楽しい落語の話し方

峰岸ゆう

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オープニング

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 私の知っている世界と、貴方の知っている世界は同じようで、ちょっとだけ違う。
 同じ場所でも、見ている物が同じでも、容れ物と見る者が変わればすべて別物である。
 それは『文化』にも言えることだ。
 
 日本で言えば、国技である相撲は若者の注目が減っただけでなく、外国力士がまるで本家のようである。
 落語にいたっては、さらに、家庭、学校、職場にまず話題としてあがってもこない。
 無論、そんな状況に、指をくわえて衰退の時を待つばかりはない。
客を呼び込もうと、イベントをしたり、祭りを企画して、大々的に宣伝をする。
 
 しかし、年代の差はそう簡単には埋まるものではない。
 この時代の若者よりも先に産まれ、先に同じ年数を経験し、人生の酸いも甘いも経験した先輩であっても、同じ時代を生きたわけではない。見てきたものが違う。感性が違うのだ。
 それを理解しようともせず、伝統の名に胡坐をかいていては、時間という荒ぶる強大な波に飲み込まれ、文化としての“死”を迎えてしまう。
 
 一部の比較的若い者はその危機を肌で感じていて、東京・渋谷区代々木でも、多くの十代に聴いてもらおうと、『小学生・中学生・高校生同伴の方は無料』という宣伝で、落語の口演会が開かれていた。
 『落語』と言えば寄席、という高い敷居を少しでも下げようと、浅草から離れた場所に会場を設けたのだ。
 新聞などでも宣伝したかいがあったようで、会場の前には口演一時間前だと言うのに、年の離れた二組の男女が立っていた。
 どうやら初老の男性二人が、孫を連れて口演を聴きに来たようだった。
 まだ幼さの残る顔つきの小学生か中学生くらいの女の子二人はというと、これから何が起こるのかわからないという不安と、夏の暑さにうんざりした表情で顔を見合わせていた。

「そんな顔するなぁ、アズ。アイス買ってやっただろう?」
「この暑さでアイス一本じゃ、三十分ももたないよ~」
 アズと呼ばれた、ボーイッシュな少女は、クラスメートの十人のうち十人が『やる気なさそう』と答えるほど全力でぐったりしていた。
 
 彼女は小早川梓。今年中学生一年生になったばかりだからか、まだどことなく少年らしく見える。
 短く、寝癖にも見える髪型。
 白と青のストライプのTシャツ。風通しのいいホットパンツ。夏全開といった格好から覗かせる、すらっとした手足。その、健康的な美しさも太 陽の日差しが照り返しているアスファルトの熱気の前には通用しないようだ。
 太陽光から逃れるためか、まるでネコのようにあっちへいったりこっちへ行ったりと少しでも涼しい所へと移動を繰り返していた。

「ほらほら、もう少しで入れてもらえるから。……やれやれ。ちょっとは 風音ちゃんを見習って、おしとやかになってもらえんもかな」
「いやいや、今の時代は女の子もアクティブじゃないにならないといかんと思うよ。アズちゃんは元気があっていいじゃないか。ほら、『にくしょく系じょし』とかニュースでやっとるだろう?」
 
 梓の後ろに立っている眼鏡をかけたおじいさんは、人のいい笑顔を浮かべながら口を開いた。
「お前は本当に……他人事だと言うことが適当じゃのぉ。今はそうでも、どうせ十年後にそんな肉食系女子とやらが狙いそうな軟弱男が風音ちゃんの嫁に、なんてきたら全力で妨害するつもりじゃろ?」
「いやぁ、はっはっは。決まってるじゃないか。てか、埋める」
「こえーっ」
 
 梓とは対照的に、静かにじっと待っている和服の似合いそうな小柄な少女、風音は長い黒髪とちょっとだけ嫌そうな顔を隠すように、白い帽子を深くかぶる。
「風音を嫁にやるもんかなど言うつもりはないが、まだ当分先じゃーい。今は孫とのスキンシップを捕まらない程度に楽しむのじゃーっ」
 そう言って、隣にいた孫、小柄な少女の風音にフルパワーの頬摺りを繰り出した。
 祖父のこの態度を予想していたのか、もう、その時の風音ちゃんの顔ったら。
 無の境地へと到達した、そんな表情であった。
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