憑かれて恋

香前宇里

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第二章

Curry du père 其の七

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 ――――で、飛び出してきてはみたものの。
(何て切り出せばいいんだろう……)
『オーナーの幽霊が出るという噂の真相を確かめに来ました』
 なんて言えるわけないじゃない……。
 さっきまでの勢いはどこへやら……足取りを重くしながら飲食店通りの奥へと進む。


(ああ、もう私ってば本当、後先考えずに行動しちゃう)
『お前、馬鹿だろう?』栄慶さんの声が脳裏を過る。
(だって……だって……)
 言い訳を考えながらサン・フイユへと続く一本道をノロノロと歩いていると、店の方から怒鳴るような声と複数の人影が見えた。
「客じゃないならとっとと失せろっ!! 営業の邪魔なんだよ!!」
(あれって……息子さん、だよね)
 彼は店から少し離れた場所に立っている男達に向かって言っているようだった。
 でもその人達はそれを無視し、店の写真や怒っている彼をも撮り続けている。
(何なの、あの人達!!)
「撮るなって言ってんだろ!!」
 怒鳴る彼を、ひひひっと嫌な笑みを浮かべながら撮り続ける彼らに憤りを感じた私は、足早に店へと向かった。
「ちょっとアナタ達、何やってんのよ! 肖 像 権 の 侵 害 よ !!」
 叫びながら近づき、携帯のカメラを向ける。
「な、何だよ、撮るんじゃねぇよ!!」
「お、おいっ、行くぞ!」
 彼らは撮るのは良くても撮られるのは嫌らしく、慌てて走り去って行った。
(まったく、相手の立場になって考えなさいよっっ)
 私は仁王立ちで見送る。
「はぁ……助かったよ。ここ最近特に酷くて参ってたんだ」
 安堵の笑みを浮かべる彼の顔を見ると、相当疲れが溜まっているように見えた。
「そんなに酷いんですか?」
「まあね、最初は閉店後とかだったんだけど、今はこんな時間でも来るようになってね」
「幽霊が出るだの除霊したのかだの……ほんと困るよ」
(それって……栄慶さんと来た時に撮られた写真のせい?)
「あの……」
「ああ、ごめん。また来てくれたんだよね? 嬉しいな、どうぞ入って?」
 うううっ…… 相手の立場になって考えなきゃいけないのは私もだ……。
「あ、あの……ごめんなさい!!!!」
「え……?」
「この前来た時は、何も知らなかったんです。本当です! 知ったのはつい最近で……」
「だから、気になって、その……何か出来ればって……」
「でも、それって独りよがりで……あの……」
(ああ、もうっ、何言ってんのよ!)
 ちゃんと言わなきゃいけないのにっ
「ごめん、ちょっと言ってる意味がわからないんだけど……」
 そう言って困惑した表情を見せる彼に、言葉では無理だと鞄から名刺を取り出し彼に渡す。
「ホラーミステリー雑誌、ガイスト……編集者……?」
「……はい」
 怒鳴られる事を覚悟し、下を向いて重苦しい空気に耐えながらそれを待つ。
 でもしばらく待ってもそれは訪れず……おずおずと顔を上げると、無言で私を見つめる彼と目が合った。
「あ……の……?」
「入って」
 彼は無表情のまま店のドアを開け、中に入るよう促す。
「……はい」


 私は覚悟を決め、中へと入った。
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