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突然の訪問者
スプーンでカレーライスを一口分すくい、口に運ぼうとすると、対面の椅子に座っている夏奈が絶叫した。
「どうしよう!お兄ちゃん、ごめん。アサニャンどこかに落としてきちゃったみたい」
夏奈はバックを開き中を探して、スカートのポケットにも手を突っ込んでみる。だが、アサニャンは見つからないらしい。
明は早くこの極上肉を食べたい思いを我慢して、夏奈に声をかける。
「また俺が取ってやるよ。今度はぶどう味のあめが条件な」
夏奈が必至にバックを探し回るのを、眺めながら今度こそカレーライスを口に運んだ。しかし、
インターホンが鳴り、明の行動を制止させた。
「お兄ちゃん出てきて。わたしは手が離せない状態だから」
明もこのカレーライスを早く食べたいから、文字通りスプーンから手を離したくはなかった。
二度目のインターホンが鳴り、明は仕方なくスプーンを皿の上に置いて玄関に向かった。
扉の鍵を解除して開くと、目の前に明たちを尾行していたメイド服姿の少女が立っていた。
明たちはしばらくの間、お互いに無言で見つめ合う。先に反応したのは、メイド服姿の少女のほうだった。
「あ……明さま!」
彼女は上擦った声でそう叫ぶと、一歩二歩と下がった。
間近で見ても綺麗な少女だった。そう思う一方で明は、ある疑問に襲われていた。
ーー明……さま!?
「おい……!?お前なに言ってるんだ?」
明が彼女に声をかけると、メイド服姿の少女は振り返り、明から逃げるように走りだした。
「おい、ちょっと待てって!」
走りだした少女のあとを追って、明も走りだした。すぐに距離は縮まり、彼女の肩を手で掴んだ。
「なんで急に走るんだよ!」
明は息を整えながら彼女に訊いた。
「…………」
しかし彼女は口を開かずに下を見ていた。
困ってしまった明に救済の手が訪れた。いや、音だ。くぅ、と彼女の腹部周辺から可愛らしい音が発生し、明は思わずふっと笑いをこぼしてしまった。
「なー、俺も夕食はまだなんだ。一緒に食べなねーか?」
彼女は振り返り、明に嬉しそうな表情を見せた。
「……いいのですか。わたしが、明さまと一緒にお食事なんて」
少女の二言目の言葉に明は頷き、少女に手を伸ばした。
「おう、飯はたくさんで食べる方が美味しいしな。今日はカレーライスだ」
明の言葉に、彼女はきょとんとした眼を見せて首を傾けた。
「カレーライスとはなんですか?」
「はぁ!?お前、カレーライスを知らないのか!?」
少女がカレーライスを知らないことに、明は驚声を上げた。
「はい、わたしがいた世界にはそのような名前の食べ物はなかったので」
「そうか、味は保証するから付いて来いよ」
明は身体の向きを変えて、自宅の方へと歩き出した。
「あの!」
途端、後ろにいる彼女から呼び止める声がした。
「なんだ?」
「これ明さまの妹さんが落としていました」
振り返ると、彼女は明に小さいぬいぐるみのアサニャンを渡してきていた。
「ありがとなお前!夏奈がこれ落としたって泣きそうだったんだよ!もう一回やらないですんだぜ!」
明は、彼女からアサニャンを受けとると、彼女の頭を撫でた。すると、
「ふぇ!あの、その、勿体ないお言葉です!」
彼女は慌てたような声を上げて、顔を赤くした。
「当然だろ、助けてもらったら礼を言う。あたりまえのことだ」
「……そうです、か」
「さ、行こうぜ。めっちゃ腹減ってんだよ」
明はこの少女のことを不思議に思いながら、自宅に入れた。自宅に入ると、玄関に夏奈が仁王立ちしていた。
「お兄ちゃん、どこ行ってたの!」
「いや、ちょっとな」
夏奈は、明の後ろに立つ少女を見つけ明をジロリと睨み付けた。
「お兄ちゃん、まさかナンパしてきたの!?さっきナンパされたからって、お兄ちゃんとってもいやらしいよ。夕食なしにしようかなぁ」
「おい、勘違いするな。そして変なこと思い出させるなよ……こいつはあれだ恩人だよ」
