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第三章 魔族姫と白髪の聖女編
46:黄金の光に惹かれる者達
もう駄目だ、と男は思った。自分はもうすぐ死ぬと悟ったのだ。
微かな意識の中で思い出すのは幼い頃の記憶だ。幼かった男が瀕死の重傷を負った時、それを魔法であっという間に治癒してみせた女性がいた。治癒魔法を使える人間なんてこの世にいるわけがない。故に、彼女は女神だったのだろうと男は確信している。彼女の金髪が数十年経った今でもはっきりと思い出せるくらいには彼の脳裏に焼き付いていた。
──『もし、私に恩を返したいならば……そうね、私が救った貴方のこれからの未来は誰かを笑顔にしたり、助けることに使ってくださいな。勿論、貴方自身も幸せになりなさいね。それが私の望みなのだから』
自分を救ってくれた金髪の女神のその言葉を聞いた瞬間から、男は誰かを救うことだけを考えてきた。それが自分が愛してやまない女神への恩返しに繋がることを信じて。一心不乱で人を救い続けた男はいつしか、こう呼ばれるようになった。
──『枢機卿』、と。
***
「──しっかりしてください! 猊下!!」
「──……、」
枢機卿はどこかで聞いたことのある声に重たい瞼を持ち上げる。そこにいたのはヘレンという偽りの姿をしたエレナだった。声は聞いたことはあるものの、変装した彼女の正体には気付かない枢機卿は眉を顰める。
「きみ、は……」
「っ! よかった、意識が戻られたのですね。申し訳ございません、そのまま踏ん張り続けてください! 何があっても、私が貴方を治癒してみせますから!!」
「……!」
エレナの強い言葉に枢機卿は目を丸くした。その背後ではシュトラール国王のヘリオスがエレナに指を指して「さっさと取り押さえろ!」と叫んでいる。彼女は後ろから国の兵士達に抑えられた。
「あっ!」
「!」
兵士達に髪を掴まれたことにより、エレナのウィッグが外れる。その美しい金髪が晒されたのだ。それを見たレイナが大きな声を上げる。
「あっ! アンタは元聖女の──!!」
エレナは兵士達に抑えられながらも、その瞳を真っ直ぐに枢機卿に向けていた。揺れるエレナの金髪に枢機卿の瞳が限界まで開かれる。その金髪には、見覚えがある。だってそれは、彼が長年追い求めてきたものだったのだから──!
「猊下! たった一言でいいのです! 私に貴方を治癒させてください! 私、治癒魔法が使えるんです! だからどうか──!」
「ええいっ! さっさとその罪人を拘束しろ! 猊下の前から離すんだ!」
「猊下──!!」
「あ……」
枢機卿はエレナに手を伸ばす。そして最後の力を振り絞り、大きく息を吸った。
「私を、この私を、どうかまた救ってください!! 女神様──!!」
「!?」
その場にいた全員が唖然とする。エレナ自身も一瞬硬直したが、兵士が呆けている隙に素早く枢機卿の下へ駆け寄った。
「おい、おい! 兵士よ! 何してる! さっさとあの小娘を、」
「いっ……いいえ父上! 今、猊下はエレナに助けを求めました! それが彼の意思です! ここは彼女に任せるべきだ! 安心してください、彼女は人を癒すことが出来る! 彼女の言っていることは真実なのです!」
癇癪を起こしそうになるヘリオスの前にノームが咄嗟に立ちはだかる。ヘリオスは今まで自分に逆らうことを全くしようともしなかったノームの突然の行動に面を喰らった。兵士達も互いの顔を見合わせて混乱する。
「ノーム! この馬鹿息子が!! 治癒魔法を使える人間がいるはずがなかろう! 魔法を使えるのは聖女か勇者のみ──、」
「──癒せっっっ!!」
そんなヘリオスの声とエレナの呪文が重なった。ノーム以外のその場にいた全員がエレナを見て腰を抜かす。エレナの身体がたちまち目が眩んでしまう程の黄金色の光を纏ったのだ。その光が会場を包んでいく。
エレナは枢機卿の手をしっかり握りしめた。そして魔力を捧げ続ける。枢機卿は彼女の黄金の輝きにただただ涙を流した。
(ぐぅ……っ、やっぱり腕を噛まれたダメージが大きかったのかなっ。序盤からこんなに息苦しいのはマモンの右腕を治した時以来だ……っ!!)
