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殺し屋のおじさん
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俺は固まった。ああ、なんてこった。見られた。こんな森の中で餓鬼に会うなんて。殺すか?いや、それもまずい。そんなことをしたらこいつの親がすぐに気づいて、俺がこの森に逃げ込んだことがサツにばれちまう。くそったれが。今日はとことんついてねえ。
俺は何人ものターゲットを殺してきた敏腕の殺し屋だ。しかし仕事で犯したちょっとのミスの影響が少しずつ大きくなっていき、ついに身元が割れて今は指名手配犯だ。そして逃げ込んだこの森を通り抜ける途中、水を求めてこの泉のほとりへ来た。しかしそこで大きな岩の裏にいた一人の少年に出くわしてしまった。
目の前の子供は俺を見つめたまま口を開けて驚いた顔でこちらを見つめている。顔には大きな赤いあざがある。膝を抱えて座っていて、目は泣いていたように赤くなっている。クソ。こうなったら上手くごまかして黙っているように仕向けるしか無い。俺は精一杯穏やかな声を作って沈黙を破った。
「や、やあ、こんにちは。どうしたんだい、こんなところで。」少年は震える声で答えた。「...おじさん誰?」「俺は...ごめんな、それは言えないんだ。でもここに来たのは君を慰めるためだ。ここを歩いていたら君が泣いているから心配になってやってきたんだよ。」俺は頭をフル回転させて話を作り上げる。「どうしてここを歩いてたの?」少年は聞いた。詮索好きのクソ餓鬼め。「それは...おじさんは森を歩くのが好きなんだ。こっちの方に旅行で来ててね、ちょっとこの素敵な森が気になって入ってみたんだ。」すると少年の顔がほんの少し明るくなった。「僕もだよ!好きなんだ。ここ。落ち着くんだ。」俺は思いのほか簡単に警戒を解いた少年にほっとした。子供は扱いやすくて助かる。
後は上手く黙っているように約束できれば...そう思っていると少年は泉を見つめながらぽつりと言った。「ねえ、おじさん。おじさんには友達いる?」「そんなの当たり前だ。」俺は変なことを聞く餓鬼だと思って、すぐにそう返してしまってから付け足した。「その...いじめられてたりするのか?」少年は前を向いたまま小さくうなずいた。「学校の皆は僕のこと嫌いなんだ。僕のこのあざが気持ち悪いから。どうすればいいか分からないんだ。」
俺はどうしていいか分からず戸惑った。「そ、そんなことか。」何か上手いことを言おうとした。「それなら気にしなくてもいい。君には友達を作る力がちゃんとある。ほら、おじさんとはもう友達だろ?」それを聞いた少年はなぜかまた泣き出しそうになった。俺は焦った。ここで泣かれては、万が一この近くに人がいた時まずいことになる。「泣くな。ほら、面白いものを見せてあげよう。」
俺はいつも懐のポケットに入れている毒を仕込んだナイフを取り出し、少し離れた木に向かって3本投げた。ナイフは縦に一直線に並んで刺さった。「え!すごい!すごいよ!」少年は純粋に驚いて褒めた。「おじさんはナイフの達人なんだ。拳銃だって百発百中さ。」俺は得意になってつい言ってしまってはっとした。こんなことをしている場合では無い。はやく俺のことをしゃべらないようにこの餓鬼を説得してもっと遠くに行かなくては。
「おっと、もう時間だ。残念だけどおじさんはもう行かなくちゃいけない。」少年はものすごく残念そうな顔をした。「その前に友達として一つ約束をしてくれないかな。」「約束?」「そう、約束だ。今日ここでおじさんに会ったことは二人だけの秘密にしておいて欲しいんだ。絶対だ。」少年は元気よくうなずいた。「うん。分かった。誰にも言わないよ。」「ありがとう。じゃあおじさんはもう行くよ。」「待って!」少年は呼び止めた。「明日も、ここに来る?」俺は少し考えてから言った。「そうだな、旅行で来たからここにはもう戻らないかも知れないな。だけど心配ない。おじさんは君の心の中にずっといるからな。」
俺はナイフを回収し、適当な言葉を残して名残惜しそうな少年のいる泉を立ち去った。それから少し歩いて、十分離れたところでまた走り始めた。今ので遅れた分を少しでも取り戻して、距離を稼ぐんだ。まだサツは俺がこの森に逃げたことを知らないはずだ。
俺は夜通し走り続けた。空が明るくなり始めた頃、森の終わりが見えてきた。遠くの方に民家も見える。よし、あとちょっとだ。忍び込むか住人を殺して食料を奪うんだ。
「いたぞ!」その時突然声がして、次の瞬間銃声とともに左足に激痛が走った。声のする方を見ると警察が十数名犬を連れて俺の方に向かってきていた。「くそっ!」俺は這いずって逃げようとしたが、あまりの痛みに思うように前に進めない。とうとう俺は追いかけてきた警察に捕まってしまった。警察は俺の思っていたよりも数段うわてだった。まさかこんなにも早いとは。凄腕の殺し屋も不意を突かれてしまっては手が出せない。俺は抵抗も虚しくパトカーへと連れられていった。
僕はおじさんが森の奥に歩き去って行った後もその方向を見つめていた。この場所で人に会うのは初めてだったので、まだ少し夢のような感じがしていた。でも木に残ったナイフの跡と、おじさんに友達だと言われたときの温かい感じがまだそこに残っていた。
