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第4話 久良木兄ちゃん

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 俺が涎を垂らして机の上で寝ていると、クスクスと笑う声が聞こえる。寝ぼけ眼で上を見上げると美優が俺を見て笑っている。


「顔が涎だらけだし、教科書の形が皮膚に残ってるし、よっぽど熟睡してたんだね。童貞くん」


 まだ頭がはっきりしない。美優は笑って、ポケットからハンカチを取り出して、俺の顔の涎を拭いてくれる。そんなことすればハンカチが汚れるぞ。こんなのシャツの袖で拭いておけばよかったのに。


「まだ、寝ぼけてるね。これならどうだ」


 美優はシャツのボタンの3つ目を外して、俺の目の前に屈みこんだ。色白の肌に赤のブラジャーが艶やかに見える。胸の谷間までくっきりと。胸の谷間に小さなホクロを見つけた。俺の幸運のホクロ。


 シャツのボタンが3つも外れているから、ブラジャーもろだし状態に近い。俺は胸をガン見する。素晴らしい形だ。これだけ大きいのにまったく垂れていない。というか突きあがっているような形をしている。この胸は今の時期にしか見ることのできない、旬なモノに違いない。もぎたての桃のようだ。触ってみたい。俺の中の欲望が目を覚ます。


「童貞くん。目を覚ますのはいいけど、欲望も一緒に目覚めたらダメじゃん。さすが童貞くん反応が早いわー」


 美優の言葉など聞いている暇は今はない。俺は網膜に胸を焼き付けるために、必死で目に力を入れる。


「もう目が充血してるって、ちょっと目つきが怖いんですけど。もうサービスタイム終わりね」


 美優はそういうと立ち上がってシャツのボタンを1つ絞める。ああー俺の胸が。まだ見ていたかった。


 教室をキョロキョロと見回すと美優と俺しかいない。なぜだろう?


「童貞くん、今、何時だと思ってるの?もう夕方の4時だよ。皆とっくに童貞くだけ放って帰っていったわよ」


 仁……いつも、お前が起こしてくれるから、定刻に帰れていたのに、お前がいなくなったら、俺はどうやって時間を知ればいいんだ。仁、俺のアラーム。今度、あいつにはきっちりと役割を言っておかないといけないな。


「仁くんを怒ちゃダメだよ。今日は私が寝かせておいてって言ったんだから」


 なぜ、そんなことをするんだ?美優は俺をからかう以外に俺には用事はないはずだけどな。まだ、からかいが足りないのか?でも観客がいないとからかっても意味ないだろう。


 美優は何か俺に用事でもあるんだろうか?


「どうせ、童貞くんは家に帰るだけでしょ。私に少し付き合ってよ」

「俺の名前はナルだ。」

「わかった、ナル。私に付き合って」


 美優が耳元に息を吹きかけて、俺にささやく。行きましょう。どこにでもお供いたします。だから耳でささやいてくれ。俺って耳は感じるほうなんだ。


「ありがとう、ナル、ご褒美はちゃんとあげるからね」


 今すぐ行きましょう。俺はすぐに鞄を持って、美優の横に立った。美優は俺の素早さを見てケラケラと笑っている。そんなことは気にならない。後でのご褒美が大事。


 美優は俺に腕を絡ませて、体を密着させて、寄り添ってくる。それだけで美優の胸がムニュウと変形するほど、俺の体に押し付けられる。美優の体から甘い良い香りがして、胸は柔らかくて暖かくて気持ちいいー。


 俺達は廊下を寄り添って歩いて、階段を下りていく。階段を降りるたびに美優の胸がムニュムニュと変形して、俺を至高の世界へ旅立たせる。俺が階段を踏み外さないように美優が俺の体をコントロールしてくれる。


 普通は男子がリードしないといけないと理性ではわかっている。しかし、この感触はたまらない。


 美優と2人でゆっくりと繁華街へ向かって歩いていく。道行く男性は皆、美優とすれ違うと、止まってガン見したり、チラチラと盗み見したりしている。やっぱり美優は美少女なんだな。


