隠れ蓑婚約者 ~了解です。貴方が王女殿下に相応しい地位を得るまで、ご協力申し上げます~

夏笆(なつは)

文字の大きさ
14 / 38

十四、出せない手紙、だからこそ。

しおりを挟む
 

 

 

「フィロメナ様。会うことはおろか、手紙も駄目だなんて酷すぎると思いませんか?」 

 ベルトランが、魔法騎士の特別訓練に入って数日。 

 フィロメナは、街のカフェで、アラセリスの嘆きを聞いていた。 

 

『フィロメナ様。この度、カルビノ公爵子息様が、魔法騎士の特別訓練を受けられますでしょう?実は、わたくしの婚約者も一緒に受けるのです』 

 とある茶会で、そんな風に報告して来たアラセリスは、ひとりでは心細いが、フィロメナと共に待てると思うと心強いと、嬉しそうに微笑んだ。 

『まあ、そうなのですね。よろしくお願いします』 

『こちらこそ、ですわ。あ、わたくしの婚約者は、セベ伯爵家のフィデルと申しますの。伯爵家とはいえ次男ですから、自分の爵位を求めて特別訓練を受けると。わたくしに婚約を申し込んだ時から、そう決意してくれていましたのよ』 

 聞けば、元々家同士の仲が良かったアラセリスとフィデルは、幼い頃よりの知り合いで、アラセリスより六つ年長のフィデルは、アラセリスにとって誰より信頼がおける、頼もしい存在なのだという。 

 それでも、アラセリスが伯爵家の令嬢であることから、三男で家を継げないフィデルは、騎士として身を立てるべく、士官学校を主席で卒業して騎士爵を得、更に伯爵位を得るために奮闘しているとのことで、そう語るアラセリスは、どこか誇らし気だった。 

 

 

「手紙も面会も禁止だなんて、わたくしもかなり厳しいと思いましたけれど。特別訓練って。どのようなことをするのでしょうね」 

 昼下がりのカフェで、アラセリスの嘆きを聞きながら、そもそもの騎士団の訓練も知らないフィロメナは、迷路にでも迷い込んだような気持ちになる。 

 

 だって結局、幾度差し入れに行っても、訓練しているところを見学できなかったのだもの。 

 何方にも、ご挨拶していないし。 

 

 遠巻きに『この間は、ごちそうさま!』などと声をかけてくれることはあっても、ベルトランは、そういった相手にさえ、フィロメナが個別に挨拶することを良しとしなかった。 

 いわんや、多くの騎士に遭遇する訓練場内部など、入ったことさえない。 

 いつも、入口で即終了。 

 思い出しても悲しみが、と思うも、その都度『美味しかった。感謝する』と、空になったバスケットに、また別の何かを詰めて、忙しい合間を縫ってでも自分で返しに来るベルトランが、フィロメナには不思議でもあった。 

「訓練内容は、秘匿とされているものね。でも、過去に受けた人の話によると、真夏には背も立たない場所で長い距離を泳いだり、もっと深い場所に隠された品を探し出して来なければならなかったりするのですって。ひとりの方は、その潜って品を探す訓練で、幾度も失敗してしまい、これは駄目だと離脱したそうですわ」 

「アラセリス様?過去の内容をお話しすることは、許されているのですか?」 

 秘匿されている筈なのに、そこが不思議だとフィロメナが問えば、アラセリスがおかしそうに笑った。 

「言われてみればその通りなのですけれど。フィデルが言うには、知られたとしても、まったく同じものをすることは無いし、たとえ同じものがあったとしても、越えることが出来るかどうかは、別問題なのだそうですわ。それほどに難しく、厳しいと。それで、過去の訓練を話す分には許容されている状態、とのことでした。まったく同じ環境で、予行練習なんて出来ないというのも、大きいらしいです」 

「そうなのですね」 

「カルビノ公爵子息様は?何か、おっしゃっていませんでしたか?」 

「ええ。わたくしは、何も聞いていなくて」 

 聞いているだけで仲の良さが知れるアラセリス達と、隠れ蓑婚約の自分達は違うと、フィロメナは寂しい気持ちになる。 

「フィデルは、言葉・・音にしたことは、必ず実行するひとなのです。士官学校に入る時から近衛を目指し、この特別訓練を受けるために努力して来ました。ですから、必ずやり遂げてくれるとは思っているのですが、会うことも出来ず、手紙も送れないという現状が、これほど厳しいとは思いもしませんでした」 

