【完結】僕ら二度目のはじめまして ~オフィスで再会した、心に残ったままの初恋~

葉影

文字の大きさ
101 / 104
最終章

101話:交際発表

 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

「「「かんぱーーい!!」」」

 久遠が復帰した水曜日。谷口の提案で、飲み会が計画された。久遠の復帰祝いという名目で、谷口がチームのほとんどのメンバーを招集してくれたのだ。


 同日昼休み、谷口は集まれる人数で予約を取ってくれると言って、周囲に声をかけていた。当然、チーム長である神永にも声はかかった。

「チーム長もどうっすか? ほら、久遠さんの新歓来られなかったじゃないすか。チーム長もさすがに久遠さんと親睦深めた方がいいっすよ~」

 その言葉を聞いた瞬間、彼がふっと吹き出すのが、久遠には見えた。手元の資料に目を落としたままだったので、恐らく久遠以外には気づかれない程度の反応だったと思う。

 彼は小さく咳払いをして普段の声色に調整し、穏やかに承諾した。

「いいね。今日は行こうかな。俺も、小島さんともっと仲良くなりたいし」

 彼の白々しさに気づかない谷口は、神永の快諾に「おおっ!」と意外そうな声を上げ、すぐに「早速店予約しますね!」と、弾んだ足取りで電話をかけに向かった。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 退勤後、ほとんどのメンバーを揃えて集まることができたのは、会社近くの賑やかな居酒屋だった。壁には手書きのお品書きが並び、揚げ物の香ばしい匂いとジョッキが触れ合う音が満ちている。

 わらわらと席に着く際、神永がごく自然に、「小島さん」と声をかけて自らの隣の席をトントンと叩いた。神永の意外な行動に、周囲の空気が「え?」と止まった気がしたけれど、彼らからすれば、職場復帰したばかりの派遣社員をチーム長が気遣っているだけにも見えたのだろう。特に騒ぎになることはなかった。

 ただ、みんなの視線にはハラハラとした不安が透けて見えてた。それもそのはず、神永と久遠についてこれまで彼らが目にしてきたのは、業務連絡以外に会話を交わさず、どこかぎこちない空気を漂わせる相性の悪そうな2人の姿だけなのだ。
 この飲み会は無事盛り上がるのだろうか?そこはかとなく周囲から向けられるそんな不安を、神永も察していたかどうかは分からない。彼はただ、にこやかに、向かいの席の谷口と話していた。

 宴が始まれば、お酒の力もあって会話は弾んでいった。神永はいつもの爽やかな笑顔で、楽しそうに、差し出されるお酒を煽っている。久遠も、左隣にいる溝口がたくさん話題を振ってくれたので、普段話さない人とも話すことができた。

 宴もたけなわとなり、みんながすっかり酔い始めた頃。谷口が、彼と神永の間の"恒例"らしい質問を投げかけた。

「……だから結局、チーム長は彼女いるんすか、いないんすか?」

 酒は強いがその分何杯も飲んで既にへべれけの谷口に絡まれ、神永がふっと笑う。

 ここで、いつもの神永なら、「プライベートまで報告する義務はないよ」なんてはぐらかしてきたみたいだ。けれど、今日は違った。

 谷口がわざと恭しくついできたビールを一口飲むと、神永はあっさりと答えた。

「いるよ」

「あーもーまたそうやっ……って、えぇぇぇ!?」

 今日もはぐらかされる前提でいた谷口が、ひっくり返りそうな声を上げる。

 神永が答えた瞬間、また始まったよと呆れ半分だった周囲の注意も一気に神永と谷口に向いた。

「え、だ、誰っすか!? ガチで言ってるんすか?」 

「ヒント。みんなも知ってる人だよ」 

「あ! やっぱそうですよね!? あれですよね、受付の天使、有須さん!」

 先週社会全体を騒がせた画像流出事件の全貌は、一般の社員に対しては明かされていない。ありす自身が関与しているということまで知っているのは、神永、久遠、部長と、その部長が報告したらさらに上の層だけなのだ。ありすについての真相を知らない谷口は、その名前を無邪気に出した。

 神永は、そんな谷口に「不正解」と微笑み、さらに言葉を重ねる。

「もう少しヒント。もっとみんなが知ってる人」

 神永がそう言うので、隣の席で久遠は視線を泳がせる。

 えっ……まさか、バラすつもり?

