掃除屋

夏笆(なつは)

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十、




「なんか・・・。マスターは、そんなことかって思うかもしれないんですけど」
「うん」
「私の親友が、すっごいお金持ちのお嬢さんだって判明したんです。何度も一緒にご飯に行って飲んでってしてたのに、私、全然知らなくて。今日、偶然に知って、それで・・距離を感じてしまったんです。私とは、違う世界のひとだったんだなって。私は、すっごい庶民だから」
 ぽつぽつと話すやまめの声を、マスターは何も言わずに聞いてくれる。
 それが気持ちを楽にして、やまめは思っていることを全部、音にした。
 いうなれば、身分差。
 持つ者と、持たざる者。
 勝手に、同じような立ち位置だと思っていたのに、違ったことへの衝撃。

「そっか。それで、小鹿ちゃんは寂しくなってしまったんだね」
「はい」
「でもね、小鹿ちゃん。お金持ちのお嬢さんだからって、それだけの理由で色眼鏡で見ちゃ駄目だよ」
「え?」

 色眼鏡で見る?
 私が?
 私の方が?
 私が、見られる、んじゃなくて?

 金持ちから見て、無視されるような、卑下されるような存在なのは自分の方ではないかと、マスターに言われた言葉が意外過ぎて、やまめは思わずマスターを凝視してしまう。
「お金持ちのお嬢さんだったから、っていう、それだけの理由で、小鹿ちゃんがこれまでと態度を変えたら、お友達が悲しむよ」
「でも、お金持ちってだけじゃなくて。彼女、ちゃんと資格のある特技も色々あることが分かって。でも私は、学も家柄も、特技も何も無くて」
 言い募りながら、やまめは自分が何も持っていないと改めて落ち込んだ。
 そして、絵南が言った言葉のなかで、絶対に無視できないもの。
 『裏稼業をしているひと』を避けたいと、絵南は言い切っていた。
 それは、結婚相手の話だけではないように、やまめには感じられる。
「小鹿ちゃんは、切られる前に切りたいひとなのかな?」
「切られる前に?ですか?」
「そう。自分が切り離されるのは辛いから、なら、こちらから縁を切ってしまおうってひとかなって」
 厳しいともいえるマスターの言葉に、やまめの胸が痛んだ。
「切りたくなんて、ないです。本当に親友で。でも」
「ああ、ごめん。責めているわけじゃないよ。ただ、そんな別れ方をすると、後悔するかもしれないから。ちゃんと、考えた方がいいよっていう、老婆心だと思って」
 『僕は、爺やだけどね』と笑って、マスターは、いつもの穏やかな笑みを浮かべる。
「マスターは、とっても素敵です。ありがとうございます」
「そんな風に言ってくれるのは、小鹿ちゃんだけだよ。こちらこそ、ありがとう」
「さってと。何を食べようかな」
 『何だか安心したらお腹が空いた』と、やまめは、すっきりした気持ちでメニュウに見入る。
「たくさん食べるといいよ。ところで、小鹿ちゃんの趣味ってなに?」
「私の趣味は、両親に仕送りをすることです」
 今日はケーキも頼もうかな、コーヒーゼリーもいいなと、やまめはマスターの声を聞きながら選び続ける。
「ご両親への仕送りが趣味か。小鹿ちゃんは、親孝行だね」
「いえ。私、すっごく親不孝な娘だったんです。ずっと不登校だったし・・・マスター!今日は、ピザトーストとチョコレートケーキください!あ、コーヒーはブレンドで」
「ピザトーストとチョコレートケーキ、それにブレンドだね。ケーキは、ピザトーストを食べてからにする?」
「はい。そうしてください」
 何の前振りもなく、唐突に話題を変えたやまめに怪訝な顔をすることもなく、普通に注文を受け、普通に調理を始めたマスターを見て、やまめは、やはりここは居心地がいいと感じた。


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