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第1部 エド・ホード
第27話 最終決戦
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迷路のような階段をのぼって、ラベラーズ本館の屋上に出る。時刻は午前零時ちょうど。鉄柵で囲まれた広場には、こないだより大きな魔法円が書かれてあった。
ラルフさんは先に来て待っていた。グングニルはどこですか、と尋ねると、緑の石飾りのネックレスを見せてくれた。
「グングニルもカミラさんのフラガハラのように、首飾りの姿をとるんだよ。エクスカリバーは重いけど、まさか青龍にして連れていくわけにもいかないしね」
僕はリテアのことを思い出した。これから神殿に行って神様を呼べば、また彼女に会えるのだろうか。僕はなんと言えばいいだろう。いったいなんと言うのだろう。昨晩からそんなことばかり考えていた。
「エドくん?」
ラルフさんが心配そうに首をかしげる。そのとき出入口のドアが開いて、
「……リテア?」
「へ?」
現れたのはカミラだった。当然、そんなことはわかっていたはずだった。僕は知らず知らずのうちに、彼女にリテアの姿を重ねていたのかもしれない。あるいは形のない印象のような、ぼやけた母さんのイメージまでも。
「そろったね」
ラルフさんはそう言うと、魔法円の中心に立った。片膝をつき、何かを唱える。魔法円から紫色の光があがり、陽炎のようにめらめらと景色が揺れた。
「下がって」
僕とカミラが言われた通りに後ずさると、
「来たれ、双頭の奇竜」
音もなく巨大な竜が現れた。ここへ来るときにも乗った二つ頭の竜。ナイフのような鱗が月明りを受けて、ぎらぎらと銀色に光っていた。
「乗って」
ラルフさんは手であおぐようにして風を起こし、僕とカミラの体を浮かせた。双頭の竜の背中に乗って、僕らは遥か海の先へと飛んでいった。緊張のせいか、誰も口をきかなかった。カミラが隣で、ときおり何か言いたげな視線をくれたが、僕は何を言えばいいのかわからなかった。
竜はぐんぐん空を昇り、厚い雲のなかへ入っていく。稲光がひらめいて、あたりは身を切るほど寒かったが、竜の背中は温かかった。暗闇のなか、水と光にかき回され、竜が体をくねらせると、重力が反転したかのような錯覚をおぼえた。やがて僕が上空だと思っていたほうへ、竜はゆっくりと下降をはじめた。
「すごい」
「ああ、僕もはじめて見たよ」
二人の言葉に、僕も目をこすって下界を眺める。暗い海の真ん中に、ぼやりと浮かぶ廃神殿があった。まるで遥か宇宙の片隅に、取り残された星のような。海面に浮かぶ殿堂と白い支柱、それ自体が、何かの術式のようだった。
竜が神殿の隅に着地する。降り立ってみると、意外に広い場所だった。全力で走れば一往復もできそうにない。周囲に建つ支柱の配置は、波の浸食のせいかでたらめに見えた。何を描くでもなく、大きさすら不規則に並んでいる。
「ここにエクスカリバーを置いて」
ラルフさんに言われて、石張りの地面に剣をそっと置いた。
「ここにフラガハラ」
カミラも頷いて首飾りに触れる。フラガハラを剣の姿にすると、エクスカリバーから九〇度の位置に置いた。その対角に、ラルフさんがグングニルを置く。
「パラストラは?」
僕が訊くと、ラルフさんは急に苦しそうに口を押えた。
「……逃げろ」
「え?」
ラルフさんが地面に倒れる。たちまち火に入れられたイモのように、肌がまだらに変色していく。必死に吐き気をおさえていると、カミラが大きな悲鳴をあげた。
顔をあげるとグングニルの位置に、赤い顔の魔物が立っていた。
「バリアム公爵」
カミラがフラガハラを取って構える。
「こいつはそんな名だったか」赤い魔物はグングニルをつかんで言った。「この男の肉体は、とっくに私がいただいた。そしてこの死体には青龍が入る」