 その予感に心臓がうるさく跳ね、久遠はおしぼりを握りしめてどぎまぎする。

 たしかに、彼と内緒にするなんて決まりは作っていない。けれど、チームに発表するという話もしていない。

 ――あれ?いや、そうだ……。

 久遠はここで一つ、神永との会話を思い出した。日曜日に、彼の家で二度目の朝ごはんを食べていた時に話した内容だ。

 谷口は、久遠の異変に気づく様子もなく頭を抱えた。

「えええ、マジで誰っすか。受付嬢の人じゃないならもう思いつかない。ねえ教えてくださいよ、気になって寝られないっすよ今夜!誰が、こんな美しい人と付き合えるんすか?気になりすぎる」

 食い付きのいい谷口に、"美しい人"が楽しそうに口角を上げる。「本当にわかんない? 降参?」と言ってじりじりと谷口を追い詰める彼の姿を見ると、この人は本当に人の反応をおもちゃにするのが好きなんだなと分かり、いつもおもちゃにされている身としてちょっと谷口に同情する。

 ――と、その瞬間。 

 テーブルの下で、神永の大きな手が、当たり前みたいに久遠の手を握った。

 驚いて神永を盗み見るが、彼は平然とした顔をしている。彼の親指が、久遠の手の甲をゆっくりとなぞる。そんな彼の目線は、1人で楽しそうに頭を抱える谷口の方に向けたままだ。

 手の甲を撫でる感触があまりに想定外で、久遠の顔は真っ赤に染まった。

「降参っす。教えてくださいチーム長」

 谷口の問いに対する神永の反応を待つのは、谷口だけじゃない。チーム全体の意識が神永に向いていた。そして、久遠も。久遠としても、神永の意向が分かっていなかったからだ。

 そして、見つめられる中で、神永がとうとう口を開いた。

「正解は……小島久遠さんでした」

「……はぁっ!?」

「え!」「え?」「久遠ちゃんが!?」

 谷口くんの、今日一番の絶叫が店内に響き渡った。

 他のみんなも驚きのあまりジョッキを落としそうになったり、呆然と口を開けたりしている。 

 誰にでも親切な神永が、唯一打ち解けていなかった新米が神永と恋仲になっている。その事実は、チームメンバーにとって天変地異に近い衝撃だったはずだ。

 久遠は久遠で、言葉にならない声で口をパクパクさせながら隣の男を見ている。彼はにっこりと久遠に微笑み返すだけだった。

 日曜日の朝に彼が言っていたのは、こういうことだったのか……。

『俺、ほんとに久遠がいないとだめなんだよ』
『うーん……の割には、だいぶ成功してるけど……。その歳でチームリーダーやってて』
『ああ……まあ、仕事しかすることなかったからね』
『そんなにモテるのに?』
『モテるのと恋人ができるのとは違うよ。高嶺の花だからさ俺』
『あ、一織くんって、そういう自覚あったんだ』
『さすがにね。小さい頃からジロジロ見られたらね。……あでも、今回は俺たちの関係隠したくないな』
『そうなの?』
『うん。だって……もしあの時俺たちに共通の知り合いがいたら、俺たちの関係のこと話せる人とかいたら、こんなにすれ違ってなかったと思うんだ。だから今回は、周知して……環境から埋める。勘違いの余地を』
『おお……なるほど』