 その美少女の隣に寄り添って歩いて、体を密着させている俺はなんて幸せ者なんでしょう。あまりにも多くの人に見られるから、俺も恥ずかしくなってきた。俺の顔がみるみる赤くなる。


「何を恥ずかしがってるのナル。私と密着して歩くのイヤ?」


 耳元で鈴の音のような澄んだ声色の甘い響きでささやかれると、頭の中が真っ白になって何も考えられない。


「あー、美優と一緒に歩くのは大好きだ。何時間でも歩けるぞ。それよりも、どこへ行くんだ?」

「もうすぐ着くから、ナルも少しは気合入れておいたほうがいいわよ。たぶん、驚くから」


 ええ、なんて気合が必要なんだ。俺をどこへ連れて行こうとしてるんだ?


 繁華街の路地を曲がって少し歩いた雑居ビルに久良木興産という看板が掲げられている。あまりにも怪しい看板だ。俺達、高校生には無関係な類の人達が立ち寄る場所だろうと思っていると、美優はニコニコと笑って、その雑居ビルの中へ入って行く。


 絶対にヤバいって。シャレになってない。俺は美優の腕を引っ張って、降りようとするが、美優は大丈夫だよというにっこりとした笑顔で俺をビルの上に連れていく。


 そして久良木興産と書かれた部屋の扉を開ける。


「こんにちはー! 遊びに来ちゃったー!」


 はあ?ここは絶対に女子が遊びに来ていい場所ではないだろう。男子でも近寄らないよ。部屋の中には、いかにもという感じのいかつい男性が数人、いかつい顔で俺を睨んでいる。俺の体から震えが止まらない。もう少しビビってたら、お漏らししてるところだ。それなのに美優はいかつい男性陣に笑顔を振りまいている。


 いかつい男性陣は美優を見ると深々と頭を下げる。美優って一体何者なんだ。あんないかつい男性達が会釈を美優にするなんて、もしかして美優ってそっち関係の方だったの。俺、今でも美優と腕を絡ませて、体を密着させて寄り添ってる俺って、チョーヤバくないか。


 俺は必死に絡まっている美優の腕を解こうとするけど、美優は腕を解く気がない。余計に体を密着させて、寄り添ってくる。それを見た、いかつい男衆は、目を吊り上がらせて俺を睨んでいる。


「お頭、お嬢が妙な奴を連れてきやしたぜ」


 いかつい男達のリーダーみたいな男性が大声を張り上げる。すると奥の部屋から、ショートヘアの黒髪パーマで、顎ヒゲを蓄えていて、無精ヒゲもある。精悍な顔をしていて、野性味が溢れている、いかつい男性が出てきた。背丈は180cmを超える巨漢でがっしりとした体格、太くて長い腕と大きな手のひらが特徴的だ。滅茶苦茶怖い。そのいかつい男性が大きなソファに座って、俺を睨みつける。


 だめだ。もうチビりそう。いま漏らしたら、殺される。俺がそんなことを考えているのに、美優はその男性に手を振って、対面のソファに座った。


「丈一郎兄ちゃん、元気にしてた?変な喧嘩してない? 丈一郎兄ちゃんに何かあったら、私、泣いちゃうからね」


 美優は小首をかしげて可愛いポーズをとって、いかつい丈一郎兄ちゃんに声をかける。丈一郎兄ちゃんは何も言わずに俺の顔をジーっと睨みつけている。すごい威圧感だ。絶対に素人じゃない。あちら系のお方だ。


 身体の震えが止まらない。丈一郎兄ちゃんも俺が震えていることは見てわかっているはずだ。恥ずかしいけど、怖いものは仕方がない。


「美優、今日はどうしたんだ。そのモサッとしたダサい野郎は誰なんだ?何のために連れてきたんだ?」

「あのね、丈一郎兄ちゃん。私、これからずっと、久良木興産に遊びに来ないかもしれないから、きちんと言っておこうと思って。丈一郎兄ちゃんには滅茶苦茶、色々と助けてもらったのに、ゴメンね」

