僕ら二度目のはじめまして ~オフィスで再会した、心に残ったままの初恋~

葉影

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第一章

11話:温もり

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カフェを出ると、久遠が窓から眺めていた時よりも雨足が強まっていた。
羽織ってきたカーディガンでは力不足で、少し肌寒い。というか、結構寒い。
傘を差さなくてはと思いつつ、寒さで思わず自分で二の腕を庇う。すると、肩になにか触れた。
……なにか、少し重いもの――。

神永のスーツのジャケットが、久遠の肩にかけられたのだった。

「寒いよね」

心臓が止まるような感覚。
一時思考停止してから、慌ててジャケットを返そうとする。

「い、いいですそんな!大丈夫です私、」
「いいから羽織っておいて。体壊すかもしれないし……その服だと目立っちゃうし」

そう言いながら神永の視線は、今2人が出てきたカフェの方を一瞥した。

先ほど久遠のルイボスティーの会計まであっという間に済まされてしまい、申し訳なさを感じていたところにこの恩の上塗りは耐え難い。

しかしこれ以上断るやり取りを続けるのもかえって迷惑をかける気がして、久遠は黙った。

この寒空では、ワイシャツ1枚では寒さは凌げないだろう。それにも関わらず、久遠に上着を貸してくれた。

気を遣ってもらってしまうと、きつい。
自分の方にだけ申し訳なさポイントが溜まっていく感覚。8年分の蓄積プラス、再会以降の迷惑分……。

けれどその一方で、正直、期待も顔を出す。
――案外避けられていないのではないか、なんて。

けれどそんな単純な発想は、いとも簡単に打破される。……打破できる。久遠を他部署へ異動させられないかと願い出ていた、給湯室での彼を思い出せば。

お互いに傘を差し、黙って歩き出した。
隣は歩かず、縦に並ぶように進行していて、神永は相変わらず淡々と久遠の前を歩いている。
さっきまで感じていた肌寒さは、大きな上着にすっぽりと包まれて気にならなくなっていた。

もうあたりはすっかり暗いが、懐かしい道のりだ。このあたりは久遠の地元で実家も近い。

転職することと、したことだけは、母に電話をしたけれど、それきりだ。
心配症の両親にあまり負担をかけたくなくて、あまり詳しいことは話していない。
今住んでいる東京と実家がある横浜は容易に移動でき、東海道線か横須賀線に乗っていればあっという間に着く。しかしその距離だからこそ、なかなか帰れていないことに対して罪悪感が大きくなっていた。

少しだけ落ち着いたら、一度実家に顔を出そう……。

そんなことを考えていた時だった。


!――


視界の左側に突然なにかが勢いよく飛び込んできて、びくりと体が跳ねた。
激しい水音が聞こえて、強い光に照らされたかと思うと、足元が少し冷たくなる。

どうやら、車道を走っていた軽トラックが2人とすれ違う時に大きな水たまりを踏んだらしい。
ということを理解したのは、神永の濡れたスラックスを見てからだった。

「大丈夫?濡れてない?」
「え!!や、」

いや、私よりあなたが――!

神永の問いかけに、久遠は言葉にならない声を出して口をパクパクしながら、スラックスと神永の顔を交互に見やる。

左側の視野に突然入り込んできた先ほどの"なにか"は、神永の腕だったみたいだ。
前を歩いていた神永が軽トラックが水溜まりを踏みそうなのを見て危険を察知したようで、久遠の車道側の半身を守るように腕を出してくれていたのだ。

「ど、どうしましょう」

「小島さんも足濡れちゃったね」

「私はどうってことないです。濡れたのストッキングだけですし、コンビニで調達できますから……。でもチーム長、は……」

チーム長という初めて呼んだ呼び名が、口の中で居心地悪そうに引っかかるが、今はそれどころじゃない。


「そうだね……。このまま行くのは失礼だね」

神永は雨水に染った裾を見下ろしながら、こめかみに細長い指を当てた。なにか考えているような様子に、久遠もなにか打開策を出さなければと焦る。

そして1つ、閃いた。――ちょうどいい!

「あ、あの、開場時間は過ぎちゃいそうですが、開始まではまだちょっと余裕ありますよね?」

自分のスラックスの裾をはたいていた神永が久遠を見上げ、不思議そうな顔をするが、「そうだね」と答えてくれる。

「ここの近くにスーツ屋さんがあるんです、夜まで空いてる……。少し歩きますが、急ぎましょう!」

神永相手だからと遠慮をしている場合ではないのだ。
今日すべきは遠慮ではなく、チーム長神永の迷惑にならないこと。
そして出来れば、力になること。

久遠は思い切ってそう言うと、神永を促して回れ右し、進行方向を改めた。
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