60 / 81
日記➆
しおりを挟む
せんえが話し終えると、しばらくの沈黙のあと――
ふいに、月夜の穏やかな声が、その場にそっと落ちた。
「……あの子はね、ほんとうに優秀な子だったのよ」
せいまが、きょとんと目を丸くする。
「え?」
月夜は、どこか懐かしむように目を細めて続ける。
「せんえは、あの森でいろんな魔法を見て育った。
わたしが見せた魔法も、ひとつ教えるだけでほとんど覚えてしまったの。
質問されて答えるたびに、次の日にはもう、自分のものにしているのよ。
……ほんとうに、驚くほどの才能だったわ」
「えっ、すご……!」
せいまは思わず、尊敬のこもった声を上げた。
「せんえ、そんなにすごかったの!?」
せんえは、ちょっと困ったように頬をかいて、目をそらす。
「……えへへ、ありがと……」
少し照れたように笑うその顔に、誇らしさと少しの戸惑いが混ざっていた。
せいまは、ふと表情を改めてたずねた。
「……ねえ、ところでさ。
その、最初に一緒に暮らしてた女の子のこと――覚えてる?」
せんえの笑顔が、ふっと小さくゆらいだ。
「……ううん。あんまり、覚えてないんだ」
彼女の目が、遠くの空を見つめる。
「名前も、顔も……あんなに長く一緒にいたはずなのに、なんだか夢みたいで。
あたたかかったのだけは、覚えてるんだけど……それだけ」
せいまは驚いたように目を見開き、そしてそっと声を落とす。
「……忘れちゃったの?」
せんえは、小さく頷いた。
「うん……どうしてだろうね。
今でも、あの草の匂いや、光の感じははっきり思い出せるのに――
一番大切だったはずの、その子のことは……」
小さな沈黙がふたりの間に流れる。
でもそれは、どこかやさしくて、悲しみではなく、想いを抱きしめるような静けさだった。
せんえが黙り込んだまま、少しだけ膝を抱えるように身を縮めた。
その隣で、せいまがぽつりとつぶやいた。
「……じゃあさ、行ってみる?」
「……え?」
「その場所。せんえがいた森。
……もしかしたら、行ったら思い出すかもしれないよ。
匂いとか、光とか、誰かの気配とか。何かが、ぽんって、戻ってくるかも」
せいまは、まっすぐな目でせんえを見る。
せんえは少しだけ目を見開いて、そして――そっと笑った。
「……そうかも。ううん、そうだね。行ってみようかな」
月夜が静かに頷き、やさしい声で言った。
「きっと、まだその場所はあるわ。
時間が流れても、あなたの足で帰れる場所なら――そこは、まだあなたの中に生きてる」
せんえはゆっくり立ち上がり、まるで遠い空に向かって話すように言った。
「……行きたい。わたし、自分の記憶に会いに行きたい」
せいまが嬉しそうに笑い、ぱんっと手を打った。
「よしっ、決まりだね!」
そしてその瞬間、小さく風が吹いた。
草花が揺れ、空がやさしく広がっていく。
あの森へ、あの子がいた場所へ――
“記憶”と“今”が、もう一度出会うために。
ふいに、月夜の穏やかな声が、その場にそっと落ちた。
「……あの子はね、ほんとうに優秀な子だったのよ」
せいまが、きょとんと目を丸くする。
「え?」
月夜は、どこか懐かしむように目を細めて続ける。
「せんえは、あの森でいろんな魔法を見て育った。
わたしが見せた魔法も、ひとつ教えるだけでほとんど覚えてしまったの。
質問されて答えるたびに、次の日にはもう、自分のものにしているのよ。
……ほんとうに、驚くほどの才能だったわ」
「えっ、すご……!」
せいまは思わず、尊敬のこもった声を上げた。
「せんえ、そんなにすごかったの!?」
せんえは、ちょっと困ったように頬をかいて、目をそらす。
「……えへへ、ありがと……」
少し照れたように笑うその顔に、誇らしさと少しの戸惑いが混ざっていた。
せいまは、ふと表情を改めてたずねた。
「……ねえ、ところでさ。
その、最初に一緒に暮らしてた女の子のこと――覚えてる?」
せんえの笑顔が、ふっと小さくゆらいだ。
「……ううん。あんまり、覚えてないんだ」
彼女の目が、遠くの空を見つめる。
「名前も、顔も……あんなに長く一緒にいたはずなのに、なんだか夢みたいで。
あたたかかったのだけは、覚えてるんだけど……それだけ」
せいまは驚いたように目を見開き、そしてそっと声を落とす。