 おおなるほど、と言いながら、あまり理解できていなかったみたいだ。まさかこんなに早く公表されるとは思っていなかった。

 久遠の頬の熱さは限界に達している。それが面白いのか、谷口はニヤニヤと久遠と神永を交互に見た。

「いや~約2ヶ月で派遣さんとちゃっかり……チーム長、やるときゃやるんすね! いやそりゃそうか、こんなイケメンだったらそうかー!」

 お酒の力で普段よりうるさ――興奮気味な谷口を見て、神永くんはくすくすと愉快そうに笑っている。久遠はというと、注がれる注目や祝福に耐えられず、石のように固まっていた。

 高校時代は、自分たちの関係を誰にも明かしたことがない。こうして第三者に自分たちの関係を直接知られるという経験がないため、その恥ずかしさは未経験なのだ。

「2ヶ月じゃないんだ。実は、高校の時付き合っててね。再会できたから、また告白したんだ。俺が」

 神永はそう言って、テーブルの下で繋いでいた2人の手を、ひょいっとみんなの見える場所まで掲げてみせた。 指を絡め合った私たちの手が、居酒屋の照明の下で晒される。

「「「ええええええええ!!!」」」

 谷口を筆頭とした絶叫が、賑やかな店内を完全に制圧した。
感想 0

あなたにおすすめの小説

竜喚び聖女は捨てられた竜騎士を救いたい!

待鳥園子
恋愛
喚んでも来ない竜を一年ほど待ち続けて、それが原因で婚約者にも捨てられた竜騎士ジェイド・ロンバルディ。 そんな彼の竜を喚ぶことが出来れば『竜喚び聖女』を辞めて良いという約束を取り付けたラヴィ二アは、なんとか喚び出すために双方とも服を脱ぎ接触面を増やし、自らの竜喚びの能力を高めたいとジェイドに提案する。 しかし、真面目で堅物な竜騎士ジェイドは、これをすぐには無理と拒否。二人の目的のためにはどうしてもこれが必要だと、聖女を辞めたいラヴィ二アは、なんとか彼を説得しようとするのだが……。 普通の貴族令嬢に戻りたい訳ありセクハラ聖女と真面目堅物な不憫竜騎士の脱ぐか脱がないかのギリギリ攻防戦ラブコメ。

【完結】あなた専属になります―借金OLは副社長の「専属」にされた―

七転び八起き
恋愛
『借金を返済する為に働いていたラウンジに現れたのは、勤務先の副社長だった。 彼から出された取引、それは『専属』になる事だった。』 実家の借金返済のため、昼は会社員、夜はラウンジ嬢として働く優美。 ある夜、一人でグラスを傾ける謎めいた男性客に指名される。 口数は少ないけれど、なぜか心に残る人だった。 「また来る」 そう言い残して去った彼。 しかし翌日、会社に現れたのは、なんと店に来た彼で、勤務先の副社長の河内だった。 「俺専属の嬢になって欲しい」 ラウンジで働いている事を秘密にする代わりに出された取引。 突然の取引提案に戸惑う優美。 しかし借金に追われる現状では、断る選択肢はなかった。 恋愛経験ゼロの優美と、完璧に見えて不器用な副社長。 立場も境遇も違う二人が紡ぐラブストーリー。

ベンチャーCEOの想い溢れる初恋婚 溺れるほどの一途なキスを君に

犬上義彦
恋愛
『御更木蒼也(みさらぎそうや)』 三十歳:身長百八十五センチ 御更木グループの御曹司 創薬ベンチャー「ミサラギメディカル」CEO(最高経営責任者) 祖母がスイス人のクオーター 祖父:御更木幸之助:御更木グループの統括者九十歳 『赤倉悠輝(あかくらゆうき)』 三十歳:身長百七十五センチ。 料理動画「即興バズレシピ」の配信者 御更木蒼也の幼なじみで何かと頼りになる良き相棒だが…… 『咲山翠(さきやまみどり)』 二十七歳:身長百六十センチ。 蒼也の許嫁 父:咲山優一郎:国立理化学大学薬学部教授 『須垣陸(すがきりく)』 三十四歳:百億円の資金を動かすネット投資家 ************************** 幼稚園教諭の咲山翠は 御更木グループの御曹司と 幼い頃に知り合い、 彼の祖父に気に入られて許嫁となる だが、大人になった彼は ベンチャー企業の経営で忙しく すれ違いが続いていた ある日、蒼也が迎えに来て、 余命宣告された祖父のために すぐに偽装結婚をしてくれと頼まれる お世話になったおじいさまのためにと了承して 形式的に夫婦になっただけなのに なぜか蒼也の愛は深く甘くなる一方で ところが、蒼也の会社が株取引のトラブルに巻き込まれ、 絶体絶命のピンチに みたいなお話しです