エクスカリバーが青く発火し、人魂のようになってラルフさんの身体に飛び移った。たちまち火だるまになり、翼をはやして立ちあがると、僕の対角へ移動した。
「四つの神具に四人の魔術者。お前らは天使の人柱となる」
赤い顔の魔物が言った。
「でも一つ足りないじゃない」
カミラが言うと、魔物は僕を指さした。
「最後の霊剣はエド・ホード、その小僧が持っている。すでに三つの真名は明かされた。残るはお前のパラストラだけだ」
「僕は何も持っていない!」
「ぬかせ。代わりに女の命をもらうぞ」
魔物はカミラに槍を飛ばした。
「エド、逃げて!」
カミラが風を起こして押し返す。
「他人の心配をしている暇はないぞ? 地獄に降りし反逆の堕天使、今神をも突き通さん……行くぞ、我が名はルキエル!」
槍がこがね色の光をまとい、地響きを鳴らして風を切り裂く。
「カミラ、真名を唱えろ!」
「それじゃあこいつの思うつぼだよ」
青く燃える翼の天使が、僕に炎を吹きかけた。
「ラルフさん!」
呼びかけてみるが、もう声は届かない。眼を使え。また誰かの声が聞こえる。エルク? テリー? ……父さん? ……母さん? 炎が僕を呑み込んでいく。
「エド!」カミラは叫んで舌打ちをした。「仕方ないね……反逆の民に引導を告げ、悪しき業火に吹きさらせ。創世の風、熾天使の剣。神を迎える銀の風よ。来たれ、アスラ・ル・ミカイル」
「いいぞ、次はお前だ!」
赤い魔物が高らかに叫ぶと、蒼炎の天使はラルフさんの声で唱えた。
「……シェン・ルー・アザエル」
青白い炎が閃光を放ち、僕の身体を内まで燃やした。視界が飛び、胸が張り裂けるほど苦しくなる。母親を殺した。父親を滅した。最愛の人を取り殺した。邪悪な声が頭に響く。大勢の悲鳴がこだまする。うるさい。うるさい。黙れ。黙れ! 僕はこんな火に呑まれはしない。僕は自分自身の存在を赦す。僕はカミラを救わなければいけない。僕は彼女を愛したから。
――眼を使え。
「エド、ダメ!」
最後にカミラの声が聞こえた。
僕はまっさらな気持ちで静かに唱えた。
「神よ来たれ、我が名は、ウリエル」
ラルフさんは先に来て待っていた。グングニルはどこですか、と尋ねると、緑の石飾りのネックレスを見せてくれた。
「グングニルもカミラさんのフラガハラのように、首飾りの姿をとるんだよ。エクスカリバーは重いけど、まさか青龍にして連れていくわけにもいかないしね」
僕はリテアのことを思い出した。これから神殿に行って神様を呼べば、また彼女に会えるのだろうか。僕はなんと言えばいいだろう。いったいなんと言うのだろう。昨晩からそんなことばかり考えていた。
「エドくん?」
ラルフさんが心配そうに首をかしげる。そのとき出入口のドアが開いて、
「……リテア?」
「へ?」
現れたのはカミラだった。当然、そんなことはわかっていたはずだった。僕は知らず知らずのうちに、彼女にリテアの姿を重ねていたのかもしれない。あるいは形のない印象のような、ぼやけた母さんのイメージまでも。
「そろったね」
ラルフさんはそう言うと、魔法円の中心に立った。片膝をつき、何かを唱える。魔法円から紫色の光があがり、陽炎のようにめらめらと景色が揺れた。
「下がって」
僕とカミラが言われた通りに後ずさると、
「来たれ、双頭の奇竜」
音もなく巨大な竜が現れた。ここへ来るときにも乗った二つ頭の竜。ナイフのような鱗が月明りを受けて、ぎらぎらと銀色に光っていた。
「乗って」
ラルフさんは手であおぐようにして風を起こし、僕とカミラの体を浮かせた。双頭の竜の背中に乗って、僕らは遥か海の先へと飛んでいった。緊張のせいか、誰も口をきかなかった。カミラが隣で、ときおり何か言いたげな視線をくれたが、僕は何を言えばいいのかわからなかった。
竜はぐんぐん空を昇り、厚い雲のなかへ入っていく。稲光がひらめいて、あたりは身を切るほど寒かったが、竜の背中は温かかった。暗闇のなか、水と光にかき回され、竜が体をくねらせると、重力が反転したかのような錯覚をおぼえた。やがて僕が上空だと思っていたほうへ、竜はゆっくりと下降をはじめた。
「すごい」
「ああ、僕もはじめて見たよ」
二人の言葉に、僕も目をこすって下界を眺める。暗い海の真ん中に、ぼやりと浮かぶ廃神殿があった。まるで遥か宇宙の片隅に、取り残された星のような。海面に浮かぶ殿堂と白い支柱、それ自体が、何かの術式のようだった。
竜が神殿の隅に着地する。降り立ってみると、意外に広い場所だった。全力で走れば一往復もできそうにない。周囲に建つ支柱の配置は、波の浸食のせいかでたらめに見えた。何を描くでもなく、大きさすら不規則に並んでいる。
「ここにエクスカリバーを置いて」
ラルフさんに言われて、石張りの地面に剣をそっと置いた。
「ここにフラガハラ」
カミラも頷いて首飾りに触れる。フラガハラを剣の姿にすると、エクスカリバーから九〇度の位置に置いた。その対角に、ラルフさんがグングニルを置く。
「パラストラは?」
僕が訊くと、ラルフさんは急に苦しそうに口を押えた。
「……逃げろ」
「え?」
ラルフさんが地面に倒れる。たちまち火に入れられたイモのように、肌がまだらに変色していく。必死に吐き気をおさえていると、カミラが大きな悲鳴をあげた。
顔をあげるとグングニルの位置に、赤い顔の魔物が立っていた。
「バリアム公爵」
カミラがフラガハラを取って構える。
「こいつはそんな名だったか」赤い魔物はグングニルをつかんで言った。「この男の肉体は、とっくに私がいただいた。そしてこの死体には青龍が入る」
エクスカリバーが青く発火し、人魂のようになってラルフさんの身体に飛び移った。たちまち火だるまになり、翼をはやして立ちあがると、僕の対角へ移動した。
「四つの神具に四人の魔術者。お前らは天使の人柱となる」
赤い顔の魔物が言った。
「でも一つ足りないじゃない」
カミラが言うと、魔物は僕を指さした。
「最後の霊剣はエド・ホード、その小僧が持っている。すでに三つの真名は明かされた。残るはお前のパラストラだけだ」
「僕は何も持っていない!」
「ぬかせ。代わりに女の命をもらうぞ」
魔物はカミラに槍を飛ばした。
「エド、逃げて!」
カミラが風を起こして押し返す。
「他人の心配をしている暇はないぞ? 地獄に降りし反逆の堕天使、今神をも突き通さん……行くぞ、我が名はルキエル!」
槍がこがね色の光をまとい、地響きを鳴らして風を切り裂く。
「カミラ、真名を唱えろ!」
「それじゃあこいつの思うつぼだよ」
青く燃える翼の天使が、僕に炎を吹きかけた。
「ラルフさん!」
呼びかけてみるが、もう声は届かない。眼を使え。また誰かの声が聞こえる。エルク? テリー? ……父さん? ……母さん? 炎が僕を呑み込んでいく。
「エド!」カミラは叫んで舌打ちをした。「仕方ないね……反逆の民に引導を告げ、悪しき業火に吹きさらせ。創世の風、熾天使の剣。神を迎える銀の風よ。来たれ、アスラ・ル・ミカイル」
「いいぞ、次はお前だ!」
赤い魔物が高らかに叫ぶと、蒼炎の天使はラルフさんの声で唱えた。
「……シェン・ルー・アザエル」
青白い炎が閃光を放ち、僕の身体を内まで燃やした。視界が飛び、胸が張り裂けるほど苦しくなる。母親を殺した。父親を滅した。最愛の人を取り殺した。邪悪な声が頭に響く。大勢の悲鳴がこだまする。うるさい。うるさい。黙れ。黙れ! 僕はこんな火に呑まれはしない。僕は自分自身の存在を赦す。僕はカミラを救わなければいけない。僕は彼女を愛したから。
――眼を使え。
「エド、ダメ!」
最後にカミラの声が聞こえた。
僕はまっさらな気持ちで静かに唱えた。
「神よ来たれ、我が名は、ウリエル」
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