「……忘れちゃったの?」
せんえは、小さく頷いた。
「うん……どうしてだろうね。
今でも、あの草の匂いや、光の感じははっきり思い出せるのに――
一番大切だったはずの、その子のことは……」
小さな沈黙がふたりの間に流れる。
でもそれは、どこかやさしくて、悲しみではなく、想いを抱きしめるような静けさだった。
せんえが黙り込んだまま、少しだけ膝を抱えるように身を縮めた。
その隣で、せいまがぽつりとつぶやいた。
「……じゃあさ、行ってみる?」
「……え?」
「その場所。せんえがいた森。
……もしかしたら、行ったら思い出すかもしれないよ。
匂いとか、光とか、誰かの気配とか。何かが、ぽんって、戻ってくるかも」
せいまは、まっすぐな目でせんえを見る。
せんえは少しだけ目を見開いて、そして――そっと笑った。
「……そうかも。ううん、そうだね。行ってみようかな」
月夜が静かに頷き、やさしい声で言った。
「きっと、まだその場所はあるわ。
時間が流れても、あなたの足で帰れる場所なら――そこは、まだあなたの中に生きてる」
せんえはゆっくり立ち上がり、まるで遠い空に向かって話すように言った。
「……行きたい。わたし、自分の記憶に会いに行きたい」
せいまが嬉しそうに笑い、ぱんっと手を打った。
「よしっ、決まりだね!」
そしてその瞬間、小さく風が吹いた。
草花が揺れ、空がやさしく広がっていく。
あの森へ、あの子がいた場所へ――
“記憶”と“今”が、もう一度出会うために。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
夫から「用済み」と言われ追い出されましたけれども
神々廻
恋愛
2人でいつも通り朝食をとっていたら、「お前はもう用済みだ。門の前に最低限の荷物をまとめさせた。朝食をとったら出ていけ」
と言われてしまいました。夫とは恋愛結婚だと思っていたのですが違ったようです。
大人しく出ていきますが、後悔しないで下さいね。
文字数が少ないのでサクッと読めます。お気に入り登録、コメントください!
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
失った真実の愛を息子にバカにされて口車に乗せられた
しゃーりん
恋愛
20数年前、婚約者ではない令嬢を愛し、結婚した現国王。
すぐに産まれた王太子は2年前に結婚したが、まだ子供がいなかった。
早く後継者を望まれる王族として、王太子に側妃を娶る案が出る。
この案に王太子の返事は?
王太子である息子が国王である父を口車に乗せて側妃を娶らせるお話です。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
【本編,番外編完結】私、殺されちゃったの? 婚約者に懸想した王女に殺された侯爵令嬢は巻き戻った世界で殺されないように策を練る
金峯蓮華
恋愛
侯爵令嬢のベルティーユは婚約者に懸想した王女に嫌がらせをされたあげく殺された。
ちょっと待ってよ。なんで私が殺されなきゃならないの?
お父様、ジェフリー様、私は死にたくないから婚約を解消してって言ったよね。
ジェフリー様、必ず守るから少し待ってほしいって言ったよね。
少し待っている間に殺されちゃったじゃないの。
どうしてくれるのよ。
ちょっと神様! やり直させなさいよ! 何で私が殺されなきゃならないのよ!
腹立つわ〜。
舞台は独自の世界です。
ご都合主義です。
緩いお話なので気楽にお読みいただけると嬉しいです。
王妃様は死にました~今さら後悔しても遅いです~
由良
恋愛
クリスティーナは四歳の頃、王子だったラファエルと婚約を結んだ。
両親が事故に遭い亡くなったあとも、国王が大病を患い隠居したときも、ラファエルはクリスティーナだけが自分の妻になるのだと言って、彼女を守ってきた。
そんなラファエルをクリスティーナは愛し、生涯を共にすると誓った。
王妃となったあとも、ただラファエルのためだけに生きていた。
――彼が愛する女性を連れてくるまでは。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる