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十年前の真実
明は今の日常が好きだった。高崎と亜矢と夏奈と一緒に笑いあえる日常が。それに今は沙希にメルも加わって、さらに楽しい日常になっている。そんな日常が崩れ去るとは思えなかった。
「一番最悪な事態だと、おそらく明様に関係のある人物は、全員死んでしまいます。あくまでそれは最悪な事態です……良くてわたし一人の犠牲でどうにかなるかと。すべての責任はわたしにありますので」
「おいどういうことだよ! なぁ、メルは俺の何を知っているんだ!? これからいったい何が起きるんだよ!?」
自分が自分自身について、自分のまわりで起きていることを全く知らないということに、恐怖と動揺を覚えながら、明は訊いた。
「そうですね……全ての始まり、わたしが罪を犯した日のことから話します。今から言うことは全て事実です、虚言や妄想なんかではありません。その目で魔属を見た明様には不要の注意かもしれませんが」
「わかった、話してくれ。たぶん俺は知らなきゃいけないんだ」
メルはうなずいて口を開いて、全ての始まりとやらを話し出す、
「時は十年前、場所は日本本土、非常に暑い夏の日です。その日、明様は一度死にました。わたしが放った魔術の流れ弾によって」
「日本本土!? ……十年前に本土でなにがあったんだよ!? それに、俺が死んだって! 俺は今こうして生きているぜ!」
突然にお前はもう死んでいると、告げられたらどんな敵キャラでも動揺するように、明も動揺した。
明は自分の胸に手を当てて自分の胸の鼓動を確かめる、ちゃんと心臓は活動していた。これが動かぬ証拠だ。心臓は動いているけれど。
しかし、明に本土での生活の記憶は少しもなかった。日本という国で産まれたという記憶はあるのだが、十年前からのこの浮遊都市での生活の記憶しか頭に浮かばず、十年前に明が本土にいたときの記憶がないことに明は焦りを感じていた。
「はい、順を追って説明します……十年前のある日、本土の関東と呼ばれる地域の上空で、わたし達魔属が戦争をおこなっていたのです。その戦争は魔属間での権力の争いで、しだいに規模が大きくなってしまい、魔界を飛び越えてしまったのです」
「メルもその戦争で戦っていたのか?」
「はい、現在魔界はその戦争の結果、六つに分けられ六人の権力者がそれぞれの魔界を支配しています。とは言いましても、魔界内での優劣が決まってしまいましたので、第一魔界の魔王が現在の魔界の頂点です。わたしは元はその魔王の部下でした。その戦争に参加してたくさんの魔属を魔術で殺しました」
明には、メルが誰かを殺すという印象が全く思い浮かばなかった。
今の明が知る限りでは、メルは優しくて真面目な少女。異常なまでに敬意を他人に使っている以外は、どこにでもいそうな女の子だと明は思っていた。
メルは過去の自分を恨むような表情をしてから言った、
「その戦争で平界の生命を破壊する予定はわたしにはありませんでした。しかし、わたし達魔属の力は強大で本土にまで魔力と魔術の余波が流れて、本土を破壊していきました。平界にはまだ魔属からの攻撃に、耐えうる力を持っていなかったのかもしれません。上空から眺めた本土の光景は酷いものでした。崩壊していく建物、空から降る轟雷や爆炎、破壊されていく地面、人々は逃げ場を求め走り回っていましたが、魔術の流れ弾や倒れた建物が逃げ惑う人たちを殺していきました……そして、」
明は、メルの話を聞いていると頭が微かに痛み、閉ざされていた、封じられていた記憶が扉を開いて出てくるような感じに襲われた。
空は真っ赤に染まり、空からは轟雷や爆炎が降り注ぐ。それらが地面や建物を破壊して、明達人間は逃げ惑っていた。
明は、恐怖に怯えて泣きじゃくる幼い夏奈の手を引いて、逃げ惑う人達の波に逆らって、父親と母親が務めている会社に向かっていた。
