腑抜けは要らない ~異国の美女と恋に落ち、腑抜けた皇子との縁を断ち切ることに成功した媛は、別の皇子と幸せを掴む~

夏笆(なつは)

文字の大きさ
12 / 58

十二、若竹皇子と皇の使者

しおりを挟む
 

 

 

「何かな、これは」 

 父である皇の使者から受け取った巻物を、若竹は、心底面倒臭そうな目で見やった。 

「まずは、お読みください」 

「僕は、美鈴と楽しい時を過ごしていたのに。それを邪魔するなど、無粋だとは思わないの?謝罪ももらっていないのだけれど」 

「今は皆様、執務に励んでおられる時間です。お読みください」 

 はあ、と、気怠く、しどけない様子で椅子の肘掛けに寄り掛かる若竹にも、まったく表情を崩す事の無い使者を前に、若竹は諦めたかのようにため息を吐き、やる気の無い様子で巻物を開く。 

「何々・・・・・ああ、要はこのままでは、僕の領を取り上げるという、理不尽なあれか。前から聞いているけど?」 

「最後まできちんとお読みください。そちらは、最後通告となります。こののちのひと月で改善が見られない場合、領地お取り上げの処置が実行されます」 

 淡々と言った使者の言葉に、若竹がその美しいと言われる眉を下げた。 

 そうしていると、麗しい貴公子がこのうえなく困っている風情を醸し出し、数多あまた女人にょにんは放っておかないのだが、使者の表情はぴくりとも動かない。 

「それを、僕に言われても困るよ。領の仕事をしないのは、僕ではないのだからね。そちらに言ってもらえるかい?」 

「領を取り仕切るのは、若竹皇子様わかたけのみこさまのお役目と存じます」 

「分かっているよ。僕の領の仕事が滞っているというのが、問題なのだろう?だけど、僕も困っているんだ。領の仕事をすべき者達が、次々と勝手に辞めてしまったのだからね。収入も、思うように入ってこなくなったし」 

 本当に困惑した様子で、若竹はお手上げだと肩を竦めてみせるも、使者は一向に話が通じない事にも慣れているため、動揺する気配も無い。 

「側近を置かれるのはご自由ですが、中心となって領を治めるのは、若竹皇子様のお役目でございます」 

「ああ、困ったよね。白朝が勝手に僕の傍を離れて、南雲も辞めてしまって。それから領の仕事が捗らなくなったから注意したら、皆辞めてしまったのだよ」 

 自分は何も仕事をせず、他者に任せきりの状態で、まず白朝が抜け、忠義心ある南雲が抜けた。 

 その事で、若竹の領を自在に操ろうとした者達を皇が排除した結果、誰も残らなかったことなど、若竹は知りもしない。 

「何か、問題があったのでしょう。何が問題だったのか、ご自身で確認され、これからの事をお考えになるべきかと存じます」 

「問題、か。そうだな。それはやはり、白朝が勝手をしたからだろう」 

「・・・・・・」 

「僕が美鈴みれいに心を奪われたからと醜い嫉妬をして、仕事を放りだしたのだからね。まったく、困ったものだ」 

 遺憾を表すように首を横に振る若竹に嫌悪を覚えつつ、それでも使者は静かに言葉を繋ぐ。 

「若竹皇子様の領のお仕事は、白朝媛様おひとりでこなすものではございません」 

「分かっているよ。だから、南雲達がいただろう?僕が、親切にも付けてあげたのだよ。それなのに、白朝ときたら、その温情に気づきもしないで」 

 言外に、中心となるべきは若竹皇子本人だ、と言うも、若竹には少しも通じない。 

 あくまでも、自分は仕事をすべき立場ではない、と言い切り、そう信じている若竹に、使者はため息を吐きたくなった。 

 若竹は、白朝に仕事を押し付けていたという事実に気づいておらず、むしろ白朝の為に人員を付けてあげた、と上から物事を見ている。 

 これはもう、どうしようも無いのでは、と思いつつ、使者は何とか言葉を紡ぐ。 

「白朝媛様も、側近の皆様も、領のお仕事はあくまでも補佐の立場であられます」 

「それはそうだよね。あの領は、僕のものなのだから」 

「はい。そして、若竹皇子様が、治めるべき領です」 

 ここぞとばかり、力強く言った使者に若竹が手を打った。 

「そうだ!父上が、派遣してくれたらいいのではないかな」 

「何を、でしょうか」 

「僕の領の仕事をしてくれる者を、だよ」 

 当然だろう、という顔をする若竹に使者は問わずにはいられない。 

「それで、若竹皇子様は、何をなさるのですか?」 

「何をする必要があるというのだい?僕は、皇子なのだから、誰も出来ないような贅沢をしていればいい立場じゃないか」 

 本気で、本心からそう言っている若竹を見て、使者はいよいよ言葉を失った。 

「はあ。そもそもの発端は、白朝の我儘だよね。身分が宮家で、仕方がないから、きちんと僕の正妃むかいめとして迎えてあげると言っているのに、美鈴みれいに醜い嫉妬をして。白朝が居るから美鈴みれい正妃むかいめになれないのに、そこをおもんぱかる優しさも無いなんて、幻滅したよ。大体、美鈴の方を僕が優先するのは当たり前だろう?この国の言葉もしゃべれないんだ。常に傍にいてあげないと」 