この森の中の泉は僕だけが知っている秘密の場所だ。ママでさえも知らない。何か辛いことや悲しいことがあって苦しくなったとき、僕はこの場所に来て一人で泣く。この場所に来ると、なぜか安心できるんだ。
僕は水面を見つめながら今交わした会話を頭の中で繰り返していた。おじさんは僕に初めて会ったけど、痣のことを全然気にする様子も無く、それどころか優しく話しかけてくれた。それだけで無く僕にも普通に友達ができるとも言ってくれた。おじさんの言葉を思い出すと僕がみんなに受け入れられるようないい子になった気がする。こんな気持ちになったのは初めてだった。
気が付いたら数分前ここに来たときの気分が嘘のように心が明るくなっていた。僕は乾きかけた涙を拭って立ち上がった。
「ただいま。」僕は家の鍵を開けた。暗くなった部屋のカーテンを閉めて電気を付けた。冷蔵庫の中にはママが作っておいてくれた夕食が入っているので、それをレンジで温めてテレビを見ながら食べる。そうやってママが帰ってくるのを待つ。
僕はパパの顔をよく覚えていない。ずっと前に出て行ってしまったからだ。出て行く前は僕が寝た後によくママとけんかしていた。僕に聞かせないようにしていたのかもしれない。パパがいなくなってからはママの帰りが遅くなってしまった。
ガチャリと玄関が開く音がした。「ごめんね、遅くなって。」ママが帰ってくると、僕はすぐに迎えに行った。「お帰り!あのね、今日ね、」「待ってて。今お風呂湧かすから。」僕は言いかけた言葉を飲み込んだ。ママは忙しそうに通り過ぎていった。ママが忙しいときは邪魔しちゃいけない。話を聞いてくれているときでも、本当は時間が無くて焦っているのを僕は知っているから、あまりしつこく話しかけないようにしている。僕は仕方が無いので宿題をし始めた。
次の日の学校の帰り、いつものように僕は泉のほとりにいた。昨日人に会ったせいか、一人でいるのが寂しく感じられた。その時僕はなんとなく昨日おじさんの言っていたことを思い出していた。
僕はおじさんがここにいたらどんな感じか考えてみた。おじさんはひげを伸ばしていて、顔はちょっと恐くて、背は高くてがっしりしていた。僕はなるべく細かく思い浮かべた。しゃべり方も記憶の通りに再現して、自分で答えを考えて会話した。僕は泉を眺めているときはいつもそうやって頭の中のおじさんを景色に重ねて投影して、その想像のおじさんと話した。
そんなことを毎日繰り返してゆくうち、少しずつ不思議な変化が起こり始めた。段々と自分が動かさなくてもおじさんが勝手に話しかけてくるように感じ始めたのだ。最初は確かに僕の自問自答でしか無かったはずが、おじさんならこう答えるはずだという考えが固まってきて、いつの間にか普通の人と話すように話せるようになってきたのだ。それが嬉しくてたくさん話しているうちに、その姿も少しずつはっきりと見えるようにもなってきた。おじさんは決まって僕が一人で泉のほとりにいるときに現れる。彼は何でも話せて頼りになる友達になり、泉のほとりは前よりももっと安らげる場所になっていった。
ある日、僕が掃除の時間にほうきでゴミを掃いていると、ほうきの柄が後ろを通っていた男子にぶつかった。「ごめ...」僕が謝ろうとしたとき、僕はいきなり殴られた。「キモいんだよ!」そいつは言った。僕は起き上がってそいつを殴り返し、そのままつかみ合いのけんかになった。しばらくすると先生が来てけんかを止めさけた。「またお前か。いい加減にしてくれ。」先生は僕に去り際に言った。しかし止められたことで僕は内心ほっとしていた。あのまま戦っても負けることは分かっていたからだ。それでも殴り返したのは、そうしないといずれもっと理不尽な目に遭うことを知っていたからだった。
僕は一人で帰っているとき、腕が痛むことに気づいた。見ると、肘から血が出ていた。けんかの時にできた傷らしかった。
「大丈夫?」僕がぼんやりと血が滴って流れていくのを眺めていると、声がした。振り向くと、同じクラスにいる女子が立っていた。「うん。」僕はその子とは今まで話したことが無かったので、急に話しかけられたことに驚いていた。「はい。これ。」その子は絆創膏を差し出した。「ありがとう。」それを受け取ると、少女は去って行った。もらった絆創膏を貼ると、そんなはずないのに、痛みがすっと消えていくような気がした。
「それ、どうしたんだ。」おじさんは僕の腕の絆創膏を見て言った。「今日は色々あったんだ。」僕は言った。「これは帰り道でクラスの女の子にもらった。」「よかったじゃないか!だから言ったろ、君は本当はもっと大事にされていいんだよ。ただそのことを分かってないやつがいるだけなんだ。」おじさんは自分のことのように喜んだ。「で、何で怪我したんだ?」「掃除の時間にけんかしちゃったんだ。ほうきがぶつかったらいきなり殴られて、僕も殴り返したんだ。」おじさんは笑って言った。「そうかそうか!分かったからほら、そんなに暗い顔するな。けんかだってコミュニケーションじゃないか。殴られたら殴り返したっていい。」「いいかな。」「いいとも。先生はだめだって言うだろうけどな。だけどそんなわけにも行かないだろう。」おじさんは帰り際に一つ付け足した。「でも次からはちゃんと仲直りするんだぞ。」
