魔王シリーズ サタンライフ・オワ・デッド

カルトン

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亜矢の実力

ガタイの割りに素早いライオネルの動きに、亜矢は少し驚いたような表情を見せるが、直ぐに緊張と戦闘意識を取り戻し、足下に加速術式を展開する。
ライオネルが、亜矢が一瞬前までいた場所を戦斧で叩きつけると同時に、亜矢がライオネルの背中に弾丸を放つ。
火薬が炸裂する音とライオネルが痛みに耐える声を上げるのはほぼ同時だった。ライオネルは振り返り、亜矢を睨もうとするがそこにはもう亜矢はいなかった。
「どこにっーー!」
「ここよ!」
どこに行った、ライオネルが叫びきる前に、ライオネルの腹部に猛烈な勢いでの肘突きが直撃して、叫びを中断させた。ライオネルは血を吐き、戦斧は手から滑り落ちた。
亜矢は、一瞬で距離を縮めライオネルの腹部に肘突きを直撃させたのだ。
亜矢が使う魔術〈加速〉には、身体への負担が大きく使用者にかかることになる。それゆえ、使う退魔者は少ない。
展開した魔方陣が少ない場合はあまり負担はかからない。しかし、亜矢は今の突進で展開した魔方陣は五重。身体に多大な負担がかかる使用だ。
たしかに魔方陣をたくさん展開すれば、力も増して加速度が上がる。標的に強力な一撃を与えることができる。
彼女は倒したかったのだこの獅子の魔属を。第四魔界の幹部を倒して、地位や名誉が亜矢は欲しいんじゃなかった、ただ彼を守るために、なんとしてでも彼を殺そうとする悪を倒したかったのだ。
黙っていたライオネルに、どうよ、と力を込めて口にすると、ライオネルは上を向いて笑いだした。
「かっかっか、なんだ今日はついてのか、俺は! 二度も血を吐くとはな、いやぁ、けっこうガキを舐めてたわ! そうだ、たしかこの市って『境界の管理人』がいるんだっけか! うかつだったな、そろそろ来るか! 俺はこう見えて記憶力はないんだ!」
亜矢はライオネルが高らかに笑ったことにもだが、『境界の管理人』という言葉にも衝撃を受けた。彼女は聞いたことのない言葉に動揺しながら、加速術式を展開してライオネルと距離を作った。
「まてまて、俺はもう争うつもりはない。和解するつもりもないがな。今日はもう帰る。疲れたんだよ、いいだろ」
ライオネルが戦斧をよっこらせ、と拾い上げながら口にして、亜矢を見る。
「え……そうしてくれるならありがたいけど」
亜矢はライオネルの提案に頷こうとすると、沙希が叫ぶ、
「亜矢先輩、今がチャンスですよ、あいつわたしと亜矢先輩の攻撃を受けてヘロヘロなんですよ。逃がしちゃ行けません!」
ライオネルが笑わずに、ふー、とため息を吐き沙希に視線を移す。
「少女よ、俺はまだ戦ってやってもいいんだぜ。俺はまだピンピンしてるからな……けどな、あちらの少女の身体は限界らしいけど。それでも、やるのか?」
え、と沙希は尊敬している先輩を見やった。そこには膝をついた姿勢の亜矢がいた。肩で息をしているようで、表情には疲労の色が浮かび上がっている。
「どうしたんですか、亜矢先輩!?」
沙希は亜矢に訊くが、亜矢は答えない。答えない亜矢の代わりにライオネルが答えた。
「俺の勝手な考えだが、ここまで来るために無理をしたな、少女。少女の身体は俺と戦う前からかなり傷ついていたようだった……そうだろ? よくそんな状態で俺に一撃与えたな」
ライオネルの推測に亜矢は黙ったままだった。ただ沙希だけは、そんな、と絶望を呟いていた。
「じゃあ、ぼちぼち帰るわ。今度あったらお互い本気でやり合おうぜ、少女達……近いうちにな」
そう言ってライオネルは背後に現れた渦巻きのような暗闇に入っていき、ナーガの身体が暗闇に完全に飲み込まれると暗闇は四散するようにして形をなくしていった。
ライオネルの姿が完全に消えるのを確認してから、亜矢は明の元へ駆け出した。
明の頭を持ち上げた彼女の表情には、焦りが浮かんでいた。どうやら、明が魔属に攻撃されたと勘違いしているようだ。