そこにいけば助かるかもしれないと、明は考えていた。大人だったら何とかしてくれる。まだ知識の乏しい明は大人の存在は非常に大きな存在だと考えていた。
明は懸命に会社に向かって歩いていた。そして、前から明と夏奈を呼ぶ父親の声がして前を見ると上空から光が降り注ぐ、明の記憶はまた閉ざされた。
「……わたしは魔術で明様を殺しました。わたしに明様を殺す気はありませんでした。これは真実で偽りはありません。あの戦争でわたしは、我が主の敵となる存在だけを消すつもりでした。けれど、わたしは……」
明は微かに痛む頭を抱えながら、理解した。空から降り注いだ光は、おそらくメルが放った魔術のビームやレーザーの類いだろうと。それを喰らったから、記憶は閉ざされたのか、と。閉ざされたというより、存在しないのか、と。
死んで、明が目を覚ますと浮遊都市にいた。
明はふと疑問に思った。明が知る限りでは、魔属はとても好戦的なやつらだったはずだ、と。
「なんで俺を助けたんだ? 俺以外にも死んでしまった人達はたくさんいるだろ。そのなかで俺を助けたんだ?」
「それは明様の父上、陽翔様に頼まれたからです。明を生き返らせてくれ、と必至で」
「なんでそこで親父がでてくるんだよ!」
「平界にも魔界という存在を知っていて、懸念していた組織が陽翔様の口ぶりから十年前から存在していたようでした」
「天界退魔組織エンジェルリングか」
親父が天界退魔組織に所属していた、ということを知った明は驚いたが、陽翔の死因が謎なのは魔属との戦死と考えることもできてきた。
「そうです、戦争の終結は天界退魔組織の存在でした。戦争に天界退魔組織が入り込んできて乱戦になり、魔界へと後退したのです、けれど、わたしは当初の天界退魔組織のやり方はあまり好きではないですけれど」
メルの言葉に明は首をかしげると、彼女は明に顔を近づかせて、明の顔を凝視した。
「……どうした?」
「いえ、やはり少しわたしに似ているなぁ、と思いまして」
「俺とメルが似てる?」
たしかに明は十年前浮遊都市での生活を始めてからから急に髪が伸びやすくなったり、身長があまり伸びなかったり、顔が女の子らしくなったりしたが、メルと似ているとは思わなかった。
「やはり、明様の細胞や遺伝子、血液にわたしの血が交じっているのが影響しているのでしょうか。明様が少年なのに少女に見えるのはわたしのせいですね」
顔を離したメルは、しかし、わたしよりかわいくないか、とうなずいた。
「俺にメルの血が交じっているってどういうことなんだ?」
「そうですね、話を次の段階にしましょう。魔界では魔属を生き返らせる魔術の研究を行っていました。わたしが知る限りでは、平界でもそのような研究をしていた時代があったそうですね」
死んでしまった人を生き返らせることができたら、それ非常に素晴らしいことだ。事故で戦争で亡くなった家族と会いたいと願うのは当然だ。別れとはとても辛く悲しいものなのだから。
「魔界で生命の蘇生魔術を使えるのは実際わたしただ一人だけです。高度な演算能力と高速での詠唱、魔方陣の展開の速さ、魔力の量と質。それらができなければ、蘇生魔術は使えなかったのです。誰も使えない魔術となっていたので、蘇生魔術は禁断の魔術とされていました」
「メルってひょっとして、すごい魔属なのか」
明は密かに驚きの声を上げたが、メルはそれを聞き洩らさず、控えめに胸を反る。
「ひょっとしなくても、わたしは元すごい魔術師だったのですよ、エヘン! まぁ、優秀なわたし自身魔界を裏切って、明様を生き返らせたのにはびっくりしています」
メルは苦笑いを浮かばせて、
「そしてですね、禁断の蘇生魔術を使うためにはですね。先ほど言ったことも必要なのですが、他に必要なものがあるんですよ。わかりますか、明様?」
「いや、まったくわからねーよ!」
見当もつかないので明が即答すると、メルは唇を尖らせて、うー、と唸って、楽しそうに笑った。
