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日記➆
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せんえが話し終えると、しばらくの沈黙のあと――
ふいに、月夜の穏やかな声が、その場にそっと落ちた。
「……あの子はね、ほんとうに優秀な子だったのよ」
せいまが、きょとんと目を丸くする。
「え?」
月夜は、どこか懐かしむように目を細めて続ける。
「せんえは、あの森でいろんな魔法を見て育った。
わたしが見せた魔法も、ひとつ教えるだけでほとんど覚えてしまったの。
質問されて答えるたびに、次の日にはもう、自分のものにしているのよ。
……ほんとうに、驚くほどの才能だったわ」
「えっ、すご……!」
せいまは思わず、尊敬のこもった声を上げた。
「せんえ、そんなにすごかったの!?」
せんえは、ちょっと困ったように頬をかいて、目をそらす。
「……えへへ、ありがと……」
少し照れたように笑うその顔に、誇らしさと少しの戸惑いが混ざっていた。
せいまは、ふと表情を改めてたずねた。
「……ねえ、ところでさ。
その、最初に一緒に暮らしてた女の子のこと――覚えてる?」
せんえの笑顔が、ふっと小さくゆらいだ。
「……ううん。あんまり、覚えてないんだ」
彼女の目が、遠くの空を見つめる。
「名前も、顔も……あんなに長く一緒にいたはずなのに、なんだか夢みたいで。
あたたかかったのだけは、覚えてるんだけど……それだけ」
せいまは驚いたように目を見開き、そしてそっと声を落とす。
「……忘れちゃったの?」
せんえは、小さく頷いた。
「うん……どうしてだろうね。
今でも、あの草の匂いや、光の感じははっきり思い出せるのに――
一番大切だったはずの、その子のことは……」
小さな沈黙がふたりの間に流れる。
でもそれは、どこかやさしくて、悲しみではなく、想いを抱きしめるような静けさだった。
せんえが黙り込んだまま、少しだけ膝を抱えるように身を縮めた。
その隣で、せいまがぽつりとつぶやいた。
「……じゃあさ、行ってみる?」
「……え?」
「その場所。せんえがいた森。
……もしかしたら、行ったら思い出すかもしれないよ。
匂いとか、光とか、誰かの気配とか。何かが、ぽんって、戻ってくるかも」
せいまは、まっすぐな目でせんえを見る。
せんえは少しだけ目を見開いて、そして――そっと笑った。
「……そうかも。ううん、そうだね。行ってみようかな」
月夜が静かに頷き、やさしい声で言った。
「きっと、まだその場所はあるわ。
時間が流れても、あなたの足で帰れる場所なら――そこは、まだあなたの中に生きてる」
せんえはゆっくり立ち上がり、まるで遠い空に向かって話すように言った。
「……行きたい。わたし、自分の記憶に会いに行きたい」
せいまが嬉しそうに笑い、ぱんっと手を打った。
「よしっ、決まりだね!」
そしてその瞬間、小さく風が吹いた。
草花が揺れ、空がやさしく広がっていく。
あの森へ、あの子がいた場所へ――
“記憶”と“今”が、もう一度出会うために。
ふいに、月夜の穏やかな声が、その場にそっと落ちた。
「……あの子はね、ほんとうに優秀な子だったのよ」
せいまが、きょとんと目を丸くする。
「え?」
月夜は、どこか懐かしむように目を細めて続ける。
「せんえは、あの森でいろんな魔法を見て育った。
わたしが見せた魔法も、ひとつ教えるだけでほとんど覚えてしまったの。
質問されて答えるたびに、次の日にはもう、自分のものにしているのよ。
……ほんとうに、驚くほどの才能だったわ」
「えっ、すご……!」
せいまは思わず、尊敬のこもった声を上げた。
「せんえ、そんなにすごかったの!?」
せんえは、ちょっと困ったように頬をかいて、目をそらす。
「……えへへ、ありがと……」
少し照れたように笑うその顔に、誇らしさと少しの戸惑いが混ざっていた。
せいまは、ふと表情を改めてたずねた。
「……ねえ、ところでさ。
その、最初に一緒に暮らしてた女の子のこと――覚えてる?」
せんえの笑顔が、ふっと小さくゆらいだ。
「……ううん。あんまり、覚えてないんだ」
彼女の目が、遠くの空を見つめる。
「名前も、顔も……あんなに長く一緒にいたはずなのに、なんだか夢みたいで。
あたたかかったのだけは、覚えてるんだけど……それだけ」
せいまは驚いたように目を見開き、そしてそっと声を落とす。
「……忘れちゃったの?」
せんえは、小さく頷いた。
「うん……どうしてだろうね。
今でも、あの草の匂いや、光の感じははっきり思い出せるのに――
一番大切だったはずの、その子のことは……」
小さな沈黙がふたりの間に流れる。
でもそれは、どこかやさしくて、悲しみではなく、想いを抱きしめるような静けさだった。
せんえが黙り込んだまま、少しだけ膝を抱えるように身を縮めた。
その隣で、せいまがぽつりとつぶやいた。
「……じゃあさ、行ってみる?」
「……え?」
「その場所。せんえがいた森。
……もしかしたら、行ったら思い出すかもしれないよ。
匂いとか、光とか、誰かの気配とか。何かが、ぽんって、戻ってくるかも」
せいまは、まっすぐな目でせんえを見る。
せんえは少しだけ目を見開いて、そして――そっと笑った。
「……そうかも。ううん、そうだね。行ってみようかな」
月夜が静かに頷き、やさしい声で言った。
「きっと、まだその場所はあるわ。
時間が流れても、あなたの足で帰れる場所なら――そこは、まだあなたの中に生きてる」
せんえはゆっくり立ち上がり、まるで遠い空に向かって話すように言った。
「……行きたい。わたし、自分の記憶に会いに行きたい」
せいまが嬉しそうに笑い、ぱんっと手を打った。
「よしっ、決まりだね!」
そしてその瞬間、小さく風が吹いた。
草花が揺れ、空がやさしく広がっていく。
あの森へ、あの子がいた場所へ――
“記憶”と“今”が、もう一度出会うために。
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