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黄巾賊
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授業が終わり、紫音と劉備は帰途についた。
森の中を二人は、無言で騎行した。
時折吹く風が、森の樹木を鳴らしている。劉備は白馬・的盧に跨がり無言で思惟に沈んでいた。
紫音は姉の思索の邪魔をしないよう、馬の足音さえも静かにさせながら進む。
小鳥の声が聞こえ、紫音は空を見上げた。
突き抜けるように高い澄んだ碧空が広がり、薄雲がゆるやかに流れている。だが、この空の下で、今も黄巾賊が、中華全土で暴威をふるっているのだ。
(関羽姉さんや、張飛からは、もし姉さんが、黄巾賊討伐のために義挙するなら、必ず参加する、と言われているけど……)
紫音は姉の美しい横顔を見た。彼女は今だ、その意志をあきらかにしていない。姉さんは、何かをまっているような気がする。でも、それが何かは分からない……。
紫音が、もの思いに沈みかけた瞬間、絶叫が森に響きわたった。男の声だった。
紫音と劉備が顔を見合わせ、馬腹を蹴る。
森を抜け、平原に出た。
平原の向こうで、隊商が、黄巾賊に襲われていた。
(黄巾賊!)
紫音の黒瞳に衝撃がはしる。間違いない、全員、髪に黄色い布を結わえている。その数は三十名ほど。
隊商の商人たちは縛り上げられている。
ふいに少女の悲鳴が響いた。
凶悪な面相をした黄巾賊達が、泣き叫ぶ少女を地面に押さえつけ、服を引き裂いていた。
大地には血塗れになった男達が仰向けに倒れている。おそらく少女の仲間だろう。黄巾賊達は、狂笑をあげて剣や槍で、屍体を突き刺し、死者を嬲っている。
ふいに劉備が、獣のような咆吼を上げた。黄金の瞳に嚇怒の光りを宿し、黄巾賊めがけて愛馬を躍らせる。
紫音も姉の後を追う。二人の身体に霊力が駆け巡り、身体能力が爆発的に向上する。
賊徒たちが、紫音と劉備に気づいた。一瞬慌てたが、向かってくるのが、一〇代半ばの子供たちだと、視認すると、眼に残虐な光りを浮かべた。
劉備と紫音めがけて二人の男が、馬を走らせる。
黄巾賊が、銀髪の少女の頭部めがけて大剣を振り下ろした。
刹那、劉備は男のもつ大剣の柄を素手で受け止め、そのまま流麗な動作で、大剣を奪い取った。
劉備は、逆手にもった大剣を男の首めがけて水平に薙いだ。男の首から鮮血が吹き出した。
紫音も黄巾賊めがけて突進する。黄巾賊が、繰り出す槍を紫音は上半身をひねってかわした。そして槍を手で掴み奪い取る。
槍をとられた黄巾賊は、馬上から転落した。
紫音は即座に、槍で男の心臓を突き刺した。
「この餓鬼ども! ぶち殺してやる!」
賊徒達が怒声を張り上げ、紫音と劉備めがけて襲いかかった。
劉備が、大剣を一閃させた。賊徒の首が、斬り飛ばされて宙に飛ぶ。横から襲いかかってきた賊徒の剣を弾き返し、大剣で胸を切り裂く。
二人の賊徒が一瞬で死体となって、鞍上から転落した。
賊徒が馬を踊らせて、紫音に槍を突き出した。紫音は、槍の穂先で敵の穂先をそらすと、電光のような速さで槍を繰り出した。
黄巾賊の心臓に紫音の槍が突きささる。鮮血が男の口からもれ、馬上から大地に転げ落ちた。
紫音と劉備の圧倒的な戦闘力に、黄巾賊の間から悲鳴がもれた。
「こいつら導士だ!」
黄巾賊の大半が恐慌をおこして逃げ散った。紫音と劉備が、導士であることに気付き、武器を放り捨てて一目散に逃亡する。
霊力が強い人間には勝てない。それがこの世界の常識である。黄巾賊は、一挙に戦意を喪失した。
だが一方で、怒気をあらわにして、紫音と劉備に襲いかかってくる賊徒が数名いた。彼らも導士であり、腕に覚えがあった。
四名の黄巾賊が馬に飛び乗り、馬蹄をひびかせて二人の周囲にむらがる。
紫音と劉備が、愛馬をあやつり迎撃する。
賊徒が紫音めがけて、槍を繰り出した。紫音は愛馬を巧みに操り、槍を空に斬らせる。即座に紫音は、槍を水平に薙いだ。男の首が、槍の穂先で切り裂かれ、鮮血を散らして落馬する。
