魔王シリーズ サタンライフ・オワ・デッド

カルトン

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藤田沙希という少女

沙希は明の言葉に狼狽した。それは、尊敬している亜矢先輩が退魔者になった理由を、こんな変態に言ってしまっていいのかと思ったからである。なぜなら、亜矢先輩が退魔者になった理由は、目の前にいる変態が関係しているからである。
だから、沙希は言わないことを選んだ、
「わたしは知ってますけど……亜矢先輩のことが知りたかったら、先輩が自分で訊いたらいいじゃないですか。先輩と亜矢先輩は幼馴染みなんですよね」
たしかにその通りだ、と明は言った。たしかにその通りだから、明は心のどこかで亜矢に苛立ちを感じているのだ。
幼馴染みであるのに、そんな危険な仕事をしていると明に隠していていたことに腹が立っていたのかもしれない。
亜矢と近くで過ごしたのは、たったの十年間かもしれない、されど十年間だ。十年間も経てば色々と都市も変わった部分が見えてくる、違った景色が見えてくる。
亜矢は、どこかで退魔者の仕事で疲れているような雰囲気を出していたんじゃないだろうか。明がそれに気づいてあげれなかっただけなんじゃないだろうか。亜矢は昔からどこか強がりな部分がある。だから、無理して平気な顔をして、明たちと喋っていたんじゃないだろうか。
「なぁ……やっぱりさ、死んだ奴とかいるのか? 魔属と戦ってさ。戦死した奴とか」
明は考えもなしに口から呟いていた。沙希は、表情を暗くして、そうですね、と呟いてから言った。
「……魔属と戦う以上は死の危険とは隣り合わせって言いましたよね。だから、はい、魔属と戦って敗れて亡くなった人たちもいるそうです」
「ってことわよ、沙希や亜矢が死ぬ可能性もあるってことだよな」
明の言葉に沙希は二度うろたえた。なんでこの変態な先輩はそんなことを訊くのだろう、彼女はそう考えたのだった。
「そうですね、その可能性はありますよ。弱ければわたし達も負けますから。そんなことより、なんで立花先輩が亜矢先輩は幼馴染みだからとして、わたしのことも気にかけているんですか?」
え?、と明は炭酸のグレープジュース傾けながら呟いた。沙希がそんなことを訊いてくるとは思ってもいなかったのであろう。
「……だって、沙希は俺達を助けてくれただろ。だから俺が、命の恩人であるお前を心配するのは当たり前だろ」
そうですか、と沙希は呟いてロコモコバーガーを口に運びながら、改めて立花明を眺めた。
少女とも思える顔立ち、肩にかかるぐらいまで伸びた女子のような髪、華奢な身体。高いソプラノに近い声。どう見ても初見では少女と間違えてもおかしくはないだろう。
もし、明が女子の制服を着ていたら普通に学校の先輩と後輩の関係に見えるかもしれない。
よくよく考えると、一見少女に見えるこの先輩が変態行為をするのかと疑いたくなった。
そんなことを考えていた沙希が不意に呟いた。
「立花先輩って、どこからどう見てもかわいい女の子みたいですよね……失礼ですが、性別偽っているんじゃないですか?」
「偽ってなんかねぇ、俺は正真正銘の男だよ! なんでまわりは俺に対してかわいいなんて言うんだよ! 俺にあまり力がないからか!?」
明は叫んで、なにも偽ってなんかいないことを証明しようとする。しかし、叫んで発せられた声には信憑性はなかった。
ハンバーガー点にいたまわりの客も明の叫びを聞いて、嘘、あの子男の子なの!? いやいや、性同一性障害だろ! 彼は男の娘なのかもしれないぞ! などというざわめきがあった。
明はため息を吐いて、残りのフライドポテトを口に放り込んだ。十年前からよく女の子みたいとまわりから言われているが、それが馴れてきたと感じることはなかった。
「でも、立花先輩ってほんとうにかわいいですよ。男の子なのが勿体ないぐらいです。先輩が女の子だったら、一緒に買い物とかも行けたんですけどね。こんなかわいい先輩と街を歩けるなんて、名誉に近いですよ」
少し残念がりながら沙希は言った。それはさすがに、誇大評価過ぎなんじゃないか、と苦笑いを浮かべながら明が口にした。
