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第一章
54話:2人きりの出張(2日目)
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┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
出張2日目の朝。
久遠は、早めに病院に向かって院内のコンビニで朝ごはんを買い、中庭でいただいた後、昨日のナースステーションに向かった。
中庭で朝食を取っていた時にちょうど、霧島から『朝飯食べた?』というLINEが来た。やっぱり彼は唐突だ。出張先にいる久遠が何も食べられていないと心配したんだろうか?久遠は、まめな人だなぁと思いながら、『サンドイッチ食べました』と返信した。
ちなみに、昨日霧島が送ってきた『今の久遠って改めてあいつのことが好きなの?』 という質問には、昨夜部屋で一人で泣いてしまった時間に返信した。『でも、もうやめたいです』とだけ。向こうからの返信は、OK!というスタンプと、『今度また店おいで』だけだった。ちょっと拍子抜けしたし、安心もした。
「おはようございます」
看護師たちに、少し大きめの声で挨拶をする。笑顔で挨拶すると、向こうも笑顔で返してくれて嬉しい。
「今日もよろしくお願いします」
心理士にも、医師にも頭を下げる。久遠の様子は、昨日よりも明るいくらいだった。
――大丈夫、大丈夫。
自分にそう言い聞かせながら歩く。脚は小児病棟の奥へ向かっていた。例の少年、來の病室の前で一度深呼吸をしてからノックした。
「失礼します」
返事はない。けれど、カーテン越しに彼の姿が見えた。彼は久遠の姿を見ると、面倒くさそうに寝返りを打つ。
「ブリッジノートの担当で来ている小島久遠です。昨日も少しご挨拶しました」
もちろん返事はないが、めげずに続ける。
「アプリ、使ってくれてるんだよね。來くんとしてはどうですか?」
來はスマホをいじったまま、こちらを一切見ない。
――まあ、そうだよね。
「じゃあ、ちょっとお邪魔します」
そう言って、部屋の端の椅子に腰を下ろした。久遠はごそごそと持ってきたトートバッグを漁り、中のものを取り出した。久遠の手には、色とりどりの折り紙がある。
「明後日ね、折り紙教室の日なんだって」
独り言のように言いながら、久遠は一枚取り出して折り始める。明後日催されるという折り紙教室に、よければ神永や久遠も参加してみないかと小児科の看護師に声をかけてもらっていた。その時に、少しだけ折り紙を拝借したのだ。
折り紙なんてもう何年もしていない。いざ折って見ると、折り目はずれ、角は合わず、完成したそれは何とも言えない形になっていた。けれど、気にせず折り続ける。
來は時折、ちらりと久遠の作品にだけ視線を向ける時がある。久遠は気づかないふりをして、もう一枚折る。今作もやっぱり微妙だった。
その時、
「……貸せ」
と低い声が飛んできた。
久遠が顔を上げると、今折っていたところだった折り紙をぶんどられる。
久遠が、反応をくれた來に対し「おお」と控えめな喜びの声を上げる中、來は無言で折り始めた。迷いのない手つきで、さっき久遠が悪戦苦闘していた工程をあっという間に進めていく。出来上がったのは、折り目の揃った綺麗な鶴だった。
「すご」と思わず零れた久遠の声に、來は鼻で笑う。
「あんたが下手すぎんだろ」
「私が下手なのかな。それとも來くんが器用なのかな」
「両方」
即答だった。久遠はくすっと笑う。
「そっか。じゃあ來先生だね」
「は?きも」
そう言いながらも、來はもう一枚折り紙を取った。今度は、久遠の横で折り始める。言葉は少ない。けれど、同じ空間で、同じ作業をした。
「來くん、一緒に折ってくれたね。楽しかった」
「あんたが下手すぎてキモイからだろ」
「そっかぁ」
久遠はそれ以上踏み込まず、並んで折り紙を折り続けた。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
しばらくして病室を出ると、久遠の背後から声がかかった。
「今日は話せたんだね」
振り返ると、スーツ姿の神永が立っていた。昨日の今日だ。久遠の胸が一瞬ざわつく。
昨日の彼はまた違う人だったのかもしれないと思うほど、今日の神永は紛れもなくチーム長神永の姿に戻っている。浴衣を着て、無造作な髪に陰っていた瞳で一瞬だけ久遠と視線を交えた昨夜の彼は、もうそこにはいなかった。
昨夜の面影と重ねてしまった間反応が遅れてしまったが、すぐに鎧を着直す。
「チーム長……お疲れさまです」
「さっき見てたよ」
「あ……私と來くんの様子ですか?」
「うん」
「少しだけ喋ってくれて……。あでも、まだブリッジノートに関しては何も聞けてないんです。すみません」
「まだいいよ。大丈夫。……この調子で頑張って」
"頑張って"。
簡単に届けてくれるそのエールは、久遠の胸で簡単には消化できなかった。
『会いたくなかった』だなんて言っておきながら、今日になって頑張れなんて言う。
目の前の彼の気持ちが分からない。昨日から今日の間で大きく揺さぶられて、耐えられないほど心の中が騒ぎ出しそうになる。
久遠は、不自然にならない程度に短く、ギュッと目を瞑った。目の前の彼も、自分の心の中の錯綜や鉛筆の跡も、全部一度見えなくなるように。
――もう、いい加減、振り回されてしまうのをやめたい。
目を開けた時、久遠は真っ直ぐに答えた。
「――はい」
