5 / 38
五、夜会は格好の宣伝の場。
しおりを挟む「あ、そうだ。お父様、お兄様。マリルー王女殿下がご参加の夜会では、私のエスコートをお願いしたいのですが」
「・・・・・」
夕食時、そう口を開いたフィロメナを、父であるロブレス侯爵クレトも、母であるロブレス公爵夫人アロンドラも、そして兄であるバシリオも、信じられないものを見るような目で見た。
「ああ、唐突にすみません。今日、ベルトラン様から、マリルー王女殿下がご出席される夜会のパートナーは務められないと、言われたものですから」
「フィロメナ。それはつまり、どういうことなのかしら?まさか、カルビノ公爵子息は、マリルー王女殿下と共に出席するから、貴女のエスコートは出来ないと、そういうことなの?」
それまで、楽し気に食事をしていたアロンドラの目が、獲物を狙う猛禽類の如く、鋭く細くなって、手にしたナイフがまるで凶器のように見えると、フィロメナは慄きつつ状況を説明する。
「そうですね・・・暫くは、マリルー王女殿下の護衛を最優先にするとも仰っていたので、護衛として参加されるということだと思います」
ベルトランは、マリルー王女の護衛として参加する。
しかしその実、そんなことは口実だと、フィロメナは確信している。
要は、どんな名目であっても、想い合う者同士、共に夜会に出席したいのだと。
でも、そんなこと言うわけにもいかないし。
まさか、ベルトラン様の本命はマリルー王女殿下なので、護衛という形でも共に出席されたいのだと思います、という事実を口にするわけにもいかず、かと言って、完全に違うと言うことも出来ずに、フィロメナは目に見える事実だけを口にした。
「王女の護衛を優先・・・つまり、フィロメナをないがしろにするということか」
「ふっ。こちらが侯爵家だからと、軽く見ているのか」
ベルトランが護衛を優先すると言っているのは、この国の王女殿下だ。
なので『ならば仕方ないな。フィロメナ、我儘を言ってカルビノ公爵子息を煩わせないように』くらいは言われるのを覚悟していたフィロメナに、兄も父もカトラリーを手にしたまま、静かな怒りを口にした。
うわあ。
このまま、乗り込んでいきそうなくらいだわ。
でも、とても嬉しい。
「あ、あの。なので、お兄様かお父様にエスコートをお願いしたくて」
家族が怒ってくれたことで、気持ちが救われ、軽くなったフィロメナは、自然な笑みを浮かべてそう言えた自分を嬉しく思う。
たとえ隠れ蓑婚約者だろうと、卑屈にだけは、なりたくない。
「それは、任せなさい」
「そうだぞ、フィロメナ。いっそ四人で行けばいい」
「まあ、それはいいわね。バシリオ」
いっそ家族で行こうという兄バシリオの言葉に、険しい顔をしていた母アロンドラも名案だと微笑みを浮かべた。
「でも、まずは私のドレスが出来上がってから、ですね」
先日、布を選んだばかりだからと、その仕上がりの日程を考えつつ言ったフィロメナに、アロンドラが呆れたような目を向ける。
「何を言っているの。あれは、もっと後の夜会やお茶会用よ。早くにある分は、用意してあるに決まっているじゃないの」
「そうだよ、フィロメナ。そもそも、こんなに早く婚約させる気など、無かったというのに」
アロンドラの言葉に、父クレトが肩を落とす。
「でも、よかったじゃないですか、父上。念願の、フィロメナのエスコートが出来ますよ」
「それもそうだな」
「そうですよ」
ぱあっと明るくなった父クレトに、兄のバシリオが大きく頷きを返すのを見て、男同士の話だなあ、でも自分のことなので少し面映ゆくもあるわ、などとフィロメナが思っていると、クレトの顔が、また少し険しくなった。
「しかし、フィロメナを泣かせるのは、許せないな」
「それは、許す必要がありません」
んん?
ちょっと殺気めいたものを感じるけど、これも、和気あいあい、っていうのかしら?