「どうして! ……どうして、明くんが! あたしが、あたしがもっと速く着いていれば! ……明くんが魔属に酷い目に会わずにすんだのに!」
「……亜矢先輩、立花先輩は魔属にやられてませんよ。立花先輩を気絶させたのは、わたしというかなんというか」
沙希が少し悪く思いながら、口にした。
「って、亜矢先輩。わたしが立花先輩に抱かれたところを知っているなら、わたしが立花先輩を突き飛ばすのも見てるはずでは?」
「え!? あの話本当だったんだ!? ……ごめん、ちょっと騙してた。もとからあたしはなにも見てなかったの。だ・か・ら、沙希が明くんに抱かれたのは見てないよ。本当は着いたのはギリギリだから」
焦るような嫉妬するような声で、亜矢は沙希をジトッと見た。沙希は、自爆したなー、と思いながら亜矢から眼を逸らした。
「う……うぅ、痛てて、酷い目に会ったぜ」
亜矢の膝の上で気絶から眼を覚ました明が見たものは、近くにある半泣きの亜矢の顔と女の子っぽい匂いだった。
「亜矢なにしてるんだよ!?」
身体を勢いよく起こした明は、亜矢に訊く。
「なにって、介抱に決まってるでしょ……どこか痛いところある?」
亜矢は膝枕してたことなんて、当たり前のごとくに言い、首を傾けた。
「沙希に一撃もらって腹が痛いかな」
明は腹部をさすりながら、あれはけっこう痛かったな、と思い返した。
「へぇ、明くん沙希って読んでるんだ。名前で呼ぶほど仲がいいんだね、明くん沙希に抱いたらしいしね。いつの間にそんな仲良くなったの?」
棒読みで睨んでくる亜矢から、明も眼を逸らして沙希を見た。
「亜矢先輩、わたしと立花先輩はそんな仲良くないですよ! それに、勝手に立花先輩が名前で呼んでるんですよ!」
「……けどな、俺、お前の名字なんて知らないから。昨夜、亜矢が沙希って呼んでたのを覚えてただけだからさ。それに沙希が俺の前で名前言ってないないんだ! 名字を知ってるわけないだろ」
あ、そうでした、と口にしたい顔を作って、えへへ、と沙希は笑った。
「あ、そうでしたみたいな顔すんなよ」
沙希は姿勢を直し、一礼した。
「ではでは、改めまして、藤田沙希っていいます。以後よろしくお願いします、立花明先輩!」
「なんで俺の名前フルで知ってんだよ……まぁ、よろしくな」
これが、沙希との初めての自己紹介だった。できれば、もう突き飛ばされたくない、と思いながら明は返した。





亜矢が治療のために一度支部へ向かうと言って、去っていった。二人きりに残された明と亜矢は朝川市立の図書館に来ていた。
「立花先輩これも違いますよ、あ、これも違います。あと、これとそれもです。はい、やり直してください」
「おい、これ全部じゃねーかよ! ……けっこう自信はあったんだけどな。やっぱ、英語は難しいな」
「自信て、全てを間違える自信ですか? 立花先輩がここまで酷いとは思ってませんでした。バカなんですね、立花先輩って」
「うぅ、すまねーなバカで」
明は、回答全てに小さく赤でバツをつけられたプリントを凝視する。むむむ、と唸って考えるが明に答えは出てこなかった。
沙希は、はぁ、とため息を吐いて、缶ジュースをあおいだ。
図書館に明と沙希が来た理由は、明のゴールデン・ウィークの英語の宿題を沙希が教えるためである。
そして、試しに明一人に問題を解かしてみて、どれくらいできるか見たが、まさかの全問不正解にむしろ狙ったんじゃないか、とため息しか出なかった。
「なぁ、亜矢はどこに行ったんだ?」
プリントとにらめっこしている明が、沙希に訊ねた。
「まだ退魔者に首を突っ込むんですか、立花先輩? 死にかけたんですよあなたは少しイレギュラーな存在だとそろそろ自覚してくださいよ」
明はプリントから沙希に視線をずらす。
「俺がイレギュラーな存在ってどういうことだ?」
「昼食のときに言いましたよね。結界の中に入れるのは魔力か霊力を持った存在だけなんですよ。ですが、今の立花先輩からはなんの力も感じられません! つまりは、」
「俺は普通結界の中には入れないってことだろ」
沙希に振られたから明は答えたが、それが知りたいのは明も同じだった。うっかり魔属と遭遇なんてしたくはない。