明は夏奈の額にデコピンをしてからリビングに向かった。
「そいつの分のカレーライスも用意してくれ」
「りょーかいです!お兄ちゃん」
夏奈は軍隊みたいな敬礼をしてからキッチンへと走っていった。
「……おい、こっちに来いよ」
玄関に突っ立っていた少女に、明はリビングに入るように声をかける。少女はブーツを脱ぎ、リビングに入った。
彼女はリビングをぐるぐると見回した。どうみても始めて入った場所に緊張している様子だった。
「あんまじろじろ見るなよ。散らかってるから」
明は、リビングをじろじろと見られるのがどこか恥ずかった。実際、リビングは以外に綺麗好きな夏奈がしっかり掃除してある。
少女に隣の椅子に座るように明は促して、お茶を一杯飲んだ。
「全然散らかってないよお兄ちゃん。むしろ綺麗だから誇って欲しいよ」
夏奈はそう言いながら、少女の前にカレーライスの盛られた皿を置き、自分の椅子に座った。
「じゃー、今度こそ食うか!」
「待ってお兄ちゃん。その前に、この女の子のこと説明して!」
明はまた食事を邪魔されたのに少し苛立ちを感じたが、明自信この少女について知りたかったのでスプーンを皿に置いた。
「あ、その前に……夏奈これ」
思い出したかのように明は、夏奈に少女が拾ってくれたアサニャンを見せた。夏奈は、アサニャンを奪うかのように取ると明るい笑顔を見せた。
「お兄ちゃん、ありがとう!大好き!本当に超大好き!」
夏奈からそんな言葉が飛んできて、明は嬉しがりながらも口にした。
「いや、それさこいつが拾って届けてくれたんだよ。だから感謝するならこいつにしろ」
「ありがとう届けてくれて!何杯でもカレーライスおかわりしていいからね!えーと……」
夏奈はそこまで言って、言葉に詰まった。おそらく、彼女の名前を言おうとしたのだろうが、知らないからどうしたものかとなったのだろう。
「ところで、お前名前は何て言うんだ?」
夏奈の代わりに、明が彼女に訊いた。彼女は快く答えてくれた。
「すいません、申し遅れました。わたしはメルト・ギル・スクエアと申します。メルとお呼びください」
「へー、外国人さんなんだー!メルちゃんありがとね、これ届けてくれて」
「喜んでもらえてよかったです」
「メルちゃん今日泊まってちゃいなよー。大歓迎するよ、わたしの部屋で一緒に寝よ」
「それはさすがに迷惑では?」
メルが明に視線を向ける。明は堪えきれずカレーライスを食べて極上肉の美味しさを堪能しながら、口にした。
「べつにいいぞ……泊まってけ。まったく迷惑ないからな」
「いや、でも……」
メルは悩むような仕草をしているが、
「お願い!駄目……かな?」
夏奈が潤んだ瞳で見つめながら頼むので、メルは家に泊まることに頷いた。
「わかりました、泊まらせていただきます。ありがとうございます」
「じゃー、カレーライス食べ終わったら、一緒にお風呂入ろ。お兄ちゃんとどんな関係なのか教えてね」
「だから、なんでもないっての」
極上肉の美味しさに免じて、今度はデコピンを夏奈にしなかった。
「ほら、メルちゃんも食べなカレーライス……冷めちゃうよ」
一向にスプーンを持とうとしないメルに、夏奈が言った。
「あの、これはどうやって食べるのですか?」
「え……?」
「は!?」
メルが、手にしたスプーンをあらゆる角度から眺めて発した言葉に、明と夏奈が同時に驚声を上げてメルを見た。
「メルちゃん、もしかしてスプーン知らないの」
夏奈の質問に、明と夏奈の予想通りメルは首を傾けてた。
「スプーンってなんですか?」
まさかメルがスプーンを知らないとは予想外だった。どこか世間知らずな雰囲気はあったが、スプーンを知らないのには驚いた。いったいどこで暮らしていたのだろうか。
明はカレーライスを食べ終えて、自室に戻り英語の宿題に勤しんでいた。そしてまったく回答がわからず、途方にくれていた。
メルはいま夏奈に連れられて、強制的に一緒にお風呂に入っている。
