黄金の魔族姫

風和ふわ

文字の大きさ
45 / 145
第三章 魔族姫と白髪の聖女編

45:狼の牙の先


 エレナとサラマンダーがパーティ会場へ向かえば、そこは阿鼻叫喚であった。城の召使達が顔を真っ青にして渡り廊下やら階段を右往左往している。兵士達が慌てふためいている貴族達を落ち着かせようと声を荒げていた。そしてその中心にいるのは白い正装に身を包んだ医師達とノームの実父でありシュトラール国王であるヘリオスだ。

「サラマンダー殿下、もう下ろしていただいて大丈夫です。ここまで運んでいただいて助かりました」
「……傷はいいのか?」

 エレナの傷は先程よりも出血は少なくなっているが、未だに見れたものではない。エレナは顔を歪めつつも強がって頷いた。そうしてサラマンダーに地面に下ろしてもらうと覚束ない足取りで歩きだす。サラマンダーはそんなエレナにハラハラした。

「お、おい、まだフラフラじゃねぇか! 聞いてるのか!? ……ああもう、クソ! ほら、支えてやるから!」
「っ!」

 見ていられなくなって、エレナの腰に腕を回しその手を握った。エレナは意を突かれたような表情を浮かべたが、弱弱しく微笑む。そんな彼女にサラマンダーは頬が一気に熱くなった。エレナはサラマンダーに支えられながら、ひとまずノームとイゾウの方まで歩いていく。彼らは何故か揉めていた。

「──だから、今すぐに余はヘレンを探しに行くと言っているだろう! 彼女に何かあれば、余は……!」
「冷静になってください殿下! この私が代わりに城中を隈なく探しに行くと──殿下、一度深呼吸をして背後をご覧ください」

 イゾウの言葉にノームが怪訝な顔つきで振り向く。そしてエレナとバッチリ目が合うと、すぐさま彼女の方へ駆けた。彼は一瞬安堵したように笑みを溢したが、エレナの隣の存在に再度顔を顰める。

「サラマンダーっ! お前、ヘレンに何かしたのか!?」

 ノームはサラマンダーにそう言って鋭い視線を送ったが、エレナがすぐにそれを否定した。

「ノーム、サラマンダー殿下は私をここまで運んでくれただけだよ」
「!? サラマンダーがヘレンを運んだ、だと? ……いや、今はそんなことどうでもいい。ヘレン、お前の傷はもしかしてグリッドウルフに噛まれたのか?」

 そんなノームの言葉にエレナは目を丸くする。どうして彼がグリッドウルフの事を知っているのだろうか。

「その口ぶりからして、もしかしてここにもグリッドウルフが現れたの?」
「あぁ。二匹、突然会場に現れて枢機卿を襲ったんだ。咄嗟にシルフが狼の首を切ったが、彼は──」

 ノームの視線を辿り、エレナは言葉を失った。会場の中心、先程は医師の影に隠れて見えなかったが、今の位置だとが見える。そこには肩から大量の血を流す枢機卿が横たわっていたのだ。
 ヘリオスが落ち着かない様子でそんな枢機卿を眺めていた。それは無理もないことだろう。枢機卿は大陸中で権威を持つ人間だ。そんな人間が自国のパーティで大怪我を負う──いや、あの様子からして枢機卿は瀕死状態──死亡させてしまったとしたら大陸中の恩恵教信者達はヘリオスをどう思うだろうか。ヘリオスの命で責任を取れと暴走するかもしれない。
 エレナは唾を飲み込む。枢機卿は口を開けたまま、ピクピクと痙攣していた。彼を囲っている医師にも出来ることは限られている。このままでは彼は確実に死亡するだろう。

 だが。

(──私には、彼を救う力が、ある……)

 エレナは己の手を見た。そしてぐっとそれを握りしめる。しかしその手をノームが覆った。

「っ、ノーム?」

「!」

 ノームはそうエレナに囁くと、サラマンダーに視線を移す。

「サラマンダー。どういうつもりか知らないが、ヘレンをここまで運んできてくれたことには礼を言おう。有難うな。しかしここから余が彼女を支える。ヘレン、こっちに来るんだ」
「っ、……」
「ちょっとノーム? どうしたの急に、」

