隠れ蓑婚約者 ~了解です。貴方が王女殿下に相応しい地位を得るまで、ご協力申し上げます~

夏笆(なつは)

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十七、報告書 2 ~ベルトラン視点~

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「おお、戻ったか期待の新星。で、どうだった?」 

 陸に上がるなり教官に聞かれ、俺は滴る水もそのままに、魔蛇と魔水蜘蛛の核を取り出した。 

 そんな俺と教官の周りには、ずぶ濡れの訓練生たちがごろごろと転がっていて驚くも、苦し気ではあるが呼吸をしているので、大丈夫なのだなと安心する。 

「はい。魔蛇と、魔水蜘蛛が出ました」 

「そうか。ベルトランに、大当たりが出たか。そして、両方とも倒したか。流石だな」 

 ほくほくと核を見つめる教官に、俺は不安になる。 

「核は、提出しなくてはなりませんか?」 

「いや?こちらですべて記録されているから、不要だぞ。魔獣は、倒した時点で得点として加算されているから、核は持ち帰っていい」 

 飄々と言われ、俺はほっと安堵の息を漏らした。 

「どうした?まさか、記念にほしいとかか?まさか、お前が?」 

「はい。婚約者に、贈りたく思います」 

 まさかと二度も言われ、それほど意外かと思いつつ、俺は頷きを返す。 

「婚約者に?魔獣の核をか?・・・まあ、美しくはあるな」 

 ふむ、と考え込む様子の教官に、やはりおかしいかとも思うが、俺はフィロメナに、言葉ではなく語りたい。 

「自分は、上手く話せませんから。この核を見せ、魔獣を屠ったのだと言えば伝わるかと」 

「いや。ベルトラン。核を贈るのは、まだいい。だが、屠ったなどと、令嬢に言うのはよせ」 

 真顔で言われ、俺はそういうものかと、頷いた。 

 

 

 

「しかし、大当たりを引いたのが、俺とベルトランだったとはな」 

 その晩。 

 野営地に戻り、その日の予定をすべて消化した後、俺はフィデルと火の番をしていた。 

「ああ。得点が二倍貰えるのは、有難い」 

 宝箱には、通常、魔蛇だけしか入っていないとかで、それでも苦戦したと皆口々に言い、魔蛇と魔水蜘蛛を倒した俺とフィデルは、人外を見るような目で見られた。 

 因みに、大当たりを引き当てたもうひとりは、二戦目となる魔水蜘蛛との戦闘中、危険と判断されて回収されたのだとか。 

 つまりは、すべて訓練担当側の手のひらの内ということで、安全は確保されていたようだ。 

「俺は、今日の体験をアラセリスに話すのが待ち遠しくてたまらない。きっと、驚いて、それでも喜んで聞いてくれると思う」 

「そうか。フィデルは、話し上手だからな」 

 少々羨ましく思い、俺は焚火の火を見つめてフィロメナを想う。 

「なんだ?ベルトランがそんな風に言うなんて、珍しいな。それなら、話し方の講義でもしてやろうか?そうだな。皆にも協力してもらって」 

「いや。フィロメナに話す時だけで。他はどうでもいい」 

「あ、そ。ごちそうさま」  

 にやにやとした笑いを浮かべるフィデルを横目に、俺は新たな薪を火にくべる。 

「俺は、話すのは、どうにも苦手だ。だから、報告書を書こうと思う」 

「は?」 

「この訓練中は、会えないし、手紙も出せないからな。日々あったことを記録して、訓練後に読んでもらう」 

「つまり、婚約者に会いたい気持ちを込めて、日々、したためると?」 

「ああ」 

 

 訓練を終えて、フィロメナに会えたら、たくさん話をしたい。 

 だが、俺は話が下手だからな。 

 報告書を読んでもらう方が、分かりやすいだろう。 

  

 報告書というのは、我ながらいい考えだと思っていると、フィデルが、声を抑えながらも、大笑いを始めた。 

「おい。就寝中だ」 

「いや、だって、おかしいだろ。どうしてそれが、報告書なんだよ。恋文じゃないか」 

「恋文」 

 その一言に俺が絶句していると、フィデルが何やら悩み始める。 

「そうだよ、恋文だ。だが、それはいいな。俺も、アラセリスに恋文をしたためよう。しかし便箋は、手に入らないからな。どうしたものか」 

「普通の、記録紙があるじゃないか」 

「恋人で婚約者の恋文にか?・・・まあ、この状況じゃあ、致し方ないか」 

「致し方ない、なのか?」 

 訓練中に配布される記録紙は、なかなかに質がよくて、使い勝手もいい。 

 娯楽の無い訓練中、自由に使っていい唯一の物といってもいいそれに満足していた俺は、フィデルの言葉に、首を傾げてしまった。 

「当たり前だ。アラセリスへの手紙に、記録紙を使うなど、通常では有り得ない」 

「だが、筆記具も紙もあるというのは、僥倖じゃないか」 

 真面目に言ったにも関わらず、フィデルは信じられないという目を、俺に向けて来る。 

「お前、本当に公爵家の人間か?・・っていうかお前、まさか婚約者の手紙に普段から」 

「・・・ない」 

「はあ、だよな。よかった。日頃から、そんな扱いなのかとおどろ」 

「手紙を、書いたことが無い。ああ、品に添えたカードならあるが」 

「嘘だろ?」 

 俺の言葉に一瞬固まったフィデルは、何やらぶつぶつと呟き始めてしまった。 

 その言葉から察するに、俺は有り得ない婚約者らしい。 

「だがフィロメナは、この訓練前、俺がやり遂げると信じていると、言ってくれた」 

「そりゃ、お前なら遊撃も狙えるだろうよ。だがな、女心と、これは別だ。ベルトラン。俺が、指導してやる。婚約者に捨てられたくなかったら、きちんと俺の講義を聞け」 

「・・・・・分かった。だが、嘘は言うなよ?」 

 周りが俺をどう言おうが気にならないが、フィロメナに捨てられるのは絶対に嫌だと、俺は、フィデルの言葉に深く頷きを返した。 



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