フリーランスエンジニアの優しすぎる無償の愛

咲妃-saki-
恋愛
26歳OLの木崎茉莉は人生のどん底にいた。上手くいかないことに慣れ、心を凍らせることで自分を守る毎日に絶望した茉莉は、雨の夜に思わず人生の終わりを願ってしまう。そんな茉莉に手を差し伸べたかっこいい彼。茉莉は、なぜか無償の愛のような優しさをくれる不思議な男性に少しずつ救われ、前を向いていく。けれど、疑ってしまうほど親切な彼には、親切であり続ける理由があって……。雨の夜の出会いがもたらした、優しくも切ない物語。

不遇な令嬢は次期組長の秘めたる溺愛に絡め取られる。

翼 うみ
恋愛
父の会社を立て直す交換条件のため、ほぼ家族に身売りされた形で関東最大級の極道・桜花組の次期組長に嫁入りしたジェシカ。しかし母を亡くして以降、義母と義妹に虐げられていたジェシカは実家を出られるなら、と前向きだった。夫となる和仁には「君を愛することはない」と冷たく突き放される。それでもジェシカは傷つくことはなく、自分にできることを探して楽しんでいた。 和仁には辛い過去がありそれ故に誰のことも愛さないと決めていたが、純真で健気なジェシカに段々と惹かれてゆき――。 政略結婚から始まる溺愛シンデレラストーリー。

最強の騎士団長に嫁いだ偽りの公爵令嬢は、溺愛から逃げられない

花瀬ゆらぎ
恋愛
囚われた弟を救うため、貧民育ちのリーゼは公爵令嬢になりすまし、騎士団長シルヴィオに嫁いだ。 彼女に与えられた任務は、夫を監視すること。 結婚後、新居で待っていたのは、「氷の騎士」と恐れられる無口な夫。 しかし──戦地から帰還した彼は、別人のようにリーゼを溺愛し始めて……!? 「あなたのことを考えない日は一日たりともなかった」 次第にシルヴィオに惹かれていくリーゼ。けれど彼女は知らない。この結婚には、さらなる罠が仕掛けられていることを。 守り守られ真の夫婦を目指す恋愛ファンタジー! ※ヒロインが実家で虐げられるシリアスな展開がありますが、ヒーローによる救済・溺愛へと繋がります。

それは、ホントに不可抗力で。

樹沙都
恋愛
これ以上他人に振り回されるのはまっぴらごめんと一大決意。人生における全ての無駄を排除し、おひとりさまを謳歌する歩夢の前に、ひとりの男が立ちはだかった。 「まさか、夫の顔……を、忘れたとは言わないだろうな? 奥さん」 その婚姻は、天の啓示か、はたまた……ついうっかり、か。 恋に仕事に人間関係にと翻弄されるお人好しオンナ関口歩夢と腹黒大魔王小林尊の攻防戦。 まさにいま、開始のゴングが鳴った。 まあね、所詮、人生は不可抗力でできている。わけよ。とほほっ。

【完結】育てた後輩を送り出したらハイスペになって戻ってきました

藤浪保
恋愛
大手IT会社に勤める早苗は会社の歓迎会でかつての後輩の桜木と再会した。酔っ払った桜木を家に送った早苗は押し倒され、キスに翻弄されてそのまま関係を持ってしまう。 次の朝目覚めた早苗は前夜の記憶をなくし、関係を持った事しか覚えていなかった。