「うっかり、結界に入る呪文を唱えたとしても、力がなければ入れないんですよ、というより、立花先輩は結界の中に入るための呪文を知らないはずなんですよ。だから、さらに謎なんですよ」
へー、と明は頷く。
「俺だって入りたくて入ってるんじゃないしな。でも、入れてよかったよ。沙希……じゃなくて、藤田を助けられたんだしな」
明は、沙希に睨まれたように感じて慌てて訂正した。やはり、急に呼び方を変えると慣れない。
「亜矢先輩がいないときは、沙希でもいいですよ。そのほうが呼びやすそうですし、仕方ないですね」
「ん、そうか助かる。やっぱ、慣れないんだよ」
沙希はまた、はぁ、とため息を吐き、なんでこんな人が、と思いながら口を開いた。
「いいですか、立花先輩。天界退魔組織はこの浮游都市に三つの支部を持っています」
「それって」
「はい、立花先輩のお察しの通り浮游都市にある三つの市に一つずつあります。朝川支部、向行ヶ原支部むこうがはらしぶ久流島支部くるしましぶがあります。亜矢先輩は朝川支部に向かいました。わたしと亜矢先輩は朝川支部に所属しているんですけど。で、本部は日本本土のどこかにあるらしいです」
「どこかって、知らないのか?」
明が気になって訊くと、沙希は頷き、
「はい、わたしはランクだけは高いですけれど、組織の中では末端の末端の末端ような存在ですからね。まだまだ天界退魔組織について知らないこともあるんですよ」
だから、と沙希は言葉を紡いだ。
「『境界の管理人』なんて退魔者わたしは知らないんですよ。おそらく、あだ名や二つ名の類いだと思うんですけど、朝川支部で一度も耳にしたことがないので」
沙希はライオネルが口にした言葉が気になっていた、明がプリントに不正解の答えを並べているときに、携帯電話で天界退魔組織の朝川支部に入って調べてみたが、なんのヒントも出てこなかった。
「知らないものがあったら、知ればいいんだよ、例えば、博識な奴に訊くとかな」
と、口にした明が背後を振り返るとそこには私服姿の明の同級生が立っていた。
「よう、なんで中等部のプリンセスと明が一緒にいるんだよ」
「よう、英語を教えてもらってるんだよ」
「だけどなんで、中等部のプリンセスなんだ?」
「沙希って中等部のプリンセスなんて呼ばれてるのか?」
「え!? そうなんですか、知りませんでした!」
「あー、裏での話だしな。ちなみに高等部のプリンセスは亜矢だぜ」
そこにいたのは、高崎鉱我だった。
笑いながら言う高崎に、そうなのか、と少し驚いたように明は返して、沙希は、さすが亜矢先輩です! と興奮していた。
「それより明、中等部のプリンセスと一緒にいるのが中等部の男どもに知れ渡ったらめんどうなことになるぜ」
「そんな……わたしはそんなにかわいくないですよ!」
首をぶんぶん振り顔を赤くしながら否定する沙希に、追加で明が言った。
「そうだぜ、軽く俺を突き飛ばすぐらいの力があるんだぜ」
「立花先輩、それは言わないで下さいよ。さすがに初対面の相手なんですよ、わたしは。変な印象持たれちゃうじゃないですか!」
心配する沙希の顔を見て、高崎があくびをしてから、そうだよな、と口にした。
「初対面なんだし、自己紹介ぐらいするか。俺は高崎鉱我。こいつと同じクラスなゎだ。趣味は昼寝。今日は涼みに冷房の効いた図書館に来ている」
「さらに言えば、天才でイケメンで運動神経抜群で、完璧人間だ」
高崎の自己紹介に明が付け加えた。それ必要か、と高崎が明に訊き、重要だろ、と明は答えた。
「中等部三年の藤田沙希っていいます。立花先輩の妹さんと同じクラスです。趣味は囲碁です。今日はバカな立花先輩に英語を教えるために図書館に来ています」
「さらに言えば、暴力を振るうぜ」
沙希の高崎に似た自己紹介に、明が付け加えた。
それに少しイラっと来た沙希が、グーで明の頭を叩いた。
「暴力なんて振るいませんよ!」
「おい、なんだよ今の一撃は!」
「高崎先輩こそここにると危ないと思いますよ」
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