【完結】愛されないのは慣れてますので。〜魔法学院の華麗なるミスプリンス〜

曽根原ツタ

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「本当にリヒャルドとは何もないんだな」
「何度も言ってるでしょ。セナの誤解だって」
「……ごめん」

 ようやく誤解が解けたところで、中間テスト最終日の会場に向かった。四日目と同様に鍛錬室で行われる。部屋の中央の机に、大ぶりの球体が置かれている。

「今から……あの中に入るんだよね? 僕たち」
「そうだよ。あの石は魔法石だ。中は魔法で作られた異空間になってる」
「へぇ。凄いな……異空間か」

 すでにテストは開始しており、前の受験者が石の中から戻ってくる。赤い炎とともに現れたのはジュリエットと、そのペアの男子生徒だった。
 ジュリエットは涼し気な表情をしているが、男子生徒の方は息を切らし、疲弊しきっている様子。

「ラクショーでしたわ!」

 ジュリエットはぐっと親指を立てて、こちらに目配せした。一方、もう一人の男子生徒は、「もう二度と始祖五家のペアは御免だ」とぶつぶつ呟きながら壇上から降りた。その足取りは覚束ない。一体中で何があったのだろうか。おおよそ、ジュリエットが無茶な戦い方をしたのだろうが。

(まぁ……ジュリエットは頭で考えない直感型だし、荒い戦い方をするからな……ご愁傷さま)

 疲弊しきった男子生徒の後姿に、オリアーナは内心でエールを送った。

「レイモンド。――次は俺らの番」
「うん」

 セナに促され、大きな魔法石の前まで歩く。試験官のエトヴィンが相変わらずの仏頂面で言った。

「学籍番号と名前の確認をする。――右」
「はい。学籍番号10273のレイモンド・アーネルです」
「10165、セナ・ティレスタムです」
「よし。その石に手をかざせ」

 オリアーナとセナは頷き、手をかざした。


 《――発動》


 呪文を唱えると、二人は淡く光る石の中に取り込まれた。
 気がつくと、目の前には森が広がっていた。針葉樹が立ち並び、その隙間を縫うように低木が生い茂っていて。

「わっ」
「――危ない」

 躓いてよろめくと、彼に抱き留められる。その瞬間、ふわりと麝香の匂いが鼻を掠めた。彼の手に支えられながら、よろめいた体勢を起こした。

(セナの匂い……)

 なぜか、胸が切なくなる。普段、よろめいた女の子を助けることはあっても、こうして助けられることがないオリアーナ。些細な行為だが、妙に落ち着かない心地になる。彼の手は骨ばっていて、オリアーナよりずっと大きかった。

「大丈夫? 足元、気をつけて」
「う、うん。ありがと」

 オリアーナはセナの後ろを歩き、戦闘に適した開けた場所へ出た。

「いた。たぶん俺らの相手はアレだ」
「アレが……敵……」

 五日目の試験は、戦闘の実技試験。四日目のテストの成績に応じて二人一組となり、この異空間で実力相応の敵と戦う。
 外から教師が異空間の様子を見ており、あらゆる行動が評価対象になる。

(ってことは……さっきセナと手を繋いでたところも……見られてるのか。恥ずかしいな)

 ぶんぶんと顔を横に振り、気を引き締める。オリアーナたちの相手は、人間より一回りも二周りも大きな獣だった。

 ふわふわと柔らかそうな茶色い毛。
 漆黒のつぶらな瞳。
 半円を描く小ぶりな耳。その姿は……。

「熊……のぬいぐるみ……?」

 始祖五家の敵は一体どんな強者かと警戒していたら、目の前に現れたのはおもちゃ屋のショーウィンドウに並ぶテディベアのような、なんともファンシーな熊だった。おまけに、首元に赤いリボンまで巻いている。
 オリアーナが拍子抜けしていると、セナが冷静に説明した。

「異空間や敵は、対象者の脳内のイメージが反映されるんだ。お前は案外、メルヘンチックや想像力の持ち主だね」

 昨日のテストで生み出したひよこのような生き物もメルヘンチックだったので、セナの指摘はあながち間違っていないのかもしれない。確かにオリアーナは、可愛いものは好きだ。

「なんだかやりずらいな。だってあの熊、あんなに可愛い――」
『グォオォォォォオ!』

 愛らしい顔で小首を傾げていた熊が、突然牙を剥き出しにして雄叫びを上げた。黒い目は炯々と光り、闘志を燃やしていて。その姿は野性的で可愛さの欠けらもない。
 そして熊は、どしどしと音を立てて猛スピードでこちらに接近してきた。

