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十一、すべては俺達の未来のために。 〜ベルトラン視点〜
しおりを挟むフィロメナが、騎士団へ差し入れに来てくれた。
その事実がとても嬉しく、俺は、手にしたバスケットを大切に持ち直した。
「ベルトラン!賭けの勝利、おめでとう!いやいや、お前のお蔭で俺も勝ち組だ」
そんな俺がバスケットを開くべく、共同の休憩室へ向かうと、にやにやと笑いながら騎士仲間のフィデルがやって来た。
伯爵家の次男という、ある意味俺と似た立場の彼は、年齢としては俺より五つ上で、近衛騎士としても先輩にあたるが、爵位のことや、何よりその性格的に、いつも陽気に俺に声をかけて来る、俺にしてみれば変人の類の男。
「ああ。フィデルか」
「『フィデルか』なんて、平静を装う必要は無いぞ。そのにやけ顔、もう騎士団中のうわさだからな」
「なんだ、それは」
にやけている?
当然だろう。
フィロメナが、俺のために差し入れを持って来てくれたんだからな。
フィデルの揶揄いも気にならないほど嬉しさに頬が緩む俺は、テーブルに辿り着くなりフィロメナから渡されたバスケットを開く。
「お。こっちは、恐らく俺達への差し入れ、そしてこっちはベルトランのための昼食・・にしては、多めだから。彼女、お前と一緒に食べるつもりだったんじゃないか?」
「なに?」
ずうずうしくも、俺の隣でバスケットを覗き込んでいたフィデルに思いもかけないことを言われ、俺は眉を顰めてしまう。
「っていうかお前、婚約者が差し入れ持って来てくれたのに、誰にも挨拶させずに帰すとか、鬼畜過ぎるだろ」
「鬼畜?そんなつもりはない。こんな、危険人物ばかりのなかに、長く彼女を置いておきたくないと思うのは、当然のことだろう」
それの何が悪いと、堂々と言い切る俺に、フィデルは大きなため息を吐いた。
「それは、お前の都合。彼女にしてみれば、碌に挨拶もさせてもらえず、お前と過ごすことも、お前の訓練の様子を見ることもなく帰されてしまったんだぞ?いったい、どんな気持ちだったか」
「だが、他の騎士と会わせたくない」
近衛には、嫡男は少ないとはいえ、貴族しかいない。
そして何より、爵位だけで近衛になれるほど甘くなく、皆一様に優れた剣の腕を持っている。
同業である俺から見ても、有能にして優秀な人材が揃っている場所に、誰がフィロメナを長く留めたいと思うものか。
そんな、俺以外に目を向ける機会など、不要だ。
・・・思うだけで、不快極まりない。
思わず、フィロメナが他の騎士に見惚れる場面を想像し、憮然と言い切る俺に、フィデルは仕方ないなと、その肩を叩く。
「だったら、お前がしっかり傍に居れば良かっただけのことだろう」
「しかし」
「因みに!俺の婚約者が差し入れを持って来てくれる時は、一緒に楽しく昼食を摂っている。もちろん、初回からな」
フィデルに言われ、俺は、バスケットに詰められた昼食を見つめた。
フィロメナ。
俺と、昼食を摂るつもりで?
言われてみれば、ひとり分にしては多めの量が用意されているそれに、俺は胸が苦しくなった。
フィロメナの想いを、俺は無碍にしてしまったのか?
折角、こうして用意してくれたというのに。
「しかし。ふたりで昼食を摂るといっても、絶対に邪魔が入るだろう」
「もちろん。それはもう、来放題だな」
そうだよな。
そうなるよな。
フィデルの言葉に暫し考え込んだ俺は、これから、差し入れをくれる時には昼食は不要だと、フィロメナに告げようと心に決める。
そうすれば、フィロメナが傷つくことも無い。
ああそれと、見学も不可だと伝えよう。
よし、そうしよう。
フィロメナが、俺以外の誰かに見惚れる機会など、絶対に作らないようにしなければ。
「頑張れよ」
「ああ。忠告、感謝する」
そして俺は、その日寮へ帰ると、すぐさまフィロメナへ手紙を送ろうとして、バスケットの存在を思い出し、返すついでに告げることとした。
「礼は、直接言いたいからな。それに、明日は久しぶりの休暇だ。突然にはなってしまうが、そのまま共に出かけられるか確認して、大丈夫なら、買い物にでも行こう」
ひとりの部屋で呟けば、あたたかな幸せが胸に広がる。
それは、フィロメナが俺に教えてくれた感情。
くすぐったくも優しく、大切な想い。
『婚約者に愛されているな』
『賭けには負けたが、おいしい菓子が食べられたからよしとする』
今日聞いた、仲間となったばかりの近衛騎士たちの声が蘇り、俺は改めてフィロメナを誇らしく思った。
『無理にも挨拶をしようとせず、かと言って怯えた様子もなく、素晴らしいご令嬢だな』
そして、尊敬する近衛騎士団団長に言われた言葉。
「フィロメナ」
それが、フィロメナ本人であるかのように彼女が携えていたバスケットを見つめ、俺は翌日、早朝に先触れを出して、フィロメナが住むロブレス侯爵邸を訪れた。
「フィロメナ。昨日の差し入れ、改めて感謝する。皆も、喜んでいた」
「それは、良かったです」
輝くようなフィロメナの笑顔を見ると、胸が躍る。
ああ。
本当なら、このまま一緒に出掛けるつもりだったものを。
我儘マリルーのせいで。
「だが、今後、もし差し入れをしてくれるとしても、昼食は不要だ」
「っ・・・畏まりました」
俺が言った言葉を聞き、一瞬、虚を突かれたような顔をしたフィロメナに気付き、どうしたのかと思ったが、そのすぐ後には、笑顔で答えてくれた。
その笑顔に、いつもと何ら変わりはないことから、恐らく、俺の勘違いだったのだろう。
「では、そういうことで頼む。すまない。本当なら、今日これから外に誘うつもりだったのだが、マリルー王女の護衛が入ってしまったので、これで失礼する」
本当に、忌々しいことだが、これも俺達の未来のためだ。
フィロメナ、暫し辛抱してくれ。
「はい。ご丁寧に、ありがとうございました」
そう言って俺に頭を下げるフィロメナの美しい姿勢に、俺は見惚れてしまう。
王女であるマリルーより、ずっと美しい。
護衛の機会が増えたことで、より目につくようになった、王女とは思えない護衛対象の所作を思い出し、俺はため息を吐きたくなった。
もっとフィロメナと共にいたい。
だからこそ、出来るだけ最短で資格が欲しい。
今朝になって、突然入った護衛以来に俺は苛立ちながらも、これも得点のため、フィロメナとの将来のためと、割り切るように大きく息を吸った。
~・~・~・~・~・
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