でも、心強い。
これなら、隠れ蓑婚約者の役目を終え、ベルトランと婚約破棄となっても、家を追い出されることは無さそうだと、フィロメナは大好物の肉料理を口に運んだ。
「まあ、ロブレス侯爵令嬢。カルビノ公爵家のご三男とご婚約をされたのは、ご令嬢だと伺っていたのですけれど。誤りだったかしら?」
「いいえ。誤りではございませんわ」
「ですが、カルビノ公爵子息はマリルー王女殿下と・・ふふ。どういうことなのでございましょうねえ」
はあ。
こういうの、うんざりなんだけど。
宣言通り、マリルー王女の護衛を優先するベルトランは、未だ一度もフィロメナを伴って夜会に参加したことが無い。
完全にひとりならば、心細い思いもしたかもしれないが、フィロメナには家族がいる。
いつも、共に参加しているお蔭で、大して気にしても居なかったのだが。
そこはやはり、婚約者の居る身。
年齢的には、デビュタントを終え、家族で夜会に出席していてもおかしくないフィロメナだが、婚約者がいるのにとなれば、話は変わってしまう。
しかも、婚約者であるベルトランが、婚約者であるフィロメナではなく、マリルー王女殿下と共にいるとなれば尚のこと。
面白おかしく話すには、最適ってことね。
はいはい、分かりました。
「まあ、何を仰っているのかしら。フィロメナは、確かにベルトランの婚約者だというのに。フィロメナ、ごめんなさいね。ベルトランが、王女殿下の護衛をしているせいで。護衛とパートナーの区別もつかない貴族夫人がいるとは思わないけれど、嫌な思いをしたら言ってちょうだい。カルビノ公爵家の全力で叩き潰してあげるから」
フィロメナが諦めの境地で、挨拶回りに行っている家族を待っていようと思っていると、思いがけない人物が現れた。
「カルビノ公爵夫人。いらしているとは存じませんで、ご挨拶が遅れましたこと、お詫び申し上げます」
フィロメナは、知らなかったでは済まされないと、ベルトランの母、カルビノ公爵夫人に慌てて礼をする。
「いいのよ、そんなの。わたくしが、急遽来ることにしたのが悪いのだもの」
現れたのは、フィロメナに嫌味を言っていた貴族夫人も震え上がる社交界の大物、カルビノ公爵夫人。
彼女はなぜか、ベルトランがマリルー王女の護衛をする夜会で、フィロメナが嫌な思いをするたび、救世主の如く、颯爽と登場する。
そして、今日は更にもうひとり。
カルビノ公爵夫人の隣には、若い頃よりの親友同士と名高いエリソンド公爵夫人の姿もあって、好奇の目でフィロメナを見ていた周りも、一斉に時が動き出したかのように散って行った。
「ねえ、ベレン。この子がフィロメナ?」
「そうよ、ヌリア。フィロメナ、紹介するわ。こちら、わたくしの親友のエリソンド公爵夫人」
「初めてお目にかかります。フィロメナ・ロブレスでございます」
「初めまして。ヌリア・エリソンドよ。ね、フィロメナ。貴女の靴、素敵ね」
「あ、ありがとうございます」
目をきらきらとさせて話すエリソンド公爵夫人に、フィロメナは心からの礼を言う。
「ダンスをしている時に、ちらりと見える爪先も素敵だし、ヒールの裏側も何か模様が見えたわ」
「はい。ヒールの後ろ側にも、模様を銀で打ってあるのです」
「どちらでお作り作りなったの?」
エリソンド公爵夫人の問いに、フィロメナは胸を張って答えた。
「未だ、店を構えてはいないのですが。『かくれんぼ』と申します」
~・~・~・~・~・
いいね、お気に入り登録、しおり、ありがとうございます。
635
あなたにおすすめの小説
伯爵令嬢の婚約解消理由
七宮 ゆえ
恋愛
私には、小さい頃から親に決められていた婚約者がいます。
婚約者は容姿端麗、文武両道、金枝玉葉という世のご令嬢方が黄色い悲鳴をあげること間違い無しなお方です。
そんな彼と私の関係は、婚約者としても友人としても比較的良好でありました。
しかしある日、彼から婚約を解消しようという提案を受けました。勿論私達の仲が不仲になったとか、そういう話ではありません。それにはやむを得ない事情があったのです。主に、国とか国とか国とか。
一体何があったのかというと、それは……
これは、そんな私たちの少しだけ複雑な婚約についてのお話。
*本編は8話+番外編を載せる予定です。
*小説家になろうに同時掲載しております。
*なろうの方でも、アルファポリスの方でも色んな方に続編を読みたいとのお言葉を貰ったので、続きを只今執筆しております。
【完】貴方達が出ていかないと言うのなら、私が出て行きます!その後の事は知りませんからね
さこの
恋愛
私には婚約者がいる。
婚約者は伯爵家の次男、ジェラール様。
私の家は侯爵家で男児がいないから家を継ぐのは私です。お婿さんに来てもらい、侯爵家を未来へ繋いでいく、そう思っていました。
全17話です。
執筆済みなので完結保証( ̇ᵕ ̇ )
ホットランキングに入りました。ありがとうございますペコリ(⋆ᵕᴗᵕ⋆).+*
2021/10/04
邪魔者は消えますので、どうぞお幸せに 婚約者は私の死をお望みです
ごろごろみかん。