「ねぇ。あれのどこが可愛いって? ――防御!」
「前言撤回。ぜんっぜん可愛くない! ――|光の加護」

 セナたちはさっと後退して、防御魔法を発動させた。

 しかし、熊が爪を立てて腕を振るうと、一撃で防壁が破壊される。オリアーナはそもそも、魔法に関しては素人もいいところ。覚えたての魔法でまともにやり合える相手ではない。


 《――現れよ》


 セナは指輪を外して、杖の形状に変化させた。闇をまとう杖を、熊に差し向ける。


 《――闇の槍》


 闇をまとった槍が無数に空中に現れ、熊に目掛けて飛んでいく。しかし、熊はどっしりとした体格のくせして軽い身のこなしで攻撃をかわし、槍のひとつを手に取ってこちらに投げ返した。
 オリアーナが跳躍して槍をかわせば、その切っ先が地面に突き刺さり地面が割れた。オリアーナは空中で一回転ふわりと身を返して着地する。

(――強いな。どうする、私)

 額に汗が滲む。オリアーナは変わらず自分の魔力を源に杖を出すことを禁じられており、ただでさえ弱いのに本来の能力を引き出すことができない。オリアーナは杖を捨てて――指輪を外した。

「レイモンド。お前何を、」


 《――形状変化》


 そう唱えると指輪は剣へと姿を変えた。剣を構えると、セナがいぶかしげに眉をひそめる。

「お前……まさか魔法を使わずに剣一本で戦うつもり……?」

 オリアーナは熊をまっすぐに見据えて佇む。

「そのまさかだよ。――援護は任せた、セナ」
「はいはい」

 オリアーナは魔法の素人。でも、幼いころからレイモンドと一緒に剣術を学んでいた。戦うなら肉体戦の方が慣れている。

 重みのある剣を構えて目にも止まらぬ速さで初撃を与え、熊が爪でその一撃を受け止める。その衝撃に地面を抉りながら後退する。熊が立て直すより先に剣を構え直し、頑丈な爪をばっさり切断した。熊は、鋭利な爪を失い、呻き声を上げる。
 もう片腕をこちらに振り下ろすが、オリアーナは空中に跳ね上がって攻撃を避けた。


 《――幻霧》


 後ろからセナの声がしたのと同時に、黒い霧が熊の目元を覆い視界を阻んだ。目くらましのための幻術の類いだ。オリアーナは空中で、熊を見下ろしながら小さく呟いた。

「――すまないね」

 オリアーナは、上から身体をしならせながら剣を振るう。凄まじい衝撃に大気が震えた。鬱蒼と生い茂る木々が揺れて、葉がざわざわと音が立てる。まるで森が悲鳴を上げているようだ。

 鉄同士がぶつかるように鈍い衝撃音が辺りに響き渡る。次の瞬間、首を切り落とされた熊が地に伏していて、オリアーナはその上に一人佇んでいた。

 斬撃の反動で生じた風が、オリアーナのプラチナブロンドの髪をはためかせる。しばらくして、森が元の静寂を取り戻した。

「お見事。……どっちが化け物なのか俺にはよく分からないな」
「はは、褒め言葉として受け取っておくよ」

 改めて熊を見下ろすと、首の断面から白い綿が溢れ出していた。切ったときの手ごたえは鉄のように硬かったが、内部は本物のぬいぐるみみたいだ。

 無事に敵を倒し終えると、二人の視界が歪み、元の鍛錬室に転移していた。すると、エトヴィンが若干引いた様子で言った。

「俺は長いこと教師をやってきたが……この試験で、高難度の敵を剣一本で倒した生徒は初めて見たぞ」

 ざわり。エトヴィンの言葉に、生徒たちがどよめいた。「さすがは始祖五家だ」とか「殿下が歴史を作った」などともてはやす声があちこちから上がる。エトヴィンが他の生徒たちに聞こえないように小声で言った。

「お前。本当に女……いや人間か? 熊と怪物のハーフとかじゃ、」
「先生がおっしゃるならそうかもしれませんね」

 オリアーナは彼の冗談を、にこりと笑って嫌味なく受け流した。

 結局。この試験では、セナの援護魔法は評価されたが、オリアーナの戦い方は危険極まりないと減点された。そもそもこのテストは魔法の応用能力を測るもの。剣だけで戦おうと考えるのはありえないそうだ。

 先生からの評価は低かったものの、生徒たちは上級レベルの敵を魔法を使うまでもなく倒したオリアーナを英雄視し、一層憧れを抱くようになったのだった。
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