次の日学校に来たとき、靴箱の前で昨日の女の子を見かけた。「おはよう。」僕が靴をしまいながら話しかけたとき、彼女は何も言わずに急いで靴を履いて行ってしまった。僕は驚きと悲しさが入り交じった気持ちでそれを見つめた。それと同時に何も考えずに話しかけた自分に苛立った。また失敗してしまった。昨日は話してくれたのに今日は無視するのは、多分突然話したのがいけなかったんだ。僕がもっと上手に、普通に話せる人だったら、皆も避けないんだろうな。僕は思った。
その日はずっと気持ちが沈んでいて、あの場面が思いだしたくも無いのに頭の中でぐるぐる回っていた。僕がそんなことに気を取られながら、算数の授業中頬杖をついて窓の外を眺めていたら、先生が僕の名前を呼んだような気がした。はっとしてそっちの方に顔を戻すと、先生はやれやれという風に首をすくめた。皆がそれを見て笑った。
学校が終わった後、僕が泉のほとりで仰向けに寝て空を眺めていると、おじさんがいつもの岩の陰からわざとらしくひょこひょこ変な歩き方をしながら出てきた。「やあ。元気かね。」僕はそれを見て、さっきまで落ち込んでいたはずなのについ笑ってしまった。
おじさんは真面目な顔に戻って言った。「今日は何があったんだい?」「昨日言った女の子いるでしょ。」「ああ。」「あの子に今日靴箱で会ってね、おはようって話しかけたのに彼女何も言わずに行っちゃったんだ。」「そうか...」「多分僕が急に話しかけたのがだめなんだ。僕少しずついい子になってちょっとずつ皆と友達になっていきたいと思ってたのに、また嫌われるようなことしちゃった。」
「そんなことはない。」おじさんは僕の隣へ座り、目の高さを合わせていった。「君は悪くないよ。その子は多分君と話しているのを他の子に見られるのが恐かったんだ。君と仲良くしているところを見られたら自分もいじめられると思っているんだろう。だから君のせいじゃ無い。そんなの気にするな。」「そうなの?」「ああそうだ。君と学校の友達が仲良くできないのは、見た目で差別する彼らの方に問題がある。だから君はそうやって自分を責めなくてもいい。だけど、だからって彼らを恨んだりしちゃいけない。悲しいけどそういう人間は世の中にはいっぱいいる。仕方が無いことなんだ。だから君は今まで通り堂々と生きるんだ。きっと彼らもいつか大人になれる日が来るはずだ。それに、皆が皆そんな人ばかりとは限らない。君のことをちゃんと分かってくれる人も必ずどこかにいるはずだ。だから、こんなことで自信を失っちゃだめだよ。」おじさんは言った。
あの子がそんなことを考えたのは少し悲しかったけど、僕はその言葉を聞いたら少し心が軽くなった。「分かった。ありがとうおじさん。僕もう気にしない。」おじさんは僕を見て少し微笑んだ。
おじさんにさよならを言った後僕は家路についた。その日の空はどんよりと曇っていて、僕をなんとなく陰鬱な気持ちにさせた。今日は早く帰ろう。そんなことを考えていた時、突然誰かが僕の腕を掴んだ。僕は驚きのあまり固まった。口を塞がれてそのままものすごい力で引きずられ、手足を縛らて車の後ろに投げ入れられた。僕はあまりに突然のことに一瞬何が起きたのか分からなかった。僕が混乱している間に車は走り出した。
揺れる車の中で、段々僕は置かれている状況の深刻さに気付き始めた。僕は誘拐された。多分どこかに売られるか、殺される。どっちみち僕の未来は今までとは全く別のものになる。考えただけで手が震えてきた。車の中には僕の他に二人、強そうで恐い男が二人乗っていた。逃げないと。でも手足が動かせなくてどうにもできない。誰か助けて...そう願って僕がいなくなったことに誰かが気づいてくれるのを願った。そこで僕は、自分をずっと気に掛けてくれている人なんて一人もいなかったことを思い出した。
車は郊外の、事務所と倉庫が一緒になったような場所の前に止まった。僕はそこで拘束を解かれ、歩くように言われた。僕は腕を捕まれて連れて行かれ、小さな薄汚い部屋に放り投げられた。その部屋には他に連れてこられた子供が他にも何人か眠らされていた。僕は今が脱出できる最後のチャンスだと思い、手を離された瞬間咄嗟に男の足の間を抜けて逃げようとした。
「ぐっ。」次の瞬間腹に強い衝撃を受けて僕は部屋の中に押し飛ばされた。「おい、腹は止めろ。苦情が来たら困るだろうが。」もう一人の男が腹を蹴った方の男に向かって言った。「分かりましたよ。」男は答えた。
最悪だ。会話を聞いた僕は理解した。僕はこれから殺されて臓器を売られるんだ。
これまでに無いほどの恐怖が押し寄せた。口が震えて歯がカチカチと鳴った。嫌だ。死にたくない。僕はがむしゃらに暴れた。しかしすぐに取り押さえられて何か注射をされた。ここで諦めたら終わりだと思った僕はさらに抵抗したが、少しずつ意識が薄れ始めた。彼らは部屋を去って行ったが、僕は逃げようと扉に腕を伸ばそうとしても体が言うことを聞かず動くことができなかった。ああ、死にたくない、誰か...誰か...僕は自分の意識が消えていくのを感じた。
俺は小さな薄汚い部屋の中で目覚めた。周りには眠らされた子供達が転がっている。起き上がろうと体を動かしたとき、自分の体がとても小さいことに気づき、俺は驚いた。そして少しずつ、自分が、いつも森の泉のほとりで会っていた少年の体を動かしていることに気づいた。
