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三十六、
それは、夏休みを前にしたある日の出来事。
「それにしてもさ。体育祭の時の舞かおちゃんは、本当に可愛かったよね」
「は?あきちゃん。今の短い文章のなかに、突っ込みどころが二つもあんだけど?」
「いや。体育祭の際の舞岡が可愛かったのは、周知の事実だろう」
舞かおちゃんと呼び出したこと、そして、体育祭の時の薫が可愛かったという戯言のふたつだと言い切る薫に、しかし門脇も水原に同意だと頷き、あろうことか、クラス全員が頷いた。
「え。何この状況。まさかの四面楚歌?・・・まあ、衣装は可愛かったけどさ」
ぶつくさと言う薫に、将梧が安定の声をかける。
「薫は、いつだって可愛い。あの体育祭で、それが証明されただろう?」
チアで一位だったのが何よりの証拠だと、将梧が言うのを聞いて薫は笑い出す。
「将梧は、いつもそれだな。将梧の『薫は可愛い病』が、みんなに伝染したんじゃないのか?いっつも聞かされているからさ、その気になったんだよきっと」
だからの、この状況なのではと、薫はからからと笑い続ける。
「じゃあ、薫は、何で昔から人に『可愛いね』と声を掛けられるんだ?誘拐されそうになったこともあるくせに」
『あの時は、肝が冷えた』と、じろりと薫を睨む将梧に、薫もうっと笑いを引っ込めた。
「ま、まあ、それはそうなんだけどさ。チアだって、可愛い子いっぱいいたじゃん」
他クラスを応援するチアを見て、あの仕草可愛いとか、あの笑顔可愛いと思っていた薫が言えば、門脇が重々しく頷いた。
「そうだな。舞岡の言う通り、確かにレベルが高かった」
「だろ!?だからさ」
「だが、そのなかで舞岡が一位を取った。この事実が、舞岡が一番、最高に可愛かったと告げている」
門脇の『レベルが高かった』発言に、ぱあっと顔を輝かせた薫は、しかし一瞬で撃沈させられる。
「だけど、最近は『可愛いね』って、周りから言われることも減ったよ?ほら、俺だって高校生になって、男っぽくなってきてるから」
確かに、中学時代までは『君、可愛いね』と通りすがりの輩に言われたりもしたが、そういった中性的な時期は過ぎたのだと、薫は『舞岡くんも男の子だから、肩は出さない方がいい』と言ってくれた田上を見た。
あのひと言が、薫の大きな自信になっていたりするのだが、今日の田上は微笑みを浮かべるばかり。
「じゃあさ、舞かおちゃん。俺と腕、比べてみる?」
「ああ。俺でもいいぞ、舞岡」
「・・・・・遠慮しとく」
水原と門脇に続けて言われ、薫は小さく呟いた。
ふたりの腕の強さは、騎馬戦の時で思い知っている。
いくら薫が男っぽくなってきているとはいえ、叶う筈無いことは薫にも分かった。
「なんだよ、みんなで。いじめかよ」
「いいや、違う。舞岡の可愛い姿を、またみんな見たいと思っているだけだ」
そこで、ずばりと門脇が本日の本題を切り出し、周りにも緊張が走る。
「え!?また、あの衣装を着せるつもりか!?何でも無い日に、女装する趣味は無いぞ」
絶対に嫌だと、全身で拒否を示す薫に、門脇がゆったりとした笑みを向けた。
「安心しろ。何でもない日ではない。学園祭で着てほしいだけだ」
「は!?学園祭!?それって、一般参加者も居るじゃんか。そんな日にミニスカート履いてたら、変質者だって言われるだろ!」
やっぱり却下だと、薫は両腕で大きくばってんを作る。
「安心しろ。今回はミニスカートではないし、舞台で着る衣装なのだから問題無い。その姿で、ひとり廊下を歩けとも言わない。それに、その日は舞岡だけでなく、俺達も扮装する」
「え?そうなの?」
「ああ」
「それって、学園祭の出し物ってこと?」
「その通り。舞岡が、扮装してくれると言ってくれたら、演劇がいいとの意見が多くてな。先に打診させてもらった」
『すまない』と、門脇に頭を下げられ、薫は破顔した。
「まあ、何も知らなかったのは腹立つけど・・。みんなも扮装するなら、いいよ。俺もやる。でも、やっぱり俺だけが扮装するとか、廊下を歩かせるとか、裏切るような真似は、するなよ?」
「もちろんだ。発した言葉には責任を持つと、約束する」
門脇の力強い言葉に微笑んだ薫は、その瞳がきらりと光ったことに気付かなかった。
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