 そして若竹は、聞きもしないことを揚々と話しし始めた。 

「美鈴はね、本当に可愛いんだ。言葉が分からないから、会話は難しいのだけれど、きれいな布や衣を見れば、瞳が輝いて欲しいと言っているのが分かるし、珍しいぎょくを見ればうっとりとして、やっぱり欲しいと言っているのが分かる。目で会話が出来るのだよ。素晴らしいだろう」 

「・・・・・」 

「それに、花館はなやかた・・・と言ってはいけないのだったか。残念なうえに面倒だな、名も気に入っていたのに・・・まあ、ともかくこの館をあげた時も、凄く喜んで抱き付いて来て、それが本当に可愛くて」 

 今、使者が訪れているのは、若竹が美鈴に与えた邸、元は花館と呼ばれた、桜宮家さくらのみやけ和智わちが愛娘である白朝媛しろあさひめの為に建てた館だということは、周知の事実。 

 そして、その館を勝手に若竹が自分の愛妾である美鈴に与えてしまったことも。 

「それで、とても気分が良かったのに、白朝が婚姻の約束は無しにするとか言い出して。それはまあ、美鈴みれい正妃むかいめに出来るからいいと思ったけど、館を買い取れなどと。あんな強欲な女とは思わなかった」 

 それなのに、若竹には、その罪悪感の欠片も無い、どころか、白朝が強欲だと、恐ろしいと両腕を擦ってみせた。 

 白朝の館を奪ったのは、自分の方だという認識さえない。 

「そのうえ、僕が日嗣皇子ひつぎのみこと決まっているからと、石工いしく玉桐たまきり凪霞なぎかすみを盗む命令を出して、白朝もそれに加担していたというじゃないか。それなのに、父上は捕らえることもしないなど、本当に愚かしい」 

 延々と言い募る若竹の、見当違いも甚だしい話の数々を聞きながら、素早く当たりを観察していた使者は、物陰に、常に扇の傍にいる男の姿を発見した。 

 地方豪族である枝田氏えだしの出身で、扇の影とも言われる存在。 

 そして、今ここに居る筈の無い者が、皇の使者の話を盗み聞いている。 

 今回の若竹との会話と、枝田氏の男の存在。 

 皇への報告を頭の中で纏めながら、使者はかつて花館と呼ばれた、今は美鈴と若竹の愛の素となっている瀟洒しょうしゃな邸を後にした。 

 

~・~・~・~・~・ 

ありがとうございます。 



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

戦国終わらず ~家康、夏の陣で討死~

川野遥
歴史・時代
長きに渡る戦国時代も大坂・夏の陣をもって終わりを告げる …はずだった。 まさかの大逆転、豊臣勢が真田の活躍もありまさかの逆襲で徳川家康と秀忠を討ち果たし、大坂の陣の勝者に。果たして彼らは新たな秩序を作ることができるのか? 敗北した徳川勢も何とか巻き返しを図ろうとするが、徳川に臣従したはずの大名達が新たな野心を抱き始める。 文治系藩主は頼りなし? 暴れん坊藩主がまさかの活躍? 参考情報一切なし、全てゼロから切り開く戦国ifストーリーが始まる。 更新は週5~6予定です。 ※ノベルアップ+とカクヨムにも掲載しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

大東亜戦争を有利に

ゆみすけ
歴史・時代
 日本は大東亜戦争に負けた、完敗であった。 そこから架空戦記なるものが増殖する。 しかしおもしろくない、つまらない。 であるから自分なりに無双日本軍を架空戦記に参戦させました。 主観満載のラノベ戦記ですから、ご感弁を

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

改造空母機動艦隊

蒼 飛雲
歴史・時代
 兵棋演習の結果、洋上航空戦における空母の大量損耗は避け得ないと悟った帝国海軍は高価な正規空母の新造をあきらめ、旧式戦艦や特務艦を改造することで数を揃える方向に舵を切る。  そして、昭和一六年一二月。  日本の前途に暗雲が立ち込める中、祖国防衛のために改造空母艦隊は出撃する。  「瑞鳳」「祥鳳」「龍鳳」が、さらに「千歳」「千代田」「瑞穂」がその数を頼みに太平洋艦隊を迎え撃つ。

まひびとがたり

パン治郎
歴史・時代
時は千年前――日ノ本の都の周辺には「鬼」と呼ばれる山賊たちが跋扈していた。 そこに「百鬼の王」と怖れ称された「鬼童丸」という名の一人の男――。 鬼童丸のそばにはいつも一人の少女セナがいた。 セナは黒衣をまとい、陰にひそみ、衣擦れの音すら立てない様子からこう呼ばれた。 「愛宕の黒猫」――。 そんな黒猫セナが、鬼童丸から受けた一つの密命。 それはのちの世に大妖怪とあだ名される時の帝の暗殺だった。 黒猫は天賦の舞の才能と冷酷な暗殺術をたずさえて、謡舞寮へと潜入する――。 ※コンセプトは「朝ドラ×大河ドラマ」の中高生向けの作品です。  平安時代末期、貴族の世から武士の世への転換期を舞台に、実在の歴史上の人物をモデルにしてファンタジー的な時代小説にしています。 ※※誤字指摘や感想などぜひともお寄せください!

処理中です...