カラフルボックス ~絡め取られて腕のなか~

夏笆(なつは)

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十、

 
 

 

 

「薫。下ごしらえは俺も手伝うから、何でも言って。あ。明日の待ち合わせは、ゆっくりにしようか?薫は、朝から揚げ物とかしなくちゃなんだから」 

 学校帰り・・からのバイト・・からの、買い物帰り。 

 薫と並んで歩きながら、将梧は、幸せそうに手に持った荷物を持ち直す。 

「んー。でもな。折角だから、朝は早めでも、向こうでゆっくりしたい」 

 薫と将梧が、弁当を持って出かける先に選んだのは、駅ひとつ隣にある広い庭園で、温室など色々な施設が楽しめる憩いの場所。 

 『え。舞ちゃんも秋庭も渋い』と、水原には言われてしまったが、そこはそれ。 

 将梧がそこがいいと言い、自分もいいと思ったのだがら、それでいいと薫は思っている。 

「それもそうだな。じゃあ、明日の朝、弁当を作るのも手伝う」 

「え?それって、ほんとに俺の手作り弁当って言えるか?仕込みから調理まで、将梧も一緒ってことじゃん」 

「・・・・・薫と一緒に作る弁当っていうのも、いい」 

 『俺の手作り弁当が食べたいんじゃなかったのか?』と、揶揄うように薫が言えば、将梧は真顔で悩んだ後に、そう言った。 

「将梧と一緒に弁当作りか。確かに、楽しそうだな」 

 それもいいかと薫が笑えば、将梧も嬉しそうに笑う。 

「じゃあ、夕食食べたら、薫の家に行く」 

「分かった・・・・それにしても、将梧。エコバッグを持っても似合うな。しかも、それが格好いいってなに」 

 薫のバイト終わり。 

 『薫。迎えに来た』と、いつものように現れた将梧と連れ立って、薫は、明日の弁当のための食材を買いにスーパーへと行って来た。 

 それは『かおちゃん。しょうくんね、かおちゃんとお買い物からしたら、もっと喜ぶと思うの』という、薫の母小百合の弁によるものであったのだが、薫自身も殊の外楽しかったし、将梧が心底嬉しそうで楽しそうだったことが、薫には、もっと嬉しかった。 

「薫。俺、荷物持ちくらいいつでもするから、また一緒にスーパー行こう。俺のために買い物して、俺のために料理する薫。いい。すごく」 

「あ!将梧君久しぶり!そしてなに?薫ちゃんは、未だ将梧君にひっついて、迷惑かけているわけ?」 

 ほっこりと、幸せそうに笑う将梧を見ていると自分まで幸せになるし、こいつ無駄に顔いいし格好いいと、薫が将梧を見上げていると、不意に破裂音のように不快な声が響いた。 

  

 うわあ。 

 久々。 

 嫌な奴に会った。 

 

「もうさ。薫ちゃんもいい年なんだから、将梧君に甘えて、迷惑ばっかりかけていないで、ちゃんと将梧君離れしなよ」 

 品揃えもいいし、バイト先からの動線もいいからと、駅近くにあるスーパーに寄ったのが運の尽きだったかと、薫は遠い目になる。 

 今、両手を腰に当て、薫に対して偉そうに説教しているのは、元同級生の清川 静きよかわ しずか。 

 清川 静は、将梧に一方的に想いを寄せており、薫を糾弾することに命を懸けていると言っても過言ではない過激派で、将梧本人にその気がないと聞いている薫にとっては、ひたすらに面倒な相手だった。 

  

 それにこいつ、虚言癖もあんだよな。 

 

「ちょっと!聞いてんの!?薫ちゃん、ほんとそういうとこ駄目。いい加減、自覚しなよ。そんなんじゃ、私も幼なじみとして恥ずかしいんだからね。もっとちゃんと、しっかりして」 

 

 はあ。 

 誰が、幼なじみなんだよ。 

 

 内心で呟き、薫は心のなかだけで大きなため息を吐いた。 

 清川 静は、小学校五年生の時に転入して来たのだが、何故か将梧と薫を幼なじみ認定して、勝手にそう触れ回っている。 

 もちろん、小学校、中学校とずっと同じだったメンバーは『何言ってんの?』という状態だが、清川 静が、まあまあ遠くの女子高へ進学したこともあって、彼女の学校の生徒は彼女の言葉を信じており、将梧も薫も、幾度も迷惑を掛けられた。 

 曰く『清川さんの幼なじみなら、私たちとも遊んでくれるよね?』曰く『秋庭君が清川さんの彼氏なら、舞岡君が私と付き合えばちょうどいいよ』と、それはもう、自分たちに都合のいいよう、勝手な解釈を繰り広げるような発言を繰り広げられるという、何とも不快な体験をしたのである。 

「薫ちゃん、聞いてる!?もう。ひとの話くらいちゃんと聞きなよね!そんなんだから、将梧君に迷惑がられているのにも気付けないんだよ。今時、天然なんて流行らないからね!?」 

 そんな迷惑な相手に突撃され、不快な思いをさせられたのも今は昔、高校に入ってすぐの頃だったと思い出す薫に、清川 静は、更に表情をきつくして、嫌悪の目を向けた。 

 それはもう、羽虫を見るが如くである。 

「薫。行こう」 

 表立ってため息を吐きたくなるくらい、清川 静は変わらないと、頭が痛くなる薫に、将梧はいつも通りの声で、いつも通りの言葉を掛けた。 

 そんな将梧にも、清川 静は大きな声をあげる。 

「将梧君!薫ちゃんを庇うことなんて無いんだよ!そうやって、甘い顔するから付け入られるんだから。嫌なことは、嫌ってちゃんと言わないと。いつまでも、薫ちゃんに付き纏われるよ!」 

