2 / 14
一、
「ご依頼、ありがとうございました。またよろしくお願いします」
「はい。お疲れ様でした。きれいにしてくれて、ありがとう」
本日のお仕事、個人宅の庭の清掃および草むしりを終え、やまめは帰宅すべく路面電車の停留場へと向かった。
やまめが生まれ育ったここ羽国では、市民の日常の足として路面電車が活躍しており、線路が街を縦横無尽に走っている。
「一回家に帰ってシャワー浴びて。んで、マスターの所に行こうかな」
未だ陽の高い空を見て、やまめはわくわくと呟いた。
やまめの行きつけの喫茶店<はっさく>は、やまめの家から停車場ふたつ分の距離で、美味しいコーヒーと軽食が楽しめる。
そして何より、やまめにとって癒しの存在であるマスターが居るのである。
「マスター。今日も男前かな」
うきうきと胸躍らせ、やまめは『マスターは男前の代表よね』と思う。
それくらい、マスターは顔がいい。
年齢は、やまめより十歳ほど上に見えるが、とにかく顔がいい。
「それに、とても優しい」
いつも口元に微笑みが浮かんでいるような柔和な表情や、落ち着いた声も癒しだと、やまめは路面電車の座席に座りながら、今日のマスターに思いを馳せた。
「マスター、こんにちは」
「いらっしゃい、小鹿ちゃん。今日は早いね」
からんといい音がするカウベルを鳴らしてやまめが入店すれば、マスターが、コップを拭きながらいつも通りにこにこと出迎えてくれた。
小鹿というのは、マスターが付けたやまめの愛称。
可愛くて、やまめはなかなか気に入っている。
「そうなんです。でもお昼ごはん未だだから、何か食べたいなって」
「あれ、そうなんだ。それは、お腹空いたでしょう」
時刻は、そろそろ午後三時になろうかというところ。
ここ羽国の慣習では十二時に昼食を摂るので、午後三時といえば、そろそろおやつの時間である。
「ぺこぺこです。今なら、サンドイッチとピザトースト、両方食べられそう。うん。サンドイッチなら、チーズとレタスのかな」
うふふとメニュウを見つめるやまめを、マスターがにこやかに、けれど驚きをもって見つめた。
「両方って。それは凄いな。ふたつとも、結構ボリュームあると思うけど」
<はっさく>の人気メニュウであるチーズとレタスのサンドイッチは、自家製の厚切りパンに、チーズとしゃきしゃきのレタスがたっぷり挟まっている逸品で、同じく人気メニュウのピザトーストも、サンドイッチとはまた違う自家製の厚切り食パンに、トマトやピーマンをどっさり乗せた上に、これまた厚切りのベーコンを重ね、それらに蓋をするように盛られたチーズがとろりと蕩ける絶品。
どちらもおいしいことに変わりはないが、マスターの言う通り、普段のやまめでは、とても両方完食することはできない。
「でもいけそう。マスターのお料理、美味しいし。栄養補給たっぷりしたい」
マスターが作るピザトーストもサンドイッチも大好物のやまめは、今日は本当にお腹が空いているので大丈夫だと、本気で両方頼もうとメニュウを見つめた。
「・・・ああ、でも。じゃがいもとコンビーフのサンドイッチも、美味しいよね。でも、三つは流石に無理そうだし・・でも、食べたい。どうしよう」
「小鹿ちゃん。取り敢えず先にどっちか頼んで、食べられそうなら追加するっていうのはどう?それとも、どれか二種類を半分ずつ作ろうか?それとも、サンドイッチ盛り合わせと、ピザトースト半分にする?」
メニュウを見つめてうんうん唸るやまめに、マスターが苦笑しながら提案すれば、やまめの顔がぱっと輝く。
「マスター!それ最高です!サンドイッチ盛り合わせとピザトースト半分!それで、お願いします!あ、あと野菜たっぷりポタージュスープも!」
「はい。承りました」
にっこり笑って調理を開始するマスターを、やまめはカウンターに陣取ってじっと見つめた。
あなたにおすすめの小説
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
あっ、追放されちゃった…。
satomi
恋愛
ガイダール侯爵家の長女であるパールは精霊の話を聞くことができる。がそのことは誰にも話してはいない。亡き母との約束。
母が亡くなって喪も明けないうちに義母を父は連れてきた。義妹付きで。義妹はパールのものをなんでも欲しがった。事前に精霊の話を聞いていたパールは対処なりをできていたけれど、これは…。
ついにウラルはパールの婚約者である王太子を横取りした。
そのことについては王太子は特に魅力のある人ではないし、なんにも感じなかったのですが、王宮内でも噂になり、家の恥だと、家まで追い出されてしまったのです。
精霊さんのアドバイスによりブルハング帝国へと行ったパールですが…。
お姫様は死に、魔女様は目覚めた
悠十
恋愛
とある大国に、小さいけれど豊かな国の姫君が側妃として嫁いだ。
しかし、離宮に案内されるも、離宮には侍女も衛兵も居ない。ベルを鳴らしても、人を呼んでも誰も来ず、姫君は長旅の疲れから眠り込んでしまう。
そして、深夜、姫君は目覚め、体の不調を感じた。そのまま気を失い、三度目覚め、三度気を失い、そして……
「あ、あれ? えっ、なんで私、前の体に戻ってるわけ?」
姫君だった少女は、前世の魔女の体に魂が戻ってきていた。
「えっ、まさか、あのまま死んだ⁉」
魔女は慌てて遠見の水晶を覗き込む。自分の――姫君の体は、嫁いだ大国はいったいどうなっているのか知るために……
皇帝の愛妾を痛めつけたら、相手は皇帝の姉でした
由香
恋愛
後宮で最も愛された妃・麗華。
ある日、皇帝に寵愛される“謎の女”を敵と誤解し、手を下してしまう。
だが――
その正体は、皇帝の姉だった。
「……遅かったな」
すべてを失った後で知る、取り返しのつかない真実。
愛も地位も壊れた先に残るのは、静かな後悔だけ。
これは、「愛されたかった女」が、すべてを壊すまでの物語。
王太子妃に興味はないのに
采
ファンタジー
眉目秀麗で芸術的才能もある第一王子に比べ、内気で冴えない第二王子に嫁いだアイリス。周囲にはその立場を憐れまれ、第一王子妃には冷たく当たられる。しかし誰に何と言われようとも、アイリスには関係ない。アイリスのすべきことはただ一つ、第二王子を支えることだけ。
その結果誰もが羨む王太子妃という立場になろうとも、彼女は何も変わらない。王太子妃に興味はないのだ。アイリスが興味があるものは、ただ一つだけ。