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五、
「どわああっ!」
夕食後、入浴も済ませ、ベッドに寝転がってゲームをしていた薫は、窓から聞こえた、だんっ、という衝撃音に驚き、反射的に飛び起きた。
「おいっ、将梧!驚くから、これやめろって言ってんだろ!」
そして素早く窓を開け、そこにくっ付いているそれを外すと、振り回しながら隣の窓へと叫ぶ。
薫の部屋の窓に衝撃音を与えたそれとは、ダーツの矢。
とはいっても、先端が吸盤になっているものなので、危険は無い。
それでも驚くのでやめてくれと、いくら薫が言っても、将梧は時折この方法を使う。
隣り合う家の、隣り合う部屋が互いの自室だから、気分が向いたからと将梧は言うが、何やら嫌がらせの匂いがすると、薫は思っている。
なぜなら、普段はこんな方法を取ることなく、普通に呼びかけるか、メッセージが送られて来るのだから。
なんだ?
俺、何か将梧を怒らせるようなこと、したか?
今日あったことといえば・・・お、そうだ。
山野さんが難儀していた瓶の蓋を、華麗に開けることが出来たんだった。
あれは、気分が良かったよな。
タイミング的に、将梧もそれが分かっただろうけど、そんなことじゃ怒らないだろうし。
「薫。そっち、行っていいか?」
将梧が怒るようなことをした覚えもないし、家に帰るまで将梧の態度だって普通だったと、薫が思い返していると、案の定の提案がなされた。
このダーツが飛んで来た時の将梧の用事はいつも同じで『今日、一緒に寝よう』である。
つまり、この場合の『そっち、行っていいか?』は、単純に薫の部屋に来ることを指すのではなく『今日、一緒に寝よう』と変換されるのである。
だったらストレートにそう言えと薫は言うのだが、何やら将梧にはこだわりがあるらしい。
一度、揶揄うつもりで『え。泊まりだとは思わなかった』と、部屋に来た将梧に言ったところ、将梧が拗ねるという、大変に面倒な事態となってしまった。
以来薫は、暗黙の了解で分かっている事実で将梧を揶揄うことをしていない。
教訓は、きちんと生かされているのである。
「いいか、って。駄目だって言ったら、どうすんだよ?どうせ、もう準備し終わってんだろ?」
「当然」
「はあ。いいぜ。今日は一緒に寝よう」
「すぐ行く」
言葉と同時、将梧は窓を閉めると、さっさとカーテンも閉め、薫が苦笑している間に部屋の灯りも消えた。
「はやっ。あいつ、もっと距離が近かったら、飛び移ってきそうだよな」
互いの家の間に、それなりの土地があるためやったことは無いが、将梧なら距離によってはやりそうだと思いつつ、薫は窓を閉める。
「あ。そうだった」
そして、ベッドに放り投げたままのスマホに気付くも、戦闘は既に終了していた。
もちろん、薫がやられた方。
「薫。来た」
「てめえ、将梧!お前のせいで、俺がやられちまっただろうが!」
その時、タイミングよく将梧が来たことで、薫は、何を考えるより早くそう叫んだ。
「え!?薫、やられたのか!?誰に!?門脇か?まさか、あのバイト女!?」
「は?いや別に、門脇とも山野さんともゲームしてないけど?」
ぽかんとして薫が言えば、将梧も落ち着いたように薫の手にあるスマホを見る。
「なんだ。よかった」
「『よかった』じゃねえよ!まあ、取返しつかねえ場面じゃねえから、いいけど」
本当に安心した様子の将梧に、薫もそれ以上強くは言えなくて、ふたりは何となく定位置に座った。
「なあ、薫。薫は、進学しないで就職するって言ってたけど。どんな所に就職するつもり?」
「今のバイト先。何か、性に合ってるから。なあ、何か飲むか?」
向かい合う形でラグに座った薫が、そう言いながら立ち上がる。
「いや。今はいい。そうか、今のバイト先か」
「そ。喫茶ソレイユ。マスターにも、どうかなって打診されてるし」
何も飲まないと将梧に言われたことで、再び座った薫がそう言うのを、将梧は真面目な顔で聞く。
「やっぱり、進学はしない?」
「しない。俺、あんま勉強好きじゃないし。大学、行きたいとも思わないもん」
知りたいことを学ぶのはいいけど、他に付随して来るものが多すぎて嫌だと言う薫に、将梧も頷きを返した。
「薫が、薫らしく輝ける選択をするのが、いいと思う」
「ありがと。親もそう言ってくれてるから、楽だよ」
世間では、親と子で進路の希望が合わず衝突する、なんて話もあると聞いている薫は、自分の意見を尊重してくれる両親に感謝だと笑う。
「俺は、進学する。将来、安心して嫁に来られるよう、安定且つ高給取りになれる就職、頑張るから」
「へえ。もうそこまで考えてんのか。将梧と結婚するひとは、幸せだな」
妻に迎えるひとのことを考えて、進学、就職を目指すなんて流石将梧だと、薫は先ほど飛んで来たダーツの矢を手に取った。
「だったらさ。こういうのは、その相手に投げろよ」
笑いながら薫が指さしたダーツの、吸盤部分の形はハート。
まるで、キューピッドの矢のようだと、最初にそれが飛んで来た時から薫は言っていて、将梧もそう思うと返している。
「だから、投げてる」
「え?なに?よく聞こえなかった」
「いや。薫から、投げ返してくれたこと、無いなと思って」
将梧は、意図をもってハート型の矢を投げている。
しかし、薫がそれを戻すのは、いつだって手渡し。
それも悪くないと思う将梧だけれど、今日のように、薫の口から誰かを好きだと聞いたり、そんな状況を見せられるのは堪えられない。
時間がかかってもいいとは思っているが、誰かに取られるのは我慢がならないのである。
「なんだ。投げ返してほしいのか?」
「投げ返してほしい」
主に、気持ちをと、期待を込めて言う将梧に、薫は難しい顔で言い切った。
「俺。お前の所に届くように投げる自信が無い。届いたとしても、絶対くっつかなくて、落ちる」
「じゃあ、先に呼べばいい。俺が顔を出して、受け取るから」
「お、それなら出来そう。なら、今度そうするな」
気安く言う薫の言葉に、深い意味は無いと知りながら、将梧は嬉しい気持ちで薫と同じベッドに入る。
「苦しいところ、ないか?」
「ん。だいじょぶ」
いつものように、薫を壁側に寝かせた将梧が、薫を抱き込むように横になれば、薫が楽しそうに笑う。
「ガキの頃から、変わんないな。俺達」
「俺は、薫と、ずっと一緒にいたい」
「俺も。将梧とは、環境が変わってもずっとこんな風に、一番の友達でいたい」
生まれた時からずっと一緒で、同じベビーベッド、同じ布団に寝かされている写真も多くあるふたり。
一緒に寝ることに、今でも抵抗の無いふたりだけれど、その気持ちに違いがあることを、将梧はもう知っている。
「しょうご・・おやすみ」
「おやすみ、薫」
そんな将梧の切なさに気付くことなく、薫は、将梧の胸に額を擦りつけ、眠くなった時特有の幼い声でそう言うと、穏やかな眠りについた。
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