カラフルボックス ~絡め取られて腕のなか~

夏笆(なつは)

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八、

  

 

 

 楽しいゴールデンウィーク中とはいえ、旗日でない日には、当然学校がある。 

「おはよう、舞岡!チアやってくれる気になったか!?」 

「いや、ならねえから!」 

「おはよう!舞岡くん。チアの衣装なんだけどね。こんなのは、どうだろう?」 

「へえ。田上たがみ、絵が上手いんだな。それに、可愛いじゃん!・・・俺は着ないけど!」 

「舞ちゃん。ポンポンの素材なんだけどさ」 

「んなん、ビニールテープでいいだろ」 

「いやいや。折角可愛い舞ちゃんが持つんだから、もっときらきらしたのにしよう!」 

「はあ!?俺は持たないからな!・・・まったく。みんなして何だよ。俺は、やるなんて言ってないっての」 

 ただでさえ、休みの谷間で気分重く登校した薫は、校門からクラスメイトに話しかけられ続け、げんなりとした顔で席に着く。 

「薫。今日も、可愛いな」 

「さっきも聞いた」 

「何度でも、言いたい。薫は、可愛い」 

 朝、顔を合わせてすぐの、将梧からの定番の挨拶ともいえる『薫は、今日も可愛い』は、しっかり家の前で聞いたと言う薫に、将梧は真顔で答えた。 

「お前な・・・」 

「おはよう、舞岡、秋庭あきば。そして、因みに秋庭。そこは、俺の席なんだが」 

 しっかり薫の隣の席・・門脇の席に座り込んでいた将梧は、苦笑して言う門脇の言葉に、渋々と、本当に名残惜しそうに立ち上がる。 

「もう授業が始まるのか。薫。離れて辛いけど、また後で絶対に会おうな」 

「いや。同じクラスだし!まったく。将梧はいつも、真面目な顔で笑わせようとするんだから」 

 悲壮な表情で言う将梧の背を叩き、大げさだから演技だと分かると弾かれたように笑う薫は、将梧のその言葉が冗談だと信じて疑わない。 

 因みに、そんな風に将梧にじゃれる、猫のような薫を見て、切ない表情をしている門脇のことにも、薫は気が付かない。 

「・・・・・舞ちゃん。罪なやつ」 

 そして、そんな三人を見て、水原はぽつりと呟いた。 

 

 

 

「なあ、母さん。ほんとに、やんの?」 

「やるわよ。折角しょうくんとデートなのに、卵焼きだけのお弁当なんて、ちょっと寂しいでしょ?しかも、かおちゃんがしょうくんに作ってあげる、最初のお弁当なんだもの。張り切らなくっちゃ」 

 『ああ、でも。お母さんがお父さんに初めて作ったお弁当は、焦げた卵焼きとおにぎりだけだったわ。懐かしいわね』などと言いながら、薫に弁当作りを伝授すると張り切る小百合が取り出したものを見て、薫はぎょっとした。 

「か、母さん!それは、いらないんじゃない?」 

「何を言っているのよ。必須に決まっているでしょう」 

 言いつつ小百合は、いそいそと嬉しそうに、薫にエプロンを着けさせようとする。 

「いや。必須っていっても、流石にそれは無い。母さん。俺、男だからね?」 

「大丈夫。かおちゃんなら、似合うから」 

「いや、嬉しくない」 

 小百合がしきりに勧めて来るのは、フリルがたっぷり付いた可愛らしいエプロン。 

 色が白なのが救いなのかも知れないが、とても高校生男子が身に着けるものとは思われない薫は、必死に回避を試みる。 

「な、母さん!思い留まろう!もっと飾りのない、シンプルなエプロンなら着けるから!ほら、学校の調理実習用に買ってもらったやつ!あれ、取って来る!」 

「・・・・・ふうちゃんも、かおちゃんと似たようなことを言って、着けてくれなかったのよね」 

「あ・・あああ」 

 勢いに任せて自分の部屋へ取りに行こうとした薫は、しかし、寂しそうにフリルたっぷりのエプロンを見つめる母に、今はもう自立している姉、風子ふうこを思った。 

 

 そりゃ。 

 姉ちゃんの性格からいって、絶対に着なかっただろうな。 

 はあ。 

 着ておいてくれよ。 

 姉ちゃんは女だけど、俺は男だかんな!? 

