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三十六、番外編 ナビダ ~ベルトランとフィロメナのクリスマス~
しおりを挟む「フィデル。婚約者の誕生日でも近いのか?」
「いいや。アラセリスの誕生日は、夏だ」
休憩時間。
普段のおちゃらけ具合は何処へやら。
真剣な表情で宝飾品のカタログを捲るフィデルに尋ねたベルトランは、そうかとカップを片手に頷いた。
「では、姉妹か母御にでも贈るのか?」
「いや。これは、違う」
贈る相手は、姉妹でも母親でもないというフィデルに、ベルトランは顔を顰める。
「フィデル。それはまずいだろう。親や姉妹でも、婚約者でもない相手に宝飾品を贈るのは、やめておいた方がよくないか?そのカタログの品だと、お世辞にも手軽なとは言い難いだろう。本気と、取られたらどうする」
「は?何を言っているんだ、ベルトラン。俺が、アラセリス以外に、こんな値の張る宝飾品を贈る筈ないじゃないか」
『何を馬鹿なことを』と言われ、ベルトランはじっとフィデルを見た。
「誕生日でもないのに、そういった品を贈るのか。夜会か何かあるのか?」
「ナビダが来るだろうが!一年に一度の聖夜。婚約者と共に出かけ、贈り物を渡し合う、大切な日が」
「・・・・・・」
どんっ、と机を叩いて熱弁され、ベルトランは、ぱちくりと瞬く。
「ベルトラン。まさか、お前」
「し、仕方無いだろう!ナビダといえば、今までは警護に当たっていたのだから!」
第二騎士団に所属していた時は、独身ということもあって、ナビダには積極的に任務に就いていた。
そのため、ナビダに自分が出かけ、贈り物をするという概念が無かったと、ベルトランは言い募る。
「はあ。まあ、これまではそうだっただろうが、今年は違うだろう?ちゃんと、ロブレス侯爵令嬢を誘って、贈り物をするんだぞ?」
「ああ。分かった」
「いいか?まずは、何を置いてもロブレス侯爵令嬢を誘え。彼女も、はらはらしているんじゃないのか?」
呆れたように言われ、ベルトランは急にそわそわとした気持ちになった。
婚約者でありながら、ナビダの誘いもないなど、フィロメナは、俺に呆れていないだろうか。
もしかして、はじめから期待などされておらず、誰かと約束などしていたら。
そんなことになれば、俺はどうすれば。
「ああ、因みに。婚約者がいるのに、他の異性と出かけたら浮気認定必須だからな」
「っ。フィロメナが、他の誰かと出かけるというのか?それは」
考えていた通りのこともあり得るのかと、裏返った声を出してしまったベルトランに、フィデルは益々呆れたようにため息を吐く。
「違う!ロブレス侯爵令嬢は、きちんと常識を弁えているから、そんな心配は無用だ。いるだろうが。自分勝手でおかしな思考の・・んんっ。その、やんごとなき方が」
こそっと、耳打ちするように言ったフィデルに、ベルトランは、なるほどと頷きを返す。
「分かった。その日は、何があっても警護しない」
絶対だと決意して、ベルトランは、フィロメナを誘うための言葉を考え始めた。
「フィロメナ。ナビダの、婚約者への贈り物は、もう考えた?」
「ええ。手袋にしようと思うの。革製で、ブルーグレイの素敵な物があったから。きっと、ベルトラン様に似合うと思って」
『まあ。誘ってもらえたらだけど』と、心のなかで付け足して、フィロメナはアラセリスにそう答えた。
「手袋もいいわね。私は、セーターにしたの」
「もしかして、手編み?」
少し、はにかんだ様子のアラセリスを見て、ぴんと来たフィロメナが言えば、アラセリスは、その頬をうっすらと染める。
「そうなの。自分でも、上手く編めたんじゃないかなって思っているわ」
「凄いのね。私、編み物をしたことがないわ。きっと、編んでいる時も温かいのでしょうね」
レース編みをしたことはあっても、毛糸を編んだことのないフィロメナは、どんな感じなのだろうと想像してみた。
「ええ・・・それはもう。暑い時には、触りたくないくらい」
「そんなに?」
「練習も兼ねてやってみたら、大変だったわ。夏には、お薦めしない作業だわ」
「それでも編んだのね。婚約者さんのために」
手編みのセーター。
もし来年もベルトラン様の婚約者でいられたら。
私も、編み物に挑戦してみようかな。
