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第10話 「アンバランス」

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 自宅の風呂でシャワーを浴びてサッパリし、冷蔵庫から麦茶を出してきて、カップに入れて一気に飲む。喉の渇いている時のこの1杯が1番旨い。俺が麦茶を堪能していると、テーブルの上に置いていたスマホが振動する。


 スマホを取り上げて確かめると、美優からだった。時間は夜の10時半。いつもの美優の暇つぶしの連絡だろうと気軽にスマホを耳に当てると大音量の曲が流れている。そしてなんだか騒がしい。


《ナル!電話しちゃったー!》

《はい? 音が大きくて聞こえないんですけど?》

《あのねー!今日、別れにきたの。そしたら、お別れパーティになっちゃって、今パーティ中なの》


 なぜ、お別れでパーティなんだよ。意味わかんねーよ。今、美優はどこにお別れに行ってんだ?


《美優? どこにお別れに行ったのかな?》

《ホストクラブ! ホストクラブの彼氏の所!》


 なんですとー!ホ……ホストクラブ……俺でもキャバクラに行ったことすらねーし、スナックに行ったこともねー! どこまで行動範囲が広いんだよ。


《あのね! ピンドン飲んじゃって、今、酔ってるのー! 帰れないから迎えに来てー!》


 ピンドンってなんだよ?TVで見たことある高級シャンパンでないか?TVでシャンパングラスがタワーになっていて、ホストがドバーっとシャンパングラスにシャンパンをかけているシーンを見たことがある。


 どれだけ高額な遊びを高校生の時からしてんだよ。親の顔が見てみたいわ。


《ナル! 大好き! 今から来て!》


 おいスマホを切るな。どこへ俺は迎えに行けばいいんだよ。


 俺は慌ててひかりへ連絡する。するとひかりも大音量の曲がかかっている中でノリノリの声でスマホに出た。


《ヤッホー! 今、最高ー! どうしたの?》


 完全に酔っていらっしゃるようですね。


《今、美優と一緒だよな? ホストクラブにいるって聞いたぞ。どこのホストクラブだ? 何ていう店の名前だ?》

《ナルも来るのー! ホストクラブ「アンバランス」繁華街のド真ん中の辺りにあるホストクラブだよ! はやくおいでよ。待ってるね》


 おい、だから勝手にスマホを切るな。繁華街のど真ん中だけで、ビルもわからないないし、『アンバランス』ってどういうネーミングセンスしてんだよ。この名前だと間違えようがないな。とにかく繁華街へ行って、『アンバランス』というホストクラブへ行くしかない。


 美優だけが酔ってるのかと思ったら、ひかりまでもか。確かに2人一緒で繁華街で遊んでいるとは聞いていたけど、ホストクラブに行ってるとは聞いてねーぞ。お前等2人共、どれだけ俺達より早く大人の階段、駆け足なんだよ……クソっ


 あれほど夜10時門限と言っておいたのに、とうとう我慢できなくなって門限破りしたな。いつかはやると思ってたから、驚きはしないけどさ。ホストクラブは予想の範疇外だ。


 俺に来いと言ってたけど、ホストクラブって高いんだろ? 俺、今、財布の中、全財産1万円未満なんですけど。とにかく美優とひかりがおかしなことをすると久良木兄ちゃんに怒られるのは俺だ。早く繁華街で向かおう。


 俺はパジャマから私服に着替えて、家を出てタクシーを拾って、繁華街まで走ってもらう。


 ネオン煌びやかな繁華街では、まだ開いている店も多く、俺より年上の男女が楽しそうに騒いでいる。とにかく繁華街の中央まで行って、年上のお兄さん達にホストクラブ『アンバランス』の場所を聞くけれど、誰も知らない。


 そうだ。ホストクラブといえば女性の行くところだよな。年上のお姉さんに教えてもらえばいいんだ。でも、傍から見てると、高校生のダサ坊が深夜に繁華街に来て、年上のお姉さんをナンパしているようにしか見えないよな。


 俺が警察に補導されるかもしれない。早く解決しないと俺の身が危ない。

 俺は少し派手目な年上のお姉さんに声をかける。人生初のナンパのようで、心がドキドキする。何組かの年上のお姉さんに声をかけたけど、冷たい目つきをされただけで、ゴミ扱いのように無視された。


 このままいくと俺の精神的ダメージがすごすぎる。ガリガリと精神が削られていく。


 勇気を出して、また、派手目の年上のお姉さんに声をかける。ナンパと間違われませんように。


「あのー、すみません。ホストクラブ「アンバランス」って知ってますか?友達がそこで遊んでいるらしいんです。迎えにいかないといけないので知っていたら教えてください。お願いします」

