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十四、出せない手紙、だからこそ。
しおりを挟む「フィロメナ様。会うことはおろか、手紙も駄目だなんて酷すぎると思いませんか?」
ベルトランが、魔法騎士の特別訓練に入って数日。
フィロメナは、街のカフェで、アラセリスの嘆きを聞いていた。
『フィロメナ様。この度、カルビノ公爵子息様が、魔法騎士の特別訓練を受けられますでしょう?実は、わたくしの婚約者も一緒に受けるのです』
とある茶会で、そんな風に報告して来たアラセリスは、ひとりでは心細いが、フィロメナと共に待てると思うと心強いと、嬉しそうに微笑んだ。
『まあ、そうなのですね。よろしくお願いします』
『こちらこそ、ですわ。あ、わたくしの婚約者は、セベ伯爵家のフィデルと申しますの。伯爵家とはいえ次男ですから、自分の爵位を求めて特別訓練を受けると。わたくしに婚約を申し込んだ時から、そう決意してくれていましたのよ』
聞けば、元々家同士の仲が良かったアラセリスとフィデルは、幼い頃よりの知り合いで、アラセリスより六つ年長のフィデルは、アラセリスにとって誰より信頼がおける、頼もしい存在なのだという。
それでも、アラセリスが伯爵家の令嬢であることから、三男で家を継げないフィデルは、騎士として身を立てるべく、士官学校を主席で卒業して騎士爵を得、更に伯爵位を得るために奮闘しているとのことで、そう語るアラセリスは、どこか誇らし気だった。
「手紙も面会も禁止だなんて、わたくしもかなり厳しいと思いましたけれど。特別訓練って。どのようなことをするのでしょうね」
昼下がりのカフェで、アラセリスの嘆きを聞きながら、そもそもの騎士団の訓練も知らないフィロメナは、迷路にでも迷い込んだような気持ちになる。
だって結局、幾度差し入れに行っても、訓練しているところを見学できなかったのだもの。
何方にも、ご挨拶していないし。
遠巻きに『この間は、ごちそうさま!』などと声をかけてくれることはあっても、ベルトランは、そういった相手にさえ、フィロメナが個別に挨拶することを良しとしなかった。
いわんや、多くの騎士に遭遇する訓練場内部など、入ったことさえない。
いつも、入口で即終了。
思い出しても悲しみが、と思うも、その都度『美味しかった。感謝する』と、空になったバスケットに、また別の何かを詰めて、忙しい合間を縫ってでも自分で返しに来るベルトランが、フィロメナには不思議でもあった。
「訓練内容は、秘匿とされているものね。でも、過去に受けた人の話によると、真夏には背も立たない場所で長い距離を泳いだり、もっと深い場所に隠された品を探し出して来なければならなかったりするのですって。ひとりの方は、その潜って品を探す訓練で、幾度も失敗してしまい、これは駄目だと離脱したそうですわ」
「アラセリス様?過去の内容をお話しすることは、許されているのですか?」
秘匿されている筈なのに、そこが不思議だとフィロメナが問えば、アラセリスがおかしそうに笑った。
「言われてみればその通りなのですけれど。フィデルが言うには、知られたとしても、まったく同じものをすることは無いし、たとえ同じものがあったとしても、越えることが出来るかどうかは、別問題なのだそうですわ。それほどに難しく、厳しいと。それで、過去の訓練を話す分には許容されている状態、とのことでした。まったく同じ環境で、予行練習なんて出来ないというのも、大きいらしいです」
「そうなのですね」
「カルビノ公爵子息様は?何か、おっしゃっていませんでしたか?」
「ええ。わたくしは、何も聞いていなくて」
聞いているだけで仲の良さが知れるアラセリス達と、隠れ蓑婚約の自分達は違うと、フィロメナは寂しい気持ちになる。
「フィデルは、言葉・・音にしたことは、必ず実行するひとなのです。士官学校に入る時から近衛を目指し、この特別訓練を受けるために努力して来ました。ですから、必ずやり遂げてくれるとは思っているのですが、会うことも出来ず、手紙も送れないという現状が、これほど厳しいとは思いもしませんでした」
そしてまた話はそこに戻り、アラセリスは、悲嘆にくれた様子でため息を吐いた。
「あの、では。お手紙を書いたらいかがでしょうか?」
「え?ですが」
「もちろん、今、特別訓練を受けているご婚約者様にお届けすることはかないませんが、日々、手紙に、アラセリス様の想いを綴ることは可能ではありませんか。それが、今は出せない手紙だとしても」
フィロメナの言葉に、アラセリスは、ぱあっと華やいだ笑顔を浮かべる。
「それは素敵ですわ!では、フィロメナ様。便箋を買いに行きましょう!恋人で婚約者への想いを綴る、大切な物ですもの。吟味しなくては!」
「あ、アラセリス様!お待ちくださいませ!」
注文したお茶を飲み切った後でよかったと思いつつ、フィロメナは、うきうきと歩き出すアラセリスの後に続いた。
「・・・・・まさか、私まで書くことになるとは」
あの後、文具店で時間をかけて便箋と封筒を選んだアラセリスは、当然フィロメナも書くことを前提としていて、自分が言い出したことを拒否するのも戸惑われたフィロメナは、結局、ベルトランも好みそうだと思われる便箋と封筒を選んでいた。
「でも、いいかも。だって、ベルトラン様には、お渡ししないのだし」
そう思えば気も楽になって、フィロメナは早速と、今日アラセリスとお茶をしたこと、ベルトランが受けている特別訓練の話になったことなどを書いていく。
そして、ついでのように、自分の素直なベルトランへの気持ちも。
「そういえば。真夏の訓練が、水中でのものということは、真冬の訓練は冬山だったりするのかしら・・・真冬の山で訓練。となると、雪道を歩くとか、雪洞を掘るとかかしら」
ベルトランと婚約してから、騎士団の活躍の場を収めた本を読んだフィロメナは、そこにあった文章を思い出し、とても不安になった。
「まさか、近衛のあの靴で、訓練はしない、わよね?」
呟いてしまった分、不安が大きく圧し掛かるようで、フィロメナは、居ても立ってもいられない気持ちに陥る。
「考えるだけ・・・作るだけなら」
それなら邪魔にはならないと、フィロメナは雪道でも歩きやすいと思われる靴を考え始めた。
「雪道だもの。滑らないこと、濡れないこと、それから、温かいこと」
第一騎士団に正式採用された靴は、保温に対しては特化していない。
その部分を特に強化する必要があると、フィロメナは、材質の見本箱を開けた。
~・~・~・~・~・~・
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