魔法師と婚約者 ~俺専用の木馬が黒い理由なんて知らねえったら知らねえ~

夏笆(なつは)

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「え、ノア。ここって」 

 役所を出、ノアに手を引かれるままに歩いていた俺は、ノアが立ち止まった店を見て思わずノアの手を引いた。 

「どうしました?カイ。この街では、この店が一番信用できますから大丈夫ですよ。宝石の質も加工の技術も素晴らしいことで有名です」 

「いや、そうじゃなくて。その、さ。この店に来た、ってことは、その、婚約の証を買うのかな、って思って」 

「もちろん、そうです。婚約したのですから、当たり前ですよね。それで、婚約の証となる品なのですが、私はカイに私色の指輪をしていて欲しいのですが」 

 婚約の証を買うのは当然で、それを指輪にしたい、というノアにもちろんいいと言いかけて、俺はそもそもの不安を口にする。 

「それって、その。俺達、ほんとに婚約した、って思っていいってこと?」 

 確認するように言えば、ノアがぎょっとしたように俺の肩を掴んだ。 

「昨夜、そう誓い合いましたよね?カイ。私と婚姻するのは嫌ですか?役所では、そんな素振りありませんでしたよね?」 

 かくかくと肩をゆすりながら言うノアの目は怒りを含むほどに真剣で、俺は思わず息を呑み、肩をゆすられながらも懸命に首を横に振った。 

「嫌なんかじゃない。俺はこれからもノアと居たい、って思ってるよ。でもさ、ほら俺は王都を放逐されたような人間だし、その理由も屑だし」 

 そこら辺、もう少しよく考えて、と言った俺の髪をノアがくしゃりと撫でる。 

「それなら問題無いです。私は絶対にカイを放逐したりしないので、安心してください。それともカイは、私を捨てるつもりなのですか?」 

「そんなこと、あるわけないだろ」 

 何か問いかけた意図と違う、と思いつつも即座に否定すれば、ノアが嬉しそうに笑った。 

「では、着けていてください。私色の指輪を」 

 そう言って幸福が零れるような笑顔でノアが買ってくれたのは、物凄く希少な黒い宝石の指輪。 

 俺はその値段に驚き慌て、いいものがあった、と喜色満面で購入しようとしているノアを止めるべく、普段使い出来るようなのがいい、って言ったら、それなら、希少価値の高い宝石の方を婚約指輪として、普段使い出来るような価格のものをこれまでの俺の誕生日祝いとして贈る、とかいう理由をつけて両方とも買ってくれた。 

 ふたつも買わせるつもりなんて微塵も無かったし、希少な方は確かに普段から着けていると危険かもしれません、って店のひとも言ってたから、俺は希少価値の方は買わない方向になるのかと思ってた、ら、ノアにそんな選択肢は無かったわけで。 

 でも、これで一緒に居られない時もカイは私を忘れませんね、なんて嬉しそうに言われれば俺も嬉しいし、第一、俺もそう思う。 

 つまりはノアに、俺色の指輪をしていて欲しい。 

「ノア。これ、安物で悪いけど」 

 だから、これぞ俺の瞳の色、っていう宝石の指輪を見つけてノアに渡した。 

「これは。カイの瞳の色ですね」 

「うん。ノアが買ってくれたのとは比べ物にならないけど、俺の瞳の色だな、って思うから」 

 ほんと、ノアが買ってくれたのとは価値が全然違うけど、今の俺の全財産分の指輪だ。 

 今はこれしか買えないけど、絶対稼いでもっといいものを贈ろう、って俺は決めた。 

 これからは、ちゃんと真面目に生きるんだ。 

 改心するのに、遅いってことは無いよな。 

「嬉しいです、カイ。本当にカイの瞳のようです。特にこの、少し潤んだ感じ。カイが甘い声で強請るときの艶めかしささえ感じます」 

「おま・・っ。何言って」 

「何、って。乱れた息で、熱い身体を持て余したカイが『挿れ』・・むぐっ」 

「こんなとこで言うことかよ!」 

 俺は慌ててノアの口を手で思い切り塞ぐけど、声が聞こえてただろう店員は特に不快になった様子も無く、温かい微笑みを浮かべて俺達を見ている。 

「お決まりでしたら、サイズ合わせをいたしましょう」 

 そして、自然な調子で話を進めてくれ、俺は在り難く便乗させてもらった。 

 

 
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