自分が少年の作り出した想像に過ぎないことは分かっていた。心の居場所を求めるこの少年の想像が、少年の頭の中で具現化したのが俺という存在なのだ。この少年が薬で無理矢理眠らされて意識が混濁したことで、今まで潜在意識の中にいた俺が、人格として少年の体に現れたのだ。ここに来るまでの少年の記憶を見た俺は、自分が後数分で殺されようとしているこの絶望的な状況に動揺した。
しかし俺はすぐに立ち上がった。この子のことを誰よりもよく分かってやれてるのは俺だ。本来なら殺されているはずだったこの子の中で俺が目覚められたことは、この子に残された最後の希望なんだ。
この子にはまだ出会う人、行くべき場所が山ほどある。絶対にこんなところで終わらせはしない。
周りの子供達は同じように眠らされていた。揺り起こそうとしても全く反応が無かった。俺はそっと扉を開けてみた。鍵はかかっていなかった。外から鍵を掛けられる扉ではないようだ。出た先は小さな手術室のような場所だった。粗末な手術台と器具が並んでいる。そばのゴミ箱からは気分の悪くなる匂いがした。俺は置いてあったメスを取れるだけ取ってポケットに入れた。
その時こちらへ向かってくる足音が聞こえて俺ははっとした。やばい。俺は即座に物陰に隠れた。しばらくすると先ほどまでの男達とは違う、医者のような格好の男が入ってきた。子供達の眠らされている部屋に向かっている。これから殺して臓器を取りだそうというのだろう。
させるかよ。俺は隠れていたところから飛び出し手術台を踏み台にして飛び跳ねた。こちらを振り返りかけた男の首に飛びついてメスで喉を掻き切った。驚いた男は叫び声を上げようとしたが、切られた喉からは声が出せずに倒れた。俺は死んだ男の持ち物を探って拳銃を見つけた。
部屋を抜けると外へと通じる廊下が続いていた。廊下のそばには部屋があり、中を覗くとデスクがいくつも並んでいて、その中で男が三人それぞれ電話で誰かと話していた。俺は拳銃に念のため弾を装填してから、その部屋の前をゆっくりと通り過ぎようとした。しかし、その時手前の男がちょうど電話を終えて後ろを向いてしまった。くそっ!俺は目が合うと同時に引き金を引いた。轟音とともに男は衝撃でのけぞった。それたか。俺は思った。銃弾は当たりはしたが致命傷にはならなかったようだった。銃声を聞いた二人が振り返って慌てて銃を構えるまでの間に、俺は弾丸の当たった男を盾にして二人に向かって銃を構えた。
突然のことに戸惑い狙いがぶれる二人の頭に、俺は一発ずつ確実に撃ち込んだ。
俺が部屋を出ようとしたとき、大勢の足音が近づいてくるのが聞こえてきた。この建物中のギャングが集まってきたのだ。俺は静かに微笑んだ。仕方がない、やってやろうじゃないか。何人でも相手してやる。
部屋になだれ込んできたギャング達を俺は体の小ささを利用して攪乱し、正確な狙いで一人ずつ仕留めていった。相手の姿を捕らえきれていないギャング達は正体不明の侵入者に為す術も無く倒れていった。
カチッ。しかし最後の一人を撃とうとしたところで、俺はもう弾が残っていないことに気づいた。やばい!最後のギャングがその音で俺に気づいた。「お前は...がっ!」男の胸に飛んできたメスが刺さった。ドスドスッ。続けてもう2本両目に刺さった。
「油断はいけないな。」俺はつぶやいた。「おじさんはナイフの達人なんだ。」
僕は病院のベッドの上で目が覚めた。「ここは...」すると僕が起きたことに気づいたママが泣きながら僕を抱きしめた。「ここは病院よ。良かった、気がついて。ごめんね、こんなことになって。帰ってきてもあなたがいないからママ心配したのよ。何処を探し回ってもいなかった。もう二度と戻ってこないと思った。あのとき気づいたのよ、どうしてもっと大事にしてやれなかったんだって。一番大事なもののはずだったのに。「大丈夫だよ。ありがとう。」「これからはもっと一緒にいられる時間を長くしてあげるからね。ごめんね、ごめんね。」その時僕は初めてママの前で心から安心した。
後から分かってきたことは、僕が眠らされた後、あの場所に誰かが助けに来てくれたということだった。その人は一人で建物にいたギャングを皆殺しにした後、警察に捕まっている子供達のことを通報したそうだ。僕はその人がいなければ死んでいただろうから、お礼をしたかったのだけど、その人は警察が来たときにはいなくなっていたそうだ。新聞はその人を大げさに称えたり、正体を推測してみたりする記事で溢れていた。
僕は投げ飛ばされたときにできた傷ぐらいしか無かったから、検査が終われば退院できるそうだった。しかし僕にとって一番嬉しかったのは、同じクラスの人たちが何人かお見舞いに来てくれたことだった。皆普段は話しかけてくれたりはしなかったけど、おじさんの言った通り、クラスには僕を嫌いな人ばかりでもなくて、僕と友達になりたいと思ってくれる人もいっぱいいるみたいだった。その中にはあの時の女の子もいた。
「ありがとう。」僕はお菓子を持ってお見舞いに来てくれたその子に言った。その子は大げさなくらい怪我が無いか心配して帰って行った。その子は去り際に言った。「ねえ、治ったら学校でいっぱい話そうね。」「うん。」僕は言った。「そうだね。」
