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ライオネル・セキア襲来
※
突然鳴り出した退魔者の携帯電話は、魔属が近くに現れると自動で鳴り出す仕組みになっている。
沙希は携帯電話の画面を見て、鳴り出した原因を理解した。そして、そこに記されていた文字が沙希に焦りを与え、ごくりと息を飲んだ。
そこには、友人からの連絡などの優しいものではなく、魔属がすぐ近くの結界の中に現れたと記されていた。つまりは戦闘命令のようなものである。
魔属の活動が活発になる時間帯は大抵深夜夜中だ。だから、こんな昼前から魔属が結界に現れたことにも沙希は動揺していた。
さらには、魔属と戦う際、いつも一緒に行動をしている亜矢先輩がいない今戦うのは沙希一人ということになる。
短い呪文を一つ口にすれば、結界の中に入って魔属と戦える。
「あの、立花先輩! 用事があるからそろそろ帰っていいですか?」
沙希は用事なんてないが、そう言って明から離れようとした。
「ん、そうか。今日はありがとな、飯奢ってくれて。助かった、腹へってたからさ。今度は俺が餃子奢るよ」
明は、今度沙希にイチオシの餃子専門店『天』で餃子を奢ってやろう考えた。沙希はそれを笑顔で、お願いします、それでは、失礼します、と言って、明のじゃーな、という声を背中に聞きながら店の外へ駆け足で出た。
そして、彼女は人目のない路地裏へと急ぎ、魔属が闊歩しているであろう、結界の中に入るための呪文を呟いた。
「ゲートオープン!」
呪文を唱えると沙希の身体は、普段の世界から姿を消して結界の中に存在するもう一つの世界に移動した。
路地裏から出た沙希はまずまわりを見回して、被害の現状を確認した。辺りの建物はほぼ崩壊して、先程まで立花先輩と談笑していたハンバーガー店は原形をとどめていなかった。
「……ひどい」
時間が経てば修正されるのだが、やはり悲惨な状況を見ると胸が痛んだ。沙希はいったい誰がとさらに辺りを見回すると、断続的に響き渡る巨大な崩壊音が彼女の耳に鳴り響いた。
沙希は巨大な崩壊音がした方へと駆け出した。崩壊音がした上を見ると、土煙が上っている。
疾走する沙希が表情を歪める。建物を壊して崩壊音を引き起こしているものの正体に気づいたからだ。
それは身の丈二メートルは簡単に越えている大柄の獅子の男だった。
意思を持ち破壊と殺戮を行う悪の権化。魔属だ。
「獣人属ーー!」
沙希は長身の獅子の行動を離れて観察した。革のジャケットを羽織り、古い学帽を頭に乗せている。体つきは非常によく、筋肉で身体中パンパンだった。所謂マッチョだ。
ザっ、と獅子の男が踏み出し沙希を視界に捉えた。そして、獅子の男は口を開き笑いだした。
「かっかっかっ、やっと来た退魔者が二人のガキかよ。なんだよ、俺が暴れ足りねーのかよ! つまんねーな!」
沙希はしまった、と内心で呟きながら縮小してブレスレットにしている水霜騎を元のサイズに戻して構えた。そして、重心を低くして構えたところで沙希は二人……? と唖然としたように呟いて振り返った。
「なんだよあいつ!? 昨日みたいな魔属って奴か!? ……おい、沙希あいつなにもんだ?」
そこには先程まで沙希と談笑していた立花先輩が、獅子の男に驚いて立っていた。彼は、獅子の男を指さし沙希に現状の解説を求めてきた。
現状の解説を求めたいのは沙希も同じだった。
「なんで立花先輩がいるんですか!?」
どうにか気を取り直した様子で、沙希が訊いてくる。明は焦りを隠そうともせずに、
「それはこっちの台詞だ、沙希! なんでお前もこんなわけのわからないところにいるんだよ!」
「ここは結界の中ですよ! さっき言いましたよね、普通の人は入れないんですよ! さっそく忘れたんですか、立花先輩! バカですか!?」
「バ、バカ!? ……いや、たしかにバカだけど、それは覚えてるよ! 俺が知りたいのはなんでお前がここにいるかで」
「そんなの決まってますよ。そこにいる魔属を倒すためですよ! 立花先輩こそ、なんでここにいるんですか?」
