カラフルボックス ~絡め取られて腕のなか~

夏笆(なつは)

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四、

 

  

 

 

「お待たせしました。オリジナルブレンドです・・・ごゆっくりどうぞ」 

「ありがとう」 

 丁寧に挨拶を返してくれる客に、にこりと笑いかけて、薫は、洗い物を片付けるべくシンクへと向かう。 

「おつかれ。舞岡くんって、笑顔が素敵だよね。ほら見て。あのお客さんも、ほっこりしてる」 

「そうかな。自分じゃ分からないけど・・そうだと嬉しいな」 

 バイト仲間の山野に話しかけられ、薫は食器を洗いながらそう答えた。 

 山野は、少し離れた共学校に通っていて、つい最近薫のバイト仲間になった、丸眼鏡の向こうに見える目がくるんとした女の子。 

 そのはきはきとした性格も、おかっぱを長く伸ばしたような黒髪を、きちっと後ろで束ねているのも好感度が高いと、薫はいつも思っている。 

「お世辞じゃないから、自信もって。それに、仕事の教え方も丁寧で優しいし。いつも、ありがと」 

「山野さんは、仕事を覚えるの早いから」 

 真っすぐに向けられる山野の笑顔に内心どきどきしながら、薫は何てことないように答える。 

 

 マスターの奥さんが、赤ちゃんを授かったから暫く休むって聞いた時は、すっごく不安だったけど。 

 奥さん、マスター。 

 山野さんと出会わせてくれて、ありがとう! 

 

『はじめまして、山野海やまのうみです。高三です。山で海って、どんな名前って感じですけど、よろしくお願いします』 

 顔合わせの時、はにかむように微笑んだ山野の笑顔がとても印象的で、薫は、すぐにうまくやっていけそうだと感じた。 

 そして、その第一印象の通り、山野と一緒に仕事をするのは心地よく、薫は生き生きと働けている。 

「あ、山野さん。それ、俺が開けようか?」 

 洗い物を終えた薫は、山野がジャムの瓶と格闘しているのを見て、そう声を掛けた。 

「ありがとう。お願いできる?」 

「うん。任せて」 

 内心、自分でも開かなかったらどうしようと思いつつ、薫は大きな瓶を受け取る。 

 

 こういう時、家だと大体将梧が開けてくれるんだよな。 

 将梧、握力あるし器用でもあるから、こつを掴んでいるっていうか。 

 

「んっ」 

 将梧を見ていて、その一瞬に力を籠めるようなイメージのあった薫は、その時の将梧を手本に、集中して全身の筋肉を使った。 

「わあ!凄い!一発!」 

 ぱかんと開いた瓶を見て、山野が歓喜の声をあげる。 

「力仕事は、声かけて」 

 ジャムの瓶を開けるのを力仕事というかはともかく、俺は男だからと、薫は笑みを深くした。 

 

 やった! 

 俺だって、やれば出来るんだもんね。 

 

「薫。迎えに来た」 

 薫が、心のなかでガッツポーズをしたその時、からんとドアに付けてあるカウベルが鳴って、私服に着替えた将梧が現れた。 

「ん?もうそんな時間か。でも、マスター来てないから、もうちょい待って」 

「ああ。気にしなくていい」 

 マスター夫妻が個人で経営している喫茶店は、然程広さもなく、客は常連が多いが、込む時は込む。 

 それでなくとも、山野をひとりには出来ないと薫が言えば、将梧はあっさりと頷いて、気に入りの席へと落ち着いた。 

「今日も、彼氏さんがお迎えなのねえ。いいわねえ」 

 そんな薫と将梧の遣り取りを見て、常連のおばあさんが、にっこりと微笑む。 

「月岡さん。いつも言ってますけど、俺、男ですからね?」 

「あら、分かっているわよ?格好いいさんと、可愛いさんで、お似合いじゃないの」 

 『いや。男同士でお似合いってなんだよ』と心のなかで突っ込みを入れつつ、相手が客であることも考慮して、薫はそれ以上言葉にすることを諦め、困ったような笑みを浮かべるにとどめた。 

「でも、ほんと。秋庭くんって、格好いい」 

 しかし、トレイを胸に抱きしめた山野が、うっとりとそう言うのを聞いて、薫の心に苦い記憶が湧き上がる。 

 

 はあ。 

 確かに将梧は格好いいもんなあ。 

 山野さんも、将梧の方がいいって言うのかな。 

 

 過去、淡い想いを寄せた女の子が言っていた言葉を思い出し、薫はため息を吐いた。 

 

『ねえねえ。秋庭くんって、本当に格好いいよね。頭もいいし、顔なんてずっと見ていられる』 

『あれで彼女いないなんて、嘘なんじゃない?』 

『でも、いつも舞岡くんと居るから、本当かも』 

『舞岡くんか。舞岡くんは可愛いから、男の子って感じはしないけど。一緒でいいからって言ったら、グループでなら何処か一緒に行ってくれるかな?』 

『私、舞岡くんとは結構仲良くしてるから。お願い、してみようか』 

 

 中学の頃。 

 ずっと同じクラスで、彼女の言うように結構仲の良かった自覚のあった薫は、その話を聞いて固まった。 

  

 いい感じ、なんて思ってたのは、俺だけか。 

 そりゃそうだよな。 

 今となっては、俺って女子とあんま身長変わんないんだもんな。 

 

 本格的な冬を前に、寒さを感じる放課後の廊下で、小学校卒業以来、残念ながら身長が伸びることのなかった薫は、告げることなく失恋をした。 

『高校。よかったら、同じところに行こう』 

 用意していた言葉は永遠に封印され、薫は、今通っている高校に進路を定めることに迷いが無くなった。 

 

 近いのが一番。 

 そう思っていたじゃないか。 

 

 それなのに、彼女と同じ高校に通えるならと、少し迷ってしまったのが運の尽きだと、薫は自身を戒めた。 

『薫。同じ高校に行けて嬉しい。ずっと一緒だ』 

 その時、薫が進学についての迷いを吹き飛ばしたことを誰より喜んだ将梧は、自分がその原因だったなど知らない。 

 

 まあ、言うつもりもないしな。 

 将梧は、あずかり知らぬことなんだし。 

 はあ。 

 もてる幼なじみ持つと、辛い。 

 

「薫?どうかしたか?」 

 そして、そんな薫の小さな変化にも、すぐに気付くのが皮肉にも将梧だという事実に、薫は思わず笑ってしまう。 

「いや。将梧は、本当に格好いいと思ってさ」 

「そうか。薫は、途轍もなく可愛いぞ」 

「あー。嬉しくない」 

 呟いて、薫は、将梧の広い肩幅を羨ましく見つめた。 

 顔立ちが可愛く、背格好も華奢な薫と違って、将梧は体格もしっかりしている。 

「俺は、薫に格好いいって言われるの、嬉しいけどな」 

「ちっくしょ。余裕の発言かよ。いや、諦めるのは未だ早い。ひとによっては、二十二歳まで伸びるって言うし」 

 背伸びしても、到底届かない身長と、すっぽり抱え込まれてしまいそうな体格の違いを嘆きつつ、薫は、諦め悪くそう呟いた。 

 
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