「はあ?この男と関係あるのか?」

「この前ね。交通事故に巻き込まれて、もう少しで死にかけたの。そこを助けてもらったんだよ。名前はナル。今の私の彼氏。私の一目惚れなの。だから丈一郎兄ちゃんに紹介しておこうと思って、よろしくしてあげてね」


 はあ? 俺が彼氏? そんな話を聞いてませんけど。本当なら嬉しいけど。こんな場所で言われても、生きて帰れる確率が下がるだけでしょ。俺に自殺願望なんてねーぞ。


 それに、あちら系の方に、よろしくしてあげてという言葉はとても危険。よろしくされたら、優しくてリンチ。運が悪ければ昇天間違いなし。そんな恐ろしい言葉を言わないでくれ。


「お前が美優をを助けたというのは本当か?」

「……」


 怖くて声も出ねーよ。俺が固まっていると、美優が体を密着させて、胸を揺すって、ムニュムニュとさせる。そして耳元で『早く言って』とささやく。俺の頭の中がボーっとなる。


「はい。美優を俺が助けました」

「そうか。ありがとうな。坊主。それにしても、お前、よく俺の前でズボンをテントにできるな。そんな度胸あるように見えないけどな」


 しまった。美優の誘惑に負けてズボンをギンギンにテントにしてしまった。ヤバいよ。切り飛ばされたらヤバいよ。


 俺は一瞬で冷や汗を噴き出して、足を内股にして股間に手を置いて隠す。


「面白い坊主だな。美優の好みがこんなダサ坊だとは思わなかったが、悪い奴ではなさそうだ。それに悪いことをする度胸もなさそうだ。俺は久良木丈一郎《クラキジョウイチロウ》、一応、この組の頭をしている。美優は俺の妹みたいなもんだ。お前の名前は?」

「……蒼井奈留です……」

「ナルって呼んであげてね」


 美優は優しく俺の手を握って、久良木兄ちゃんにそんなことをいう。


「わかった。美優の彼氏ということは俺の弟になったのと同じだからな。これからは仲良くやろうじゃないか。ナル。必ず、美優を守ってくれよ。美優は繁華街にいるとナンパばかりに会う。もめ事も起る。だから今まで俺が守ってきた。これからも俺も守っていくが、彼氏のお前が一番に守ってやれ。何かあったら言ってこい」


 いえいえいえ、俺って華奢な体だし、喧嘩なんてしたことないし、彼氏じゃないし、シャレにならないよ。段々と俺の立場がヤバくなってるよ。美優、そんな優しい目で俺を地獄へ落とすようなことはやめてくれ。


「今日はめでたい。おい、お前等、全員でナルと美優を祝って、焼き肉でも食いにいくぞ」



「「「「「「はい、親っさん」」」」」」



 久良木興産の皆さん方全員と高級焼き肉店へ焼き肉を食べに行ったが、俺は肉の味を感じることもできなかった。


 久良木興産の皆さん達と別れ、久良木兄ちゃんとも別れた場所はラブホテル街のすぐ近くだった。


「ナル、少し疲れたでしょう。ちょっとそこで少しだけ休憩に行っとく?」


 今はとてもそんな気になれない。美優とはしたいけど、今は美優が何者か、得体がしれない。だから手がだせない。もし、いたしてしまったら久良木興産の皆さんが敵になっちゃうかもしれないから。


「ナル、焼き肉、美味しかったのに、あんまり食べなかったね。小食なの?」


 あの席で自由自在に食べていた美優の神経のほうがすごいわ。俺はいかつい男性に挟まれて座って、久良木兄ちゃんと対面で座らされて、緊張して味もわからなかったわ。


「ナルも疲れてるみたいだし、休憩は今度にしようね。一緒に帰りましょ」


 美優は俺の頬にキスをする。精神をガリガリと削られていた俺は至高の一時を逃してしまった。久良木兄ちゃんから、くれぐれも美優のことを頼まれている。俺は美優の家があるマンションまで美優を送った。


 そして家に帰ってベッドに入る。耳元で『少しだけ休憩に行っとく?』という声が頭にこだまする。家に帰ってきて、落ち着いて考えると、俺、童貞卒業するチャンスを逃したのか。なかなか眠れず、ベッドの中で悶えた。
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