夏奈は親切にしてくれた人にはとことん優しくなりなつく性格だから、今回も大好きなアサニャンを拾ってくれたメルを気に入っているのだろう。
明は携帯電話を手に取りメールボックスを開いた。そして、一番上にあったメールを開いて、眼だけで一読した。そこには母からのメールで、『ゴールデン・ウィーク中は帰れそうにない。ごめんねー(涙)』と書かれていた。
閉じた携帯電話を机に置いて、窓の外に広がる、黒く染まった空を眺めた。
眠気が不意に襲い、椅子に座ったまま明は背伸びをしながらあくびをした。
ふと明の耳に扉をノックする音が聞こえたので、
「……どうしたー?」
夏奈だと思い明はいつものように返事をした。
「夜分に失礼します。少しお時間を頂けないでしょうか?」
扉を開いて入ってきたのはメルだった。夏奈から借りたであろう寝巻きを着て、胸の大きさが夏奈とメルではかなり違うから、きついため一番上のボタンまで留められていなかった。薄く茶色い髪は濡れたままだった。
「なんだメルか。ちょうどよかった、お前には聞きたいことがあったんだ。とりあえずそこに座れよ」
メルをベッドに座らして、明は椅子に座りながらメルに訊いた。
「お前なんで俺を尾行していたんだ。俺に何かようか?」
いきなり明にそう訊かれ、メルは驚いた表情をした。
「わたしが明さまを尾行していたのはバレていたんですか!?」
メルの答えに明はあきれた顔をした。あんな尾行でバレていないと思っていたのか。
「で、俺に何かようだったのか?」
明があらためて訊くと、メルはとても困った顔を作った。
「えーと……、知らないほうがいいと思いますよ。わたしは言いません。もし、知ってしまったら、明さまの楽しい日常は辛い非日常に変わってしまうかもしれないからです」
メルの答えに明はさらに呆れた顔を作った。
「いや、お前何言ってるんだ。俺の楽しい日常が辛い非日常に変わるって。どういうことだよ?」
「えーと、一回忘れましょう。わたしは明さまを尾行していない。あなたはわたしに尾行されていない。これで解決ですよね」
明は、メルの言葉になるほどと頷いてから、机にあった消ゴムを掴みメルの額に投げた。
「あひゅっ!」
飛んできた消ゴムが額に当たったメルは、可愛らしい声を上げてから、額に手を当てながらベッドに倒れた。
「そんなんで納得できるか!」
「痛いですぅ」
すると、ノックもせずに夏奈が部屋に入ってきた。そして開口一番に、
「お兄ちゃんって変態だったんだ……!」
明をいきなり罵ってきた。ベッドに横になっているメルを見て、夏奈はなにか変な勘違いをしたんだろう。
「おい夏奈、何言ってんだ」
夏奈は、明の言葉なんて無視して、ずかずかとベッドに寄りメルの腕を引っ張った。
「よーし、メルちゃん一緒に寝ようか!こんな変態お兄ちゃんと一緒に寝ても、良いことないよ!」
夏奈に部屋の外に引っ張られながら、メルは明の部屋に来た目的を明に言った。
「明さま、これだけ聞いてください。絶対に夜中に家から出ないでくださいね。危ないですから」
「あー、わかったよ……了解だ」
夏奈の乱入に、明はメルにあらためて質問するのがめんどくさくなり、てきとうに返事をした。
ばたん!と夏奈が勢いよく扉を閉めた。明は、部屋の壁にかけられてある丸い時計を見てから、
「……そろそろ寝るか」
ベッドに入り込んだ。疲れが溜まっているからか、明は直ぐに眠り始めた。
すぐに眠ったはずだった。疲れが溜まっていて朝になるまで起きないだろうと、明は思っていた。しかし、感じたことのない異様な寒気に襲われ、明は眼を覚ましていた。
眠け眼で窓の外を眺めると明は誰かが走っているのが目に入った。その誰かが街頭に照らされると正体が明かになった。
明はその正体に衝撃を受けて、眠気が一気に消えていった。
「何してるんだよあいつ!」
明は椅子にかけてあったパーカーを着て、自宅を急いで出てメルが行った方向へと走りだした。
曲がり角でメルがどちらに曲がっていったのわからずにいると、背後からけたたましい声がした。
