36 / 41
激戦
しおりを挟むその頃、汜水関も、孫堅、馬騰、陶謙らの奮戦で陥落し、連合軍は燃えさかる洛陽に到達した。
連合軍の兵士たちは、消火のために走り回った。
曹操は劫火の中で、滅びゆく洛陽を銀の瞳に映していた。
(洛陽が、燃えていく……)
曹操の胸中に、膨大な感情が溢れた。光武帝が、洛陽を王都と定めてより、二百年。
その二百年の歴史が、董卓という魔王によって地上から消え去ろうとしている。
曹操の胸中に、激情が溢れた。身体が小刻みに震え、唇を噛みしめる。
「董卓め!」
曹操は叫んだ。馬首をめぐらして袁紹のもとに駆ける。
袁紹は、兵士たちに命じて、消火活動をしていた。曹操は袁紹に馬をよせた。
「連合軍・盟主袁紹殿。今こそ董卓を討つべき時だ。即座に追撃の号令を発せられ給え!」
曹操の懇請に袁紹は端正な顔をわずかに歪めた。
「卿の言うことも一理ある。だが今は、この大火をしずめることが、肝要ではないか?」
曹操は心中で舌打ちした。
(相変わらず、ここぞという時に決断力のない男だ)
幼い頃から、袁紹は決断力に乏しい所があった。大人になっても、まったく変わっていない。
「本初」
曹操は袁紹に身を寄せて、鋭く小さな声を発した。
「今、董卓を討ては、天下はお前のものだぞ」
曹操の言葉に袁紹は碧眼を見開いた。そして数瞬、沈思すると、やがて顔を輝かせた。
「よくぞ、言ってくれた。お前の友誼は忘れぬぞ」
袁紹は連合軍に追撃を号令した。
諸侯たちの中で戦意ある、孫堅、公孫瓚、馬騰、陶謙、鮑信、孔融が、追撃に賛同して軍を動かした。残りの諸侯は戦意に乏しく、洛陽に残ることを選択した。
袁紹、孫堅、公孫瓚、馬騰、陶謙、鮑信、孔融の軍勢が、董卓軍めざして、西方に猛進していく。
曹操は自軍の編制を命じた。
夏侯惇が馬をよせて、曹操に呟いた。
「孟徳。よかったのか? 袁紹が董卓を討てば、本当に天下は袁紹のものとなるぞ?」
夏侯惇の問いに、曹操は苦笑を浮かべた。
「ああ、そうなるな」
袁紹が董卓を討ち取れば、袁紹は蓋世の英雄となる。そして董卓のかわりに、相国、もしくは丞相となって天下の実権を掌握するだろう。
曹操が、天下の覇者となることだけを考えるならば、袁紹に董卓の追撃を進言するべきではなかった。
もし袁紹が、連合軍・盟主という立場にありながら、このまま、むざむざと董卓を逃がせば、袁紹は董卓に闘わずして負けた男として世間に喧伝され、その権威は失墜する。
だが、董卓と闘って勇戦すれば、勝っても負けても、袁紹の武名は上がるだろう。袁紹は名門の権勢とともに、義心の闘将という名誉まで身に纏うことになる。
曹操は、袁紹を強大化させる道をお膳立てしてしまった形となった。
(だが、それでいい)
と、曹操は考えていた。自身の利益のみを考え、義心を棄てる男に覇王となる資格はない。
(大義とともに進むのが、曹操孟徳の道だ)
曹操は馬首をめぐらして、麾下六千の兵士にむきあった。
「我らも董卓を追撃するぞ。董卓を生きて長安に行かせるな!」
曹操軍六千騎が疾走した。曹操は先頭に立って、馬を飛ばした。いつの間にか、脳が澄み、心が熱く燃えていた。悪くない。俺は今、大義とともに走っている。
二日後の早暁。冬にしては不気味なほどに強い陽光が、原野をおおっていた。
袁紹、曹操、孫堅、公孫瓚、馬騰、陶謙、鮑信、孔融の連合軍十五万余が、董卓軍の殿軍を捕捉した。
道はひらけ、大軍が展開できるだけの広闊な原野が広がっている。
董卓軍の殿軍は、総司令官として李儒。副司令官に董卓の実弟・董旻(とうびん)。
その下に呂布、張繍、趙岑、胡軫が参陣していた。
董卓軍の殿軍は十二万余。殿軍の常法どおり、最精鋭部隊が投入され、連合軍の追撃部隊を待ち構えていた。
曹操の銀の瞳に、整然と隊列を組む董卓軍が映し込まれた。
董卓軍の先頭。中央に呂布がいた。赤兎馬に乗り、方天戟をかまえて、こちらに突撃してくる。
曹操の全身に戦慄が走り抜けた。
曹操は剣を抜き放ち、咆吼した。恐怖を打ち消すための咆吼だった。
麾下六千騎が、咆吼し、やがて連合軍の全兵士が雄叫びをあげた。
呂布ひきいる董卓軍の先鋒と連合軍が激突した。
怒号と刃鳴りが、天地を鳴動させた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
111
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる