【完結】僕ら二度目のはじめまして ~オフィスで再会した、心に残ったままの初恋~

葉影

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第二章

81話:朝ごはんと謎解き②

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 久遠が尋ねると、神永はあっさりと頷いた。

「うん、そうだよ。霧島から聞いてない?」

 久遠は息を呑み、目を見張った。

 もうその答えだけで、最後のパズルのピースとして十分だった。

「……と、いうことは、整形前のお顔も知ってたんですか?」

 久遠が慎重に尋ねると、神永は軽く頷きながらパンを飲み込んだ。

「うん、出会った頃はまだやってなかったからね。したのは大学の時だって言ってた。その後就職して再会したから、大分印象変わったなとは思ったけど」

 それが何?と言いたげに、神永は久遠の次の言葉を待っている。

 久遠の頭の中では、散らばっていたピースが音を立ててはめられていっていた。そうして、徐々に一つの答えへと収束していく。

 あの写真を見て、久遠の記憶の箱が刺激されたこと。
 ありすが久遠を敵視していたこと。自分を神永の彼女だと久遠を騙してまで、久遠を遠ざけたがったこと。

 考えれば考えるほど、断片が一気に組み上がってしまう。

 ありすが神永と霧島の同期だという事実が極めつけとなって、パズルは完成した。

「……ありすさんも、高校の時、私たちが付き合ってたの知ってたんですね」

 久遠が、質問というより結論のような響きでそう言うと、神永は首を傾げる。

「ん?そんなことないよ。誰にも言ってないし。あと、当時はそこまで絡みなかった」

 しかし、久遠も迷いなく首を横に振る。

「いや、知ってたんですよ。だからあの日――私に"伝言"したんです。私たちが上手くいかないようにするために」

 最寄り駅近くのあの橋の上で久遠に声をかけたのは、あの写真に映った女の子だった。やっと、思い出した。

 あの頃からありすは神永一織を想っていて、隠れて付き合っている相手が久遠であることを知ってから、2人が壊れるタイミングを探していたのだ。

 3年が卒業する前に行われた体育館での集会。あの時に初めて見かけた彼女の横顔も、遠目からでも一瞬でも分かった。一織に恋をしていると。

「伝言って……」

「待ち合わせ場所に向かってた時、3年生に声をかけられたんです。神永は来ないことにしたらしいよって。私、それ普通に信じちゃって……」

 今思えば、ちゃんと一織に確認するべきだったのだ。なにも、連絡手段を絶たれたわけじゃなかったのだから。

 久遠は、自分で真実を確かめにいくのを、自分が傷つく可能性を、ずっと避けていた。出会ってから今までずっとそうだった。

 霧島に指摘されるまで自分のその傾向には気づいていなかった。けれど、そう言われると納得するところが多い。久遠はずっとそうやって自分を守り、大切にすべき人の本当の気持ちを蔑ろにしてきていたのだ。

「あの日、待たせちゃってごめんなさい……」

 自分から誘ってきたのに夜まで待っても現れなかった久遠を、一体どうやって待っていたのだろう。想像するだけで胸が痛かった。

「そんなことは全然いいんだよ。久遠が無事だったんなら、もうそれでいいんだ」

 神永は久遠を安心させるように、テーブルの上の久遠の手をぽんぽんと叩いて、そして包んだ。

 責めてもいいのに、この人はまたこうして久遠のことを気遣ってくれる。大きな愛に包まれている心地がして、また涙が出そうになる。

「本当に心配してたんだ。卒業式でも久遠のこと探したんだけど、来てないみたいだったから、もしかして、持病が悪化したんじゃ、とか。……それか、本当に避けられてるのかなとか」

「いやっ、その日はただの熱で!しかも、高熱で。私も、最後に学校で一織くんと話せるチャンスかもしれないって、思ってたんですけど、家出られなくなっちゃって」

 神永は目を丸くした。そして、少しほっとしたように声を漏らす。

「そうだったんだ。……あいや、きっとつらかったよね。安心するの違うよね」

「いや、全然それは」

「あーそっか、そうだったんだ……。いや俺も、心配なら自分で連絡するなり会い行くなりすればよかったんだよね……あん時俺、ひよってて」

 神永は自嘲気味に笑った。

「新しい恋人がいるのに俺がまた現れたら……だいぶ気持ち悪いだろうなと思って」

 彼は苦笑している。

 ……え?