明はそのけたたましい声がする方へ振り返ると、この世のものじゃない得体の知れないものを見た。
「どうしよう!お兄ちゃん、ごめん。アサニャンどこかに落としてきちゃったみたい」
夏奈はバックを開き中を探して、スカートのポケットにも手を突っ込んでみる。だが、アサニャンは見つからないらしい。
明は早くこの極上肉を食べたい思いを我慢して、夏奈に声をかける。
「また俺が取ってやるよ。今度はぶどう味のあめが条件な」
夏奈が必至にバックを探し回るのを、眺めながら今度こそカレーライスを口に運んだ。しかし、
インターホンが鳴り、明の行動を制止させた。
「お兄ちゃん出てきて。わたしは手が離せない状態だから」
明もこのカレーライスを早く食べたいから、文字通りスプーンから手を離したくはなかった。
二度目のインターホンが鳴り、明は仕方なくスプーンを皿の上に置いて玄関に向かった。
扉の鍵を解除して開くと、目の前に明たちを尾行していたメイド服姿の少女が立っていた。
明たちはしばらくの間、お互いに無言で見つめ合う。先に反応したのは、メイド服姿の少女のほうだった。
「あ……明さま!」
彼女は上擦った声でそう叫ぶと、一歩二歩と下がった。
間近で見ても綺麗な少女だった。そう思う一方で明は、ある疑問に襲われていた。
ーー明……さま!?
「おい……!?お前なに言ってるんだ?」
明が彼女に声をかけると、メイド服姿の少女は振り返り、明から逃げるように走りだした。
「おい、ちょっと待てって!」
走りだした少女のあとを追って、明も走りだした。すぐに距離は縮まり、彼女の肩を手で掴んだ。
「なんで急に走るんだよ!」
明は息を整えながら彼女に訊いた。
「…………」
しかし彼女は口を開かずに下を見ていた。
困ってしまった明に救済の手が訪れた。いや、音だ。くぅ、と彼女の腹部周辺から可愛らしい音が発生し、明は思わずふっと笑いをこぼしてしまった。
「なー、俺も夕食はまだなんだ。一緒に食べなねーか?」
彼女は振り返り、明に嬉しそうな表情を見せた。
「……いいのですか。わたしが、明さまと一緒にお食事なんて」
少女の二言目の言葉に明は頷き、少女に手を伸ばした。
「おう、飯はたくさんで食べる方が美味しいしな。今日はカレーライスだ」
明の言葉に、彼女はきょとんとした眼を見せて首を傾けた。
「カレーライスとはなんですか?」
「はぁ!?お前、カレーライスを知らないのか!?」
少女がカレーライスを知らないことに、明は驚声を上げた。
「はい、わたしがいた世界にはそのような名前の食べ物はなかったので」
「そうか、味は保証するから付いて来いよ」
明は身体の向きを変えて、自宅の方へと歩き出した。
「あの!」
途端、後ろにいる彼女から呼び止める声がした。
「なんだ?」
「これ明さまの妹さんが落としていました」
振り返ると、彼女は明に小さいぬいぐるみのアサニャンを渡してきていた。
「ありがとなお前!夏奈がこれ落としたって泣きそうだったんだよ!もう一回やらないですんだぜ!」
明は、彼女からアサニャンを受けとると、彼女の頭を撫でた。すると、
「ふぇ!あの、その、勿体ないお言葉です!」
彼女は慌てたような声を上げて、顔を赤くした。
「当然だろ、助けてもらったら礼を言う。あたりまえのことだ」
「……そうです、か」
「さ、行こうぜ。めっちゃ腹減ってんだよ」
明はこの少女のことを不思議に思いながら、自宅に入れた。自宅に入ると、玄関に夏奈が仁王立ちしていた。
「お兄ちゃん、どこ行ってたの!」
「いや、ちょっとな」
夏奈は、明の後ろに立つ少女を見つけ明をジロリと睨み付けた。
「お兄ちゃん、まさかナンパしてきたの!?さっきナンパされたからって、お兄ちゃんとってもいやらしいよ。夕食なしにしようかなぁ」
「おい、勘違いするな。そして変なこと思い出させるなよ……こいつはあれだ恩人だよ」
明は夏奈の額にデコピンをしてからリビングに向かった。
「そいつの分のカレーライスも用意してくれ」
