愚者は要らない ~私の婚約者は、貴方ではありません。夢物語は、そちらで勝手にどうぞ~

夏笆(なつは)

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十七、余計なひと言

 

 

 

『しないわよ。だって、私も同じこと考えていたもの』 

 医師の言った言葉を脳内でまとめ、忙しくペンを走らせていたマーシアは、己が発した言葉に、はたと手を止めた。 

 

 え。 

 私、今何を。 

 

「マーシア」 

 告げるつもりのなかった言葉を発してしまったと固まるマーシアに、カーティスは嬉しそうに微笑みかけ、医師は、にやにや・・というより、最早によによと言った方が相応しいような笑みを浮かべている。 

「あ、いや、ちがっ」 

 慌てて、咄嗟に違うと言いかけたマーシアは、途端にへにょりと悲し気に眉が下がったカーティスを見て思いとどまった。 

 ここで、取り繕うために嘘を吐いてもいいことは無い。 

「違わない、けど。その。言うつもりなくて・・・っ!だから、あの・・・先生のお名前を、うかがってもよろしいでしょうか!?」 

 何とかこの場を回避しなくてはと、マーシアが捻りに捻って、混乱する頭で出した言葉はそれだった。 

「マーシア」 

「ははははっ。お嬢さん、本当に面白いね。ぼくの名前は、ロドニーだよ。よろしくね」 

 あくあくと、顔を赤くして叫ぶように言ったマーシアに、カーティスが顔を顰め、医師ロドニーは、腹を抱えて笑い出す。 

「ありがとうございます。改めまして、わたくしは、カーティス・グローヴァー公爵子息の婚約者をしております、エインズワース侯爵家が長女、マーシアでございます。以後、お見知りおきくださいませ」 

「俺の婚約者をしているってなに。職業みたいに」 

 言い方が気に入らないと、カーティスは拗ねたようにマーシアを見た。 

「え?そんな風に、思っているわけないでしょ。ただ、ちょっと動揺して」 

「そうだよね。エインズワース侯爵令嬢も、カーティスと同じ時間を、もっと、過ごしたかったんだもんね」 

 ロドニーに、もっとを強調され、くつくつと笑われて、マーシアは益々真っ赤になってしまう。 

「そ、そうなのですが。先ほども申しました通り、言うつもりは無くてですね」 

「うんうん、分かったよ。ここだけの秘密にしようね」 

「ここだけの秘密って。もう、カーティス様も聞いてしまわれたではありませんか」 

 尚も揶揄うように言われ、逆に冷静さをやや取り戻したマーシアが、既にして手遅れだと言えば、ロドニーが、いたずらっぽい笑みを浮かべた。 

「そんなこと、言っていいのかな?ぼくは、グローヴァー公爵夫妻の健康診断を定期的に行っていて。偶然にも、次の健康診断が明日なんだよね。ついうっかり、今日のことを言ってしまうかもしれない」 

「ここだけの秘密で、お願いします」 

 ロドニーの言葉に、マーシアは速攻で答えるも、カーティスの不満が炸裂する。 

「ねえ、マーシア。それって、マーシアが俺を想っているというようなこと、両親には知られたくないってこと?もしかして、恥だとか思っている?」 

 そんなカーティスを、マーシアがきりりと見返した。 

 しかし、その頬は依然として赤い。 

「違うけど!恥ずかしいでしょ!大体『想っているというようなこと』ってなによ。そこは『想っている』でいいじゃない」 

「嬉しい。俺は、自慢したい」 

「そんなこと、自慢しないでよ!何の罰よ!」 

 そんな事実を知られれば、恥ずかし過ぎてグローヴァー公爵夫妻と会えなくなると、懸命に訴えるマーシアを、カーティスは可愛いと蕩けるような目で見つめ、そんなふたりを、ロドニーは楽し気に見つめる。 

「いやはや。こんなカーティスを見られるなんて。人間、長生きはするものだね」 

「まあ。ロドニー先生は、見かけのご年齢が、随分お若くていらっしゃるのですね」 

 ロドニーの言葉を真に受け、それほど高齢には見えないとマーシアが言えば、ロドニーが満面の笑みを浮かべた。 

「お嬢さん。嬉しいことを言ってくれるじゃないか。こう見えて、僕は今年で七十になるんだ」 

「とても見えませんわ。お医者様をしていらっしゃるからでしょうか。本当に、お若い」 

「マーシア!そんな訳ないから!」 

 疑うことなく、まるっと信じたマーシアに、カーティスが叫ぶ。 

「え?」 

「『え?』じゃない!君はもう。冗談で言っているのかと思いきや、本気って一体・・・普段はしっかりしているくせに、どこか抜けているよね。ロドニーは、俺と十くらいしか違わない。今のは、君を揶揄っただけだ」 

「・・・・・抜けていて、悪かったわね」 

 カーティスの言葉のそこだけを切り取り、マーシアは、ふんっとカーティスから顔を逸らした。 


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