「えーホストクラブ『アンバランス』ならそこのビルの3階にあるけど、君、バイトしたいの? 君、もさっとした髪型からダサい雰囲気から、なんとかしないと、絶対にホストに合格しないと思うよ」


 なぜ、俺がホスト見習いにならないといけないんだ。もさっとしているのは自覚はあったけど、全身からダサい臭いがしていると言われたのは初めてだ……もう、帰りたくなってきた。


 親切に店の場所を教えてくれたお姉さん達にお礼を言って、ホストクラブ『アンバランス』が入っているビルへと走る。そしてエレベーターに乗って3階へ。ドアが開いた瞬間に別世界が広がっていた。


 絢爛豪華、どこを見ても金ピカな店。悪趣味なぐらい金ピカだ。マイクで誰かが大声で実況中継をしている。ボーイのようなお兄さんが2人、玄関の所に立っているが、俺の恰好を見て、驚いている。


「すみません、ここに美優って子とひかりって子、来てませんか? 呼び出されて迎えに来たんです。ナルと言ってもらえばわかります」


 俺は黒服を着たボーイのようなお兄さんにお願いする。お兄さんは怪訝な顔をしていたけど『すこし待ってろ』と言って、店の中へと消えていった。そして数分待つと高級スーツに身を包んだ。イカした外見をしたホストに付き添われた美優が飛び出してきて、俺に抱きついた。


「遅かったじゃないの。待ちくたびれちゃった。もう一杯飲んじゃった」


 美優、あんまり俺に顔を近づけるな。酒臭い。色白な肌が全身ピンク色になってるじゃないか。そういう色気もあるのか。実に艶やかで色っぽい。酒臭ささえなければ、もっと抱きついていてほしいと思ってしまう。


 イカしたイケメンのホストが俺にゆっくりと歩いてくる。茶髪のショートヘア ウルフカット。爽やかで、顔にメイクをしているけど、端正な顔立ちのイケメンが俺に右手を差し伸べる。


「俺の名前は愛夢駿《アイムシュン》、君がナルくんかい、とにかく、こんな玄関で話していても、迷惑がかかる場所だから、今日は特別にナルくんを「アンバランス」に招待するよ。付いてきてくれるかな。


 愛夢駿は恰好よくターンを決めると俺達の前を歩いていく。美優は酔っていて、俺の腕に自分の腕を絡ませて、俺に寄りかかってきて、甘えたうように俺の首にキスをする。瞳がトローンとして色っぽい。


「ナルの首へのチューいただいちゃいました!」


 何を宣言してるんだボケ。この酔っ払いが。連れて帰るのが大変そうだ。ヨロヨロとしている美優を抱えて俺は愛夢駿の後ろへ付いて歩いていく。


 アンバランスの中には多くの男女が入り乱れて座っている。女性は皆、お客様だろう。男性はみんな流行の髪型をしてメイクをしているし、オシャレな高級スーツを着ているからホストだろうな。


 俺が店の中を通る度に、女性客のクスクス笑いが聞こえてくる。中には指をさして大笑いをしている女性もいる。もう俺の精神は限界まで削られていく。生きているのが申し訳ないような気分になってきた。


 愛夢駿が座った大きい黒革のソファの席に行くと、ホストの気持ち良さそうにもたれかかっている、ひかりがいる。ひかりの目もトローンとしてホストを見上げている目は女子というよりメスの目だ。ホストを欲しがっているようにしか見えない。


 俺が愛夢駿の前に座ると黒服のお兄さんがシャンパンを目の前に置いてくれた。高級なんだろうけど、お酒の飲めない俺には宝の持ち腐れだ。ひかりがやっと俺の存在に気が付いて、俺に近寄ってくる。そしてニコニコと笑って、俺の肩や頭をバンバン叩いてくる。最悪だ。酔っ払い女。質が悪いぞ。


 ひかりも美優もドレスを着ていて、背中と胸の谷間まで開いたドレスで、化粧も完璧だ。俺の頭をバシバシ叩くことに夢中になっているひかりは、胸の丸見えになって黒のブラジャーが全開に見えてしまっている。今日は黒のブラジャーか。ピンク色に染まった肌と相性がばっちりだな。色っぽいぞ、ひかり。もっと見ていたい。


 美優が俺の顔を強引に引っ張って、俺の顔に自分の顔を間近までくっつけて、頬を膨らませて目を吊り上がらせて怒っている。

「ひかりを見るなら、私を見て!」


 そういって、ドレスの胸の部分をひぱって俺に豊満な胸を見せてくる。胸の小さいホクロが色っぽい。このドタバタは本当に終わることがあるのか。愛夢駿は楽しそうに俺達3人を黙って見つめている。
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