隠れ蓑婚約者 ~了解です。貴方が王女殿下に相応しい地位を得るまで、ご協力申し上げます~

夏笆(なつは)

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五、夜会は格好の宣伝の場。

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「あ、そうだ。お父様、お兄様。マリルー王女殿下がご参加の夜会では、私のエスコートをお願いしたいのですが」 

「・・・・・」 

 夕食時、そう口を開いたフィロメナを、父であるロブレス侯爵クレトも、母であるロブレス公爵夫人アロンドラも、そして兄であるバシリオも、信じられないものを見るような目で見た。 

「ああ、唐突にすみません。今日、ベルトラン様から、マリルー王女殿下がご出席される夜会のパートナーは務められないと、言われたものですから」 

「フィロメナ。それはつまり、どういうことなのかしら?まさか、カルビノ公爵子息は、マリルー王女殿下と共に出席するから、貴女のエスコートは出来ないと、そういうことなの?」 

 それまで、楽し気に食事をしていたアロンドラの目が、獲物を狙う猛禽類の如く、鋭く細くなって、手にしたナイフがまるで凶器のように見えると、フィロメナは慄きつつ状況を説明する。 

「そうですね・・・暫くは、マリルー王女殿下の護衛を最優先にするとも仰っていたので、護衛として参加されるということだと思います」 

 ベルトランは、マリルー王女の護衛として参加する。 

 しかしその実、そんなことは口実だと、フィロメナは確信している。 

 要は、どんな名目であっても、想い合う者同士、共に夜会に出席したいのだと。 

 

 でも、そんなこと言うわけにもいかないし。 

 

 まさか、ベルトラン様の本命はマリルー王女殿下なので、護衛という形でも共に出席されたいのだと思います、という事実を口にするわけにもいかず、かと言って、完全に違うと言うことも出来ずに、フィロメナは目に見える事実だけを口にした。 

「王女の護衛を優先・・・つまり、フィロメナをないがしろにするということか」 

「ふっ。こちらが侯爵家だからと、軽く見ているのか」 

 ベルトランが護衛を優先すると言っているのは、この国の王女殿下だ。 

 なので『ならば仕方ないな。フィロメナ、我儘を言ってカルビノ公爵子息を煩わせないように』くらいは言われるのを覚悟していたフィロメナに、兄も父もカトラリーを手にしたまま、静かな怒りを口にした。 

  

 うわあ。 

 このまま、乗り込んでいきそうなくらいだわ。 

 でも、とても嬉しい。 

 

「あ、あの。なので、お兄様かお父様にエスコートをお願いしたくて」 

 家族が怒ってくれたことで、気持ちが救われ、軽くなったフィロメナは、自然な笑みを浮かべてそう言えた自分を嬉しく思う。 

 たとえ隠れ蓑婚約者だろうと、卑屈にだけは、なりたくない。 

「それは、任せなさい」 

「そうだぞ、フィロメナ。いっそ四人で行けばいい」 

「まあ、それはいいわね。バシリオ」 

 いっそ家族で行こうという兄バシリオの言葉に、険しい顔をしていた母アロンドラも名案だと微笑みを浮かべた。 

「でも、まずは私のドレスが出来上がってから、ですね」 

 先日、布を選んだばかりだからと、その仕上がりの日程を考えつつ言ったフィロメナに、アロンドラが呆れたような目を向ける。 

「何を言っているの。あれは、もっと後の夜会やお茶会用よ。早くにある分は、用意してあるに決まっているじゃないの」 

「そうだよ、フィロメナ。そもそも、こんなに早く婚約させる気など、無かったというのに」 

 アロンドラの言葉に、父クレトが肩を落とす。 

「でも、よかったじゃないですか、父上。念願の、フィロメナのエスコートが出来ますよ」 

「それもそうだな」 

「そうですよ」 

 ぱあっと明るくなった父クレトに、兄のバシリオが大きく頷きを返すのを見て、男同士の話だなあ、でも自分のことなので少し面映ゆくもあるわ、などとフィロメナが思っていると、クレトの顔が、また少し険しくなった。 

「しかし、フィロメナを泣かせるのは、許せないな」 

「それは、許す必要がありません」 

 

 んん? 