神永と久遠が再会してから今までにないくらい、はっきりとした声で言った。そして、まるで何かを振り切るように、神永に向かって晴れやかな笑顔を向けた。神永は、そんな久遠を見てわずかに目を見開いた。
出張2日目の朝。
久遠は、早めに病院に向かって院内のコンビニで朝ごはんを買い、中庭でいただいた後、昨日のナースステーションに向かった。
中庭で朝食を取っていた時にちょうど、霧島から『朝飯食べた?』というLINEが来た。やっぱり彼は唐突だ。出張先にいる久遠が何も食べられていないと心配したんだろうか?久遠は、まめな人だなぁと思いながら、『サンドイッチ食べました』と返信した。
ちなみに、昨日霧島が送ってきた『今の久遠って改めてあいつのことが好きなの?』 という質問には、昨夜部屋で一人で泣いてしまった時間に返信した。『でも、もうやめたいです』とだけ。向こうからの返信は、OK!というスタンプと、『今度また店おいで』だけだった。ちょっと拍子抜けしたし、安心もした。
「おはようございます」
看護師たちに、少し大きめの声で挨拶をする。笑顔で挨拶すると、向こうも笑顔で返してくれて嬉しい。
「今日もよろしくお願いします」
心理士にも、医師にも頭を下げる。久遠の様子は、昨日よりも明るいくらいだった。
――大丈夫、大丈夫。
自分にそう言い聞かせながら歩く。脚は小児病棟の奥へ向かっていた。例の少年、來の病室の前で一度深呼吸をしてからノックした。
「失礼します」
返事はない。けれど、カーテン越しに彼の姿が見えた。彼は久遠の姿を見ると、面倒くさそうに寝返りを打つ。
「ブリッジノートの担当で来ている小島久遠です。昨日も少しご挨拶しました」
もちろん返事はないが、めげずに続ける。
「アプリ、使ってくれてるんだよね。來くんとしてはどうですか?」
來はスマホをいじったまま、こちらを一切見ない。
――まあ、そうだよね。
「じゃあ、ちょっとお邪魔します」
そう言って、部屋の端の椅子に腰を下ろした。久遠はごそごそと持ってきたトートバッグを漁り、中のものを取り出した。久遠の手には、色とりどりの折り紙がある。
「明後日ね、折り紙教室の日なんだって」
独り言のように言いながら、久遠は一枚取り出して折り始める。明後日催されるという折り紙教室に、よければ神永や久遠も参加してみないかと小児科の看護師に声をかけてもらっていた。その時に、少しだけ折り紙を拝借したのだ。
折り紙なんてもう何年もしていない。いざ折って見ると、折り目はずれ、角は合わず、完成したそれは何とも言えない形になっていた。けれど、気にせず折り続ける。
來は時折、ちらりと久遠の作品にだけ視線を向ける時がある。久遠は気づかないふりをして、もう一枚折る。今作もやっぱり微妙だった。
その時、
「……貸せ」
と低い声が飛んできた。
久遠が顔を上げると、今折っていたところだった折り紙をぶんどられる。
久遠が、反応をくれた來に対し「おお」と控えめな喜びの声を上げる中、來は無言で折り始めた。迷いのない手つきで、さっき久遠が悪戦苦闘していた工程をあっという間に進めていく。出来上がったのは、折り目の揃った綺麗な鶴だった。
「すご」と思わず零れた久遠の声に、來は鼻で笑う。
「あんたが下手すぎんだろ」
「私が下手なのかな。それとも來くんが器用なのかな」
「両方」
即答だった。久遠はくすっと笑う。
「そっか。じゃあ來先生だね」
「は?きも」
そう言いながらも、來はもう一枚折り紙を取った。今度は、久遠の横で折り始める。言葉は少ない。けれど、同じ空間で、同じ作業をした。
「來くん、一緒に折ってくれたね。楽しかった」
「あんたが下手すぎてキモイからだろ」
「そっかぁ」
久遠はそれ以上踏み込まず、並んで折り紙を折り続けた。
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しばらくして病室を出ると、久遠の背後から声がかかった。
「今日は話せたんだね」
振り返ると、スーツ姿の神永が立っていた。昨日の今日だ。久遠の胸が一瞬ざわつく。
昨日の彼はまた違う人だったのかもしれないと思うほど、今日の神永は紛れもなくチーム長神永の姿に戻っている。浴衣を着て、無造作な髪に陰っていた瞳で一瞬だけ久遠と視線を交えた昨夜の彼は、もうそこにはいなかった。
昨夜の面影と重ねてしまった間反応が遅れてしまったが、すぐに鎧を着直す。
「チーム長……お疲れさまです」
「さっき見てたよ」
「あ……私と來くんの様子ですか?」
「うん」
「少しだけ喋ってくれて……。あでも、まだブリッジノートに関しては何も聞けてないんです。すみません」
「まだいいよ。大丈夫。……この調子で頑張って」
"頑張って"。
簡単に届けてくれるそのエールは、久遠の胸で簡単には消化できなかった。
『会いたくなかった』だなんて言っておきながら、今日になって頑張れなんて言う。
目の前の彼の気持ちが分からない。昨日から今日の間で大きく揺さぶられて、耐えられないほど心の中が騒ぎ出しそうになる。
久遠は、不自然にならない程度に短く、ギュッと目を瞑った。目の前の彼も、自分の心の中の錯綜や鉛筆の跡も、全部一度見えなくなるように。
――もう、いい加減、振り回されてしまうのをやめたい。
目を開けた時、久遠は真っ直ぐに答えた。
「――はい」
神永と久遠が再会してから今までにないくらい、はっきりとした声で言った。そして、まるで何かを振り切るように、神永に向かって晴れやかな笑顔を向けた。神永は、そんな久遠を見てわずかに目を見開いた。
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