ふと部屋の隅に目をやると、おじさんが壁により掛かって立っていた。おじさんは僕の方を見ると、優しく微笑んだ。
俺は何人ものターゲットを殺してきた敏腕の殺し屋だ。しかし仕事で犯したちょっとのミスの影響が少しずつ大きくなっていき、ついに身元が割れて今は指名手配犯だ。そして逃げ込んだこの森を通り抜ける途中、水を求めてこの泉のほとりへ来た。しかしそこで大きな岩の裏にいた一人の少年に出くわしてしまった。
目の前の子供は俺を見つめたまま口を開けて驚いた顔でこちらを見つめている。顔には大きな赤いあざがある。膝を抱えて座っていて、目は泣いていたように赤くなっている。クソ。こうなったら上手くごまかして黙っているように仕向けるしか無い。俺は精一杯穏やかな声を作って沈黙を破った。
「や、やあ、こんにちは。どうしたんだい、こんなところで。」少年は震える声で答えた。「...おじさん誰?」「俺は...ごめんな、それは言えないんだ。でもここに来たのは君を慰めるためだ。ここを歩いていたら君が泣いているから心配になってやってきたんだよ。」俺は頭をフル回転させて話を作り上げる。「どうしてここを歩いてたの?」少年は聞いた。詮索好きのクソ餓鬼め。「それは...おじさんは森を歩くのが好きなんだ。こっちの方に旅行で来ててね、ちょっとこの素敵な森が気になって入ってみたんだ。」すると少年の顔がほんの少し明るくなった。「僕もだよ!好きなんだ。ここ。落ち着くんだ。」俺は思いのほか簡単に警戒を解いた少年にほっとした。子供は扱いやすくて助かる。
後は上手く黙っているように約束できれば...そう思っていると少年は泉を見つめながらぽつりと言った。「ねえ、おじさん。おじさんには友達いる?」「そんなの当たり前だ。」俺は変なことを聞く餓鬼だと思って、すぐにそう返してしまってから付け足した。「その...いじめられてたりするのか?」少年は前を向いたまま小さくうなずいた。「学校の皆は僕のこと嫌いなんだ。僕のこのあざが気持ち悪いから。どうすればいいか分からないんだ。」
俺はどうしていいか分からず戸惑った。「そ、そんなことか。」何か上手いことを言おうとした。「それなら気にしなくてもいい。君には友達を作る力がちゃんとある。ほら、おじさんとはもう友達だろ?」それを聞いた少年はなぜかまた泣き出しそうになった。俺は焦った。ここで泣かれては、万が一この近くに人がいた時まずいことになる。「泣くな。ほら、面白いものを見せてあげよう。」
俺はいつも懐のポケットに入れている毒を仕込んだナイフを取り出し、少し離れた木に向かって3本投げた。ナイフは縦に一直線に並んで刺さった。「え!すごい!すごいよ!」少年は純粋に驚いて褒めた。「おじさんはナイフの達人なんだ。拳銃だって百発百中さ。」俺は得意になってつい言ってしまってはっとした。こんなことをしている場合では無い。はやく俺のことをしゃべらないようにこの餓鬼を説得してもっと遠くに行かなくては。
「おっと、もう時間だ。残念だけどおじさんはもう行かなくちゃいけない。」少年はものすごく残念そうな顔をした。「その前に友達として一つ約束をしてくれないかな。」「約束?」「そう、約束だ。今日ここでおじさんに会ったことは二人だけの秘密にしておいて欲しいんだ。絶対だ。」少年は元気よくうなずいた。「うん。分かった。誰にも言わないよ。」「ありがとう。じゃあおじさんはもう行くよ。」「待って!」少年は呼び止めた。「明日も、ここに来る?」俺は少し考えてから言った。「そうだな、旅行で来たからここにはもう戻らないかも知れないな。だけど心配ない。おじさんは君の心の中にずっといるからな。」
俺はナイフを回収し、適当な言葉を残して名残惜しそうな少年のいる泉を立ち去った。それから少し歩いて、十分離れたところでまた走り始めた。今ので遅れた分を少しでも取り戻して、距離を稼ぐんだ。まだサツは俺がこの森に逃げたことを知らないはずだ。
俺は夜通し走り続けた。空が明るくなり始めた頃、森の終わりが見えてきた。遠くの方に民家も見える。よし、あとちょっとだ。忍び込むか住人を殺して食料を奪うんだ。
「いたぞ!」その時突然声がして、次の瞬間銃声とともに左足に激痛が走った。声のする方を見ると警察が十数名犬を連れて俺の方に向かってきていた。「くそっ!」俺は這いずって逃げようとしたが、あまりの痛みに思うように前に進めない。とうとう俺は追いかけてきた警察に捕まってしまった。警察は俺の思っていたよりも数段うわてだった。まさかこんなにも早いとは。凄腕の殺し屋も不意を突かれてしまっては手が出せない。俺は抵抗も虚しくパトカーへと連れられていった。
僕はおじさんが森の奥に歩き去って行った後もその方向を見つめていた。この場所で人に会うのは初めてだったので、まだ少し夢のような感じがしていた。でも木に残ったナイフの跡と、おじさんに友達だと言われたときの温かい感じがまだそこに残っていた。
この森の中の泉は僕だけが知っている秘密の場所だ。ママでさえも知らない。何か辛いことや悲しいことがあって苦しくなったとき、僕はこの場所に来て一人で泣く。この場所に来ると、なぜか安心できるんだ。