「……いや、それは俺も知らないんだ。気づいたら、壊れたハンバーガー店にいてよ」
えー!! 、と沙希が驚いたように叫ぶ。明も、霊力も魔力も持たない一般人のはずの自分がなぜ結界の中にいるのかわからなかった。それでも、一つだけわかることがあった。
「そこにいる魔属を倒せばいいんだな!」
明は拳を握り構える。喧嘩はあまりしたことがない温厚な性格だが、普段温厚なだけに怒ったときの破壊力はたぶんすさまじいだろう。
それは人間相手での話であって、今目の前にいる獅子の男に明の拳が通用するとは思えなかった。
「立花先輩は危険ですから下がっていてください。あいつはわたしの相手です。わたしが片付けます!」
沙希は地面を蹴り、加速した。構えた槍が一直線に獅子の男を襲う。神具・水霜騎の一突きの威力は、厚い装甲でも軽く貫いていくレベルだ。しかし、獅子の男は笑い声を上げながら、背中に背負っていた三日月の戦斧を重々しく持ち上げて、水霜騎の突きを下にずらし防いだ。
槍が地面に向かされた沙希は無防備な状態に一撃来るかと思い、覚悟を決め歯を食い縛った。しかし、反撃は来ず、獅子の男の笑い声だけが聞こえた。
「かっかっかっ、面白いな少年少女! 待て待て、相手はしてやるが、ちょっと待て! 俺の上司に敵と戦う前には名を名乗れと言われてるんでな。俺はこう見えて真面目なんだ」
獅子の男が服装正し戦斧でカン、と地を叩いた。
「俺の名はライオネル・セキアだ! 気安くライオネルと呼んでくれ!第四魔界《十の魔刃》・《炎天刃》の相棒的なことををやっている! 武器は見ての通り、この戦斧と己の身体だ! さぁ、お前らも名乗りたかったら名乗れ!」
「第四魔界の幹部クラスの相棒がなんでここに!?」
「かっかっかっ、知りたきゃ無理矢理吐かせてみろ。簡単に言わんが、こう見えて真面目だからな!」
ライオネルの拳が今度こそ沙希に向かって飛んできた。沙希はそれを予知していて、直撃を受けて吹き飛ばされたが、安定して着地して槍を構えた。
そして槍を前に突き出し宙を突く。
「噴水華ーー!!」
槍から放たれた水の槍は、ミサイルのような勢いでライオネルに突き進んでいった。神具・水霜騎にある神技の一つだ。霊力を槍に込め放つ水の槍はさながらウォーターレーザーのようだ。
ライオネルはそれに戦斧を叩きつけ力技で粉砕した。沙希が技を防がれたことに動揺している隙に、ライオネルは疾駆していた。
「かっかっかっ、悪いな少女、俺はこう見えて素早いほうなんだよ!」
ライオネルの戦斧が、沙希の身体を右上から斜めに引き裂こうとする。沙希の噴水華を粉砕した力だ、沙希の身体なんてあっという間に真っ二つだ。
「くっ!」
沙希は槍で戦斧の直撃を防ぎ、ライオネルから離れるために後ろに跳んだ。力が残っていた戦斧は全力で振り抜かれ、地面を砕き刺さった。
ライオネルはよっこらせ、と肩に背負い沙希を見て笑った。
「かっかっかっ、なかなかしぶといな! いいね、グッド! コングラチュレーションだ! もっと楽しませてくれよ! そっちの少年も突っ立てないでかかってこいよ!」
言ってまた、かっかっかっと笑った。どうやら、ライオネルはこの戦闘をかなり余裕でいるらしく、本当に死ぬ気がないらしかった。
「おう、いいぜ! いってやるよ!」
明はライオネルに挑発され、一歩踏み出すが沙希がそれを制した。
「ダメですよ、立花先輩。立花先輩は戦えないんですよ、下がっていてください。わたしが必ず倒しますから」
そんな二人を見てライオネルは、かっかっかっと笑った。沙希と明は目を丸くしてライオネルを見た。
「なんだ彼氏さんは彼女に守られとるんか。しっかりせんか、少年。男は女を守るもんやで」
ライオネルの言葉に沙希は赤面して、手をぶんぶんと振った。
「ちちち、違いますよ! わたしと立花先輩はそんな関係じゃないですよ。ただの先輩と後輩ですから」
なにを魔属相手にこんな必死になっているんだろうか、と明は思いながら沙希は手をぶんぶんと振る。
「違うんか、だったらそこの少年をうっかり殺しても少女は悲しまないよな」
「え!?」
