魔王シリーズ サタンライフ・オワ・デッド

カルトン

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最強の担任教師

 振り下ろされた黒い刀が、断頭台のごとき勢いでフードの男を襲う。武装魔獣の力によって力を最大限にまで上昇された斬撃の威力は、硬い装甲車でも溶かし引き裂いていくレベルだ。フードの男は、それを視認しながら動けずにいた、先の無理な身体の駆動によって身体が麻痺しているのだ。
 だが、彼は生きることを諦めてはいなかった。必ず助けが来るはずと考えていたからだ。彼を育てている、彼を教育している恩人が。
 黒い刀が彼を切り裂く直前に、それは生じた。
 刀とフードの男の間に一人の小柄な少女が現れて、黒い刀をグローブを嵌めた片手で掴み動きを止めたのだ。
 ナーガは顔一面に驚嘆の色を浮かばせると、それはすぐに憤怒の色に変わった。ナーガの切り札である武装魔獣、ティーガー・ブラッターでの一撃を受け止められたからだ。
 「貴様っ、何者だ!? なぜわたしの邪魔をする!?」
 「生徒を助けない教師はいない、とウチは思ってるんやけどな。だから、ウチはいたって当たり前のことをしたまでやで」
 少女は猫のような細い目、オレンジ色のミディアムの髪を持ち。挑発するようにからかうような笑みを浮かべている。
 ジャージ姿の少女は刀をへし折るつもりで握っていたが、黒い刀は思ったよりも頑丈で折れる気配がなかった。
 「その手に嵌めているグローブはなんだ!?」
 少しずつ冷静さを取り戻してきたナーガが異変に気づいた。普通ならティーガー・ブラッターの刀身に触れれば、触れた箇所が焼かれていき溶けていくはずなのだ。
 しかし、刀を握っているグローブを嵌めた片手は焼かれもせず、溶けてもいなかった。グローブが頑丈なのではない、まるでティーガー・ブラッターの能力が無効化されているような感じだった。
 「なんであんたなんかにウチの商売道具を紹介せなあかんのや。言わへんよ、ウチは。このグローブは魔族の力を無効化する力を持っとるなんて…………あ、言ってしもうた! どないしよ、鉱我くん!」
 笑いながらしゃべっていた、ジャージ姿の少女はうっかりグローブの秘密をしゃべってしまい、フードの男、もとい高崎鉱我に助けを求めるように言った。
 やはり、そうなのか。人間ごときが魔族の力を無効化するすべを手に入れていたのか。ナーガは強く歯を食いしばり、ジャージ姿の少女を睨み付けた。
 「ごめんな、イッチー。迷惑かけて、俺がまだまだ弱いから」
 地に伏したまま、鉱我はジャージ姿の少女、もとい朝霞先生に謝った。
 「なんや、ウチに謝ってるんか。それは大きな勘違いやで、鉱我君。弱いんは仕方のないことや、だから負けるんも仕方のないことや。ウチは負けた君を怒ったりはせぇへんよ。謝るんなら、助けられなかった人たちに謝りぃや。……って、なに角付き! めっさ睨んで、ウチになにか恨みでもあるんか!?」
 朝霞先生は刀の勢いが止まったのを確認してから離してから、しゃがんで鉱我の頭を優しくぽんぽんと叩いた。そして、猛烈な視線に朝霞先生は勢いよく振り返った。
 ナーガは刀を握りなおし、殺戮対象をフードの男からジャージ姿の少女へと移した。今一番危険な存在だと判断したのだ。
 これほどまでに苛立ちを感じたのは初めてのことだった。フードの男には左腕を切断され、ジャージ姿の少女には切り札の武装魔獣の一撃を防がれ、ナーガのプライドはぎたぎただった。
 なにがなんでも殺す。ナーガの思考回路はそれしか考えていなかった。純粋な殺意。猛烈な殺意。確実な殺意。ナーガは雄叫びを上げながら、黒い刀を振り下ろした。
 そう、ナーガは黒い刀をジャージ姿の少女めがけて振り下ろした。そのはずだった。しかし、振り下ろした先には少女の姿はなく、切り裂いたのは空気のみだった。
 「なんや、ウチとやろうんーんか」
 驚愕の表情を浮かばせて、ナーガは少女の声がしたほうへ振り返る。