 ちょっと殺気めいたものを感じるけど、これも、和気あいあい、っていうのかしら? 

 でも、心強い。 

 

 これなら、隠れ蓑婚約者の役目を終え、ベルトランと婚約破棄となっても、家を追い出されることは無さそうだと、フィロメナは大好物の肉料理を口に運んだ。 

 

 

 

「まあ、ロブレス侯爵令嬢。カルビノ公爵家のご三男とご婚約をされたのは、ご令嬢だと伺っていたのですけれど。誤りだったかしら?」 

「いいえ。誤りではございませんわ」 

「ですが、カルビノ公爵子息はマリルー王女殿下と・・ふふ。どういうことなのでございましょうねえ」 

 

 はあ。 

 こういうの、うんざりなんだけど。 

 

 宣言通り、マリルー王女の護衛を優先するベルトランは、未だ一度もフィロメナを伴って夜会に参加したことが無い。 

 完全にひとりならば、心細い思いもしたかもしれないが、フィロメナには家族がいる。 

 いつも、共に参加しているお蔭で、大して気にしても居なかったのだが。 

 そこはやはり、婚約者の居る身。 

 年齢的には、デビュタントを終え、家族で夜会に出席していてもおかしくないフィロメナだが、婚約者がいるのにとなれば、話は変わってしまう。 

 しかも、婚約者であるベルトランが、婚約者であるフィロメナではなく、マリルー王女殿下と共にいるとなれば尚のこと。 

 

 面白おかしく話すには、最適ってことね。 

 はいはい、分かりました。 

 

「まあ、何を仰っているのかしら。フィロメナは、確かにベルトランの婚約者だというのに。フィロメナ、ごめんなさいね。ベルトランが、王女殿下の護衛をしているせいで。護衛とパートナーの区別もつかない貴族夫人がいるとは思わないけれど、嫌な思いをしたら言ってちょうだい。カルビノ公爵家の全力で叩き潰してあげるから」 

 フィロメナが諦めの境地で、挨拶回りに行っている家族を待っていようと思っていると、思いがけない人物が現れた。 

「カルビノ公爵夫人。いらしているとは存じませんで、ご挨拶が遅れましたこと、お詫び申し上げます」 

 フィロメナは、知らなかったでは済まされないと、ベルトランの母、カルビノ公爵夫人に慌てて礼をする。 

「いいのよ、そんなの。わたくしが、急遽来ることにしたのが悪いのだもの」 

 現れたのは、フィロメナに嫌味を言っていた貴族夫人も震え上がる社交界の大物、カルビノ公爵夫人。 

 彼女はなぜか、ベルトランがマリルー王女の護衛をする夜会で、フィロメナが嫌な思いをするたび、救世主の如く、颯爽と登場する。 

 そして、今日は更にもうひとり。 

 カルビノ公爵夫人の隣には、若い頃よりの親友同士と名高いエリソンド公爵夫人の姿もあって、好奇の目でフィロメナを見ていた周りも、一斉に時が動き出したかのように散って行った。 

「ねえ、ベレン。この子がフィロメナ?」 

「そうよ、ヌリア。フィロメナ、紹介するわ。こちら、わたくしの親友のエリソンド公爵夫人」 

「初めてお目にかかります。フィロメナ・ロブレスでございます」 

「初めまして。ヌリア・エリソンドよ。ね、フィロメナ。貴女の靴、素敵ね」 

「あ、ありがとうございます」 

 目をきらきらとさせて話すエリソンド公爵夫人に、フィロメナは心からの礼を言う。 

「ダンスをしている時に、ちらりと見える爪先も素敵だし、ヒールの裏側も何か模様が見えたわ」 

「はい。ヒールの後ろ側にも、模様を銀で打ってあるのです」 

「どちらでお作り作りなったの?」 

 エリソンド公爵夫人の問いに、フィロメナは胸を張って答えた。 

「未だ、店を構えてはいないのですが。『かくれんぼ』と申します」 

 
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