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婚約披露
ふたりの母
しおりを挟む「そういえばね。マルタン子爵家は、今回のことで当然爵位返上となったでしょう?でもね。最初、子爵も子爵夫人も寝耳に水と驚いていたのよ」
「そのようですね。わたくしも、夫や息子から聞きましたけれど。あれほど、社交界で噂になっていましたのに不思議なことでございます」
呆れた様子で言う王妃オレリーに、シャンタル公爵夫人アラベルは、ドレスを試着する娘から、というより、そのドレスから視線を動かさないままに答える。
「それなのだけれど。愚かにも、己の娘の言っていることが真実、と思っていたようよ」
きらり、と期待に光った王妃オレリーの瞳。
「え?己の娘の言っていること、とは、つまり王子殿下が真に愛しているのはマルタン元子爵令嬢である、という、あれですか?」
その期待に違わず、余りの驚きにシャンタル公爵夫人アラベルは目を見開き、不敬にも王妃オレリーを凝視してしまった。
「ええ、そう。愛し合うふたりをシャンタル公爵家が引き裂いた、と信じていたようよ。陛下とわたくしの前で、堂々とそう言ったのだから間違いないわ」
そんなシャンタル公爵夫人アラベルの表情を満足そうに見つめた後、苦虫を噛み潰したような顔になって言う王妃オレリーは、国王クロードが、今回のシャンタル公爵令嬢リリアーヌの殺害未遂事件の責の件で、今となっては元となったマルタン子爵夫妻を呼び出した時のことを不快な感情と共に思い出した。
結果として助かったものの、公爵令嬢と王子殿下を命の危険に晒した、その重責を問われるというのに、マルタン子爵夫妻は揚々と喜び勇んで御前に参上し、あろうことか己の娘はシャンタル公爵家及びシャンタル公爵令嬢に大きく傷つけられたのだから、相応の対処を望む、と宣った。
そして、王子妃となる娘のために、それなりの地位が欲しい、とも。
その、やがて自分達は王族と姻戚となるのだから、という尊大な態度に、その口から発せられる余りの言葉に、開いた口が塞がらないとはこのこと、と玉座のふたりも周囲の大臣達も暫くは反応が出来なかったほど。
しかして、この度息女であるコラリー マルタンが犯した罪状と刑罰について法務大臣より淡々と告げられると、娘を王子妃にしたいシャンタル公爵家に皆騙されているのだと喚き、大騒ぎとなった。
事そこに至って、その場にいたレオンス王子の堪忍袋の緒が終に切れ、自分が真実愛しているのはリリアーヌだけであり、彼女は、王子妃としての資質も素晴らしいとの承認を各方面から得ている、と凛々しく誇らしげに宣誓したことは、王妃オレリーにとって記憶に新しく微笑ましい。
「なんということでしょう。何を根拠にそのような。我が公爵家は、娘を王子妃になど望んだことは無いといいますのに」
「そうよね。王命でもなければ逃げられる、と思って対処したくらいだもの」
しみじみと言って、王妃オレリーはシャンタル公爵夫人アラベルを見つめる。
「結果、娘が恋した相手が王子殿下だった、とは何とも皮肉なことでございます」
リリアーヌを王子妃にしないため、画策した日々を思うとため息しか出ない、とシャンタル公爵夫人アラベルは苦笑した。
「レオンスが恋したのもリリアーヌだった、とは本当に運命よね・・・あ、そこもう少しタックを寄せられるかしら?」
「本当に。あの時、海に落ちたリリアーヌを躊躇わず追ってくださったのには、心から感謝申し上げると共にとても感動いたしました・・・そこ。裾は、もう少し嫋やかに揺れるように出来まして?」
順調に進むリリアーヌのドレスの仮縫いの最中、王妃オレリーと母であるシャンタル公爵夫人アラベルが、そのドレスの仕上がりについて口を出し始めると、今までふたりの会話を邪魔する訳にもいかずにうずうずしながら黙っていたお針子達が、今や街でも噂になっている王子殿下と公爵令嬢のロマンスを、始めはきちんと節度を守り遠慮しながら、けれど次第に大胆に聞きたがり、聞いた噂の真相を知りたがり始める。
「伸ばした手。届かない指先」
「見つめ合う瞳が絡み合って、そうしてそのままふたりは海へ」
それはもう、一幅の絵のように素敵だった、とその場にいた貴族達が言い始め、それを聞いた使用人や御用商人が言い広め、王家の許可が下りれば物語として発表する予定さえあると言う。
