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四十八、
「よしよし、いい感じに伸びているな」
伸びて来た薫の髪を手で触り、井田が満足そうな声をあげた。
「もう、いいだろう」
そんな井田の手を、ぺしっと払って、将梧は薫をガードするように井田の前に立ちふさがる。
「なあ、なあ。うちの母さんが『髪を伸ばすなら、手入れしながらじゃないの?』って、言ってたんだけど、それはいいの?」
自分の後ろで、そんな攻防戦が行われているなど露知らず、薫は呑気にそう声をかけた。
「ああ。俺が、全部やるから問題無い。とにかく今は、伸ばすことを考えてくれ」
「うん、分かった。あ、あとさ。こうやって髪を伸ばすなら、ウィッグ要らなくない?」
今回は絶対にウィッグを着けてくれという井田だが、こうして髪を伸ばすなら、その必要は無いのではないかと薫は首を傾げる。
「それは違うぞ、舞岡。いいか、生え際の不自然さを消すのは、自分の髪しかない。それがあって初めて、ウィッグを着けても自然な感じになるんだ」
「ふーん。じゃあ、俺は黒髪のお姫様なの?」
『白雪姫とかなら、それでもいいのかもだけど。外国のお姫様って、金髪のイメージがある』と言う薫に、井田が大きく頷いた。
「舞岡さえよければ、淡い金色に染めたい。もちろん、学校側の許可は、俺が取る」
真剣な眼差しで言う井田に、薫はぱあっと顔を輝かせる。
「淡い金色?それって、はちみつみたいな色ってこと?」
「ああ。はちみつ色の髪。どうだ?抵抗あるか?」
『この分だと大丈夫か?いや、未だ気は抜けない』と、薫の様子を見つつ、井田はそっと声をかけた。
「へえ、いいね。自分の髪が美味しそうな色になるの、面白い」
「なら、決まりな?」
「うん」
『おいしそうな色にしてね』と、乗り気で言う薫に、井田は小さくガッツポーズを作った。
「よし。はちみつ色の姫が舞岡で、門脇は、黒髪短髪の王子。そんでもって、秋庭が金髪長髪の王子。秋庭が『俺も、髪を伸ばす』と言い出した時は驚いたけど、いい方向に進んだんじゃないか?」
門脇が『俺も、髪を伸ばす』と言い出した時には、自分達ヘアメイク担当各人のみならず、脚本兼監督の綾小路も、服飾担当の田上を筆頭とする面々も、それはもう驚愕したものだが、いち早く立ち直った綾小路が『分かったわ。長髪の王子。秋庭王子には、門脇王子を存分に挑発してもらいましょう。きっと、はまり役よ』と、それはもういい笑顔で言ったことで、そちらへと舵を切ることが決まった。
その時には、若干の不安があった井田だが、こうして薫と将梧の髪が伸びて来るのを見ると、それぞれの役に嵌っているのが分かって、自分もとても楽しい。
「舞岡。世界一の美少女にしてやるから、安心して待っていろ」
「ええええ。美少女はちょっと・・ああ、でも、そういう役なんだから、そうしてもらった方がいいのか」
それでも、美少女という呼ばれ方には抵抗があるという薫に、将梧がそっと寄り添った。
「俺が、傍に居るから」
「でも、将梧は美少女じゃないじゃないか。格好いい王子様。それ言ったら、門脇もだけど」
『ほんとに、ふたりとも格好いいんだよなあ。ふたりの間で揺れ動いちゃう姫の気持ちが分かるよ』と、呟いた薫に、将梧が表情を硬くし、ちょうどその時、衣装の確認を終えて教室に戻った門脇は、その言葉を聞いて、瞳を輝かせた。
「あ、門脇!衣装合わせ終わったんだ?」
「ああ。いい衣装に仕上がりそうだ。あれを着て、舞岡と並ぶのが楽しみだな」
言いつつ、門脇が薫の傍へ来る。
「門脇、すっごく嬉しそう。衣装、そんなに気に入ったんだ?」
「衣装も良かったが、今、舞岡が言った言葉が嬉しくてな」
「俺の言葉?」
門脇を喜ばせるような、何かを言っただろうかと首を捻る薫に、門脇が笑みを深くする。
「ふたりの間で揺れ動く姫の気持ちが分かると、言っていただろう?」
「ああ!あれ!」
そうか、あれかと、ぽんと手を打ってから、薫は再び首を捻った。
「でも、姫の婚約者は門脇がやるマクシミリアン王子なんだから、姫の気持ちが揺れ動くのは歓迎できないんじゃないの?」
「そりゃあ、薫。現実は、演劇とは逆だからだ」
不思議そうに言う薫に答え、将梧は、射抜くような目を門脇へ向けた。
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