「べつに買い物ぐらいいつでも付き合ってやるよ。休日は俺はたいてい暇だしよ。沙希の都合がよかったらな」
沙希は、明の言葉を聞くと顔を爆発したかのごとく真っ赤にさせた。
「でも、立花先輩と買い物とかに行ったら……その……付き合ってるとか思われちゃうかもしれないじゃないですか!」
顔を真っ赤にしながら、沙希は恥ずかしそうに言った。彼女は中学三年生である。男子と一緒に街を歩くことにどこか恥ずかしさを持っているのだろう。
明はそんな沙希に対して、あのな、と言ってから少し照れたように続けた。
「俺を女の子みたいって言ったのは沙希だろ。だったら、俺とお前が一緒にいてもまわりはそんな風に思わねぇだろうが」
そんな明の言い分に対して沙希は、でも、と顔を真っ赤に染めて下を見た。そして、話の話題を変えようと沙希は考えながら口にした。
「そうだ、立花先輩! 立花先輩は亜矢先輩のことどう思っていますか? 幼馴染みなんですから、何かありますよね?」
どこか期待気な眼で明を見る沙希。自分の尊敬している先輩が他人ではないが、幼馴染みである明からどう見えているか気になっていたのだ。
「え、亜矢!?」
明は不意を突かれて、困ったように腕を組む。
「亜矢とは十年前から付き合いだからなー……さっき、沙希が言ったみたいに俺って女子みたいに見えるんだろ。全く嬉しくはないけど。それでさ、よくまわりの男どもにからかわれたりしたんだよ。女子からもちょっとなにかを隠されたりしたな」
十年前から女の子みたいだったということは、小学生の頃からと言うことだろう。当時の明は、男子とは思えないその容姿で、男子からも女子からもいじめの対象になっていたのだろう。
「だから、俺は学校なんてもんが嫌いだった。毎日学校に行って、馬鹿にされて帰る。俺に力があればやり返すこともできたのかもしれないけど、俺ってさ力も弱いし、馬鹿だからさ、何もできなかった」
笑って語る明の眼には、過去を懐かしむような色が見えた。
「でもある日から俺は学校に行くのが好きになった。亜矢と鉱我がさ助けてくれたんだよ、俺のことを。クラスでいじめられていた俺をかまえばどうなるかわかっていたはずなのに」
いじめの対象をかばうということは、そのかばった人が今度はいじめの対象になるということはよくある話だ。
「思った通り亜矢と鉱我にいじめの矛先が向かった。でも、あいつらはそんなの痛くも痒くもないみたいに振る舞い、俺にいつも声をかけてくれたんだ」
そして、間を開けて、間の抜けたような声で明は言った。
「よーするに、亜矢と鉱我は優しいんだよ」
沙希は、明が語った過去の話しに、はぁ、と曖昧な相づちを打った。
「いやいや、立花先輩! 誰がちょっと感動する話を話してくださいっていいました! あれ、ちょっと涙腺が……じゃなくて、亜矢先輩のことどう思っているんですか!?」
予想していなかった明のちょっと感動する話に、思わず瞳に涙を浮かばせながら沙希は言った。
「……優しい」
明は、なぜ二回訊くんだ? と首を捻りながら答えた。
「じゃなくて、亜矢先輩を一人の女の子としてどう思っているんですか?」
沙希は、なぜ質問するだけでこんなに苦労するのだろうと思いながら口にした。
明は腕を組んだまま、んー、と唸り声を上げて考え出した。そんなに深く考えなければわからないのかよ! と沙希は内心で叫んだ。
「髪をよく手入れしている……とか?」
考えた挙げ句疑問系で口にした、明。
「いやいや、立花先輩! それぐらい普通の女子ならちゃんとしますから。もっと他に何かあるでしょう、胸が小さいとか、大きな瞳がかわいいとか、腰がちょっといやらしいとかあるんじゃないですか!! 先輩って女の子を見る目がないんじゃないですか。見た目は女の子みたいなのに、心は馬鹿な男の子ですね」
沙希に馬鹿と言われ、うっ、と詰まる明。
「お前よく亜矢のことそんなに言えるな、もはや色々と変態の域に達していないか!」
「心外ですね、立花先輩。わたしは亜矢先輩と仕事のときは一緒に行動しているのですよ。それぐらい知っていて当然ですよ。変態に変態って言われたくはありません」