 

「かおちゃん」 

「・・・分かった。着るよ」 

 母親に弱い薫は、しょんぼりとする小百合を見ていられなくて『外に出るわけでもなし』と、そのフリルたっぷりのエプロンを身に着けることを了承する。 

「ありがとう、かおちゃん。お母さんね、夢だったの。子どもに、こういう可愛いエプロン着けさせて、一緒にお台所に立つの」 

「そっか」 

 何なら自分が身に着けた方が似合うのではないかと、年齢不詳の小百合を見て薫は思うが、何故か小百合は、自分ではそういった物を身に着けようとしない。 

「わあ、かおちゃん。よく似合う。お母さん、嬉しい」 

「そりゃ、よかった」 

 既に風呂も済ませた薫が今着ているのは、だぼっとしたトレーナーのようなパジャマなので、到底、フリルたっぷりの可愛らしいエプロンに似合うとも思えないのだが、薫は、母が嬉しそうなので良しとした。 

「じゃあ、まず。かおちゃん、唐揚げを作りましょう。この鶏肉をパックから取り出して、軽く拭いてから、フォークで幾度か刺してね」 

「え!?」 

「そうすると、味が早く染みるの。時間があるときは、やらなくてもいいわよ」 

「へえ」 

 『母さんてば、いつもそんなことしてんのか』と感心しつつ、薫はパックを開け、大きな鶏もも肉二枚を取り出す。 

「ぐえ。何、この感触」 

「ふふ。慣れないと、気持ち悪いかもしれないわね」 

「食べると美味しいのに・・んで?これに、フォークを刺す・・刺す・・刺せない」 

 簡単な作業かと思いきや、フォークをうまく鶏の皮に通過させることが出来ず、苦戦する薫を、小百合が楽しそうに見つめる。 

「皮の面を表にして、片手で皮を引っ張るようにしながら抑えて刺すと、やりやすいわよ。ゆっくりでいいから、やってみて」 

「ん・・・皮を上にして、引っ張るように抑えて、フォークで、刺す・・さっっす・・お、出来た!」 

 妙な力が籠りながらも、何とかフォークを貫通させることに成功した薫は、嬉々として幾度か繰り返し、何度も失敗しながらではあるものの、二枚の鶏肉に、まんべんなくフォークで穴をあける作業を終了させた。 

「で、そこから脂肪を取り除いて、ひと口大に切ります」 

「脂肪?」 

「端っことかにある、ぶよっとしたこれよ」 

 小百合が指さす黄色っぽい部分を切り落とすべく、薫は慣れない手つきで包丁を扱う。 

「ゆっくりでいいから。怪我しないようにね」 

「うん。分かった」 

 包丁の使い方や、切り取るべき部分は丁寧に教えてくれるものの、小百合は一切手出しをしない。 

 『練習して、かおちゃんがひとりで作った方が、しょうくん絶対に喜ぶから』と言われ、薫の手作り弁当が食べたいと言った時の、将梧の顔を思い出した薫は、何とか奮闘することに決めた。 

 将梧が喜ぶ顔を想像すれば、唐揚げのひとつやふたつ、習得できる気がする。 

「それから、たれに漬け込むの。たれの材料は、これね。これは、お母さんがおばあちゃんから習ったものだから、うちの味って言っていいかも」 

「へえ。これって、いつも母さんが作ってくれるやつ?」 

「そうよ。かおちゃんが、いつも美味しいって可愛い笑顔で言いながら、たくさん食べてくれる唐揚げ」 

「うん。俺、家の唐揚げ好き。そっか。おばあちゃんの味だったんだ」 

 そんなことも知らなかったと、薫は、いつも何気なく食べている小百合の料理と、母方の祖母の優しい笑顔を思い出す。 

 専業主婦で料理好きということもあるのだろうが、小百合はだいたい毎食手作りのものを食べさせてくれる。 

 それを当たり前のように感じていた薫は、少し自分の考えを見直すべきかと、たれに付け込んだ鶏肉を見つめた。 

「あら。もしかして、しょうくんかしら」 

 使った調理器具の跡片付けも済ませ、そろそろ鶏肉を揚げようかという頃合いでインターホンが鳴り、薫の父で小百合の夫である彩人あやひとが帰るには未だ早いと、小百合は台所の時計を見上げる。 

「そっか。今日、父さん遅くなるんだっけ。なら、将梧だな。俺が出るよ」 

「お願いね」 

「おう」 

 他人の家を訪ねるには遅い時間だが、将梧と薫・・というよりも、舞岡家まいおかけ秋庭家あきばけの間ではこの限りではないため、薫は、将梧と通話すべく、慣れた足取りでインターホンに出る。 

「はい」 

『俺。将梧』 

「ん。今行く」 

 そして聞こえて来たのは、予想通りの将梧の声だったため、薫は迷うことなくそう返答した。 

「・・・母さん!やっぱり将梧だった!」 

 そして通話を切ると、台所に居る小百合に叫んでから、薫は玄関へと向かい、豪快にドアを開ける。 

「よう、いらっしゃい・・将梧?どうした?入れよ」 

 いつもなら、勝手知ったるといった風情で入って来る将梧が固まったのを見て、薫は首を傾げる。 

「・・・・・・・薫。可愛い。凄く、可愛い。その姿で、おかえりって言ってみてくれ」 

「は?・・・・あ!」 

 目をきらきらさせて、薫は可愛い、その姿でおかえりと言ってほしいという将梧に、一瞬怪訝な目を向けてから、薫は今、自分が何を身に着けているかを思い出し、短い叫びをあげた。 

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