僕は水面を見つめながら今交わした会話を頭の中で繰り返していた。おじさんは僕に初めて会ったけど、痣のことを全然気にする様子も無く、それどころか優しく話しかけてくれた。それだけで無く僕にも普通に友達ができるとも言ってくれた。おじさんの言葉を思い出すと僕がみんなに受け入れられるようないい子になった気がする。こんな気持ちになったのは初めてだった。
気が付いたら数分前ここに来たときの気分が嘘のように心が明るくなっていた。僕は乾きかけた涙を拭って立ち上がった。
「ただいま。」僕は家の鍵を開けた。暗くなった部屋のカーテンを閉めて電気を付けた。冷蔵庫の中にはママが作っておいてくれた夕食が入っているので、それをレンジで温めてテレビを見ながら食べる。そうやってママが帰ってくるのを待つ。
僕はパパの顔をよく覚えていない。ずっと前に出て行ってしまったからだ。出て行く前は僕が寝た後によくママとけんかしていた。僕に聞かせないようにしていたのかもしれない。パパがいなくなってからはママの帰りが遅くなってしまった。
ガチャリと玄関が開く音がした。「ごめんね、遅くなって。」ママが帰ってくると、僕はすぐに迎えに行った。「お帰り!あのね、今日ね、」「待ってて。今お風呂湧かすから。」僕は言いかけた言葉を飲み込んだ。ママは忙しそうに通り過ぎていった。ママが忙しいときは邪魔しちゃいけない。話を聞いてくれているときでも、本当は時間が無くて焦っているのを僕は知っているから、あまりしつこく話しかけないようにしている。僕は仕方が無いので宿題をし始めた。
次の日の学校の帰り、いつものように僕は泉のほとりにいた。昨日人に会ったせいか、一人でいるのが寂しく感じられた。その時僕はなんとなく昨日おじさんの言っていたことを思い出していた。
僕はおじさんがここにいたらどんな感じか考えてみた。おじさんはひげを伸ばしていて、顔はちょっと恐くて、背は高くてがっしりしていた。僕はなるべく細かく思い浮かべた。しゃべり方も記憶の通りに再現して、自分で答えを考えて会話した。僕は泉を眺めているときはいつもそうやって頭の中のおじさんを景色に重ねて投影して、その想像のおじさんと話した。
そんなことを毎日繰り返してゆくうち、少しずつ不思議な変化が起こり始めた。段々と自分が動かさなくてもおじさんが勝手に話しかけてくるように感じ始めたのだ。最初は確かに僕の自問自答でしか無かったはずが、おじさんならこう答えるはずだという考えが固まってきて、いつの間にか普通の人と話すように話せるようになってきたのだ。それが嬉しくてたくさん話しているうちに、その姿も少しずつはっきりと見えるようにもなってきた。おじさんは決まって僕が一人で泉のほとりにいるときに現れる。彼は何でも話せて頼りになる友達になり、泉のほとりは前よりももっと安らげる場所になっていった。
ある日、僕が掃除の時間にほうきでゴミを掃いていると、ほうきの柄が後ろを通っていた男子にぶつかった。「ごめ...」僕が謝ろうとしたとき、僕はいきなり殴られた。「キモいんだよ!」そいつは言った。僕は起き上がってそいつを殴り返し、そのままつかみ合いのけんかになった。しばらくすると先生が来てけんかを止めさけた。「またお前か。いい加減にしてくれ。」先生は僕に去り際に言った。しかし止められたことで僕は内心ほっとしていた。あのまま戦っても負けることは分かっていたからだ。それでも殴り返したのは、そうしないといずれもっと理不尽な目に遭うことを知っていたからだった。
僕は一人で帰っているとき、腕が痛むことに気づいた。見ると、肘から血が出ていた。けんかの時にできた傷らしかった。
「大丈夫?」僕がぼんやりと血が滴って流れていくのを眺めていると、声がした。振り向くと、同じクラスにいる女子が立っていた。「うん。」僕はその子とは今まで話したことが無かったので、急に話しかけられたことに驚いていた。「はい。これ。」その子は絆創膏を差し出した。「ありがとう。」それを受け取ると、少女は去って行った。もらった絆創膏を貼ると、そんなはずないのに、痛みがすっと消えていくような気がした。
「それ、どうしたんだ。」おじさんは僕の腕の絆創膏を見て言った。「今日は色々あったんだ。」僕は言った。「これは帰り道でクラスの女の子にもらった。」「よかったじゃないか!だから言ったろ、君は本当はもっと大事にされていいんだよ。ただそのことを分かってないやつがいるだけなんだ。」おじさんは自分のことのように喜んだ。「で、何で怪我したんだ?」「掃除の時間にけんかしちゃったんだ。ほうきがぶつかったらいきなり殴られて、僕も殴り返したんだ。」おじさんは笑って言った。「そうかそうか!分かったからほら、そんなに暗い顔するな。けんかだってコミュニケーションじゃないか。殴られたら殴り返したっていい。」「いいかな。」「いいとも。先生はだめだって言うだろうけどな。だけどそんなわけにも行かないだろう。」おじさんは帰り際に一つ付け足した。「でも次からはちゃんと仲直りするんだぞ。」
次の日学校に来たとき、靴箱の前で昨日の女の子を見かけた。「おはよう。」僕が靴をしまいながら話しかけたとき、彼女は何も言わずに急いで靴を履いて行ってしまった。僕は驚きと悲しさが入り交じった気持ちでそれを見つめた。それと同時に何も考えずに話しかけた自分に苛立った。また失敗してしまった。昨日は話してくれたのに今日は無視するのは、多分突然話したのがいけなかったんだ。僕がもっと上手に、普通に話せる人だったら、皆も避けないんだろうな。僕は思った。