紫音は槍を片手で旋回させ、その遠心力に膂力をのせて、右から襲いかかる敵の胸に突き刺した。
的確で鋭い槍の一撃が、男の鉄の鎧を突き破り、心臓を貫く。
劉備の前に、巨大な戦斧をもった男が立ちはだかった。
男は銀髪の少女めがけて戦斧を打ち下ろした。劉備は大剣を逆袈裟に斬り上げる。霊力をまとった劉備の膂力は、男の戦斧を弾き飛ばした。
刹那に劉備は大剣を振り下ろす。男は兜ごと頭を両断されて絶命した。
その間隙をねらって、劉備の背後から黄巾賊が襲いかかった。
がら空きの劉備の背中めざして、槍を突き出す。劉備の背中が、槍で貫かれようとしたその時、紫音が槍を投擲した。
男は、後頭部から喉まで槍を貫通されて、数瞬痙攣した後、鞍上から地面に落ちた。
刃向かう賊徒たちが全て大地に転がり、残りは全て逃げ散った。
紫音は追撃するかどうか一瞬迷ったが、止めた。今は、この商人達を保護するべきだ。
紫音と劉備は、馬から飛び降りた。紫音は縛り上げられている商人たちの縄を斬った。
劉備は服を引き裂かれた少女に駆け寄った。
少女の年齢は十五歳ほど。愛らしく利発な顔立ちをしていた。服が引き裂かれ、ほぼ全裸になり、両手で胸と股間をかくしている。
「安心して、もう大丈夫よ」
劉備がかけより、少女に優しい声をかける。その声が少女の恐怖を消した。少女は泣き叫びながら、劉備に抱きついた。
劉備は少女を優しく抱きしめた。
「ありがとうございます。何とお礼を申し上げて良いやら分かりません。
この張世平、ご恩は終生忘れませぬ」
張世平と名乗る富豪は、紫音と劉備に何度も拝礼した。黄巾賊の男たちに乱暴されかけた少女は張世平の姪で蘇双というらしい。
張世平は、中山でも有数の豪商だった。姪の蘇双とともに隊商を組んで、旅している途上だったそうだ。
護衛のために傭兵を雇っていたそうだが、黄巾賊が現れた途端にすぐに逃げ散ってしまったらしい。
紫音と劉備は、張世平と蘇双を盧植先生の元まで送り届けた。
盧植先生は事情を聞いてすぐに、張世平達を官軍に保護するように手配してくれた。
その後、張世平は、百両もの大金と夥しい謝礼の品を紫音と劉備に、渡そうとした。
紫音も劉備も、あまりの大金に驚き何度も謝絶したが、張世平は諭すように言った。
「受け取って頂けなければ、この張世平の面子が立ちませぬ。また、命を救われて、礼物が少ないなどと噂されれば、今後私の商売が立ちゆかなくなるでしょう。これは、私の名誉と利益のために差し上げるのです。どうか、私のためにお受け取り下さい」
「私からもお願い致します。どうか叔父からの感謝を受け取って下さい」
と蘇双が言った。
「もし紫音様と劉備様が受け取って下さらねば、私たちは商売人としての『信』を無くし、商いができなくなるでしょう。……まあ私たちが、破産して飢え死にしてもいいと言うなら、受け取らなくても構いませんが……」
蘇双の台詞に劉備と紫音は押し切られ、礼物を受け取った。帰路の間中、紫音は、懐にある大金に怯えながら馬を走らせた。
貧乏人が大金を持つものではないと、紫音は心から思った。
森の中を二人は、無言で騎行した。
時折吹く風が、森の樹木を鳴らしている。劉備は白馬・的盧に跨がり無言で思惟に沈んでいた。
紫音は姉の思索の邪魔をしないよう、馬の足音さえも静かにさせながら進む。
小鳥の声が聞こえ、紫音は空を見上げた。
突き抜けるように高い澄んだ碧空が広がり、薄雲がゆるやかに流れている。だが、この空の下で、今も黄巾賊が、中華全土で暴威をふるっているのだ。
(関羽姉さんや、張飛からは、もし姉さんが、黄巾賊討伐のために義挙するなら、必ず参加する、と言われているけど……)
紫音は姉の美しい横顔を見た。彼女は今だ、その意志をあきらかにしていない。姉さんは、何かをまっているような気がする。でも、それが何かは分からない……。
紫音が、もの思いに沈みかけた瞬間、絶叫が森に響きわたった。男の声だった。
紫音と劉備が顔を見合わせ、馬腹を蹴る。
森を抜け、平原に出た。
平原の向こうで、隊商が、黄巾賊に襲われていた。
(黄巾賊!)