まだ数分しか経っていないというのに、腕が震えはじめる。フラフラとエレナの身体が行き場を失くした。そんなエレナの身体を──ノームが支える!
「エレナ! 大丈夫か!?」
「っ、ノーム……」
「……っ、余に何か出来ることはあるか……っ?」
ノームは心の底から悔しさが滲む声色だった。エレナはそんな彼に笑みを浮かべ──枢機卿へさらに大量の魔力を送る。枢機卿へ魔力が回されていくため、勿論エレナ自身の治癒は疎かになる。エレナの左腕の出血が酷くなっていった。ノームがそれに気づき、さらに顔を歪める。
「エレナ、腕が……っ! 余は、どうしたらいい……? 余は、お前に傷ついてほしくないというのに……っ、……何も出来ないなんて……っ!」
そんなノームの言葉は偶然にも以前マモンの腕を治した際の魔王の言葉に似ていた。こんな状況だというのにエレナの心が躍る。ノームは額に汗が滲んできたエレナの笑みに泣きそうになる。
「言ったでしょ、ノーム。私は貴方が傍にいると、どんな苦痛にも耐えられるって! そのまま私を支えてくれるだけで、私はどこまでも頑張れるよ……っ!!」
エレナは真っ直ぐ枢機卿を目で射抜いた。枢機卿は必死に歯を食いしばりながら痛みに耐えている。
そんなエレナを見て──彼女の後継者であるレイナは爪を噛んだ。己の背後から「あれこそ聖女様かもしれない」という流石に無視できない言葉が聞こえてきたからだ。エレナの光に飲まれそうになっている周囲に声を荒げる。
「ねぇ、ちょっと目を覚ましてよ皆! あの女は魔王に忠誠を誓った魔女よ!? グリッドウルフだってテネブリスの禁断の森に生息している魔物じゃない! きっとあの魔女が狼に枢機卿を襲わせたのよっ! このままじゃあの女の思うつぼ! 魔王の天敵である恩恵教の象徴に恩を着せて混乱させるつもりよ! だから──」
「おい」
レイナはぱっと顔を輝かせる。レイナの肩を掴んだのはサラマンダーだ。今まで比較的友好関係を結んでいた彼が自分をフォローしてくれる。レイナはそう考えたのだ。
しかし。
「てめぇは黙ってろ。そのピィピィ甲高い声は猊下の傷に響く」
「……えっ?」
茫然とするレイナ。サラマンダーはそんな彼女を一睨みすると、再びエレナの光に目を奪われる。レイナはそんなサラマンダーに舌打ちし、今度は自分の婚約者へ目を向けた。
「ねぇ、ウィン様! ウィン様はあたしと同じ考えでしょう!? 一緒にあの女を止めて!!」
ウィンの身体を揺らし、そう訴えるがウィンは動かない。どうしたのかとレイナが彼を見上げれば──
「──嗚呼、なんて美しさ……っ! それでこそ、僕のエレナだ!!」
──と、彼は溢した。その言葉にレイナが口をあんぐり開ける。ウィンは頬を赤らめて、目が血走っていた。そして背筋に走った興奮を表すように己の身体を抱き、にぃっと限界まで口角を上げる。レイナはそんな彼に後ずさった。
──怒りの捌け口がなくなりどうしようもなくなったレイナはもはや黙り込むことしか出来なくなった……。
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