その日はずっと気持ちが沈んでいて、あの場面が思いだしたくも無いのに頭の中でぐるぐる回っていた。僕がそんなことに気を取られながら、算数の授業中頬杖をついて窓の外を眺めていたら、先生が僕の名前を呼んだような気がした。はっとしてそっちの方に顔を戻すと、先生はやれやれという風に首をすくめた。皆がそれを見て笑った。
学校が終わった後、僕が泉のほとりで仰向けに寝て空を眺めていると、おじさんがいつもの岩の陰からわざとらしくひょこひょこ変な歩き方をしながら出てきた。「やあ。元気かね。」僕はそれを見て、さっきまで落ち込んでいたはずなのについ笑ってしまった。
おじさんは真面目な顔に戻って言った。「今日は何があったんだい?」「昨日言った女の子いるでしょ。」「ああ。」「あの子に今日靴箱で会ってね、おはようって話しかけたのに彼女何も言わずに行っちゃったんだ。」「そうか...」「多分僕が急に話しかけたのがだめなんだ。僕少しずついい子になってちょっとずつ皆と友達になっていきたいと思ってたのに、また嫌われるようなことしちゃった。」
「そんなことはない。」おじさんは僕の隣へ座り、目の高さを合わせていった。「君は悪くないよ。その子は多分君と話しているのを他の子に見られるのが恐かったんだ。君と仲良くしているところを見られたら自分もいじめられると思っているんだろう。だから君のせいじゃ無い。そんなの気にするな。」「そうなの?」「ああそうだ。君と学校の友達が仲良くできないのは、見た目で差別する彼らの方に問題がある。だから君はそうやって自分を責めなくてもいい。だけど、だからって彼らを恨んだりしちゃいけない。悲しいけどそういう人間は世の中にはいっぱいいる。仕方が無いことなんだ。だから君は今まで通り堂々と生きるんだ。きっと彼らもいつか大人になれる日が来るはずだ。それに、皆が皆そんな人ばかりとは限らない。君のことをちゃんと分かってくれる人も必ずどこかにいるはずだ。だから、こんなことで自信を失っちゃだめだよ。」おじさんは言った。
あの子がそんなことを考えたのは少し悲しかったけど、僕はその言葉を聞いたら少し心が軽くなった。「分かった。ありがとうおじさん。僕もう気にしない。」おじさんは僕を見て少し微笑んだ。
おじさんにさよならを言った後僕は家路についた。その日の空はどんよりと曇っていて、僕をなんとなく陰鬱な気持ちにさせた。今日は早く帰ろう。そんなことを考えていた時、突然誰かが僕の腕を掴んだ。僕は驚きのあまり固まった。口を塞がれてそのままものすごい力で引きずられ、手足を縛らて車の後ろに投げ入れられた。僕はあまりに突然のことに一瞬何が起きたのか分からなかった。僕が混乱している間に車は走り出した。
揺れる車の中で、段々僕は置かれている状況の深刻さに気付き始めた。僕は誘拐された。多分どこかに売られるか、殺される。どっちみち僕の未来は今までとは全く別のものになる。考えただけで手が震えてきた。車の中には僕の他に二人、強そうで恐い男が二人乗っていた。逃げないと。でも手足が動かせなくてどうにもできない。誰か助けて...そう願って僕がいなくなったことに誰かが気づいてくれるのを願った。そこで僕は、自分をずっと気に掛けてくれている人なんて一人もいなかったことを思い出した。
車は郊外の、事務所と倉庫が一緒になったような場所の前に止まった。僕はそこで拘束を解かれ、歩くように言われた。僕は腕を捕まれて連れて行かれ、小さな薄汚い部屋に放り投げられた。その部屋には他に連れてこられた子供が他にも何人か眠らされていた。僕は今が脱出できる最後のチャンスだと思い、手を離された瞬間咄嗟に男の足の間を抜けて逃げようとした。
「ぐっ。」次の瞬間腹に強い衝撃を受けて僕は部屋の中に押し飛ばされた。「おい、腹は止めろ。苦情が来たら困るだろうが。」もう一人の男が腹を蹴った方の男に向かって言った。「分かりましたよ。」男は答えた。
最悪だ。会話を聞いた僕は理解した。僕はこれから殺されて臓器を売られるんだ。
これまでに無いほどの恐怖が押し寄せた。口が震えて歯がカチカチと鳴った。嫌だ。死にたくない。僕はがむしゃらに暴れた。しかしすぐに取り押さえられて何か注射をされた。ここで諦めたら終わりだと思った僕はさらに抵抗したが、少しずつ意識が薄れ始めた。彼らは部屋を去って行ったが、僕は逃げようと扉に腕を伸ばそうとしても体が言うことを聞かず動くことができなかった。ああ、死にたくない、誰か...誰か...僕は自分の意識が消えていくのを感じた。
俺は小さな薄汚い部屋の中で目覚めた。周りには眠らされた子供達が転がっている。起き上がろうと体を動かしたとき、自分の体がとても小さいことに気づき、俺は驚いた。そして少しずつ、自分が、いつも森の泉のほとりで会っていた少年の体を動かしていることに気づいた。
