魔王シリーズ サタンライフ・オワ・デッド

カルトン

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異形との遭遇

 家の屋根に得体の知れないものは二人いた。この場合は二人と言うより二体のほうが適切なのかもしれない。
 一体は上半身が青い鱗に被われた魚のような感じで、下半身は山羊の足みたいな感じだった。さながら、半魚半山羊と言ったところだろうか。
 「あで、なんでこんなどこに普通の人間がいどぅんだ?」
 半魚半山羊がのろりとした声をあげながら、明を見つめた。明は半魚半山羊に見つめられただけで、恐怖を感じていた。今、目の前で起きていることは、夢なのではないかと疑い始めた。
 「止めておけ、クリトッタ。無用な食事は後でナーガ様に怒られますよ。それに今夜は食事ではなく、目的があってここに来たんですから」
 もう一体が半魚半山羊を諭すように冷静な声で言った。もう一体は小さな眼鏡の乗った鳥の頭に、蛇のような身体だった。こちらはさながら、半鳥半蛇と言った感じだろうか。
 食事とか目的とかこの化物たちはなにを言っているのか、明には意味がわからなかった。
 クリトッタと呼ばれた半魚半山羊は、大きなヒレで頭を掻きながら眼を瞑り口にした。
 「そうだったど、おいだとしだごどがわずれでだど。キルデグどん、ごいづ食ったら行ぎまず、よ!」
 言葉の最後にクリトッタは屋根を蹴り、明に向かって動きだした。
 「えっ!?」
 明は、迫り来る半魚半山羊の化物に怯み動けなかった。クリトッタは魚口を大きく開き、明を呑み込もうとした。
 「いだだぎます!」
 クリトッタの大きく開かれた口が目の前まで接近したとき、明はこれが夢であって欲しいと願いながら、瞳を強く瞑った。
 すると、明の身体は横から突き飛ばされ、地面に叩きつけられた。叩きつけられた明の身体に重みが乗っかった。
 「明さま!御無事ですか!?」
 明の身体に、乗っかっていたのはメルだった。会ったときの、白と黒を基調にしたメイド服を着ていた。どうやら、メルが明を助けてくれたらしい。
 「すまん、メル…………助かった」
 「いいえ、明さまが無事なら、それで良かったです!どうして家を出たんですか!?わたしは忠告したはずですよ!」
 メルが言葉を発するたびに、メルの豊満な胸が明の身体に当たり、明はメルから眼を反らしながら言った。
 「メルが家から出ていくのが見えたからさ、追いかけてきたんだよ……それより、なんだよあいつら!人間じゃないよな!?」
 メルは明の腕を引っ張りながら立ち上がると、クリトッタとキルデグを一瞥してから、明に視線を戻した。
 「すいません明さま、説明は後でいいですか。後で必ずしっかり説明しますから。今はあいつらから全力で逃げますよ」
 言い終わるやいなや、明の腕を引っ張りメルは走りだした。明もメルに腕を引っ張られて、つられて走りだす。
 「キルデグどん、あいつがもぐでぎの裏切り者でずよね。おいだが、食べでいいでずが?」
 明たちが走っていくのを、魚の目で追いながらクリトッタが屋根から降りてきたキルデグに訪ねた。
 キルデグは視線は走り去っていく明たちに据えたまま、翼の付いた鉤爪のような手で、鼻に乗っている眼鏡を押し上げてから口にした。
 「駄目ですよ、クリトッタ。奴は元第一魔界・魔術部隊総隊長なのですよ。今は第六天魔王様によって魔力を封印されているらしいですが、まだ奥の手があるかもしれません。二人で慎重に行きますよ」
 「了解だどん……さー、始まるどん!」
 半魚半山羊のクリトッタと半鳥半蛇のキルデグは明たちを追うようにして、走りだした。二体のスピードは身体に似合わず思ったより速かった。
 「おいメル、あいつら近づいてきてるぞ!どうするんだ!?」
 明はじょじょに近づいてくる二体の化物に怯えながら、走りを少しだけ加速させた。
 「どうするもなにもないですよ明さま。今のわたしはすべての力を失っている故、普通の人間となんら変わりませんから、あいつらに対抗するすべを持っておりません。なので、今は走ってください。逃げるしかわたしたちに選択肢はないのです」