「それはですね、蘇生魔術を使う本人と蘇生魔術の対象となる死体との、猛烈な肌と肌の密着のうえでの、濃厚な口づけのうえでの、蘇生魔術使用者の血の口移しなのです」
明は、メルに言われたことをうっかり想像してしまった。半裸の五歳児の子供上に跨がっている、半裸の少女が子供にキスする様子を。
明は首を横に何回か振り、変な想像を頭の中から弾き出そうとした。
五歳児にどんなことしてるんだよ!、と頭の中で思いながらメルに過去にキスされたのかと、思うと妙に身体が熱くなった。
「それ……本当の話なのか?」
「はい、わたしは明様には絶対に嘘は吐きませんよ。だから、わたしは明様にその……責任を取ってもらうために明様に会いに来ました」
恥じらいながらメルに責任と言われた明は、頭が真っ白になった。意識がないときにキスされて、そしてその後の責任を取ってください。
「いや、そのな責任とかは……」
明が言い淀んでいると、メルは、クス、と小さく笑って、ツインテールの右側の髪の束を指で巻いた。
「嘘ですよ、明様。明様が責任を取る必要なんて全くありませんから、責任はわたしが取ります……絶対に明様を守ってみせますから」
「どっちなんだよ、嘘を吐くのか吐かないのか」
「もうしませんよ、だって……」
メルはそこまで言うと暗くなった空を窓から眺めた。
「だってなんだよ?」
明が気になって訊くと、メルは部屋の扉まで向かい、
「秘密です」
とだけ言って、明の部屋を出ていった。
「なんだったんだ」
メルの話を聞いてわかったことは、結局はメルが魔属であり魔界の裏切り者であることと、魔界は六つに分けられていることと、明と夏奈の父親である陽翔が天界退魔組織に所属していたこと。さらに、明は一度死んでメルによって生き返させられた人間であるということだった。
明は、皿に残った餃子をすべて口に入れると横になった。
そして頭を一度整理しようと目を閉じると、眠りに落ちていった。
※
浮遊都市・新東京の朝川市の生産区域にある廃工場に男はいた。
男は貴族のような装飾のついた衣服を身に纏っている。特徴的なのは頭には短く揃えてある金色の髪と額辺りから二本の黒い尖角が生えていることだった。男には左腕が存在していなかった。
左腕は昨夜謎の少年に切断されてしまったのだった。幸い、利き腕を切断されなかったから支障は大きくはないと男は判断していた。
男の名はナーガ・セルギオン。第四魔界の幹部《十の魔刃》の一人である《炎天刃》の称号を持っていた。
そんな大層な称号を第四魔界の魔王から授かっているから、ナーガはプライドが大きかった。だから、昨夜少年ごときに左腕を失わされてしまったことは甚だ遺憾だった。
「どうでしたかライオネル元特攻隊長、標的ターゲットの様子は」
ナーガは背後から音をたてずに近寄る影に訪ねた。影は、かっかっかっ、と大きな声で笑うと地面に座った。
「十年経つと人間は変わるもんだな! チッコイ子供がかわいい少年になっていた! それに少女二名が回りにいるからな、なかなか近づけないぜ!」
大きな声で笑った影の正体は、身の丈二メートルは簡単に越えている大柄の獅子の男だった。
獅子の男の名はライオネル・セキア。ナーガのサポート、副リーダのような存在だ。
「そうですか、それだけならいいんですけどね……わたしの憶測ですが、強い力を持った少年も邪魔をしてくると思いますよ」
ナーガが左腕があった場所に手を持ってきて言った。実際、ナーガはあの少年ともう一度戦いたいと思っていた。前回は『境界の管理人』によって戦いを中断しなくてはいけなくなったが、左腕を失うだけの代金をあの少年はまだ払ってはいない、とナーガは不適に薄く笑いを浮かばせた。
「かっかっかっ、そうかそうか。俺の上司は結構まだわんぱくなんだな。しかし、俺はそういうの嫌いじゃないぜ!」
「心配しないでくださいよ、ライオネル元特攻隊長。わたしは当初の任務を忘れてなんかいませんから……任務は果たしますから」
ナーガは右手の人差し指と中指をまっすぐ揃えて掲げ、真下に振った。すると、黒い炎で作られた四角形が現れる。