自分が少年の作り出した想像に過ぎないことは分かっていた。心の居場所を求めるこの少年の想像が、少年の頭の中で具現化したのが俺という存在なのだ。この少年が薬で無理矢理眠らされて意識が混濁したことで、今まで潜在意識の中にいた俺が、人格として少年の体に現れたのだ。ここに来るまでの少年の記憶を見た俺は、自分が後数分で殺されようとしているこの絶望的な状況に動揺した。
しかし俺はすぐに立ち上がった。この子のことを誰よりもよく分かってやれてるのは俺だ。本来なら殺されているはずだったこの子の中で俺が目覚められたことは、この子に残された最後の希望なんだ。
この子にはまだ出会う人、行くべき場所が山ほどある。絶対にこんなところで終わらせはしない。
周りの子供達は同じように眠らされていた。揺り起こそうとしても全く反応が無かった。俺はそっと扉を開けてみた。鍵はかかっていなかった。外から鍵を掛けられる扉ではないようだ。出た先は小さな手術室のような場所だった。粗末な手術台と器具が並んでいる。そばのゴミ箱からは気分の悪くなる匂いがした。俺は置いてあったメスを取れるだけ取ってポケットに入れた。
その時こちらへ向かってくる足音が聞こえて俺ははっとした。やばい。俺は即座に物陰に隠れた。しばらくすると先ほどまでの男達とは違う、医者のような格好の男が入ってきた。子供達の眠らされている部屋に向かっている。これから殺して臓器を取りだそうというのだろう。
させるかよ。俺は隠れていたところから飛び出し手術台を踏み台にして飛び跳ねた。こちらを振り返りかけた男の首に飛びついてメスで喉を掻き切った。驚いた男は叫び声を上げようとしたが、切られた喉からは声が出せずに倒れた。俺は死んだ男の持ち物を探って拳銃を見つけた。
部屋を抜けると外へと通じる廊下が続いていた。廊下のそばには部屋があり、中を覗くとデスクがいくつも並んでいて、その中で男が三人それぞれ電話で誰かと話していた。俺は拳銃に念のため弾を装填してから、その部屋の前をゆっくりと通り過ぎようとした。しかし、その時手前の男がちょうど電話を終えて後ろを向いてしまった。くそっ!俺は目が合うと同時に引き金を引いた。轟音とともに男は衝撃でのけぞった。それたか。俺は思った。銃弾は当たりはしたが致命傷にはならなかったようだった。銃声を聞いた二人が振り返って慌てて銃を構えるまでの間に、俺は弾丸の当たった男を盾にして二人に向かって銃を構えた。
突然のことに戸惑い狙いがぶれる二人の頭に、俺は一発ずつ確実に撃ち込んだ。
俺が部屋を出ようとしたとき、大勢の足音が近づいてくるのが聞こえてきた。この建物中のギャングが集まってきたのだ。俺は静かに微笑んだ。仕方がない、やってやろうじゃないか。何人でも相手してやる。
部屋になだれ込んできたギャング達を俺は体の小ささを利用して攪乱し、正確な狙いで一人ずつ仕留めていった。相手の姿を捕らえきれていないギャング達は正体不明の侵入者に為す術も無く倒れていった。
カチッ。しかし最後の一人を撃とうとしたところで、俺はもう弾が残っていないことに気づいた。やばい!最後のギャングがその音で俺に気づいた。「お前は...がっ!」男の胸に飛んできたメスが刺さった。ドスドスッ。続けてもう2本両目に刺さった。
「油断はいけないな。」俺はつぶやいた。「おじさんはナイフの達人なんだ。」
僕は病院のベッドの上で目が覚めた。「ここは...」すると僕が起きたことに気づいたママが泣きながら僕を抱きしめた。「ここは病院よ。良かった、気がついて。ごめんね、こんなことになって。帰ってきてもあなたがいないからママ心配したのよ。何処を探し回ってもいなかった。もう二度と戻ってこないと思った。あのとき気づいたのよ、どうしてもっと大事にしてやれなかったんだって。一番大事なもののはずだったのに。「大丈夫だよ。ありがとう。」「これからはもっと一緒にいられる時間を長くしてあげるからね。ごめんね、ごめんね。」その時僕は初めてママの前で心から安心した。
後から分かってきたことは、僕が眠らされた後、あの場所に誰かが助けに来てくれたということだった。その人は一人で建物にいたギャングを皆殺しにした後、警察に捕まっている子供達のことを通報したそうだ。僕はその人がいなければ死んでいただろうから、お礼をしたかったのだけど、その人は警察が来たときにはいなくなっていたそうだ。新聞はその人を大げさに称えたり、正体を推測してみたりする記事で溢れていた。
僕は投げ飛ばされたときにできた傷ぐらいしか無かったから、検査が終われば退院できるそうだった。しかし僕にとって一番嬉しかったのは、同じクラスの人たちが何人かお見舞いに来てくれたことだった。皆普段は話しかけてくれたりはしなかったけど、おじさんの言った通り、クラスには僕を嫌いな人ばかりでもなくて、僕と友達になりたいと思ってくれる人もいっぱいいるみたいだった。その中にはあの時の女の子もいた。
「ありがとう。」僕はお菓子を持ってお見舞いに来てくれたその子に言った。その子は大げさなくらい怪我が無いか心配して帰って行った。その子は去り際に言った。「ねえ、治ったら学校でいっぱい話そうね。」「うん。」僕は言った。「そうだね。」
ふと部屋の隅に目をやると、おじさんが壁により掛かって立っていた。おじさんは僕の方を見ると、優しく微笑んだ。
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