 そしてまた話はそこに戻り、アラセリスは、悲嘆にくれた様子でため息を吐いた。 

「あの、では。お手紙を書いたらいかがでしょうか?」 

「え?ですが」 

「もちろん、今、特別訓練を受けているご婚約者様にお届けすることはかないませんが、日々、手紙に、アラセリス様の想いを綴ることは可能ではありませんか。それが、今は出せない手紙だとしても」 

 フィロメナの言葉に、アラセリスは、ぱあっと華やいだ笑顔を浮かべる。 

「それは素敵ですわ!では、フィロメナ様。便箋を買いに行きましょう!恋人で婚約者への想いを綴る、大切な物ですもの。吟味しなくては!」 

「あ、アラセリス様!お待ちくださいませ!」 

 注文したお茶を飲み切った後でよかったと思いつつ、フィロメナは、うきうきと歩き出すアラセリスの後に続いた。 

 

 

 

「・・・・・まさか、私まで書くことになるとは」 

 あの後、文具店で時間をかけて便箋と封筒を選んだアラセリスは、当然フィロメナも書くことを前提としていて、自分が言い出したことを拒否するのも戸惑われたフィロメナは、結局、ベルトランも好みそうだと思われる便箋と封筒を選んでいた。 

「でも、いいかも。だって、ベルトラン様には、お渡ししないのだし」 

 そう思えば気も楽になって、フィロメナは早速と、今日アラセリスとお茶をしたこと、ベルトランが受けている特別訓練の話になったことなどを書いていく。 

 そして、ついでのように、自分の素直なベルトランへの気持ちも。 

「そういえば。真夏の訓練が、水中でのものということは、真冬の訓練は冬山だったりするのかしら・・・真冬の山で訓練。となると、雪道を歩くとか、雪洞を掘るとかかしら」 

 ベルトランと婚約してから、騎士団の活躍の場を収めた本を読んだフィロメナは、そこにあった文章を思い出し、とても不安になった。 

「まさか、近衛のあの靴で、訓練はしない、わよね?」 

 呟いてしまった分、不安が大きく圧し掛かるようで、フィロメナは、居ても立ってもいられない気持ちに陥る。 

「考えるだけ・・・作るだけなら」 

 それなら邪魔にはならないと、フィロメナは雪道でも歩きやすいと思われる靴を考え始めた。 

「雪道だもの。滑らないこと、濡れないこと、それから、温かいこと」 

 第一騎士団に正式採用された靴は、保温に対しては特化していない。 

 その部分を特に強化する必要があると、フィロメナは、材質の見本箱を開けた。 

 
~・~・~・~・~・~・
いいね、お気に入り登録、しおり、ありがとうございます。

しおりを挟む
感想 19

あなたにおすすめの小説

伯爵令嬢の婚約解消理由

七宮 ゆえ
恋愛
私には、小さい頃から親に決められていた婚約者がいます。 婚約者は容姿端麗、文武両道、金枝玉葉という世のご令嬢方が黄色い悲鳴をあげること間違い無しなお方です。 そんな彼と私の関係は、婚約者としても友人としても比較的良好でありました。 しかしある日、彼から婚約を解消しようという提案を受けました。勿論私達の仲が不仲になったとか、そういう話ではありません。それにはやむを得ない事情があったのです。主に、国とか国とか国とか。 一体何があったのかというと、それは…… これは、そんな私たちの少しだけ複雑な婚約についてのお話。 *本編は8話+番外編を載せる予定です。 *小説家になろうに同時掲載しております。 *なろうの方でも、アルファポリスの方でも色んな方に続編を読みたいとのお言葉を貰ったので、続きを只今執筆しております。

【完】貴方達が出ていかないと言うのなら、私が出て行きます!その後の事は知りませんからね

さこの
恋愛
私には婚約者がいる。 婚約者は伯爵家の次男、ジェラール様。 私の家は侯爵家で男児がいないから家を継ぐのは私です。お婿さんに来てもらい、侯爵家を未来へ繋いでいく、そう思っていました。 全17話です。 執筆済みなので完結保証( ̇ᵕ​ ̇ ) ホットランキングに入りました。ありがとうございますペコリ(⋆ᵕᴗᵕ⋆).+* 2021/10/04