 

 はあ。 

 それを、お前が言うか。 

 今、現在進行形で付き纏って迷惑をかけているのは、お前だっつの。 

 

 高校入学当時、清川 静から自分の幼なじみで彼氏だと、自慢げに将梧の写真を見せられて『こんなに格好いい彼氏がいるなんてすごい』『ひと目見たかった』『静より私と付き合わない?』などと、喜色満面で現れた彼女らは、はじめこそ、そういった迷惑行為、迷惑発言をしていたものの、薫の穏やかな説明と、将梧の不愉快極まりない表情での抗議発言によって、将梧が清川 静と付き合っていないこと、幼なじみですらないことを理解した後は、突撃して来なくなった。 

 それでも、清川 静は変わらない。 

「そこの迷惑女。俺と薫の時間の邪魔をするな」 

 腰に手を当て、薫を糾弾しつつ将梧を諭していたつもりの清川 静は、その言葉に眉を寄せる。 

「将梧君。そんな言い方よくないよ。私は、将梧君のためを思って言っているの。だって、薫ちゃんがいたから、将梧君は、私からの告白さえ聞いてくれなかったんだから」 

 居丈高な態度から一転、瞳を潤ませて言う清川 静に、薫はとうとうため息を吐いた。 

「はあ。なんで、そこに俺が関係あんだよ。それは、将梧の気持ちの問題だろうが」 

 将梧は、はっきりとした性格をしている。 

 もしも将梧が清川 静のことを好きだったなら、薫がどう言おうと付き合ったはずだと薫は言い切った。 

「はあ!?私と将梧君の仲を邪魔しておいて何を言ってんの!?将梧君、いっつも私の手紙に返事をくれたこともなければ、反応も無くて。まあ、それは、嬉し過ぎてどうしていいか分からないとか、照れてるだけなんだろうなって思ったから、それならって、直接話すために手紙で場所を指定したのに、呼んだ場所にさえ来てくれなかったんだよ!そんな時、いつも薫ちゃんが、将梧君と帰っていたの!そんなことしておいて!それでも!私と将梧君の邪魔してないって言うの!?馬鹿っていうのよ!そういうの!」 

「は?お前、薫に馬鹿って言ったのか?馬鹿はお前だ。なんで俺が、勝手に机や下駄箱に入れられた不審物を、読まなければならないんだ?」 

「え・・不審物って・・私の手紙のこと言ってるの?」 

 その時、将梧が不機嫌極まりない声を出し、清川 静は、その声と瞳の冷たさにたじろぐ。 

「お前が呼んだ場所?なんで、俺がそこに行く必要がある?俺は、自分の時間を無駄に使う趣味は無い」 

「そんな・・・だって。将梧君だって、私の事が好きでしょう?」 

「は?嫌いだよ。お前の妄想に、俺と薫を巻き込むな。それから、俺の名前も薫の名前も、勝手に呼ぶな。気色悪い」 

 益々鋭利になった将梧の瞳に、清川 静は救いを求めるように薫を見るも、薫はそれに応える謂れが無い。 

 どうせなら、この機会に将梧からはっきり本心を聞けばいいと、将梧と清川 静の会話に口を挟むつもりは無い事を示すように、薫は清川 静から視線を外し、明るい光を放つ月を見上げた。 

 

 ああ。 

 もうこんな時間か。 

 明日の弁当の下ごしらえもしたいし、腹も減ったな。 

 夕飯、何だろ。 

 

「で、でも。将梧君も薫ちゃんも、私とは、幼なじみで。だから、名前で呼んでもいいじゃない」 

 直接会話に参加しない薫のことなど切り捨てたのか、清川 静が将梧に甘えたような声で訴えるのを、薫はどこか遠くで聞いた。 

 

 はあ。 

 幼なじみ、ねえ。 

 だから、誰が、誰の幼なじみだ、っての。 

 

「は?そんな事実無いだろ。俺、あんたと遊んだことも無いんだけど」 

 将梧の言葉に、薫は心のなかで大きく頷く。 

 

 ああ。 

 ほんと、それだよな。 

 清川は、小学校五年の途中で転入して来て、その後、俺達と同じ公立の中学に行ったから、卒業した小学校と中学校は確かに一緒だけど。 

 でも、それだけで。 

 家が特別近いわけでも、仲良く遊んだわけでも無いんだよな。 

 

「だ、だけど。私はずっと、将梧君が好きで。薫ちゃんさえ、いなければ」 

 一体、清川 静は、何をもって将梧と自分を幼なじみだと言い切るのかと、薫は首を捻ってしまう。 

「いい加減にしろ。俺は、俺と薫の時間を邪魔するなって言ったよな?それから、勝手に幼なじみ扱いして、名前を呼ぶなとも言った。それ以上言うなら、ストーカーだって訴える。俺の家の郵便受けに、お前の名前でしょっちゅう入れられている、切手の無い封書も証拠に取ってある」 

「あ。手紙、読んでくれて」 

「そんな訳無いだろ。一通も開けてさえいない」 

「なんで?でも、取っておいてくれてあるって。それって、嬉しかったからでしょう?」 

 縋るように言った清川 静に、将梧は侮蔑の目を向けた。 

「は。寝言は寝て言え。証拠だって言っただろ。お前の迷惑行為を証明するための、証拠だよ。不審物は、立派な物的証拠になるからな」 

「え・・な・・・」 

 将梧の言葉に、清川 静は混乱したような表情になり、その事実を初めて知った薫は、驚きに目を見開く。 

 

 

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