「りょーかいです!お兄ちゃん」
夏奈は軍隊みたいな敬礼をしてからキッチンへと走っていった。
「……おい、こっちに来いよ」
玄関に突っ立っていた少女に、明はリビングに入るように声をかける。少女はブーツを脱ぎ、リビングに入った。
彼女はリビングをぐるぐると見回した。どうみても始めて入った場所に緊張している様子だった。
「あんまじろじろ見るなよ。散らかってるから」
明は、リビングをじろじろと見られるのがどこか恥ずかった。実際、リビングは以外に綺麗好きな夏奈がしっかり掃除してある。
少女に隣の椅子に座るように明は促して、お茶を一杯飲んだ。
「全然散らかってないよお兄ちゃん。むしろ綺麗だから誇って欲しいよ」
夏奈はそう言いながら、少女の前にカレーライスの盛られた皿を置き、自分の椅子に座った。
「じゃー、今度こそ食うか!」
「待ってお兄ちゃん。その前に、この女の子のこと説明して!」
明はまた食事を邪魔されたのに少し苛立ちを感じたが、明自信この少女について知りたかったのでスプーンを皿に置いた。
「あ、その前に……夏奈これ」
思い出したかのように明は、夏奈に少女が拾ってくれたアサニャンを見せた。夏奈は、アサニャンを奪うかのように取ると明るい笑顔を見せた。
「お兄ちゃん、ありがとう!大好き!本当に超大好き!」
夏奈からそんな言葉が飛んできて、明は嬉しがりながらも口にした。
「いや、それさこいつが拾って届けてくれたんだよ。だから感謝するならこいつにしろ」
「ありがとう届けてくれて!何杯でもカレーライスおかわりしていいからね!えーと……」
夏奈はそこまで言って、言葉に詰まった。おそらく、彼女の名前を言おうとしたのだろうが、知らないからどうしたものかとなったのだろう。
「ところで、お前名前は何て言うんだ?」
夏奈の代わりに、明が彼女に訊いた。彼女は快く答えてくれた。
「すいません、申し遅れました。わたしはメルト・ギル・スクエアと申します。メルとお呼びください」
「へー、外国人さんなんだー!メルちゃんありがとね、これ届けてくれて」
「喜んでもらえてよかったです」
「メルちゃん今日泊まってちゃいなよー。大歓迎するよ、わたしの部屋で一緒に寝よ」
「それはさすがに迷惑では?」
メルが明に視線を向ける。明は堪えきれずカレーライスを食べて極上肉の美味しさを堪能しながら、口にした。
「べつにいいぞ……泊まってけ。まったく迷惑ないからな」
「いや、でも……」
メルは悩むような仕草をしているが、
「お願い!駄目……かな?」
夏奈が潤んだ瞳で見つめながら頼むので、メルは家に泊まることに頷いた。
「わかりました、泊まらせていただきます。ありがとうございます」
「じゃー、カレーライス食べ終わったら、一緒にお風呂入ろ。お兄ちゃんとどんな関係なのか教えてね」
「だから、なんでもないっての」
極上肉の美味しさに免じて、今度はデコピンを夏奈にしなかった。
「ほら、メルちゃんも食べなカレーライス……冷めちゃうよ」
一向にスプーンを持とうとしないメルに、夏奈が言った。
「あの、これはどうやって食べるのですか?」
「え……?」
「は!?」
メルが、手にしたスプーンをあらゆる角度から眺めて発した言葉に、明と夏奈が同時に驚声を上げてメルを見た。
「メルちゃん、もしかしてスプーン知らないの」
夏奈の質問に、明と夏奈の予想通りメルは首を傾けてた。
「スプーンってなんですか?」
まさかメルがスプーンを知らないとは予想外だった。どこか世間知らずな雰囲気はあったが、スプーンを知らないのには驚いた。いったいどこで暮らしていたのだろうか。
明はカレーライスを食べ終えて、自室に戻り英語の宿題に勤しんでいた。そしてまったく回答がわからず、途方にくれていた。
メルはいま夏奈に連れられて、強制的に一緒にお風呂に入っている。
夏奈は親切にしてくれた人にはとことん優しくなりなつく性格だから、今回も大好きなアサニャンを拾ってくれたメルを気に入っているのだろう。