気持ちが重い、って言われちゃうかしら。
「うん。頑張ったわ、私・・・でもまあ。付き合いが長いから、既にあげたことがある物も多くて。考えるの大変って、最初はそんな理由だったの」
『何と言っても、子供の頃からの知り合いだから』と言って肩を竦めるアラセリスは、けれどとても幸せそうで、フィロメナは羨ましい気持ちになった。
私も、これからベルトラン様と月日を重ねていけたらいいけど。
それは、過ぎたる望みなのかしらね。
「フィロメナ。すまない」
ナビダの日。
待ち合わせ場所に着くなり、先に待っていたベルトランにそう言われたフィロメナは『ああ、またマリルー王女殿下の所へ行くのね』と、笑顔で頷いた。
「何を、お謝りになるのですか」
「それはもう、色々ある。まず俺は、大人になってから、ナビダの日に誰かと出かけること自体が初めてなんだ。だから、誘うのが遅くなってしまい申し訳なかった。それだけでなく、朝から会うことも出来ず、屋敷まで馬車で迎えに行くことも出来ず、このような街中で待ち合わせをすることになってしまったことも、申し訳ない。それに・・・っと、場所を移動した方がいいか。フィロメナ、こちらへ」
「あ、はい」
『王女の所へ行く。すまない』と言って、さっさと去るのだろうと思ったベルトランの数々の言葉に驚くうち、人波に流されそうになった自分を庇うように立ったベルトランに言われ、フィロメナは、ただ頷いてベルトランと共に歩き出す。
そして辿り着いたのは、一軒のカフェレストラン。
「ここを、予約してある」
「え?」
「すまない。侯爵令嬢が、ナビダを過ごすには適さない場所だろうと思うが、今年は我慢してくれないか?」
フィロメナの驚きの理由が、店の格にあるのだろうと謝罪するベルトランに、フィロメナは慌てて両手を振った。
「ち、違います。ベルトラン様が、わたくしと過ごすために、お店を予約してくださったのが意外・・いえ、嬉しくて。驚いただけです。我慢なんて、とんでもないです。凄く可愛いお店です」
「そう言ってもらえると、有難い」
ベルトランは、ほっとしたように笑みを浮かべるけれど、フィロメナは、自分こそと思う。
平民も来る場所だからということなんだと思うけど。
このお店、本当に可愛いわ。
「飾り付けも、素敵ですね。ナビダらしい雰囲気で、気持ちが華やぎます」
「ああ。いいな」
『本当に素敵なお店。でも、ひとりじゃないから・・・だけじゃなくて。きっと、ベルトラン様と一緒だから、こんなに楽しい』
『フィロメナと一緒だから、よりいい』
互いに、言葉にはしない思いも大切に胸に秘めつつ、店員の案内で、予約してある席へと着いた。
周りは、ナビダを祝う恋人たちや、家族連れで賑わっている。
「個室でなくて、すまない」
「いいえ、まったく。こういう雰囲気も、楽しいですね」
周りの、幸せで楽し気な様子も伝わって楽しいと、フィロメナは小さな子どもが座る、隣のテーブルを見た。
隣といっても充分な距離があり、子どものはしゃぐ声はともかく、大人が普通に会話している声は聞こえない。
「フィロメナ。大した物ではない・・・本当に、真実大したものではないのだが、受け取ってほしい」
「ありがとうございます。わたくしからも、こちらを」
そう言って、ふたりは互いの贈り物を受け取り、渡す。
ただそれだけのことも、凄く嬉しくて、フィロメナもベルトランも、とても幸せな気持ちになった。
「じゃあ、乾杯をしようか」
「はい」
ふたり、グラスを合わせるも、視線はなかなか合わせられない。
『フィロメナの優しさに甘えないよう、もっと貴族として、きちんと考えなくては』
『ベルトラン様と、ナビダを過ごせるなんて、嬉しい。今年だけだとしても、ちゃんと婚約者として扱ってくれた』
そして、ふたりの想いもなかなか重ならないまま、ナビダの夜は、それでも幸せに過ぎて行った。
~・~・~・~・~・~・~・
いいね、お気に入り登録、エール、しおり、ありがとうございます。
ナビダは、スペインのクリスマスのことですが、婚約者と過ごさないと云々は、私の設定です。
メリークリスマス!
いつも、ありがとうございます。
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