紫音の黒瞳に衝撃がはしる。間違いない、全員、髪に黄色い布を結わえている。その数は三十名ほど。
隊商の商人たちは縛り上げられている。
ふいに少女の悲鳴が響いた。
凶悪な面相をした黄巾賊達が、泣き叫ぶ少女を地面に押さえつけ、服を引き裂いていた。
大地には血塗れになった男達が仰向けに倒れている。おそらく少女の仲間だろう。黄巾賊達は、狂笑をあげて剣や槍で、屍体を突き刺し、死者を嬲っている。
ふいに劉備が、獣のような咆吼を上げた。黄金の瞳に嚇怒の光りを宿し、黄巾賊めがけて愛馬を躍らせる。
紫音も姉の後を追う。二人の身体に霊力が駆け巡り、身体能力が爆発的に向上する。
賊徒たちが、紫音と劉備に気づいた。一瞬慌てたが、向かってくるのが、一〇代半ばの子供たちだと、視認すると、眼に残虐な光りを浮かべた。
劉備と紫音めがけて二人の男が、馬を走らせる。
黄巾賊が、銀髪の少女の頭部めがけて大剣を振り下ろした。
刹那、劉備は男のもつ大剣の柄を素手で受け止め、そのまま流麗な動作で、大剣を奪い取った。
劉備は、逆手にもった大剣を男の首めがけて水平に薙いだ。男の首から鮮血が吹き出した。
紫音も黄巾賊めがけて突進する。黄巾賊が、繰り出す槍を紫音は上半身をひねってかわした。そして槍を手で掴み奪い取る。
槍をとられた黄巾賊は、馬上から転落した。
紫音は即座に、槍で男の心臓を突き刺した。
「この餓鬼ども! ぶち殺してやる!」
賊徒達が怒声を張り上げ、紫音と劉備めがけて襲いかかった。
劉備が、大剣を一閃させた。賊徒の首が、斬り飛ばされて宙に飛ぶ。横から襲いかかってきた賊徒の剣を弾き返し、大剣で胸を切り裂く。
二人の賊徒が一瞬で死体となって、鞍上から転落した。
賊徒が馬を踊らせて、紫音に槍を突き出した。紫音は、槍の穂先で敵の穂先をそらすと、電光のような速さで槍を繰り出した。
黄巾賊の心臓に紫音の槍が突きささる。鮮血が男の口からもれ、馬上から大地に転げ落ちた。
紫音と劉備の圧倒的な戦闘力に、黄巾賊の間から悲鳴がもれた。
「こいつら導士だ!」
黄巾賊の大半が恐慌をおこして逃げ散った。紫音と劉備が、導士であることに気付き、武器を放り捨てて一目散に逃亡する。
霊力が強い人間には勝てない。それがこの世界の常識である。黄巾賊は、一挙に戦意を喪失した。
だが一方で、怒気をあらわにして、紫音と劉備に襲いかかってくる賊徒が数名いた。彼らも導士であり、腕に覚えがあった。
四名の黄巾賊が馬に飛び乗り、馬蹄をひびかせて二人の周囲にむらがる。
紫音と劉備が、愛馬をあやつり迎撃する。
賊徒が紫音めがけて、槍を繰り出した。紫音は愛馬を巧みに操り、槍を空に斬らせる。即座に紫音は、槍を水平に薙いだ。男の首が、槍の穂先で切り裂かれ、鮮血を散らして落馬する。
紫音は槍を片手で旋回させ、その遠心力に膂力をのせて、右から襲いかかる敵の胸に突き刺した。
的確で鋭い槍の一撃が、男の鉄の鎧を突き破り、心臓を貫く。
劉備の前に、巨大な戦斧をもった男が立ちはだかった。