 ノームはエレナを人気のないバルコニーまで連れていくと、彼女の腕の傷を見た。そうして今にも泣きそうな表情を浮かべ、俯く。

「すまない、エレナ。本当にすまない。余が、お前から離れたばかりに……っ。君の父上に、君の無事を誓ったというのに……!!」
「ちょ、何言っているのノームっ! 顔を上げてよ。この傷は貴方のせいなんかじゃない。勝手に会場を飛び出したのは私の方なんだから! ねぇ、それよりもノーム、私は……」
「枢機卿を治癒するつもりなんだろう?」
「!」

 エレナは己の考えがバレていた事に驚く。ノームはそんなエレナの肩を掴んだ。

「エレナ、お前は転移魔法で今からテネブリスに帰るんだ」
「え、どうして!?」
「どうしても何も、お前をこれ以上巻き込めるか。お前が治癒魔法を使ってしまったら国は徹底的にお前を調べ上げる。誰も治癒魔法なんて奇跡を操る人間がいると予想もしていなかったのだからな。その過程で必ずお前がエレナだということもバレてしまうだろう。だから今のうちに帰れ」
「……っ、でも、枢機卿は……っ」

 エレナは瞼の裏に血だらけの枢機卿の姿をはっきりと見る。そしてエレナが聖女だった頃に優しく話しかけてくれた彼の笑顔も。その笑顔はエレナが「聖女だったから」向けられたに過ぎないだろう。だが、聖女として右も左も分からなかった幼いエレナの支えだったことは事実だ。そんな彼が、死にかけている。そしてエレナには彼を救う力がある。それならば──例えそれが自分を破滅へ追い込む愚かな事だとしても──

(──この手に届く範囲で救える人なら、救いたいじゃない。面倒ごとに自分から飛びこんでいってることは私自身が一番分かってる! でも、それでも、私は彼を救いたい)

 エレナは真っ直ぐノームを見上げた。彼はそのエレナの瞳に釘を刺す様に「帰るんだ」と言う。エレナはそんなノームに微笑した。

「もしもこのままテネブリスに帰ったら……私は一生、彼が亡くなった事に負い目を感じるようになる。ノームは私にそんな大きな後悔を背負わせたいの?」
「っ、何を言っている。お前が責任を負う必要はない! それに治癒魔法はお前にかなり負担を掛けるのだろう? ただでさえその腕の傷が酷いというのに、これ以上お前が苦しむなんて余は耐えられない。頼む、エレナ。テネブリスに帰ってくれ……」
「ノーム。私は大丈夫だよ。貴方に心配を掛けてしまっていることは分かってる。でも、でもね……それでも私は目の前で救える人を見捨てたくない。この力がある限り、私は貴方を押し倒してでも彼を治癒しに行くと思う」
「……っ、エレナ、余は……」
「お願い。我儘で馬鹿な私を傍で見守っていてノーム。私は、貴方が傍にいると思うとどんな苦痛にも耐えられるの」
「っ、」

 ノームはぐっと両眉を寄せ合い、口を開閉させる。そうしてしばらく黙り込むと──大きなため息を溢した。

「余はもう魔王殿に顔向けできないではないか……」
「大丈夫! パパも分かってくれるよ。よし、さっさと枢機卿を治してテネブリスに帰らないとね!」

 そう空元気を出すエレナにノームの顔色が晴れることはない。彼女の身体を支えながら、彼女の愚かな我儘を突き通す覚悟を決めたのだった……。
感想 35

あなたにおすすめの小説

召喚聖女に嫌われた召喚娘

ざっく
恋愛
闇に引きずり込まれてやってきた異世界。しかし、一緒に来た見覚えのない女の子が聖女だと言われ、亜優は放置される。それに文句を言えば、聖女に悲しげにされて、その場の全員に嫌われてしまう。 どうにか、仕事を探し出したものの、聖女に嫌われた娘として、亜優は魔物が闊歩するという森に捨てられてしまった。そこで出会った人に助けられて、亜優は安全な場所に帰る。

聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる

夕立悠理
恋愛
 ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。  しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。  しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。 ※小説家になろう様にも投稿しています ※感想をいただけると、とても嬉しいです ※著作権は放棄してません