「でもそっか、そういう理由だったんだ」

「ちょっと待ってください!」

 納得して頷いている神永にストップをかける。待って、このまま会話が進むのはおかしい。今、聞き捨てならない要素が混在していたような気がする。

 神永は「ん?」と聞き返した。

「今、"新しい恋人"、って言いました?誰の?……え私の?」

 久遠が聞くと、神永も不思議そうな顔になる。見つめ合ってるが、恐らくお互いの脳はあまり機能していない。わけが分からなすぎて、思考が停止しているからだ。

 久遠は身に覚えのない謎の存在の登場に、空いた口が塞がらない。

「え、ごめん、確認していい?」

 神永も神永でぽかんとしたまま、それだけ尋ねる。久遠もコクコクと頷く。

「俺と別れた後すぐ、恋人でき……たよね?」

「できてないです。高校の時は、一織くんだけ」

 久遠は即答した。どこからどうしてそんな話が出てきたのか検討もつかないが、高校の時まで、彼氏は一織たった一人だ。それ以外の男性とは、交際どころか恋愛もしていない。それは、一織が卒業して久遠が3年生になってからも同じだった。

 久遠が否定すると、神永はますます目を見張る。しばらく視線を外して考え事をしていたが、なにか思い直したように下を向き、それからまた久遠の方を向いた。

「……待ってそうだ、俺さっきのこともまだよく分かってないんだけど、ありすがなんだっけ、伝言?」

「はい。待ち合わせのところ行っても、彼来ないよって。今思えば、写真のあの人でした」

「つまり……あの時ありすは俺たちの関係に気づいてて、で、俺のことが好きで、俺たち邪魔するために、嘘ついたってこと?」

「そう、だと思います多分」

 多分とは言ったが、確信していた。久遠はトーストの最後の一欠片を食べ切って、まとまりのない思考をそのまま口にした。

「で、そうなると……多分……。向こうは私の顔分かってるので……初めて再会したのは霧島さんのバーでしたけど、そこでありすさんはびっくりしてるはずなんですよね。私がいたから。で、今はなぜか神永一織の部下やってるって知って……それで、出会ってその日のうちに合コンに誘ってきたのは、」

「他に男作らせるため?」

 神永が結論を代弁した。そこは仮説に過ぎないので曖昧に頷く。けれど、そうとしか思えなかった。

「でそう、次、さっきの私の謎の彼氏のことですけど……」

 話題が錯綜している。8年間熟成されていた行き違いを網羅的に紐解いていくのは、覚悟がいる作業のようだ。

 久遠が神永に伺うように話を戻すと、神永はコーヒーを飲んでから答えた。食べ始めるのは神永の方が遅かったのに、とっくに彼のプレートは空になっていた。

「ね、なんで俺もそう思い込んでたんだろって考えてみたんだけどさ……驚かせていい?」

 なかなかハードルを上げてくる前置きに、久遠はちょっと吹き出す。その反応に、神永は満足げな様子だ。

「そういえばそれも、ありすだ」

「……ん?どういうことですか?」

 神永は腕を組んで椅子の背にもたれると、天井を仰いだ。

「8年前、俺が久遠たちの会話聞いちゃってからしばらくだいぶ落ち込んでたんだけど……あこれ責めてない、今責めてないよ。でもいつまでも落ちてても久遠戻ってきてくれるわけじゃないしと思って、会いに行こうとしたんだよ」

 それは、いつ頃の話なんだろう。久遠が知らない彼側の過去が明かされていくと、久遠の凝り固まった思い込みの世界がぺりぺりと作り替えられていくのを感じる。久遠が作っていた世界では、その時期の一織は、既に久遠を忌み嫌っていた。

「卒業前に登校して。ちょうど久遠見つけたから、校門のところで話しかけようとしたんだ。でもその前に、ありすに話しかけられて」
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