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五十一、
「なあ、なあ。姫が食べちゃった、時忘れの桃って、どんな味なんだろうな」
劇中で、将梧が演じるエルチェの最愛であるカロリーネが罰を受けることになったのは、天帝のみが食すことを許されている、時忘れの桃を食べてしまったがため。
それは、千年に一度だけ実が成る神秘の木で、天帝以外が食すと記憶を失い、その界に留まることができなくなる特性があるのだが、初めてその桃が成っているのを見たカロリーネは、食べたい欲求を抑えきれずに食べてしまった。
その桃が、己の天人としてのそれまでの時間すべてを消し去る果物だとも知らずに。
時忘れの桃とは、そんな危険な果物なのだが、果物大好きな薫は、まるでカロリーネ本人のように、うっとりとこの世には存在しない果物に思いを馳せた。
「きっと、物凄く美味なのだろう。何と言っても、薫が罪だと分かっていて食べてしまうほどなのだから」
いつもの、喫茶ソレイユからの帰り道。
隣を歩く薫を蕩けるような目で見ながら、将梧が即座に答える。
「そうだよねえ。絶対、美味しいよねえ。きっと香りも良かったんじゃないかな。だから、我慢できなかったんだよ、きっと」
「そうして時忘れの桃に思いを馳せている舞岡を見ると、益々劇中の姫と重なるな」
そして、そんな薫を見て、将梧とは反対側を歩く門脇が、通行人や車の有無を確認しながら微笑んだ。
「うん。俺、桃好き。てか、果物全般凄く好き」
「知っている。水原に宿題を写させる対価が、高級フルーツなのだったよな?」
「あ、そっか。門脇も一緒に行ったもんね。あきちゃん家って、いつもおいしくって、お高い果物があるんだよ。凄いよねえ」
『うちも果物あるけど、スーパーとか八百屋さんで売っているのだからさ』と笑う薫に、将梧も門脇も、自分の家もだと笑い返す。
まあ、将梧は『大病院の家の奴が使うスーパーなんだから、高級に決まっている』と嘯いたのだが、うまいこと、門脇によって薫の意識を逸らされてしまった。
「美味しいと言えば。この間のパフェも、美味しかった。な?薫」
「うん!あれは、すっごくおいしかった!」
そんな門脇への意趣返し、更には、喫茶ソレイユの送り迎えを、将梧が当たり前のようにしていると知り、時間を合わせて喫茶ソレイユに訪れるようになった門脇へのけん制を籠めて、将梧はその話題を振る。
運動不足解消と、息抜きになると言った門脇に、薫は『三人も楽しいね!』などと笑顔を見せていたが、将梧はまったく面白くないのである。
「この間の、パフェ?」
「駅ビルに、おいしいパフェ専門店が出来て、そこの果物のパフェがが絶品だって聞いたから、行ってみたくてさ。でも、ひとりで行く勇気なくて、将梧に付き合ってもらったんだ」
「そう・・なのか」
「ふたりで互いに食べさせ合って、楽しかった」
『まあ、薫とふたりで出かけるのは、珍しいことではない』と、とどめのように言った将梧は、苦悶の表情を浮かべる門脇に溜飲を下げた。
「そういえば、ふたりはよく一緒に出掛けていると言っていたものな」
「うん。小さい頃から一緒だからさ。お互い、趣味とか好きなことよく知っているし、一緒に居て楽なんだ」
「兄弟みたいな感じか?」
門脇の兄弟発言に、将梧がぴくりと眉を動かすが、薫はうーんと首を捻る。
「兄弟かあ。そうすると双子?それよりは、従弟とかかなあ?うーん。それも違う感じ。俺にとって、将梧は将梧だよ」
「薫!俺にとっても、薫は唯一無二の存在だ」
薫の出した答えに、将梧がぱっと瞳を輝かせる。
「なら、舞岡。今度、俺とも出かけてみないか?もちろん、ふたりきりで」
「え?門脇とふたりで?」
「ああ。ほら、劇で使う小道具なんかを見て来てほしいって、言われているだろう?」
「あ、そうか!じゃあ、一緒に行こう。なんだっけ。俺と門脇は婚約者だから、お揃いの装飾品とか、互いの色の石とか必要なんだよね?」
そういえば、綾小路に言われていたと、薫はぽんと手を打った。
「綾小路の拘りで、映像も組み込むらしいから、それなりに見える物を選んで来いと言われた」
「ひょええ」
「大丈夫だ、薫。俺も手伝う」
将梧は、ふたりで行かせるはずないだろうと、門脇をじろりと睨む。
「はは。じゃあ、三人で行くか」
「わあ。なんか楽しそう」
遅れを取っている事実を早くも受け止めた門脇の、それならこれから距離を縮めればいいという行動力に気付いている将梧と、気付いていない薫。
「はあ。面白くない。薫に、近づきすぎ」
そして小さく呟いた将梧は、その晩、またもハートの矢を飛ばした。
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