 少女は、からかうような笑みを浮かばせたまま猫のような細眼を開き、ナーガを睨みつけた。
 ナーガの背後約二メートル離れたところに移動していた。音もなく、気配もなく、髪の毛も少しも揺らがせず、一瞬の出来事だった。
 瞬間移動を思わせる少女の移動の速さと、その瞳の奥に隠した膨大な殺意。ナーガはぞくっとして、背後へと跳んだ。
 「ウチは角付き君と遊んでやってもいいんやけど。……角付き君はウチと遊びたいんか?」
朝霞先生がからかうように笑う。
 目の前で笑みを浮かべ続けている少女の底知れぬ強さ。少女とだけは戦いたくはないと判断したのだ。
 「もう一度言うで、この都市から出てけ、若僧」
 少女は視線をナーガに戻し、淡々と告げた。
 ナーガは二メートルを越える長身に、顎には短く剃られた髭を生やしている。そんなナーガを若僧扱いする、一宮朝霞。
彼女は天界退魔組織内での戦闘力を数値化し、ランクにした中で序列四十三位。退魔者の中ではかなりの手練れなのだ。故に、これだけの数の退魔者を集めることができたのだ。
 化物揃いのトップ五十。
 そんな中に入っている彼女は一騎当千の力も持っているのであろう。
 しかし、今の一宮朝霞にとって退魔者の仕事は娯楽にすぎない。朝川学園の教師をやる、息抜きみたいなみたいなものだ。
 故に、彼女自身ここまで信頼と功績を集めるつもりはなかった。
 教師という静かな生活の他にに少しの刺激が欲しかったというだけなのだ。
 高ランクに名を刻んでしまったからにはなぁなぁには退魔者としてやっていけず、それなりに天界退魔組織に力を貸すという風にしている。
 だから、彼女の本業は教師なのであって、退魔者ではない。
 なので自分の教え子をこんな深夜にぼこぼこに傷つけられて、怒りのボルテージが上がらないわけがないのだ。
 たくさんの退魔者に囲まれたナーガは、両手を上げ降参の意を示す。
 「わかりました、今宵の宴は終いにしましょうか」
 「そうしてくれると、ありがたいな」
 朝霞先生は大きくうなずきながら、虫でもはらうかのように手を振った。
 「だったら、とっとと帰るんや。ウチらの眼の届かんところにな」
 その声が終わると同時に、ナーガの背後に渦巻きのような暗闇が現れた。
 「そうですね、あなた方の眼の届かないところに逃げさせてもらいますよ」
 ナーガは背後に現れた渦巻きのような暗闇に入っていき、ナーガの身体が暗闇に完全に飲み込まれると暗闇は四散するようにして形をなくしていった。
 そして、静寂が生まれた。
 朝霞先生は伸びをしながら高崎に近づいて、手を差し出した。
 「なんであいつを逃がしたんだよ。イッチーならあいつを倒すのは簡単だったはずだよな……どうしてなんだ?」
 高崎は朝霞先生の差し出した手を掴みながら言った。
 高崎は朝霞先生に絶対的な信頼と負けない強さを感じていた。だから、ナーガと戦わずに逃がしたのに心が揺らいだのだ。
 「んーと、鉱我君もさ年上の言うことには従わなあかんやろ。それと一緒や上からあいつに手を出すなて言われたからや」
 朝霞先生はそれに、と言いながら高崎の手を握り立ち上がった。高崎の身体もも引かれるようにして立ち上がる。
 「鉱我くんはウチを買い被りすぎやで。ウチのランクなんてただのお飾りにすぎんよ……君が思うほどウチは強くはあらへんよ」
 謙遜をと思って聞いていた高崎だったが、朝霞先生の悲しげな表情を見て高崎は動揺するしかできなかった。
 「さて、鉱我くんは家に帰りな。傷の手当てとかもしてあげたいんやけど、ウチはここの後片付けをしたら、学校に戻って馬鹿の宿題の追加分を用意しなくてはいけないんんでな」
ここでさっき罪のない人達が死んだんだ。それが大事にならないように、隠蔽工作しなくてはいけないのだ。
 「馬鹿って明っすよね」
 「そうや、まったく困ったもんやわ」
 やれやれと首を振る朝霞先生の表情を見て、高崎は心で安堵のため息を吐いた。