邪魔者は消えますので、どうぞお幸せに 婚約者は私の死をお望みです

ごろごろみかん。
恋愛
旧題:ゼラニウムの花束をあなたに リリネリア・ブライシフィックは八歳のあの日に死んだ。死んだこととされたのだ。リリネリアであった彼女はあの絶望を忘れはしない。 じわじわと壊れていったリリネリアはある日、自身の元婚約者だった王太子レジナルド・リームヴと再会した。 レジナルドは少し前に隣国の王女を娶ったと聞く。だけどもうリリネリアには何も関係の無い話だ。何もかもがどうでもいい。リリネリアは何も期待していない。誰にも、何にも。 二人は知らない。 国王夫妻と公爵夫妻が、良かれと思ってしたことがリリネリアを追い詰めたことに。レジナルドを絶望させたことを、彼らは知らない。 彼らが偶然再会したのは運命のいたずらなのか、ただ単純に偶然なのか。だけどリリネリアは何一つ望んでいなかったし、レジナルドは何一つ知らなかった。ただそれだけなのである。 ※タイトル変更しました

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

〈完結〉デイジー・ディズリーは信じてる。

ごろごろみかん。
恋愛
デイジー・ディズリーは信じてる。 婚約者の愛が自分にあることを。 だけど、彼女は知っている。 婚約者が本当は自分を愛していないことを。 これは愛に生きるデイジーが愛のために悪女になり、その愛を守るお話。 ☆8000文字以内の完結を目指したい→無理そう。ほんと短編って難しい…→次こそ8000文字を目標にしますT_T

【長編版】この戦いが終わったら一緒になろうと約束していた勇者は、私の目の前で皇女様との結婚を選んだ

・めぐめぐ・
恋愛
神官アウラは、勇者で幼馴染であるダグと将来を誓い合った仲だったが、彼は魔王討伐の褒美としてイリス皇女との結婚を打診され、それをアウラの目の前で快諾する。 アウラと交わした結婚の約束は、神聖魔法の使い手である彼女を魔王討伐パーティーに引き入れるためにダグがついた嘘だったのだ。 『お前みたいな、ヤれば魔法を使えなくなる女となんて、誰が結婚するんだよ。神聖魔法を使うことしか取り柄のない役立たずのくせに』 そう書かれた手紙によって捨てらたアウラ。 傷心する彼女に、同じパーティー仲間の盾役マーヴィが、自分の故郷にやってこないかと声をかける。 アウラは心の傷を癒すため、マーヴィとともに彼の故郷へと向かうのだった。 捨てられた主人公がパーティー仲間の盾役と幸せになる、ちょいざまぁありの恋愛ファンタジー長編版。 --注意-- こちらは、以前アップした同タイトル短編作品の長編版です。 一部設定が変更になっていますが、短編版の文章を流用してる部分が多分にあります。 二人の関わりを短編版よりも増しましたので(当社比)、ご興味あれば是非♪ ※色々とガバガバです。頭空っぽにしてお読みください。 ※力があれば平民が皇帝になれるような世界観です。

義妹が大事だと優先するので私も義兄を優先する事にしました

さこの
恋愛
婚約者のラウロ様は義妹を優先する。 私との約束なんかなかったかのように… それをやんわり注意すると、君は家族を大事にしないのか?冷たい女だな。と言われました。 そうですか…あなたの目にはそのように映るのですね… 分かりました。それでは私も義兄を優先する事にしますね!大事な家族なので!

これ以上私の心をかき乱さないで下さい

Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユーリは、幼馴染のアレックスの事が、子供の頃から大好きだった。アレックスに振り向いてもらえるよう、日々努力を重ねているが、中々うまく行かない。 そんな中、アレックスが伯爵令嬢のセレナと、楽しそうにお茶をしている姿を目撃したユーリ。既に5度も婚約の申し込みを断られているユーリは、もう一度真剣にアレックスに気持ちを伝え、断られたら諦めよう。 そう決意し、アレックスに気持ちを伝えるが、いつも通りはぐらかされてしまった。それでも諦めきれないユーリは、アレックスに詰め寄るが “君を令嬢として受け入れられない、この気持ちは一生変わらない” そうはっきりと言われてしまう。アレックスの本心を聞き、酷く傷ついたユーリは、半期休みを利用し、兄夫婦が暮らす領地に向かう事にしたのだが。 そこでユーリを待っていたのは…

処理中です...