恋愛
旧題:ゼラニウムの花束をあなたに
リリネリア・ブライシフィックは八歳のあの日に死んだ。死んだこととされたのだ。リリネリアであった彼女はあの絶望を忘れはしない。
じわじわと壊れていったリリネリアはある日、自身の元婚約者だった王太子レジナルド・リームヴと再会した。
レジナルドは少し前に隣国の王女を娶ったと聞く。だけどもうリリネリアには何も関係の無い話だ。何もかもがどうでもいい。リリネリアは何も期待していない。誰にも、何にも。
二人は知らない。
国王夫妻と公爵夫妻が、良かれと思ってしたことがリリネリアを追い詰めたことに。レジナルドを絶望させたことを、彼らは知らない。
彼らが偶然再会したのは運命のいたずらなのか、ただ単純に偶然なのか。だけどリリネリアは何一つ望んでいなかったし、レジナルドは何一つ知らなかった。ただそれだけなのである。
※タイトル変更しました
婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました
Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。
順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。
特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。
そんなアメリアに対し、オスカーは…
とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。
〈完結〉デイジー・ディズリーは信じてる。
ごろごろみかん。
恋愛
デイジー・ディズリーは信じてる。
婚約者の愛が自分にあることを。
だけど、彼女は知っている。
婚約者が本当は自分を愛していないことを。
これは愛に生きるデイジーが愛のために悪女になり、その愛を守るお話。
☆8000文字以内の完結を目指したい→無理そう。ほんと短編って難しい…→次こそ8000文字を目標にしますT_T
【長編版】この戦いが終わったら一緒になろうと約束していた勇者は、私の目の前で皇女様との結婚を選んだ
・めぐめぐ・
恋愛
神官アウラは、勇者で幼馴染であるダグと将来を誓い合った仲だったが、彼は魔王討伐の褒美としてイリス皇女との結婚を打診され、それをアウラの目の前で快諾する。
アウラと交わした結婚の約束は、神聖魔法の使い手である彼女を魔王討伐パーティーに引き入れるためにダグがついた嘘だったのだ。
『お前みたいな、ヤれば魔法を使えなくなる女となんて、誰が結婚するんだよ。神聖魔法を使うことしか取り柄のない役立たずのくせに』
そう書かれた手紙によって捨てらたアウラ。
傷心する彼女に、同じパーティー仲間の盾役マーヴィが、自分の故郷にやってこないかと声をかける。
アウラは心の傷を癒すため、マーヴィとともに彼の故郷へと向かうのだった。
捨てられた主人公がパーティー仲間の盾役と幸せになる、ちょいざまぁありの恋愛ファンタジー長編版。
--注意--
こちらは、以前アップした同タイトル短編作品の長編版です。
一部設定が変更になっていますが、短編版の文章を流用してる部分が多分にあります。
二人の関わりを短編版よりも増しましたので(当社比)、ご興味あれば是非♪
※色々とガバガバです。頭空っぽにしてお読みください。
※力があれば平民が皇帝になれるような世界観です。
義妹が大事だと優先するので私も義兄を優先する事にしました
さこの
恋愛
婚約者のラウロ様は義妹を優先する。
私との約束なんかなかったかのように…
それをやんわり注意すると、君は家族を大事にしないのか?冷たい女だな。と言われました。
そうですか…あなたの目にはそのように映るのですね…
分かりました。それでは私も義兄を優先する事にしますね!大事な家族なので!
これ以上私の心をかき乱さないで下さい
Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユーリは、幼馴染のアレックスの事が、子供の頃から大好きだった。アレックスに振り向いてもらえるよう、日々努力を重ねているが、中々うまく行かない。
そんな中、アレックスが伯爵令嬢のセレナと、楽しそうにお茶をしている姿を目撃したユーリ。既に5度も婚約の申し込みを断られているユーリは、もう一度真剣にアレックスに気持ちを伝え、断られたら諦めよう。
そう決意し、アレックスに気持ちを伝えるが、いつも通りはぐらかされてしまった。それでも諦めきれないユーリは、アレックスに詰め寄るが
“君を令嬢として受け入れられない、この気持ちは一生変わらない”
そうはっきりと言われてしまう。アレックスの本心を聞き、酷く傷ついたユーリは、半期休みを利用し、兄夫婦が暮らす領地に向かう事にしたのだが。
そこでユーリを待っていたのは…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる