獅皇ーシオウー

進藤雄太

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第1章 「迷子の猫探し」編

ようこそアーバロンへ ①

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 ――時は流れ、戦争終結から十六年後、【新世歴(しんせいれき)十六年】。
 
 グランバニア大陸西部に位置する小さな田舎町の上空を、風景に似つかわしくない輸送用ヘリコプターが飛行している。
 
「もうすぐ到着だ。坊主を起こしな」

 輸送ヘリコプターのパイロットが後部シートに座っている朱髪の少女に声をかける。

 少女は「わかった」と返事をすると、横で寝ている少年の体を強めに揺さぶる。

「ほら着いたよシオウ。いつまで寝てるつもり?」

「う、う~ん」

 「シオウ」と呼ばれた少年はくぐもった声を出すが、横になったままシートから起き上がる気配がない。

 朱髪の少女――「ナツキ」はそんなことお構いなしでシートから立ち上がると、棚に収納していた荷物を取り出して自身に装備していく。
 
「気持ち悪い……」

 と、シオウがぼそりと漏らした。どうやらヘリコプターの振動に酔っていたようである。
 ナツキが呆れたようにため息をついた。

「乗り物酔いするくせに薬忘れたあんたが悪いんでしょ。ほらほら早く、自分の荷物出して」

 なおも急かすようにシオウの体を揺さぶる。その振動が今まさにシオウの精神を極限まで削り取る行為そのものだったりするのだが、ナツキの手の動きに一切の優しさはない。

「着陸してからやりなよ~……危ないし」

 それだけ返すのが、今のシオウのコンディションでは精一杯だった。
 そんな、シートに上に溶けたままのシオウの態度に、ナツキはこめかみあたりにわかりやすく苛立ちの表情を見せる。

「いいから起きろ!」

「イッテーッ!」

 バッチィ~ンッとシオウのおでこに強烈なデコピンが放たれ、その豪快な音はヘリコプターの操縦席まで響き渡った。


  〇   〇   〇


「ありがとう」

 適当な場所に着陸した輸送ヘリコプターから、身支度を終えたナツキとシオウが降りてくる。
 二人とも軽装ながら一般市民とは少し違う冒険者のような装備を身に付けている。ナツキは動きやすそうな服装に急所を守る最低限のプレートと、腰にサイドポーチを下げている。
 
 シオウはナツキとほぼ同じような服装だが、まるで違うのはその背中に背負われた大きなバックパックの存在感である。
 二人分の旅の荷物でも詰め込まれているのだろうその大きなバックパックを、シオウがふらついた足取りで背負っている。

 いや、ふらついているのは背負っているバックパックの重さだけのせいではなさそうであるが。

「グッドラック」

 パイロットはニヒルに親指を立てると、輸送ヘリコプターを再び上昇させて飛び去って行った。

「んー……はぁ。ここが『アーバロン』かぁ。思ったよりも良い所じゃない」 

 ナツキが大きく体を伸ばす。
 見渡す限りの草原に立つ二人の間を爽やかに風が吹き抜け、心地よく体を撫でる。

「ふあぁぁぁ……ねむ」

「さぁ、行くわよ!」 

 そう言ってナツキが勢いよく歩き出す。

「んんー……待ってよナツキぃ」 

 シオウも慌ててその後を追いかけていった。
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