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四十、
<ころん ころん>
その喫茶店のドアを開けると、何とも可愛い鈴の音がした。
「いらっしゃいませ」
カウンターの奥から声をかけてくれるのは、優しい微笑みを湛えた老齢の男性。
「こんにちは。今日は、よろしくお願いします」
「はじめまして。舞岡 薫です。よろしくお願いします」
「こんにちは。早川と申します。こちらこそ、よろしくお願いします」
わあ。
素敵なマスターだな。
それに、この喫茶店も、すっごく素敵。
天井も床も、テーブルや椅子も木材で。
なんか、落ち着く。
「古臭い喫茶店で、驚きましたか?」
「いいえ!とんでもないです。すっごく素敵です」
見渡せば、硝子の花や置物が、さり気なく置かれているが、その配置も絶妙で素敵だと思いつつ、薫は、促されるままにカウンターの席に着いた。
「まずは、コーヒーを一杯お淹れしますね」
「はい。ありがとうございます・・でも、俺・・じゃなかった僕。コーヒーは好きですけど、詳しいわけではなくて」
「いいんですよ。私の淹れるコーヒーが好きか嫌いか。それだけで」
「香りは、とても好きです!・・・あ、すみません」
思わず前のめりに答えてしまい、薫は、はっとして背筋を伸ばす。
「赤くなった薫、可愛い」
「もう、将梧。空気読んで」
そして、そんな薫の隣で、将梧が優しい目で言うのに、薫は思わず将梧を小さくつねった。
「ああ。子猫が威嚇しているみたいで、可愛い」
「将梧君は、本当に舞岡君が大切なんですね。これは、噂以上だ」
ふふ、と楽し気に笑いながらコーヒーを淹れているマスターの言葉に、薫は首を捻る。
「噂?」
『将梧君』と呼ぶのは、まあ、将梧と幾度か会って意気投合した・・それこそ、薫を紹介するくらいに気心が知れたから、とも言えるだろうけれど、噂とは、どこの噂かと不思議がる薫に、将梧が気まずそうに自分の耳に触れた。
「ああ・・・実は、早川さんは、うちのおじいさんの友達なんだ」
「なるほど。それで、俺の就職の斡旋もしてくれるわけか」
家族ぐるみで付き合いがあると言われ、薫はそうだったのかと納得する。
「この老体ですけれどね。動けるうちは、この店を続けたいと思っているんですよ。だから、アルバイトをお願いしたいとずっと思っていたのですが、なかなか難しくて」
余り華美な装飾品を身に着けるのが好きだったり、香水やたばこの匂いが強いひとは向かないのでと、マスターは、好々爺然とした笑みを浮かべた。
「あの。俺、ペンダントはしているんですけど、大丈夫ですか?」
薫が、そういった装飾を着けていないこと、たばこや香水の匂いもしないことで、安心したようなマスターに、薫は心配そうな声をあげる。
「見えませんから、まったく問題ありませんよ。何より、舞岡君の笑顔がいいですね」
「ありがとうございます」
「うちに来てもらうことになったとして、最初は掃除や洗い物ばかりのお仕事になりますけれど、大丈夫ですか?」
「はい!俺、洗い物得意です!」
またも前のめりに答えてしまい、薫は『あー』と言いながら座り直した。
「はあ。コーヒー美味しかった。香りも良かったし、ホットケーキとの愛称も抜群だった。幸せ」
「美味しそうに食べる薫を見られて、俺も幸せだった」
「何、その感想」
「薫と居れば、なんでも美味しいし、幸せだ」
「それってどうなの」
ぽんぽんと言い合いながら、薫はマスター・・早川の言葉を思い出していた。
『今日は、顔合わせということですから、そう難しく考えなくても大丈夫ですよ。でも私は、舞岡君が、私と一緒に働いてくれたら嬉しいと、思ってしまいました』
遅くに生まれた息子さんがひとりいるって言ってたけど、あのお店を継ぐ気は無いんだって、早川さん言ってたな。
「薫?どうかしたか?」
「あ、うん。なんか、早川さん格好よかったなって思って」
並んで電車に揺られながら、薫は『子どもには子供の人生がありますからね』と、爽やかに笑った早川が格好良かったと、将梧に告げれば、何故か寄っていた眉間のしわが消える。
「ああ、そういう」
「将梧?なんか、ほっとしてない?なんで?」
「薫が『格好いい』って言うのは、俺だけでありたい」
「は?そりゃ無理だろ。将梧ももちろん格好いいけど、他にも格好いいやついっぱいいるじゃん」
「いっぱい・・・」
「ま、でも将梧が一番だけどな・・・お、次乗り換えだ。降りるぞ、将梧」
「そうか。俺が一番か」
薫のひと言で、またも機嫌が上方修正された将梧は、すっと立ち上がった薫の手を当たり前のように掴んで、そのまま歩き出した。
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