そこに写っていたのは、大罪人メルト・ギル・スクエアの死刑執行命令だった。ナーガとライオネルが平界に足を運んだ理由だった。
「一番最悪な事態だと、おそらく明様に関係のある人物は、全員死んでしまいます。あくまでそれは最悪な事態です……良くてわたし一人の犠牲でどうにかなるかと。すべての責任はわたしにありますので」
「おいどういうことだよ! なぁ、メルは俺の何を知っているんだ!? これからいったい何が起きるんだよ!?」
自分が自分自身について、自分のまわりで起きていることを全く知らないということに、恐怖と動揺を覚えながら、明は訊いた。
「そうですね……全ての始まり、わたしが罪を犯した日のことから話します。今から言うことは全て事実です、虚言や妄想なんかではありません。その目で魔属を見た明様には不要の注意かもしれませんが」
「わかった、話してくれ。たぶん俺は知らなきゃいけないんだ」
メルはうなずいて口を開いて、全ての始まりとやらを話し出す、
「時は十年前、場所は日本本土、非常に暑い夏の日です。その日、明様は一度死にました。わたしが放った魔術の流れ弾によって」
「日本本土!? ……十年前に本土でなにがあったんだよ!? それに、俺が死んだって! 俺は今こうして生きているぜ!」
突然にお前はもう死んでいると、告げられたらどんな敵キャラでも動揺するように、明も動揺した。
明は自分の胸に手を当てて自分の胸の鼓動を確かめる、ちゃんと心臓は活動していた。これが動かぬ証拠だ。心臓は動いているけれど。
しかし、明に本土での生活の記憶は少しもなかった。日本という国で産まれたという記憶はあるのだが、十年前からのこの浮遊都市での生活の記憶しか頭に浮かばず、十年前に明が本土にいたときの記憶がないことに明は焦りを感じていた。
「はい、順を追って説明します……十年前のある日、本土の関東と呼ばれる地域の上空で、わたし達魔属が戦争をおこなっていたのです。その戦争は魔属間での権力の争いで、しだいに規模が大きくなってしまい、魔界を飛び越えてしまったのです」
「メルもその戦争で戦っていたのか?」
「はい、現在魔界はその戦争の結果、六つに分けられ六人の権力者がそれぞれの魔界を支配しています。とは言いましても、魔界内での優劣が決まってしまいましたので、第一魔界の魔王が現在の魔界の頂点です。わたしは元はその魔王の部下でした。その戦争に参加してたくさんの魔属を魔術で殺しました」
明には、メルが誰かを殺すという印象が全く思い浮かばなかった。
今の明が知る限りでは、メルは優しくて真面目な少女。異常なまでに敬意を他人に使っている以外は、どこにでもいそうな女の子だと明は思っていた。
メルは過去の自分を恨むような表情をしてから言った、
「その戦争で平界の生命を破壊する予定はわたしにはありませんでした。しかし、わたし達魔属の力は強大で本土にまで魔力と魔術の余波が流れて、本土を破壊していきました。平界にはまだ魔属からの攻撃に、耐えうる力を持っていなかったのかもしれません。上空から眺めた本土の光景は酷いものでした。崩壊していく建物、空から降る轟雷や爆炎、破壊されていく地面、人々は逃げ場を求め走り回っていましたが、魔術の流れ弾や倒れた建物が逃げ惑う人たちを殺していきました……そして、」
明は、メルの話を聞いていると頭が微かに痛み、閉ざされていた、封じられていた記憶が扉を開いて出てくるような感じに襲われた。
空は真っ赤に染まり、空からは轟雷や爆炎が降り注ぐ。それらが地面や建物を破壊して、明達人間は逃げ惑っていた。
明は、恐怖に怯えて泣きじゃくる幼い夏奈の手を引いて、逃げ惑う人達の波に逆らって、父親と母親が務めている会社に向かっていた。
そこにいけば助かるかもしれないと、明は考えていた。大人だったら何とかしてくれる。まだ知識の乏しい明は大人の存在は非常に大きな存在だと考えていた。
明は懸命に会社に向かって歩いていた。そして、前から明と夏奈を呼ぶ父親の声がして前を見ると上空から光が降り注ぐ、明の記憶はまた閉ざされた。
「……わたしは魔術で明様を殺しました。わたしに明様を殺す気はありませんでした。これは真実で偽りはありません。あの戦争でわたしは、我が主の敵となる存在だけを消すつもりでした。けれど、わたしは……」
明は微かに痛む頭を抱えながら、理解した。空から降り注いだ光は、おそらくメルが放った魔術のビームやレーザーの類いだろうと。それを喰らったから、記憶は閉ざされたのか、と。閉ざされたというより、存在しないのか、と。
死んで、明が目を覚ますと浮遊都市にいた。
明はふと疑問に思った。明が知る限りでは、魔属はとても好戦的なやつらだったはずだ、と。
「なんで俺を助けたんだ? 俺以外にも死んでしまった人達はたくさんいるだろ。そのなかで俺を助けたんだ?」
「それは明様の父上、陽翔様に頼まれたからです。明を生き返らせてくれ、と必至で」
「なんでそこで親父がでてくるんだよ!」
「平界にも魔界という存在を知っていて、懸念していた組織が陽翔様の口ぶりから十年前から存在していたようでした」
「天界退魔組織エンジェルリングか」
親父が天界退魔組織に所属していた、ということを知った明は驚いたが、陽翔の死因が謎なのは魔属との戦死と考えることもできてきた。
「そうです、戦争の終結は天界退魔組織の存在でした。戦争に天界退魔組織が入り込んできて乱戦になり、魔界へと後退したのです、けれど、わたしは当初の天界退魔組織のやり方はあまり好きではないですけれど」
メルの言葉に明は首をかしげると、彼女は明に顔を近づかせて、明の顔を凝視した。
「……どうした?」
「いえ、やはり少しわたしに似ているなぁ、と思いまして」
「俺とメルが似てる?」
たしかに明は十年前浮遊都市での生活を始めてからから急に髪が伸びやすくなったり、身長があまり伸びなかったり、顔が女の子らしくなったりしたが、メルと似ているとは思わなかった。
「やはり、明様の細胞や遺伝子、血液にわたしの血が交じっているのが影響しているのでしょうか。明様が少年なのに少女に見えるのはわたしのせいですね」
顔を離したメルは、しかし、わたしよりかわいくないか、とうなずいた。
「俺にメルの血が交じっているってどういうことなんだ?」
「そうですね、話を次の段階にしましょう。魔界では魔属を生き返らせる魔術の研究を行っていました。わたしが知る限りでは、平界でもそのような研究をしていた時代があったそうですね」
死んでしまった人を生き返らせることができたら、それ非常に素晴らしいことだ。事故で戦争で亡くなった家族と会いたいと願うのは当然だ。別れとはとても辛く悲しいものなのだから。
「魔界で生命の蘇生魔術を使えるのは実際わたしただ一人だけです。高度な演算能力と高速での詠唱、魔方陣の展開の速さ、魔力の量と質。それらができなければ、蘇生魔術は使えなかったのです。誰も使えない魔術となっていたので、蘇生魔術は禁断の魔術とされていました」
「メルってひょっとして、すごい魔属なのか」
明は密かに驚きの声を上げたが、メルはそれを聞き洩らさず、控えめに胸を反る。
「ひょっとしなくても、わたしは元すごい魔術師だったのですよ、エヘン! まぁ、優秀なわたし自身魔界を裏切って、明様を生き返らせたのにはびっくりしています」
メルは苦笑いを浮かばせて、
「そしてですね、禁断の蘇生魔術を使うためにはですね。先ほど言ったことも必要なのですが、他に必要なものがあるんですよ。わかりますか、明様?」
「いや、まったくわからねーよ!」
見当もつかないので明が即答すると、メルは唇を尖らせて、うー、と唸って、楽しそうに笑った。
「それはですね、蘇生魔術を使う本人と蘇生魔術の対象となる死体との、猛烈な肌と肌の密着のうえでの、濃厚な口づけのうえでの、蘇生魔術使用者の血の口移しなのです」