 メルは振り返らず、明に言うと右と左を確認した。 「逃げるしか選択肢はないって、これいつかは追いつかれるぞ!」
 久しぶりにこんなに本気で走り続けて、かなりの疲れを感じながら明が言った。
 「はい……わたしもそろそろ走るのは限界です。あっちにいた頃から、走るのは苦手でしたから。ですから、そろそろ居てくれないと困るんですよ……」
 右と左を交互に確認し続けながら、メルは明の腕を引き必死に走り続けた。まるで何かが来るのを待っているようだった。
 不意に背後からキルデグの冷静な叫び声が聞こえた。
 「大罪人、メルト・ギル・スクエア!我々の手によって、大人しく死になさい!」
 キルデグが叫ぶと、キルデグの回りにぼうぼう、と鬼火のような小さい炎の球がが数個現れて浮かび始めた。
 「なんだあれは!?」
 明は謎の炎の球に驚き、眼を剥いた。さっきから目の前まで起こっていることが、現実とは到底思えなかった。
 「喰らいなさい!」
 すべての炎の球は、キルデグの叫びとともに先を走っている明たちに向かっていった。
 「え、ちょっと、明さま!?」
 「静かにしてろ、メル……飛ばすぞ!」
 炎の球が当たる直前に明はメルの身体を抱えて、少し先に止めってあったトラックの背後に走った。炎の球は標的を見失い、真っ直ぐに進み先に設置されていた、電信柱にぶつかり爆発して、電信柱を折り倒した。
 「俺たちも下手すれば、あぁなってたのか……くそ、どうすればいい!!」
 明は折れた電信柱を眺めながら、自分もああなっていたかもしれないという恐怖に襲われながらも、どうやってこの化物から終われる状況から回避しようかと考えた。
 「ですから、明さま。助けが来るまで、待つしかありません。きっと来るはずです、そろそろ、もうじき、今」
 メルはトラックの背後から顔を出して、迫り来る二体の化物を確認した。もう二体はすぐそこまで接近してきており、見つかるのは時間の問題だった。
 「なー、メル……お前はさっきから何を待っているんだ。警察じゃ、あいつらには勝てないだろ」
 「はい、それはそうでしょうね。警察というのは、わたしが知る限り治安を守るためにいます。ですから、あいつらには勝てないでしょう。ですが、この都市には化物あいつらから平和を守るための組織がいるんですよ」
 化物から平和を守るための組織。明は、その組織がなんなのかまったく見当もつかなかった。そんな本当に恐ろしい悪と戦う正義なんて、本当にいるんだろうか。
 「そんなの本当にいるのかよ」
 明はメルの言葉を信じたいが、やはり疑いしか持てなかった。
 がしゃんと、背後で大きなものが震える音がした。明は振り返り、音の原因を見た。音の正体は、クリトッタと呼ばれた化物がトラックの上に飛び乗り、体重によりトラックが揺れた音だった。
 「見づけだど、おいだのおやづ!」
 「くっそ、メル……走るぞ!」
 明はクリトッタの声が耳に届くと同時に、メルの手を掴んでクリトッタから離れようと走りだした。
 「……あっ!」
 もう体力がなくなっていたメルが、足を縺れさせて転んだ。それをはっきりと見ていたクリトッタは、トラックから跳び、魚口を大きく開きメルに向かって突進した。
 メルは迫り来るクリトッタの恐怖に眼を強く閉じて、助けが来ることを強く祈った。
 「いだだぎまーす!」
 不意にだんだんだんと、銃から弾丸が放たれる音が聞こえたと思うと、クリトッタの身体に弾丸が当たり、身体をのけ反らした。
 「なにすんだデメー!」
 明もメルもクリトッタもキルデグも眼を見開き、クリトッタは顔に怒りを滲ませながら銃声がした方を見た。
 そこには明がよく知る人物が立っていた。朝川学園高等部の制服に身を包み、長い黒髪を一本にまとめていて、頭のてっぺんからはアホ毛がぴこんと跳ねている、
 「……亜矢なのか!?」
 先に口を開いたのは、明だった。明は、目の前にいつもの姿で銃を構えて凜として立っている、朝川亜矢に驚いた。
 「え! なんで明くんがここにいるの!? この空間には一般人は入ってこられないはずなのに……!」
 一方の亜矢も明がいることに驚いている様子で、手を口に当てて、目の前の光景に息を飲んでいるようだった。