冤罪で殺された聖女、生まれ変わって自由に生きる

みおな
恋愛
聖女。 女神から選ばれし、世界にたった一人の存在。 本来なら、誰からも尊ばれ大切に扱われる存在である聖女ルディアは、婚約者である王太子から冤罪をかけられ処刑されてしまう。 愛し子の死に、女神はルディアの時間を巻き戻す。 記憶を持ったまま聖女認定の前に戻ったルディアは、聖女にならず自由に生きる道を選択する。

確かに愛はあったはずなのに

篠月珪霞
恋愛
確かに愛はあったはずなのに。 それが本当にあったのかすら、もう思い出せない──。

召喚とか聖女とか、どうでもいいけど人の都合考えたことある?

浅海 景
恋愛
水谷 瑛莉桂(みずたに えりか)の目標は堅実な人生を送ること。その一歩となる社会人生活を踏み出した途端に異世界に召喚されてしまう。召喚成功に湧く周囲をよそに瑛莉桂は思った。 「聖女とか絶対ブラックだろう!断固拒否させてもらうから!」 ナルシストな王太子や欲深い神官長、腹黒騎士などを相手に主人公が幸せを勝ち取るため奮闘する物語です。

巻き込まれではなかった、その先で…

みん
恋愛
10歳の頃に記憶を失った状態で倒れていた私も、今では25歳になった。そんなある日、職場の上司の奥さんから、知り合いの息子だと言うイケメンを紹介されたところから、私の運命が動き出した。 懐かしい光に包まれて向かわされた、その先は………?? ❋相変わらずのゆるふわ&独自設定有りです。 ❋主人公以外の他視点のお話もあります。 ❋気を付けてはいますが、誤字脱字があると思います。すみません。 ❋基本は1日1話の更新ですが、余裕がある時は2話投稿する事もあります。

【完結】聖女召喚に巻き込まれたバリキャリですが、追い出されそうになったのでお金と魔獣をもらって出て行きます!

チャらら森山
恋愛
二十七歳バリバリキャリアウーマンの鎌本博美(かまもとひろみ)が、交差点で後ろから背中を押された。死んだと思った博美だが、突如、異世界へ召喚される。召喚された博美が発した言葉を誤解したハロルド王子の前に、もうひとりの女性が現れた。博美の方が、聖女召喚に巻き込まれた一般人だと決めつけ、追い出されそうになる。しかし、バリキャリの博美は、そのまま追い出されることを拒否し、彼らに慰謝料を要求する。 お金を受け取るまで、博美は屋敷で暮らすことになり、数々の騒動に巻き込まれながら地下で暮らす魔獣と交流を深めていく。

偽聖女として私を処刑したこの世界を救おうと思うはずがなくて

奏千歌
恋愛
【とある大陸の話①:月と星の大陸】 ※ヒロインがアンハッピーエンドです。  痛めつけられた足がもつれて、前には進まない。  爪を剥がされた足に、力など入るはずもなく、その足取りは重い。  執行官は、苛立たしげに私の首に繋がれた縄を引いた。  だから前のめりに倒れても、後ろ手に拘束されているから、手で庇うこともできずに、処刑台の床板に顔を打ち付けるだけだ。  ドッと、群衆が笑い声を上げ、それが地鳴りのように響いていた。  広場を埋め尽くす、人。  ギラギラとした視線をこちらに向けて、惨たらしく殺される私を待ち望んでいる。  この中には、誰も、私の死を嘆く者はいない。  そして、高みの見物を決め込むかのような、貴族達。  わずかに視線を上に向けると、城のテラスから私を見下ろす王太子。  国王夫妻もいるけど、王太子の隣には、王太子妃となったあの人はいない。  今日は、二人の婚姻の日だったはず。  婚姻の禍を祓う為に、私の処刑が今日になったと聞かされた。  王太子と彼女の最も幸せな日が、私が死ぬ日であり、この大陸に破滅が決定づけられる日だ。 『ごめんなさい』  歓声をあげたはずの群衆の声が掻き消え、誰かの声が聞こえた気がした。  無機質で無感情な斧が無慈悲に振り下ろされ、私の首が落とされた時、大きく地面が揺れた。