明は携帯電話を手に取りメールボックスを開いた。そして、一番上にあったメールを開いて、眼だけで一読した。そこには母からのメールで、『ゴールデン・ウィーク中は帰れそうにない。ごめんねー(涙)』と書かれていた。
閉じた携帯電話を机に置いて、窓の外に広がる、黒く染まった空を眺めた。
眠気が不意に襲い、椅子に座ったまま明は背伸びをしながらあくびをした。
ふと明の耳に扉をノックする音が聞こえたので、
「……どうしたー?」
夏奈だと思い明はいつものように返事をした。
「夜分に失礼します。少しお時間を頂けないでしょうか?」
扉を開いて入ってきたのはメルだった。夏奈から借りたであろう寝巻きを着て、胸の大きさが夏奈とメルではかなり違うから、きついため一番上のボタンまで留められていなかった。薄く茶色い髪は濡れたままだった。
「なんだメルか。ちょうどよかった、お前には聞きたいことがあったんだ。とりあえずそこに座れよ」
メルをベッドに座らして、明は椅子に座りながらメルに訊いた。
「お前なんで俺を尾行していたんだ。俺に何かようか?」
いきなり明にそう訊かれ、メルは驚いた表情をした。
「わたしが明さまを尾行していたのはバレていたんですか!?」
メルの答えに明はあきれた顔をした。あんな尾行でバレていないと思っていたのか。
「で、俺に何かようだったのか?」
明があらためて訊くと、メルはとても困った顔を作った。
「えーと……、知らないほうがいいと思いますよ。わたしは言いません。もし、知ってしまったら、明さまの楽しい日常は辛い非日常に変わってしまうかもしれないからです」
メルの答えに明はさらに呆れた顔を作った。
「いや、お前何言ってるんだ。俺の楽しい日常が辛い非日常に変わるって。どういうことだよ?」
「えーと、一回忘れましょう。わたしは明さまを尾行していない。あなたはわたしに尾行されていない。これで解決ですよね」
明は、メルの言葉になるほどと頷いてから、机にあった消ゴムを掴みメルの額に投げた。
「あひゅっ!」
飛んできた消ゴムが額に当たったメルは、可愛らしい声を上げてから、額に手を当てながらベッドに倒れた。
「そんなんで納得できるか!」
「痛いですぅ」
すると、ノックもせずに夏奈が部屋に入ってきた。そして開口一番に、
「お兄ちゃんって変態だったんだ……!」
明をいきなり罵ってきた。ベッドに横になっているメルを見て、夏奈はなにか変な勘違いをしたんだろう。
「おい夏奈、何言ってんだ」
夏奈は、明の言葉なんて無視して、ずかずかとベッドに寄りメルの腕を引っ張った。
「よーし、メルちゃん一緒に寝ようか!こんな変態お兄ちゃんと一緒に寝ても、良いことないよ!」
夏奈に部屋の外に引っ張られながら、メルは明の部屋に来た目的を明に言った。
「明さま、これだけ聞いてください。絶対に夜中に家から出ないでくださいね。危ないですから」
「あー、わかったよ……了解だ」
夏奈の乱入に、明はメルにあらためて質問するのがめんどくさくなり、てきとうに返事をした。
ばたん!と夏奈が勢いよく扉を閉めた。明は、部屋の壁にかけられてある丸い時計を見てから、
「……そろそろ寝るか」
ベッドに入り込んだ。疲れが溜まっているからか、明は直ぐに眠り始めた。
すぐに眠ったはずだった。疲れが溜まっていて朝になるまで起きないだろうと、明は思っていた。しかし、感じたことのない異様な寒気に襲われ、明は眼を覚ましていた。
眠け眼で窓の外を眺めると明は誰かが走っているのが目に入った。その誰かが街頭に照らされると正体が明かになった。
明はその正体に衝撃を受けて、眠気が一気に消えていった。
「何してるんだよあいつ!」
明は椅子にかけてあったパーカーを着て、自宅を急いで出てメルが行った方向へと走りだした。
曲がり角でメルがどちらに曲がっていったのわからずにいると、背後からけたたましい声がした。
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