「セラフィス……」

 ガラルドの口から押し殺した響きが漏れる。

 魔人ディーヴァ―――『神が産み出した災厄』と謳われる、この地上にいて最強の種族―――ガラルドとフユラにとっては、ひたすらに接触を避けてきた因縁の相手との再会だった。
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