このまま、リリアーヌ嬢シリーズが生まれそうな勢いなのだ、とお針子達が嬉しそうに騒ぐ。
「物語。いいのではなくて?運命の出会いを果たしたふたりが恋を語り、愛を紡ぐ。素敵だわ。もちろん、検閲は必要ですけれどね」
王妃オレリーの言葉に、お針子達がわっと沸いた。
そんななか、ひとりリリアーヌだけが居たたまれない思いを抱いて、右を向いたり左を見たりと、デザイナーの言葉にしたがって動く。
今、試着しているドレスは、今日二着目。
一着目は、婚約式の為の儀礼用のドレスだったため、形も色も形式に則ったものだったのに対し、今試着している二着目のドレスは、お披露目のパーティ用のものというだけあって、レオンス王子の色がふんだんに使われ、ふたりの母親の意見がこれでもかと取り込まれていく。
尤も、儀礼のドレスについても、リリアーヌは新しく造る必要性を感じていなかった。
調印式の折に着たドレス、成人したリリアーヌに両親が贈ってくれたドレスで充分、と思っていた、のだが、王家との婚約ということ、というよりもリリアーヌ以外全員の要望により、以前のとはまた違う生地にて新調されることとなった。
曰く、王家に嫁ぐのだから、儀礼用のドレスは何着か持っていた方がいい、という至極尤もな理由をつけて。
それでも、儀礼用のドレスと盛装用のドレスでは熱意が段違いの母親達の本気の目が物凄い。
「本当によくレオンスの色が似合って。婚約のお披露目が終わったら、もうそのまま王城に住んでしまえばいいわ」
「いえいえ、王妃陛下。それは早いと思われますわ。きちんと婚姻の式を挙げてからがよろしいかと存じます。手順、というものがございますもの」
現在進行形でレオンス王子色のドレスの最終確認をしている筈なのに、まだ色々と注文したりない様子の母親達は、あれこれデザイナーやお針子達に言いながら、表面笑顔で、しかして内面では牽制し合う。
それは、お互いが認め合った存在であり、打ち解けつつもあるがゆえに、私的な場では、表面だけでも譲る、ということをシャンタル公爵夫人アラベルがしなくなった結果であった。
それを、王妃オレリーは内実とても喜んでいる。
「けれどねアラベル。その方が、王城に早く馴染めるとも思うわ」
「婚姻式の前に王城に住まわせていただくなど、畏れ多いことでございます。王子殿下の評判にも関わりましょう」
「そうかしら」
「そうでございますとも」
「「あ、胸元はもっとレースを重ねて」」
静かに、談笑の体を装いつつ攻防を繰り広げていたふたりの声が、不意に重なる。
「あら」
「まあ」
そして思わず素の声を出してしまったふたりは、気まずそうに互いに見つめ合ってから、ふふ、と笑い合った。
それは、垣根が取り払われたような、自然な笑顔。
「ねえ、リリアーヌ。王城にいつから住むのか、は別としても。あのね。近くレオンスが貴女に避妊の術を掛けたい、と言うかもしれない、というか、絶対言うと思うわ、と言っておくわね」
王妃オレリーの言葉に、リリアーヌはびくりと肩を揺らし、目が飛び出るほどの驚きに一歩踏み出しかけるも、デザイナーに、動かないでくださいませ、とその動きを押しとどめられる。
「そうね。婚約式や婚姻式で、用意したドレスが着られなくなるような事はしない、とは誓ってくださったけれど。だからこそ、避妊の術は施そうとお考えなのではないか、と思うわ」
しかも、母であるシャンタル公爵夫人アラベルまで、何かを思い出すようにしながらそれを肯定した。
「まあアラベル。もしかして、貴女も?」
「やはり、王妃陛下もですか」
そうして何故か、ふたりの母はお互いを労わるように、最大の理解者の如くの視線で見つめ合う。
「陛下は、他の誰にも渡したくない、などと仰って」
「ええ。結婚してからも、子どもにだって取られたくない、なんて言って。暫くは解除してくれなかったのですわ」
「でも、わたくしが本気で嫌がったら止めてくださった、とは思うのよね」
「判りますわ。嫌でないから困りもの、なのですよね」
そうしてふたりの母親は、ほう、と息を吐いた。
片手を頬に当てたその姿は、困りもの、と言いつつとても幸せそうで。
リリアーヌは、その話の内容を我が身のこと、と聞くよりも、何故かとても打ち解け合い、穏やかに幸せそうな母達の様子を嬉しく見つめていた。
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