 

 ※

 

 

 

 立花明の自宅があるのは、住宅が密集する朝川市の東部。
 二階建ての一軒屋だった。もとが浮遊都市なので、太陽に近いからと建築物の高さ制限が厳しく制限されていて、背の低い建築物が並んでいる。
 ゴールデン・ウィーク初日。ベッドから抜け出したときには、太陽は高いところに移動していた。もう昼なのだろう、と時計を見ずに思った。連休初日から生活習慣を崩してしまったが仕方がない、もう諦めたのだ。
 ゴールデン・ウィークが始まる前日。つまりは昨日。ストーカー?& されたり、ナンパされたり、変な化物に襲われたり、親友の仕事現場に遭遇してしまったりとなかなか疲れる一日だった。
 もともと朝起きるのは苦手だったのだが、昨日のあれこれのせいでさらに今日は悪化していた。
 「眠ぃ……ふぁ~」
 気怠けに呟いた明は間延びしたあくびをした。
 昨日の出来事がなぜ起きたのか、あいつらは何者なのか明は自分なりそんなことを考えながら着替えを終えてリビングに出た。
 「夏奈は……部活か」
 リビングに出た明が見たのは、テーブルに置かれたカップラーメンと湯沸し器だった。どうやら、朝食を用意してくれなかったらしく、これで済ませろとのことらしい。明はカップラーメンに用意してくれていたポットのお湯を注いだ。
 たしか、陸上部はゴールデン・ウィークの真ん中に大会があるとかどうとか夏奈が言っていた気がする。頑張るのは良いことだ、熱中症には気をつけろよと思いながら熱く照らす太陽を眺めた。
 「……まだ五月だってのにほんと暑ぃな」
 明の呟きに背後から返事が来た。
 「そうですね、明さま日本はこんなに暑い国なのですね」
 彼女の名前はメルト・ギル・スクエア。わけあって昨日から家に居候することになっている。メルは夏奈が用意していたのであろう服に着替えていた。
 「おはようメル」
 「おはようございます、明さま」
 明がメルに挨拶すると、メルは身体を折りかしこまったように挨拶を返してきた。
 昨日からのメルの口調から、メルはどこかの貴族にでも仕えていたかのような雰囲気だった。
 明はメルに敬語を使われて敬われる理由は一切ないと思っていた。だから、メルのことを優しいやつと思う反面で不思議なやつと思っている。
 「なぁ、なんで俺に対して敬語なん」
 言い終わる前に明のポケットにしまわれていた携帯電話が鳴った。
 明はなんでこんなときに、と思いながら携帯電話を耳に当てた。
 『やぁ、おはようおはよう、立花くん。ウチが君に何回電話したと思う。ウチかて暇じゃないんやで、まったく立花くんにはほんまに困ったもんやわ』
 電話ごしから聞こえたのは、明の担任の一宮朝霞の声だった。
 「どうしたんですか、イッチー。今はゴールデン・ウィークですよ。ゆっくりさせてくださいよ」
 『誰がイッチーや! ウチをイッチー言うたんはどの口や!』
 朝霞先生は少し怒ったような気どったような声で言った。
 目の前にいたら、チョップでも食らってるんだろうな、と思いながら朝霞先生の話を待った。
 『立花くん、今から学校に来てくれへんか。君に渡したいものがあるんや……ほれ、急げ、言うたやろ、ウチは暇じゃないんやで……』
 朝霞先生は急かすようにしてまくし立てた。
 「え、なんでですか。俺なんかしでかしましたっけ?」
 なにか朝霞先生に呼び出されるようなことをしたか、考えるがなにも浮かんでこない。
『いいから、はよ来んか』
 「ラーメンが目の前にあるんすよ」
 そろそろカップラーメンが出来上がる時間かなとカップラーメンに視線を向ける。
 『ラーメンなんて、知ったことか。ラーメンとウチでどっちが大事なんや』
 「ラー」
 『ウチやろ、せやからはよこい!』
 明がラーメンと口にしようとすると、吐き捨てるようにして言って、朝霞先生はぶつと携帯電話を切った。
 携帯電話をポケットにしまい、明はため息を吐いた。
 「メル、ちょっと出かけてくるから、それ食っていいぞ」

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