たしかにそうだ、と明は思った。沙希と亜矢は知り合って、まだたったの一ヶ月だ。それに対して、明と亜矢は知り合って十年もなる。なぜか不甲斐ないな、と思わずにはいられなかった。
「立花先輩がそんなんじゃ、夏奈ちゃんが可哀想ですね」
「ん、夏奈を知っているのか?」
不意に会話に出てきた妹の名前に明は驚いた。
「はい、夏奈ちゃんとは同じクラスですよ。たまに立花先輩の愚痴を聞かされたり、褒めている話を聞くことがありますよ」
明は言われ、実の妹が兄の愚痴を言っていることに、心を揺さぶられた。今日一番の驚きかもしれない。退魔者や魔属の話を超えてダントツで一位だ。
「なぁ、夏奈が俺に対してなんて言ってたんだ! どんな愚痴を言ってたか聞かせてくれ! 改善するからさ」
必死になって沙希に頼む明に、沙希はシスコンか!と言って退いた。明からすれば、妹に嫌われるのは死刑も当然なのだろう。毎日必然的に顔を会わせてきた家族に嫌われるのはさぞかし辛いだろう。
「そんなんですとほんとうに変態みたいですよ、立花先輩」
誰かに嫌われるのを拒む明の思いに、沙希は同じ思いを心に抱いて笑って答えた。
「ところでさ、沙希はどうして退魔者になったんだ?」
明はそういえば聞いてなかった、と思い出したようにーーその通りだが、沙希に訊いた。実際、沙希もとてもかわいいほうの女の子だと明は思う。だから、そんな少女が危険な退魔者をやっている理由が気になったのだ。
「知りたいですかー」
「お願いします教えてください!」
にやにやと笑みを浮かばせる沙希に、明は拝むように頼む。
「んー……教えない! その代わり、わたしがなぜ囲碁部に入っているかを教えましょう」
「……よろしく頼む」
聞きたかったこととは違うけれど、沙希が、言っちゃ悪いが最近の女子がしそうにない囲碁なんてやっているのだろうと思っていた。
「まぁ、単純に言えば心理戦が楽しいからですかね……やっぱり、それが重要です」
楽しそうに語りだした沙希の言葉を聞いて、明は首をかしげた。明は囲碁にそんな詳しくはないがどういうゲームかは知っている。だから、心理戦と言われてピンと来なかったのだ。
「囲碁に心理戦の要素なんてあったか?」
「たくさんありますよ。というよりは心理戦しかないとわたしは思ってますよ。相手の裏をかいて攻め、罠をはり相手に攻めさせ罠にはめさせる。どうやったら、相手の心を折れるか……じゃなくて、全力で倒せるかを常に考える。囲碁を心理戦と言わず何を心理戦と言うんですか!!」
沙希の黒い部分が一瞬だけ見えた気がしたが聞こえなかったことにしよう。趣味のことを話すとなると、やはり誰でも楽しそうに話すもので、沙希は笑顔で淡々としゃべっていく。
「結構強いのか、沙希は?」
「そうですね、数字で言えばアマの五段ですね。まぁ、世界は広いんでわたしより強いのはたくさんいますよ」
アマとはアマチュアのことだが、それでも五段はとてつもなく凄いことだと、明の少ない知識が教えてくれた。
「なぁ、沙希ってさ頭はいいほうか?」
「え……頭ですか?」
唐突に明に問われた沙希は、そうですねー、と言って考えた。囲碁が強いのなら頭もいいのではないか、と明は考えたのだ。そしてあわよくば……。
「いいほうだと思いますよ。たしか四月にあった学力テストで総合学年一位だったかと」
英語が学年最下位だった明にとって、沙希が急に雲の上の人に見えた。だから、明は期待を胸に沙希に訊いた。
「なぁ、今度さ俺に英語教えてくれないか。たくさん宿題があって困ってるんだ……頼む!」
沙希は、えー、と困ったような表情を浮かべてから、にやにやした表情を作った。
「知ってますか立花先輩、宿題って自分でやらなきゃ意味がないんですよ」
「あぁ、もちろん知ってるさ」
沙希は少し考えてから、仕方ないなー、と笑い明もつられて笑った。
楽しそうな空間を打ち壊すように、沙希の携帯電話が鳴りだす。
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