沙希はライオネルの言葉に狼狽した。ライオネルが言った言葉を理解するのに少し時間がかかってしまった。立花先輩を殺す。そんなこと、
「ダメです! そんなのわたしがさせません!」
笑っていた瞳に殺意を込め始め、ライオネルの雰囲気が変わっていく。もとから大きかった身体がさらに大きく見えた。
そんなライオネルの姿に禍々しい気配を感じて、沙希が表情を険しくした。
彼はここでわたしがたおさなければいけない、と決意する。退魔者としての直感が沙希に告げていた。この魔属をこのまま放置していたら、立花先輩は殺されるかもしれないし、さらには巨大な災厄をこの都市に呼び込むことになるかもしれないから、と。
彼女は片膝を着き厳かに詠唱を開始した。
「ーー水神の騎士の槍の貰い手が紡ぎます。水面の調和を持ち、風雨の旋回を放ち、一騎当千を越える水軍よここに集い給え!」
詠唱していく少女の体内で練り上げられる魔力を、神具・水霜騎が喰らい力を増幅させる。槍から放たれる強大な霊力に、ライオネルは、かっかっかっ、と楽しげに笑みを作る。
笑ってられのは今だけですよ、と叫び沙希は、コツ、と槍を地面に当てながら叫んだ。
「山嶺華ーー!」
直後、ライオネルの地面から山のような水柱が突き上げた。不意打ちのような技だが、立花先輩の命がかかっている以上手段を選んでいる余裕はなかった。この不意打ちの速攻でライオネルを倒し、一段落と一息吐いた沙希の視界が暗くなった。正確には巨大なものが背後に立って影が出来たのだ。
え!? 、と思い振り返る沙希。そこには倒したと思った、ライオネルが無傷のまま笑顔を浮かべ立っていた。そして、戦斧を振りかぶっていた。
「かっかっかっ、楽しかったぜ! だから、一撃で殺してやるよ!」
「しまっーー」
沙希の表情は凍りついた。
水霜騎で防ごうにも間に合わない、跳ぼうにも一度緊張を解いてしまったため直ぐには動きそうにない。 沙希は完全に油断していたのだ。自分が持てる技で、魔属を殺した。そう思ったのだ。今まで魔属と戦ってきて、天性の腕と水霜騎の力で魔属を倒してきた沙希。だからこそ、彼女は自分の力に自信を持っていた。そして、今回の相手も楽にいける、そう考えていたのだ。しかし、天性の腕と水霜騎の力だけでは敵わない相手に出会ったのだ。
沙希が出来るのは、槍術と素人並みの魔術を水霜騎の力で倍増にするだけ。彼女だけのステータスはまだ高くはないのだ。
地を簡単に砕き割るその攻撃に、脆弱な人間の、まして少女の肉体が耐えられるはずもない。沙希もそうだ。
退魔者としてまだまだ日の浅い沙希だったが、その結末を彼女は一瞬で理解した。
死を覚悟するほどの時間は彼女にはなかった。
たが最後に一瞬だけ、笑い合っている見知った少年と少女の姿が脳裏をよぎる。憧れの先輩と、昨夜であったばかりの、見た目少女のような先輩の面影が。
自分が死ねば、きっと先輩達は泣いて悲しむだろう。
すいません、立花先輩。餃子を食べにいく約束を守れそうにないです。
すいません、亜矢先輩。たくさんある恩を返せないで死ぬことを許してください。
そして、彼女は思ったのだ。いつも幸せそうに笑う先輩達が悲しんでいるところなんてみたくはないな、と。
だから死にたくない、と沙希は心の中で大きな声で叫んだ。そう叫んだ自分自身に沙希は驚いて、そして、
「沙希ィーーーー!」
沙希の肩にライオネルの戦斧がぶつかる前に、思いがけない距離から、その立花先輩の声が聞こえてきた。
明は跳んで、沙希の身体を抱きそのまま地面に流れるように落下した。仕方がなかったとはいえ、学校の後輩を抱いてしまったことに、明は少しばかり責任を感じながら、腕の中にいる沙希に訊いた。
「大丈夫か?」
沙希は瞳を数回瞬かせ、明の表情を見た。明の顔には汗があり、背中にはいやな汗もかいているようだった。全力で走り、沙希に向かって跳び、すれすれで戦斧を回避したのだ。怖かったに違いない。
「……どうして来たんですか!?」
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