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第三章 魔族姫と白髪の聖女編
45:狼の牙の先
エレナとサラマンダーがパーティ会場へ向かえば、そこは阿鼻叫喚であった。城の召使達が顔を真っ青にして渡り廊下やら階段を右往左往している。兵士達が慌てふためいている貴族達を落ち着かせようと声を荒げていた。そしてその中心にいるのは白い正装に身を包んだ医師達とノームの実父でありシュトラール国王であるヘリオスだ。
「サラマンダー殿下、もう下ろしていただいて大丈夫です。ここまで運んでいただいて助かりました」
「……傷はいいのか?」
エレナの傷は先程よりも出血は少なくなっているが、未だに見れたものではない。エレナは顔を歪めつつも強がって頷いた。そうしてサラマンダーに地面に下ろしてもらうと覚束ない足取りで歩きだす。サラマンダーはそんなエレナにハラハラした。
「お、おい、まだフラフラじゃねぇか! 聞いてるのか!? ……ああもう、クソ! ほら、支えてやるから!」
「っ!」
見ていられなくなって、エレナの腰に腕を回しその手を握った。エレナは意を突かれたような表情を浮かべたが、弱弱しく微笑む。そんな彼女にサラマンダーは頬が一気に熱くなった。エレナはサラマンダーに支えられながら、ひとまずノームとイゾウの方まで歩いていく。彼らは何故か揉めていた。
「──だから、今すぐに余はヘレンを探しに行くと言っているだろう! 彼女に何かあれば、余は……!」
「冷静になってください殿下! この私が代わりに城中を隈なく探しに行くと──殿下、一度深呼吸をして背後をご覧ください」
イゾウの言葉にノームが怪訝な顔つきで振り向く。そしてエレナとバッチリ目が合うと、すぐさま彼女の方へ駆けた。彼は一瞬安堵したように笑みを溢したが、エレナの隣の存在に再度顔を顰める。
「サラマンダーっ! お前、ヘレンに何かしたのか!?」
ノームはサラマンダーにそう言って鋭い視線を送ったが、エレナがすぐにそれを否定した。
「ノーム、サラマンダー殿下は私をここまで運んでくれただけだよ」
「!? サラマンダーがヘレンを運んだ、だと? ……いや、今はそんなことどうでもいい。ヘレン、お前の傷はもしかしてグリッドウルフに噛まれたのか?」
そんなノームの言葉にエレナは目を丸くする。どうして彼がグリッドウルフの事を知っているのだろうか。
「その口ぶりからして、もしかしてここにもグリッドウルフが現れたの?」
「あぁ。二匹、突然会場に現れて枢機卿を襲ったんだ。咄嗟にシルフが狼の首を切ったが、彼は──」
ノームの視線を辿り、エレナは言葉を失った。会場の中心、先程は医師の影に隠れて見えなかったが、今の位置だとそれが見える。そこには肩から大量の血を流す枢機卿が横たわっていたのだ。
ヘリオスが落ち着かない様子でそんな枢機卿を眺めていた。それは無理もないことだろう。枢機卿は大陸中で権威を持つ人間だ。そんな人間が自国のパーティで大怪我を負う──いや、あの様子からして枢機卿は瀕死状態──死亡させてしまったとしたら大陸中の恩恵教信者達はヘリオスをどう思うだろうか。ヘリオスの命で責任を取れと暴走するかもしれない。
エレナは唾を飲み込む。枢機卿は口を開けたまま、ピクピクと痙攣していた。彼を囲っている医師にも出来ることは限られている。このままでは彼は確実に死亡するだろう。
だが。
(──私には、彼を救う力が、ある……)
エレナは己の手を見た。そしてぐっとそれを握りしめる。しかしその手をノームが覆った。
「っ、ノーム?」
「駄目だエレナ」
「!」
ノームはそうエレナに囁くと、サラマンダーに視線を移す。
「サラマンダー。どういうつもりか知らないが、余のヘレンをここまで運んできてくれたことには礼を言おう。有難うな。しかしここから余が彼女を支える。ヘレン、こっちに来るんだ」
「っ、……」
「ちょっとノーム? どうしたの急に、」
ノームはエレナを人気のないバルコニーまで連れていくと、彼女の腕の傷を見た。そうして今にも泣きそうな表情を浮かべ、俯く。
「すまない、エレナ。本当にすまない。余が、お前から離れたばかりに……っ。君の父上に、君の無事を誓ったというのに……!!」
「ちょ、何言っているのノームっ! 顔を上げてよ。この傷は貴方のせいなんかじゃない。勝手に会場を飛び出したのは私の方なんだから! ねぇ、それよりもノーム、私は……」
「枢機卿を治癒するつもりなんだろう?」
「!」
エレナは己の考えがバレていた事に驚く。ノームはそんなエレナの肩を掴んだ。
「エレナ、お前は転移魔法で今からテネブリスに帰るんだ」
「え、どうして!?」
「どうしても何も、お前をこれ以上巻き込めるか。お前が治癒魔法を使ってしまったら国は徹底的にお前を調べ上げる。誰も治癒魔法なんて奇跡を操る人間がいると予想もしていなかったのだからな。その過程で必ずお前がエレナだということもバレてしまうだろう。だから今のうちに帰れ」
「……っ、でも、枢機卿は……っ」
エレナは瞼の裏に血だらけの枢機卿の姿をはっきりと見る。そしてエレナが聖女だった頃に優しく話しかけてくれた彼の笑顔も。その笑顔はエレナが「聖女だったから」向けられたに過ぎないだろう。だが、聖女として右も左も分からなかった幼いエレナの支えだったことは事実だ。そんな彼が、死にかけている。そしてエレナには彼を救う力がある。それならば──例えそれが自分を破滅へ追い込む愚かな事だとしても──
(──この手に届く範囲で救える人なら、救いたいじゃない。面倒ごとに自分から飛びこんでいってることは私自身が一番分かってる! でも、それでも、私は彼を救いたい)
エレナは真っ直ぐノームを見上げた。彼はそのエレナの瞳に釘を刺す様に「帰るんだ」と言う。エレナはそんなノームに微笑した。
「もしもこのままテネブリスに帰ったら……私は一生、彼が亡くなった事に負い目を感じるようになる。ノームは私にそんな大きな後悔を背負わせたいの?」
「っ、何を言っている。お前が責任を負う必要はない! それに治癒魔法はお前にかなり負担を掛けるのだろう? ただでさえその腕の傷が酷いというのに、これ以上お前が苦しむなんて余は耐えられない。頼む、エレナ。テネブリスに帰ってくれ……」
「ノーム。私は大丈夫だよ。貴方に心配を掛けてしまっていることは分かってる。でも、でもね……それでも私は目の前で救える人を見捨てたくない。この力がある限り、私は貴方を押し倒してでも彼を治癒しに行くと思う」
「……っ、エレナ、余は……」
「お願い。我儘で馬鹿な私を傍で見守っていてノーム。私は、貴方が傍にいると思うとどんな苦痛にも耐えられるの」
「っ、」
ノームはぐっと両眉を寄せ合い、口を開閉させる。そうしてしばらく黙り込むと──大きなため息を溢した。
「余はもう魔王殿に顔向けできないではないか……」
「大丈夫! パパも分かってくれるよ。よし、さっさと枢機卿を治してテネブリスに帰らないとね!」
そう空元気を出すエレナにノームの顔色が晴れることはない。彼女の身体を支えながら、彼女の愚かな我儘を突き通す覚悟を決めたのだった……。
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