男は銀髪の少女めがけて戦斧を打ち下ろした。劉備は大剣を逆袈裟に斬り上げる。霊力をまとった劉備の膂力は、男の戦斧を弾き飛ばした。
刹那に劉備は大剣を振り下ろす。男は兜ごと頭を両断されて絶命した。
その間隙をねらって、劉備の背後から黄巾賊が襲いかかった。
がら空きの劉備の背中めざして、槍を突き出す。劉備の背中が、槍で貫かれようとしたその時、紫音が槍を投擲した。
男は、後頭部から喉まで槍を貫通されて、数瞬痙攣した後、鞍上から地面に落ちた。
刃向かう賊徒たちが全て大地に転がり、残りは全て逃げ散った。
紫音は追撃するかどうか一瞬迷ったが、止めた。今は、この商人達を保護するべきだ。
紫音と劉備は、馬から飛び降りた。紫音は縛り上げられている商人たちの縄を斬った。
劉備は服を引き裂かれた少女に駆け寄った。
少女の年齢は十五歳ほど。愛らしく利発な顔立ちをしていた。服が引き裂かれ、ほぼ全裸になり、両手で胸と股間をかくしている。
「安心して、もう大丈夫よ」
劉備がかけより、少女に優しい声をかける。その声が少女の恐怖を消した。少女は泣き叫びながら、劉備に抱きついた。
劉備は少女を優しく抱きしめた。
「ありがとうございます。何とお礼を申し上げて良いやら分かりません。
この張世平、ご恩は終生忘れませぬ」
張世平と名乗る富豪は、紫音と劉備に何度も拝礼した。黄巾賊の男たちに乱暴されかけた少女は張世平の姪で蘇双というらしい。
張世平は、中山でも有数の豪商だった。姪の蘇双とともに隊商を組んで、旅している途上だったそうだ。
護衛のために傭兵を雇っていたそうだが、黄巾賊が現れた途端にすぐに逃げ散ってしまったらしい。
紫音と劉備は、張世平と蘇双を盧植先生の元まで送り届けた。
盧植先生は事情を聞いてすぐに、張世平達を官軍に保護するように手配してくれた。
その後、張世平は、百両もの大金と夥しい謝礼の品を紫音と劉備に、渡そうとした。
紫音も劉備も、あまりの大金に驚き何度も謝絶したが、張世平は諭すように言った。
「受け取って頂けなければ、この張世平の面子が立ちませぬ。また、命を救われて、礼物が少ないなどと噂されれば、今後私の商売が立ちゆかなくなるでしょう。これは、私の名誉と利益のために差し上げるのです。どうか、私のためにお受け取り下さい」
「私からもお願い致します。どうか叔父からの感謝を受け取って下さい」
と蘇双が言った。
「もし紫音様と劉備様が受け取って下さらねば、私たちは商売人としての『信』を無くし、商いができなくなるでしょう。……まあ私たちが、破産して飢え死にしてもいいと言うなら、受け取らなくても構いませんが……」
蘇双の台詞に劉備と紫音は押し切られ、礼物を受け取った。帰路の間中、紫音は、懐にある大金に怯えながら馬を走らせた。
貧乏人が大金を持つものではないと、紫音は心から思った。
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