 「デメーまざか退魔者が!?おいだらづいでないだよー!」
 クリトッタが亜矢を見て、焦るように一歩下がった。どうやら亜矢は、化物たちにとって天敵のような存在らしい。
 「クリトッタ、慌てるのが早いですよ。わたしたちは二人いるんです、退魔者は一人。勝機は我々にあると思いますよ」
 キルデグが亜矢に怯まずに、一歩前に出た。どうやらキルデグは、亜矢と戦うらしかった。
 「そうだ、おいだらは二人いるんだど。退魔者は一人。楽勝だど……いだだぎまーす」
 クリトッタが表情に殺意を浮かばせながら地面を蹴り、亜矢に向かって突進しだした。
 亜矢は明の存在に気を取られ、クリトッタの接近に気づいていなかった。亜矢に迫っていた、クリトッタに気づいた明は叫んだ。
 「亜矢!前から来てるぞ!」
 「え……!」
 明に言われ、前から迫っていたクリトッタに気づいたが、距離は縮まり回避できる余裕はなかった。
 「噴水華っーー!」
 背後から呪文のような叫びが聞こえると、次の瞬間、水の槍が亜矢の後方から伸びてきてクリトッタの身体に突き刺さり、車に跳ねられたような勢いで吹っ飛び壁に衝突した。水の槍はクリトッタが壁に衝突すると数秒で消えてなくなった。
 明には目の前でなにが起こったのか理解できなかった。わかったのは、また新しい小柄な少女が現れたということだった。
 小柄な少女は、朝川学園中等部の制服に身を包み、少女の右の手には、冷たく輝く青色の槍が握られていた。
 ふー、と小柄な少女の唇から静かな小さな呼気が洩れる。
 「亜矢先輩、大丈夫ですか。油断はいけませんよ」
 「ごめん紗季……ちょっと焦ってた。でも、大丈夫……気を取り直してやろうか、魔属退治!」
 亜矢は両手で銃を握り、壁に衝突しながらも、まだ亜矢たちを睨んでいるクリトッタと亜矢たちを観察するキルデグに視線を据えた。
 「おいだ、まじでおごっだど!ほんぎだしぢまうぞ!」
 クリトッタは短い山羊の足で立ち上がると、まるで地面がもとから水だったみたいに、とぷんと地面に沈んでいった。
 もちろんクリトッタは逃げたわけじゃないだろう、亜矢と紗季と呼ばれた少女を殺すための作戦として、姿を消したのだろう。
 突如姿を消したクリトッタに、亜矢と紗季、俺は驚いていた。今この場で驚いていないのは、メルとキルデグだけだった。
 仲間のキルデグが驚かないのは納得できるが、メルが驚かないのに明は少なからず驚いていた。まるでメルは今目の前で起こっている光景を、見馴れている感じがあった。一体メルは何者なのだろうか。
 「紗季、魚頭をお願い……わたしは鳥頭をやる!」
 亜矢は体勢を低くして、左足を引いて走る姿勢を構えると、左足の後ろにaccelerationと書かれた魔方陣が浮かび上がり、次の瞬間、亜矢は超人的な加速をしてキルデグに接近した。
 キルデグは亜矢の接近に気づき、回りに炎の球を生み出して亜矢を迎え撃つ用意をした。
 「さー、かかってきなさい退魔者よ!」
 炎の球は亜矢に向かって一斉に飛び始めた。亜矢はもう一度左足の後ろに魔方陣を展開して、さらに加速した。
 右へ左へと炎の球と炎の球の隙間を、ギリギリで入り込み進みながら、キルデグに突進して、跳躍し、右足を後ろに構えた。
 今度は右足の前に魔方陣を展開して、右足が魔方陣を通り抜けて越えると、加速して、思いきり亜矢はキルデグの頭めがけて右足を振り抜いた。
 「くらえっーー!」
 キルデグがかけていた眼鏡は吹っ飛び、キルデグの蹴られた頭からは血が流れだした。
 「やれやれ、退魔者のお嬢さん、なかなか酷いことをしてくれますね。わたしは、この眼鏡がかなりお気に入りだったんですよ!」
 亜矢は数歩跳んで下がり、キルデグの様子を窺った。亜矢自身、蹴りは完璧に決まったと思っていた。だから、蹴りをくらっても、まるで痛がる素振りを見せないキルデグに動揺していた。
 牽制の意味を込めて、亜矢は銃をキルデグに構えて引き金に手を当てる。すると銃口の前に魔方陣が浮かび上がる。そこからの動作は早かった。
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