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 エルヴィアナが少し愛想を向ければ、女性たちはすぐに恋に落ちた。

「あのぅ……そこの麗しいお兄さん! この瓶の蓋を開けてくださらない?」
「分かりました。――どうぞ」
「きゃ~力が強くてて素敵!」

(というかわたし、お兄さんじゃないのだけれど)

 次から次へと女性たちに声をかけられ、いつの間にか人集りができていた。そしてなぜか、力仕事ばかり頼まれる。背は高いものの、そこまでがっしりしていないと思うのだが。

 するとそのとき、視線の先で二人の男女が話しているのが見えた。

(あの二人……)

 ――ルーシェルとクラウスだ。
 最近のクラウスはエルヴィアナに執心していたので、この組み合わせを見るのは久しぶりのことだ。久しぶりのことだが、やっぱり焼きもちを焼いてしまうし、胸がぎゅっと締め付けられる。

「お嬢様。あれ、見てください。王女様、クラウス様に飾り紐を渡していらっしゃいますよ。婚約者がいる殿方になんて非常識な……」
「しっ。誰かに聞こえたらどうするの? 不敬よ」

 唇の前に人差し指を立てて諌めると、彼女は「すみません」と謝った。
 ルーシェルはロング丈のフレアドレスを身にまとっている。フリルになった襟と袖の装飾が細かくて見事だ。情熱的な赤の生地は、クラウスの瞳を思わせるようで。
 クラウスもわずかに微笑んでいる。

 愛らしい笑顔を向けて両手で飾り紐を差し出す彼女。その様子を遠くから眺めていたら、次の瞬間にルーシェルと目が合った気がした。
 まるで、エルヴィアナが見ていることに最初から気づいていたように。彼女は勝ち誇ったように、唇の端を持ち上げた。

 エルヴィアナは胸がざわめき、くるりと背を向けた。
 手網を掴みながら、鐙に足をかけて馬に乗る。

「お嬢様? どこに行かれるのですか?」
「少し慣らしてくるわ。開会式までには戻るから」

 馬を走らせながら、胸に手を当てた。胸のポケットには、エルヴィアナの髪についたものと対になる飾り紐が入っている。実は今日、クラウスのために飾り紐を作ってきていた。デザインも材料にもこだわっていて、素晴らしい出来栄えだ。随分気合を入れて作ってきてしまったけれど、やっぱり渡すのはやめよう。本命からはもう渡されたのだから。

 湖の近くで馬を停め、水分補給をさせながら休むことにした。ここなら静かで少しは頭を冷やせそうだ。近ごろ舞い上がってばかりだった自分の頭を。

(自惚れちゃだめね。わたしは嫌われ者の悪女なんだから)

 邪魔者は身を引くと一度は決めたはずなのに、好意的にされて舞い上がってしまっていた。優しくしてくれる彼を突き放すことも、まして別れを告げる勇気もなかった。今のクラウスが好意的に接してくれるのは、魅了魔法のせいなのに。

 懐からクラウスのために作った飾り紐を取り出す。上部は赤のビーズでつつじの花が作ってあり、その下にタッセルが下がっている。

(幸せな夢だった。……ありがとう)

 飾り紐をぎゅっと握り締め、せせらぐ湖面を見据える。その腕を振り上げた直後――。

「なぜ捨てる?」
「……! クラウス、様」

 聞き慣れた声がして驚き、振り向くとクラウスがエルヴィアナの腕を掴んで立っていた。彼はエルヴィアナの手に握られた飾り紐を見ながら言った。

「俺のために作ってくれたのだろう?」

「――返して」

 咄嗟に手を振り払い、飾り紐を背中に隠す。

(これは渡せない。魅了魔法の力を借りて受け取ってもらうのは……卑怯だもの)

 不意に頭の中にさっきのことが思い浮かんだ。ルーシェルと話しているクラウスが、あの滅多に笑わなかったクラウスが、エルヴィアナに魅了魔法をかけられていてもなお、彼女に微笑みかけていた姿が。

「あなたには――王女様の飾り紐があるでしょう?」

 エルヴィアナは自嘲気味に尋ねるのだった。
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