明は、メルに言われたことをうっかり想像してしまった。半裸の五歳児の子供上に跨がっている、半裸の少女が子供にキスする様子を。
明は首を横に何回か振り、変な想像を頭の中から弾き出そうとした。
五歳児にどんなことしてるんだよ!、と頭の中で思いながらメルに過去にキスされたのかと、思うと妙に身体が熱くなった。
「それ……本当の話なのか?」
「はい、わたしは明様には絶対に嘘は吐きませんよ。だから、わたしは明様にその……責任を取ってもらうために明様に会いに来ました」
恥じらいながらメルに責任と言われた明は、頭が真っ白になった。意識がないときにキスされて、そしてその後の責任を取ってください。
「いや、そのな責任とかは……」
明が言い淀んでいると、メルは、クス、と小さく笑って、ツインテールの右側の髪の束を指で巻いた。
「嘘ですよ、明様。明様が責任を取る必要なんて全くありませんから、責任はわたしが取ります……絶対に明様を守ってみせますから」
「どっちなんだよ、嘘を吐くのか吐かないのか」
「もうしませんよ、だって……」
メルはそこまで言うと暗くなった空を窓から眺めた。
「だってなんだよ?」
明が気になって訊くと、メルは部屋の扉まで向かい、
「秘密です」
とだけ言って、明の部屋を出ていった。
「なんだったんだ」
メルの話を聞いてわかったことは、結局はメルが魔属であり魔界の裏切り者であることと、魔界は六つに分けられていることと、明と夏奈の父親である陽翔が天界退魔組織に所属していたこと。さらに、明は一度死んでメルによって生き返させられた人間であるということだった。
明は、皿に残った餃子をすべて口に入れると横になった。
そして頭を一度整理しようと目を閉じると、眠りに落ちていった。
※
浮遊都市・新東京の朝川市の生産区域にある廃工場に男はいた。
男は貴族のような装飾のついた衣服を身に纏っている。特徴的なのは頭には短く揃えてある金色の髪と額辺りから二本の黒い尖角が生えていることだった。男には左腕が存在していなかった。
左腕は昨夜謎の少年に切断されてしまったのだった。幸い、利き腕を切断されなかったから支障は大きくはないと男は判断していた。
男の名はナーガ・セルギオン。第四魔界の幹部《十の魔刃》の一人である《炎天刃》の称号を持っていた。
そんな大層な称号を第四魔界の魔王から授かっているから、ナーガはプライドが大きかった。だから、昨夜少年ごときに左腕を失わされてしまったことは甚だ遺憾だった。
「どうでしたかライオネル元特攻隊長、標的ターゲットの様子は」
ナーガは背後から音をたてずに近寄る影に訪ねた。影は、かっかっかっ、と大きな声で笑うと地面に座った。
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大きな声で笑った影の正体は、身の丈二メートルは簡単に越えている大柄の獅子の男だった。
獅子の男の名はライオネル・セキア。ナーガのサポート、副リーダのような存在だ。
「そうですか、それだけならいいんですけどね……わたしの憶測ですが、強い力を持った少年も邪魔をしてくると思いますよ」
ナーガが左腕があった場所に手を持ってきて言った。実際、ナーガはあの少年ともう一度戦いたいと思っていた。前回は『境界の管理人』によって戦いを中断しなくてはいけなくなったが、左腕を失うだけの代金をあの少年はまだ払ってはいない、とナーガは不適に薄く笑いを浮かばせた。
「かっかっかっ、そうかそうか。俺の上司は結構まだわんぱくなんだな。しかし、俺はそういうの嫌いじゃないぜ!」
「心配しないでくださいよ、ライオネル元特攻隊長。わたしは当初の任務を忘れてなんかいませんから……任務は果たしますから」
ナーガは右手の人差し指と中指をまっすぐ揃えて掲げ、真下に振った。すると、黒い炎で作られた四角形が現れる。
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